街での活動 その37 デベル1
また途中で一回きった
「ふざけるな」
私達三人が頑張って作った企画書を見て、デベルは言った。
「全ギルドを吸収して巨大組織を作るだと?お前らは俺にケンカでも売るつもりなのか?」
「そんなつもり、あるわけ無いじゃないですか。私達はデベルさんに言われた通り、何とかしようとしているだけです」
デベルはうな垂れながら呟く。
「俺は、これ以上の開発を止めて貰いたかっただけだ……。こんな壮大な計画は望んでいない。どうしてこうなった……」
「えー?人を脅迫までしておいてそれは無いでしょう?責任とってください」
デベルはギロリと俺を睨む。そして言う。
「クソジャリが……だいたい、なんでお嬢様までここに連れて来た!」
「ははは始めまして、コローナリッツェ・エルヴィーレ・フォン・キルヒシュベルガーと申します。───あれ?どどど、どこかでお会いしてませんか?」
「してない」
「あはは、デベルさん舞踏会で目立ってましたしねー。きっとその時で……あ、ごめんなさい」
またデベルに睨まれた。
「ま、まぁ皆で話したほうが話が早いじゃないですか。さっきみたいに、デベルさんの思惑と違う事にならないためにも」
「ハァー……。開発を止めるという選択肢はないのか?」
「出来ないからさっきの案を作ったんですよ!出来たらやってます!」
「威張るな!……お前ら、そんな組織を本気で作れると思っているのか?対立するのは俺のところだけじゃないぞ?既存のギルド、既存の商会をこぞって敵にするんだぞ?その後ろに居る貴族達までも敵に回る。守れるのか?お前らに」
「うぐ……。そこはデベルさんにも協力してもらってですねぇ……」
「俺はそんなの御免だ。大体、人だって足りないだろう。鍛冶ギルドだけでだって、親方達が余計な事にのめり込んだお陰で、上手く回らなくなったと聞いているぞ?」
「そこは、紡績ギルドで人が余ることになると思うので、その人らを引き抜いてですねぇ……」
「ハァー……」
デベルは大きなため息をついた。そして話す。
「お前らは何も分かっちゃ居ない。人間というものがどういうものかを」
「どういう事です?」
「紡績ギルドの労働者は、多くが女性だ。訳あって家から出られない者まで居る。そんな者達を使ったところで、新興勢力を作る手立てになるものか」
「デベル、それは偏見ですよ。女性にも優秀な者は沢山います。教育をすれば十分活用できます」
「一部の者はな。だが全ての者が使えるわけではないだろう?」
デベルはそこで一度言葉を止めた。
確かに、糸紡ぎをやっていたオバチャンが、新しい機械を研究したり開発する組織で活躍する姿は想像し難い。嫌なところを突いてきやがる。
俺の表情の変化を確認してから、デベルは続けた。
「人を使うにはな、能力と人格、その両方の適正を合わせにゃならんのだ。これは、言うほど楽な話じゃない」
デベルは机の中から紙とペンと取り出し、二つの図を描いていった。一つは山なりの図。一つは六角形。それを見てお嬢様が嬉しそうに口を開く。
「そ、それは正規分布というものですね。わ、私も先日、師匠から教わりました」
「そんな呼び方は知らん。亡霊のジジイから、民草の形として教わっただけだ」
無愛想なデベル。
「この形はな、人の分布を表している。平均的な奴が最も多く、優れた者、劣った者はその度合いが増すにつれて少なくなる。尺度は筋力でも賢さでも何でもいい。大抵はこの形になる。そういう図だ」
デベルは、俺らの目を見回してから続けた。
「細かい事は抜きにして、この山の中で、糸紡ぎの仕事が出来る奴はどの範囲だと思う?」
「いきなり言われても……」
