クーとの出会い その1
俺とクーと森で出会ったのは、もう4年も前になる。まだ次男のマルコ兄さんが家に居た頃だ。その頃は毎日の様に兄さんと父さんが喧嘩していた。
「うるさいな!兄貴が継ぐんだから俺には関係ないだろ!」
「関係なくはない!お前が何かすれば家族みんなが迷惑するんだ!ハンスを見習ってもう少し大人になりなさい!」
「それがうるさいって言ってるんだ!」
「マルコ!」
バタン!マルコは戸を勢いよく閉め、家を飛び出していった。
「ったく……本当に困った子だなマルコは」
「難しい年頃なのよ。もう少し待ってあげましょうよ」
「お前がそうやって甘やかせるからダメなんだ。アイツは周りからの信用がいかに大事か分かっていない」
一応、母さんはなだめようと声をかけるが、父さんが聞き入れるとは思っていない。いつものお約束として、一応いってみてるんだと思う。そして、爺ちゃんが俺に「テオ、見てきてくれ」と言うのもお約束。俺は何の疑問ももたず、いつもの様に、マルコ兄さんの後を追った。
マルコ兄さんは納屋に居た。そして、人の顔の大きさくらいの板ぺらを取り出し、歩き出した。俺も無言のまま、その少し後を付いていく。
「付いてくるなよ」
そう言われるのもいつもの事なので、俺は気にせず付いていく。マルコ兄さんも、嫌な顔をしながらも歩くのは止めない。
しばらく歩くと、ヤンに見つかった。
「ようテオ。またケンカか」
「そんなとこ」
ヤンは暇なのか、俺の隣について一緒に歩き始めた。マルコ兄さんは嫌そうに睨んできたが、俺もヤンも全く動じない。二人で話をしながら、無言で前のめりに歩くマルコ兄さんの後についていった。
しばらく歩くと、森の中にある魔術師たちの塔と呼ばれる遺跡にたどり着いた。遺跡といっても水車小屋より少し大きい程度で、上の方は崩れているし、中には何も無い。教会で司祭様から「近付くな」と言われているけれど、俺とヤンにとってはただの遊び場でしかない。それはマルコ兄さんにとっても同じはず。
「ここで何すんのー?」
「うるせーな。黙ってろ」
ヤンがマルコ兄さんに聞くが、教えてくれない。俺にとっては想定内なので、マルコ兄さんには話しかけず、ただただ監視役に務めた。マルコ兄さんは、持ってきた板にナイフで文字を彫っているようだった。完成まではしばらくかかるだろう。そう思って、俺はのんびり座り込んで、小石を投げて遊ぶ事にした。
「何て書いてるのー?」
「話しかけんな」
めげずに質問していくヤン。そろそろ文字として読めるが、ヤンは文字を読む事ができない。なので俺が代わりに読み上げる。俺もまだ人の名前と簡単な単語しか読み書きできないが、そこはマルコ兄さんも大して変わらない。
「連れて行け俺を村から……かな?」
「テオ、お前俺に殴られたいのか?」
そう言いながら、マルコ兄さんは続けて自分の名前を彫っている。そしてヤンは空気を読まずに話し掛ける。
「ふーん、マルコは村の外に出たいんだー?」
「ああ。こんなクソみてーな村、さっさとおさらばしたいね」
「マルコは父ちゃんから良い土地もらえそうなのにね。ふしぎ」
「そういう問題じゃねーんだ。農民なんてクソくらえだ!」
マルコ兄さんと父さんは明らかに仲が悪かったが、父さんは俺達兄弟が将来暮らしていけるように農地を買い、今は人に貸していた。それは、村の外れで獣によく荒らされたり、デコボコしているヤンの家の畑より、明らかに良い畑だった。父さんは立派な人で間違いない。だがマルコ兄さんは、そんな父さんを村ごと否定したいらしい。
「俺は村を出て戦士になる。魔女をぶっ殺して国の英雄になってやるんだ!」
「あー。こないだの旅人さん達の話かー。でも、探してたのは魔法使いでしょー?」
「っていうかあの人達、諦めて帰っちゃったし、もう来ないんじゃ……」
「うるせーな!また来るかもしれないだろ!魔女をぶっ殺せばなんだって同じだろ!」
俺とヤンの否定的な意見に耳を貸さず、マルコ兄さんは板を置く場所を探し始めた。
この間きた旅人さんというのは、王命で魔法使いを探して歩いている人達だ。魔法使いの伝説のある土地を周っているらしい。教会や領主様を訪ねていったら全否定されて、何も情報が得れなかったらしい。そのため、村人からも情報収集していたのだが、そこで俺達がこの遺跡に案内してあげたのだ。結局なにも得るものは無かったらしいが。
なんでも、隣の国に魔女が出現したので、こちらが対抗するための魔法使いを探しているのだとか。それを聞いて俺は「魔女を倒すなら、探すのは勇者なのでは?」と聞いてみたのだが、「おとぎ話じゃあるまいし」と馬鹿にされた。この地に残る伝説では、魔法使いは勇者に倒された事になっている。その伝説を追って来たくせに否定して馬鹿にするとはね。大人の頭は随分都合よく出来ていると思ったもんだ。
マルコ兄さんも当然その伝説を知っているわけで、魔法使いでもなんでもないのに志願するのは不思議ではない。俺だって、魔女が本当に居ちゃったなら、勇者も本当に居ちゃうんじゃないの?って思ったし。俺は自分が勇者になろうなんて、微塵も思わなかったけど。
