街での活動 その36 企画会議
カロリシテお嬢様のアドバイスは結局のところ、『頼るなら力のある者にしろ』というものだった。
それも裏社会と繋がりがある者……。そんなの、デベルしか思い浮かばない。でも、デベルは皆殺しと言いかねない。だからカロリシテお嬢様の所に行ったのに……。
「さて、どうしよう。デベルの所に行くなら、ノープランはまずいよな」
俺はとりあえずクーと認識の刷り合わせをしようと思った。
「そうですね。相談というより、立てた計画を承認してもらい、その上で協力してもらうが望ましいと思います」
「だよな……。幸い、ヒントは得られたし」
「テオ、それならば張本人であるお嬢様と話し合いましょう」
「それもそうだな。勝手に進めるのもおかしな話だし。どこまで話してしまってよいかは、悩ましいけど」
「テオ、全て話すべきです。商人に死人が出ている事や、お嬢様の暗殺を仄めかす人物が居ることまで全て。彼女は貴族です。それくらい受け止められます。隠しても彼女のためになりません。そしてなにより、彼女の頭脳も活用するために、全てを伝えるべきです」
「うーん……。そうか、そうだね。ちょっと勘違いしていたよ」
クーが彼女に色々な事を教えるのは、側については居られないからだ。ずっと一緒にいる俺とは違う。彼女の事を大切に想うなら、全てを打ち明けるべきだ。
それに、彼女を信じるなら頼るべきだ。それが真の友達というものだろう。
俺とクーは、残念お嬢様の入り浸っている鍛冶屋に向かった。
***
鍛冶屋では、先日クーが作って見せた加工機が、木の模型になっていた。そして、お嬢様と職人達が話している。
「なるほど……ネジを回して物を精密に、しかも自在に動かせるのか……」
「これ、刃物を工夫すれば、平面だけでなく色々な形状が彫れるな……旋盤では出来ない形状の中繰りも可能だ」
「さ、さすが師匠という他ありません。テ、テーブルの方も、縦横だけでなく、回転できるように工夫すれば、歯車すら容易に削り出せそうです。こ、これが出来れば、設計の幅がさらに膨らみます」
やはりこの人たちは、開発せずには居られないようだ。
「お嬢様、そういう時は、テーブルに乗る小型の回転台を作って、必要に応じて取り付けると良いのです。割り出し盤と呼ばれていました」
「し、師匠!」
クーは、空中で鉄をこねて部品をつくり、カチャカチャと組み合わせて早速作ってみせた。
「な、なるほど!」
お嬢様は、ガサガサと紙を取り出して、手早くスケッチをし出す。俺はそれを見て、呆れながら言う。
「クーデリンデ、今日はそんな事をしに来たのではないでしょう?」
「分かっています。これは挨拶みたいなものですよ」
「?」
首をかしげるお嬢様。
「お嬢様、私達三人だけで少しお話をしたいのですが、よろしいでしょうか」
「も、もちろんです!」
俺とクーとお嬢様は、職人を残して上の階に移動した。護衛の二人も付いて来ちゃったが、それは仕方がない。そこで、お嬢様に発生している問題を話した。
「そ、そんな事が起きていたなんて……」
「問題はかなり大きくなってしまいました。もはや、お嬢様が大事にしている職人だけを気にすれば良い、という訳ではなくなりました」
「じ、実は、わ、私の方からも、お二人に報告があります」
「え?」
「せ、先日、一人の親方が、水車で糸を作る機械を受注し、わ、私に相談に来ました」
「へぇ」
「お、面白そうな課題だったので、つ、つい設計に手を貸してしまったのですが、後になって、手回しで糸を作っている人達が心配になりました」
「おうふ……」
俺とクーは、顔を見合わせてからため息をつく。お嬢様はそれを見て、申し訳なさそうに小さくなった。
この町には糸を作る専門のギルド、紡績ギルドがある。自動で糸を作る機械は、紡績ギルドに大きな影響を与えるだろう。もはや、鍛冶ギルドだけの問題ではなくなっていた。
「とりあえず、鍛冶ギルドの人には、他に影響を与えないように自重してもらわないとだねぇ」
「お姉様、それが出来ないから困っているのでは?」
「あ、うん、そうだね」
お嬢様は、さらに小さくなった。
「じゃぁ、逆に考えたらどうかな」
「お姉様、どういう事ですか?」
「もっと面白い課題を与えて、他に手を回せなくするの」
「例えばどういった物をですか?」
「し、知らないよ!それは皆で考えようよ!」
