街での活動その39 ルブさんの技と悪夢の企画
王立職業安定所
みんなで考えた企画が、変な形で認められ、変なところに乗っ取られ、変な名前になった。
もちろんその事でデベルに抗議に行った。でも、大人の理屈には敵わなかった。
王の権威を笠に着れば、既存のグループとの衝突など問題にならない。
また、組織運営に必要な文官も、王都から派遣される。それどころか研究費用まで出てくる。
研究開発の成果は、王の名で各地に提供される。それは、王の権威は高めるためのものだ。でも、形はどうあれ、技術を広める事はお嬢様の望みでもある。
そして、お嬢様にもちゃんとした公的な役職がついた。
王立職業安定所、産業技術総合研究室室長。それがお嬢様の新しい肩書き。
家の名を隠し、職人区をうろつく変人ではもうない。貴族であるお嬢様が、しかるべき所に収まったと言える。友達なら喜ぶべきなんだろう。
話を聞けば聞くほど、正しい選択だと認めざるを得ない。
でも、心では納得できない。楽しんでいた遊びを、大人に取り上げられた気分。そして、身分を隠して一緒に遊んでいた嬢様が、表の世界に出て、さらに手の届かない所に行ってしまうような寂しさを感じた。
デベル曰く、『王立なんて名前だけだ。ここは国境近くの辺境の街。管理の目も届かん。この街自体が練習場──いや、実験場みたいなものだ。今まで通り勝手にやれ』との事。それでもやはりモニョる。
さらには『あの女は巫女なのだろう?きっとリヴァイアサンの力も上手く扱えるさ』と言って笑いやがった。
結局、今回はデベルにしてやられた事になる。
俺は、意を決して面倒ごとにデベルも巻き込もうとした。なのに、終わってみれば、あっさり回避されていた。
大人はやはりズルい。
***
ちょうどそのころ、子供用ミトンが完成したので取りに来いとの連絡があった。本当に一週間以上かかっている。やれやれだ。
とはいえ、自分専用の防具だ。嬉しくないわけがない。俺は受け取りに行く途中、自然と駆け足になった。
「ルブさーん、ミトンちょうだい!」
俺は勝手に工場に入り込んだ。
「お、来たな。そこに置いてあるのがそれだ。クックック、渾身の一品だぞ」
「ねえねえ!早速着けて見ていい?」
「もちろんだ。手袋は持ってきているか?それを着けてからはめろ」
「ありまぁす!」
俺は手袋をはめながら、ミトンを手に取る。そして、はめようとして中を見たところで、想定外の構造に気付いた。
「……ルブさん、これ中身凄くない?」
「お、気付いたか。これがルブ様特性ミトンよ。見た目だけじゃない。強度も一級品だぜ」
俺は表と裏を見比べながら、構造に込められた思想を読み取っていく。
「これ、ただ別板を貼り付けてるだけじゃない!ビード入りの板を貼り付けることで、面の凹みと口開きを防止してるんだね!凄い凄い!」
ルブの作ったミトンは、外側はツルっと綺麗な面になっている。しかし裏側には、厚みの違う板や、複雑な形状の板が、二重三重にもロウ付けされている。なるほど、一週間以上かかるわけだ。
「お、おう。凄いだろ。……にしても、お前のようなガキが、そこまで分かってくれるとはな」
「細かいところまで本当に凄いですよこれ。端末も曲げた後、点付けじゃなくて全周をロウ付けしてある。これって、毛細管現象で水が入っていかない様にですよね!」
「お、おう。水や汚れが溜まりやすい所を作ると、そこから腐食するからな」
「うわー、これは良い品ですね。本当の事を言うと、一週間以上何をやっているんだろうって思ってたんですよー。でも、今なら分かります。引き受けてくれたのがルブさんで、本当に良かったです」
「お、おう……。そろそろ着けてみてくれ」
オッサンが照れてる。わかいい。
俺はミトンに手を通す。うん、動きも滑らかだ。見た目も全てが整っていて美しい。なるほど、コレがプロの技か。
俺が惚れ惚れしながら眺めていると、ルブが言った。
「それでな、お前用に一つ工夫を凝らしてみた。そこの内側のベルトを引き出して、腕を固定するようにこっちに付けて見ろ」
俺は言われたとおりに、付け直してベルトを締める。すると、ミトンが腕に固定されて手首が動かなくなった。
「お前みたいな子供がそれで殴ると、手首を痛めかねないからな。状況に応じて使い分けてくれ」
「そ、そんなギミックまで。ルブさんありがとう。本当に嬉しい」
「フッ、俺もお前の依頼を受けれて良かったぜ。……兵隊が嫌になったらウチに来い。弟子にしてやる」
「あはははは、ありがとうございます。でも大丈夫です。それに、ルブさん弟子は取らないじゃ」