でもまぁ無いな。マルコ兄さんの気が済むのを待って帰ろう。そう考えて、俺は座ったまま小石を投げ続ける。
だんだん自分の座っている周りに、ちょうど良い小石がなくなって来た。特に意味もなく投げ続けているのだが、止めるのもなんなので、地面を軽く掘って小石を取り出し投げるようになった。
地面をガリガリ掘って小石を取り出していると、投げるのが勿体無くなる小石が出てきた。綺麗に丸い円盤状。端の方に紐を通すような穴が開いていることから、人工物だと思われる。材質は、父さんが文鎮として使っている黒曜石に似ている。
昔の人のペンダントかな?と、手に持って見ていると、手に触れている端の部分が、ジワりと透明になった。
「おわっ」
ビックリして手を離すと、石はもとの黒い状態になっていた。
「見間違いか?」
声に気付いてヤンがやって来た。
「テオ、どうかしたか?お、なにそれ見せて」
ヤンが石を手にとって見ているが、さっきみたいに透明はならない。
「やっぱ勘違いか……俺が見つけたんだ。返せ」
「はいよ。なんかそれ見てたら母さんが焼いてくれたビスケットを思い出しちゃったなぁ。あぁ腹へった」
「なんでこれ見てビスケットを連想するんだよ……形だけで色が全然違うだろ」
ヤンから石を取り返し俺が手に持つと、触っている箇所からジワジワとまた石が透明化していって、全てが透明になった。黒曜石が透明なガラスに変化したように見える。
「やっぱ勘違いじゃない。この石、透けていってる」
「んー?真っ黒じゃん」
「え?お前には透けて見えない?」
俺は片メガネのように目にあて、反対の目を手で塞ぎ、石を通してのみでヤンを見た。
「ほら、これでも見えてる」
「ウソだぁ~。じゃぁこれ見えてる?」
そう言うと、ヤンは石の上からデコピンをしようとしてきた。
「あ、バカ!止めろ!」
顔を手で覆ったまま顔を背けて回避する俺。
「え!?本当にそれで見えてるの?何それすげぇ!」
こういう時は素直に信じてくれるヤンに救われる。俺だったら絶対に「どうせ手の隙間から見てるんだろう?」なんて言って信じないと思う。
「ふふん。だから言ったろ。この状態で歩いちゃったり出来るぜ」
そう言って、俺は手で顔を覆ったまま立ち上がったが、そこでビクッと固まった。今までヤンの影になって気付かなかったが、すぐそこに、今まで存在しなかったものがあった。天板が斜めの木製の台。司祭様が聖典を乗せる台に似ている。古めかしいが、よく油をしみこませて磨かれているようにツヤツヤしている。風雨にさらされていた感じは全く無く、森の中の崩れかけた遺跡には場違いで、完全に周囲から浮いている。
「なんだこれ……」
台の上には羊皮紙が一枚、それとペンとインク壷。違和感がありすぎて現実のような感じがしない。しかし、近寄って触ってみると、明らかにそこに存在していた。だんだん混乱してきて、周りの全てが現実でないような気がしてきた。
「なまえをいれてください……?」
「何いってんだお前?どうした?大丈夫か?」
「ここにそう書いてあるんだよ!俺にも訳わかんねぇよ!」
そう言うと、俺は混乱したままペンをインク壷につっこみ、紙にテオと書いた。
「書いちゃった……」
「お前、名前書けるのか!すげぇな!」
「違うだろ!ソコは今重要じゃないだろ!?」
ヤンに突っ込みを入れたら少し現実に戻れた気がした。これ絶対に怪しい。俺には見えて触れているけれど、ヤンにはやはり見えていないようだ。すこし怖くなって石を台に置いて離れようとした。そうしたら、石が台を貫通して下に落ちた。
「!!!!!!!?」
またも混乱する俺。
「石が……落ちた……」
「そりゃ手を離せば落ちるだろ」
そうか、もともと台が見えていないヤンからすれば、そうなるのか。やはりこの台は、現実には存在していなくて、俺だけ見えて触れるって事か。
俺は下に落ちて転がった石を拾う。もう俺の手から離れても、透明の状態のままだ。
「ふぅ。どうやら、ここにあるモノは、俺にしか見えないし触れないようだ」
「そこに何があるんだ?」
「紙とペンとインクが乗った台」
「ふーん。で?」
「でって?」
「それがあると、どうなるんだ?」
「分からない」
「ふーん。じゃぁどうでもいいな」
「どうでもいい……のか……な?」
いまいち納得できないが、確かにこれ以上どうしていいか分からない。
「マルコも帰るみたいだから俺らも帰ろう。腹減ったし」
「あ、待って。紙とかペンは持って帰って使う」
俺にしか見えない紙とペンとインクを持って、帰ろうとするヤンに続く。台は持って帰るの大変そうだから放置だ。すると、後ろから声がした。
「テオ様、それらは私にお預けください」
いきなり後ろから、聞きなれない声で名前を呼ばれ、俺はビクビクビクっとキョドりながら後ろを振り返る。
そこには一人の少女が立っていた。