「やれやれですね。逆に考えるというのを、やってみたかっただけですか」
呆れ顔のクー。ムカツク。
「あ、あの……それならば、是非やりたい開発があるのですが……」
お嬢様が、申し訳なさそうに、しかし歯を見せていびつな笑いを見せながら言った。
「さ、さすがお嬢様!クーデリンデとは違いますね!何ですかそれは!」
「ぜ、ゼンマイに代わる、新たな動力を開発したいです。い、色々と工夫を試みたのですが、ゼンマイでは限界が……」
「なるほど、いいですね!ほらクーデリンデ!書いて書いて!議事録議事録!好きでしょ!」
「やれやれですね。お嬢様が言っているのは、水車や風車とは違う、土地に縛られない動力、という事ですよ?その意味が分かっているのですか?いずれにせよ、議事録は必要ですから書きますが」
クーは、ブツクサ言いながらも大きな紙を出し、お嬢様の護衛に命じて壁に貼り付けさせた。そして、せっせと書き始めた。
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第一回、デベル攻略作戦会議
■目的
デベルの協力を得るための、鍛冶ギルドの活動方針を考える。
■課題
1.他の町の鍛冶ギルドとの衝突を無くす
2.他のギルドへの影響を無くす
3.影響が予想される紡績ギルドへの補償
■方法案
・皆殺し(デベル案)──1,2(対応課題)
・別の開発で暇を与えない──2
・ゼンマイの代替動力の開発
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「ここまでで、何かありますか?」
そう言いながら、クーが振り返ってこちらを見る。その一言で、会議の主導権を奪われた気がした。
「カロエさんの所で聞いてきた、濃い趣味の製品作りも書いておこうよ。対応課題は1と2で。その商売でデベルさんにも一枚噛んでもらえば、承諾が得やすい気がする」
「お姉様も、カロエの考え方が身に付いてきましたね」
クーの褒め言葉は、いつも褒められた気がしなくてモニョる。
「そ、それは、どういった案なのですか?」
「お嬢様、上がった生産能力の矛先を、既存の製品に向けさせない為の案です。より利益率の高い製品の需要があれば、わざわざ既存市場で安売り合戦しかけないとの目論見です。具体的な製品については、後ほどご説明します」
「え?ちょっと待ってクーデリンデ。私、具体案まで聞いてない」
「後で説明します」
クーが口を横に引き絞りながらニヤける。絶対にロクな事を考えていない。
俺とクーが睨み合っていると、お嬢様が口を開いた。
「わ、私は、学校を作りたいです」
「「学校?」」
「ひ、人は、学ぶ事で失敗を減らせます。事故も、間違った選択も」
お嬢様は相変わらず前向きな思考をする。でも、実際には多くの人は勉強が嫌いだし、庶民はそんな事に時間を割く生活的余裕もない。貴族のお嬢様だから出てくる発想だ。
でもでも、折角お嬢様から出てきた提案を無駄にはしたくない。
「いいじゃん。勉強してもらえば、仕事が減りそうな紡績ギルドから鍛冶ギルドに移れるかもしれないし」
俺はクーの方を見て意見を求める。目が合った。多分、気持ちは通じてる。
「そうですね。私達の案は所詮は一時しのぎの対処療法に過ぎません。長期的に、また根本的に解決するならば、教育は必須でしょうね。色々と課題はありますが」
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それから、俺達は実現するための具体案を話し合った。その結果、たどり着いたのが新しい組織の設立だった。
怪しい研究・開発と販売を一手に引き受ける謎組織、その名も東羅重工(命名:クーデリンデ)。
組織員は組織の掟で縛られ、教育を受ける事は必須とされる。組織内で、必要な役割に異動を命じられる事もある。しかし、傷病の際にも生活が保障される。(残念お嬢様案)
既存の鍛冶ギルドは、親方達を引き抜かれて事実上消滅。以降の依頼は東羅重工が引き継ぐ。紡績ギルドに生じる余剰人員も東羅重工で受け入れる。
そしてゆくゆくは、全てのギルドを取り込む予定。全てのギルドを吸収すれば、ギルド間で揉める事もないという、素晴らしい発想。(発案者:俺)
以上の内容を企画書に落とし込み、俺達はデベルにお伺いを立てに行く事にした。