「フンッ、ほぼこの山の全てだ。細かいことを言えば技術が必要な糸などもあるが、紡ぎ方を覚える事が出来れば、紡績ギルドでは何らかの仕事が貰える。それだけ人が必要な産業だからな」
デベルは、山の左端を少しだけ切る様に縦線を引き、バツ印を描いた。そしてその山の下に、同じ山の図をもう一つ描いた。
「次にだ、お前らが計画した、研究開発組織で使える奴はどの範囲だと思う?」
俺達が答えに迷っているのを察して、デベルは一人で話を進めた。
「贔屓目に見積もっても、平均より優秀な奴らだろう。恐らくは平均的な奴らでも、必死に努力して何とかというレベルなはずだ」
デベルは、山の中央を縦線で切り、左半分にバツを描いた。そして、その二つの山を交互にトントン叩きながら話す。
「お前らが潰す仕事と、お前らが作る仕事は、人の許容度がこれだけ違う。お前らの計画からは、これだけ多くの人がこぼれる。酷い話だ」
デベルは、俺達がぐうの音も出ない状態なのを確認してから、話を続けた。少しだけ声が和らいだ気がする。
「でもまぁ、ここの奴ら───この下半分の奴らが無視されるのは、別に珍しい話じゃないがな」
デベルは、山の左端を差しながら、説明を続ける。
「最底辺は、誰の目にも良く付く。百人に一人という最低の落ちこぼれだ。当然目立つ。それで、多くの者は、そいつが自分達とは違う存在だと認識する。全く別の世界の、特別な落ちこぼれ。皆そんな風に考える。だがそれは誤解だ。全ての者は同じ山に属する。一続きなのだ。現実には、普通と言われる奴から、その最底辺までの間にも、ずっと人が並んでいる。平均より少し劣る者、そのまた少し劣る者という具合にな。そしてだ、図で描くと分かる通り、意外とその人数は多い。そこを無視して考えると失敗するぞ」
饒舌に話し続けるデベルを見て、疑問が沸いた。
「デベルさんは、なぜそれが気になったのですか?」
「それは既に前例があるからだ。この街は農業をやらなくなって工業と商業に特化しているだろ?分業化と貿易、それが経済発展に欠かせないのは分かる。しかし、そこで切り捨てられた奴等は嫌でも目に付く」
「いえ、そういう意味で無くて……隣町のギルドを気にしていた時も思ったのですが、基本的にその人達って、デベルさんと関係なくないですか?」
そう、そこには少し違和感を感じていた。殺しまで請け負う無法者のくせに、デベルは変な事まで気にかけるのだ。
「フン、俺が責任を負っている連中ってのは、普通のギルドや商会とは違うという事だ。言うなればファミリーだ。ファミリーの子は、生まれたときからファミリーの一員。これから先、生まれてくる奴等も全てな。それがどんな奴、どんな落ちこぼれだろうと、ファミリーはファミリーだ。簡単に見捨てる訳にはいかん。そういう事だ」
「あれ?もしかして黒狼団を使っているのもそういう……」
「ば、馬鹿を言うな!あれはクズにはクズなりの使い方があるってだけだ!誤解するな!」
デベルは少しムキになって答えた。俺は少しやり返せた気がしてニヤリとした。
すると、少し場が緩んだ隙に、お嬢様がデベルに質問をした。
「デ、デベル様、こっちの六角形の図には、どういった意味があるのですか?」
「「様ぁ!?」」
俺とクーが、すぐさまそれに反応した。
これはもしかして、男に免疫のないお嬢様が、アウトローに惹かれるという、例のダメな現象?
俺とクーは、デベルからお嬢様を庇うように、間に割って入った。
「デベル、お嬢様に手を出すのは私達が許しませんからね」
「フン、誰がそんな厄介な女に手を出すか。こちらから願い下げだ」
「あ、いや、あの、その、デデデデベル様には教えを請いたいだけで……ととと特に深い意味は……」
やれやれ、ただ好奇心が勝って先生扱いしただけか。このお嬢様には、本当にヒヤヒヤさせられる……。