「それが、そうも言ってられない状況になりそうでな……」
「もしかして職安の件ですか?」
「なんだ、兵隊にも話が行ってるのか。他のギルドにも協力要請が行っているようだが、鍛冶ギルドが一番過酷だ。殆どの親方が兼任して協力する事になる」
「そんな事になっているなんて……」
「まぁ話だけ聞くと横暴な話なんだが、当の本人たちは前向きに解釈しているようでな。積極的に周りと調整してやがんだよ。わざわざ俺にも、下げたくねー頭を下げに来やがった。若いのに技術指導してくれってな」
「なんだかんだ言って、ルブさんいい人ですよね」
「そんなんじゃねーよ。果たすべき責任を果たすってだけだ。ま、大人には性に合わねーとか言ってられない時もあるってこった」
「あはは、子供でよかったです」
「言ってろ。おっとそうだ。それはそうと、お前に見て貰いたいものがあってな。ちょっと待ってろ」
ルブは作りかけの金物をガサゴソと集め始めた。
ふーん、篭手とヒザ当て、ベルトと胸当て、肩パッドと……半首か。
「これは、まだ作り始めたところなんだがな。俺も始めての仕事なので試行錯誤中だ。お前の意見を聞きたい」
「これ、巫女様からの依頼ですよね……」
「そうだが……なんで知ってるんだ?」
「いえ、普通じゃなさそうな物だったのでなんとなく……」
俺は、大きなため息を付きながら顔を覆う。
俺はコレを知っている。せっかく忘れていたのに、こんな所で思い出させられるとは……。
話は数日前の企画会議に遡る─────
「そういえばクーデリンデ、さっき言ってた濃い趣味の新製品って?何か具体案があるようだったけど」
「フフン、これです」
クーは机に紙を広げた。タイトルは『装飾分解装着図』。馬の金属オブジェと、防具を付けた少年が書かれている。どうやら馬のオブジェをバラすと、防具になるようだ。
クーはドヤっているが、この時点で俺はついていけていない。
「えっと……説明をお願い」
「お姉様にはやれやれですね。これを、一般市民に売るのですよ」
「はぁ?一般市民が鎧なんて買うわけないじゃない。それに、鎧は兵士の目印でもあるんだよ?戦わない人は、鎧なんて着ちゃダメなんだよ!」
「陸戦協定くらい、私も知っています。なので、これは、鎧ではなくアクセサリーなのです」
「これをアクセサリーって、無理があるんじゃ……。まぁ、確かに鎧としては微妙だけど」
「びびび微妙ですか?」
「うん……。手足の先と胸を守ってるけど、お腹を守れてないし、太股もむき出し。それに頭の防具が、何を守りたいのか分からない」
「それは、東洋の島国で使われる半首というアクセサリーです。防具なのに顔や髪型が隠れないという素晴らしい発明品です」
「ダメじゃん。防具の意味ないじゃん」
「本当にやれやれですね。だからアクセサリーだと何度も言っているじゃないですか」
いや、今一瞬クーも防具って言ってた。
「フー、フー、こここ、これは良い物です」
なんかお嬢様が食いついている。ツボが分からぬ。
「さすがお嬢様、お姉様とは違いますね。これの良さが分かりますか」
「ここここのアクセサリーを付けた少年が、攻撃を受けてしまったら、どどどどうなるのでしょうか」
「むき出しの部分の衣服が破れて吹き飛びます」
「さすがです師匠!」
「二人ともおかしい。アクセサリーと言いながら、なんで戦う前程なの?それに、お腹は言うに及ばず、太股だって、大腿動脈を切られたら死んじゃうんだって」
「こここ、こんな感じですね師匠!」
お嬢様がすかさず絵を描く。そこには、服が破れ、お腹と太股を晒しながら吹き飛ぶ少年の姿が描かれていた。都合よく服だけ破れて、体に傷はない。
ダメだこいつら。早く何とかしないと。
「いやでも、こんなのどうやって売るの?一部の変な趣味の女性に受けるのは分かったけど、着けるのは男性でしょう?私達には宣伝のしようが無いじゃない。無理よこんなの」
「あらあらお姉様、お忘れですか?宣伝役としてピッタリの少年が居る事を」
「えっ!?それってもしかして……」
クーは悪魔のような笑顔で応えた。
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「おい、どうした?気分でも悪いのか?」
「あ、いや、なんでも無いです。ちょっとめまいがしただけです」
俺はカチャカチャと、作りかけの防具を組み立てて、お馬さんの形を作る。
ハハハ、本当にクーの絵を実現してやがる。お嬢様の設計能力と、ルブさんの腕は本当に凄い。でも、それで出来上がったのがコレと思うと、微妙な気持ちだ。
さんこうぶんけん?
各種聖衣分解装着図




