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街での活動 その35 カロリシテ3

 カロリシテお嬢様のお話で、一応ヒントは見つかった。それぞれの人の、それぞれの正義───ありていに言えば趣味。開発すべきはそれを満たす商品。それならば、既存のギルドとの衝突は避けられるようだ。


 えーっと、それってつまり、萌えナイフとか、イケメンフライパンとか、痛い製品を作る職人ギルド?


 おうふ、真面目に考えたらちょっと頭が痛くなってきた。とりあえず今日の所は、ここまでで退散したいな。なんか聞き過ぎた気がして怖いし。


 が、しかし───


 コン、コン、


「入って」


「遅くなりました。ご要望の品をお持ちしました」


 扉が開き、先ほどの女使用人が布の包みを抱えて入ってきた。


「まぁ!丁度よかったわ」


 お嬢様は椅子から立ち上がり、使用人にパタパタと駆け寄った。そして使用人の腕の上で包みを解き、中を確認している。


 見事に逃げるタイミングを失った。俺は困ってクーの方を見る。しかし、クーはさっき出した本を抱きながら、嬉しそうにお嬢様の方を見ていた。


 クーはとっくに中身を知っている。いやそれ以前に、使用人が近付いてくることも気付いていたはずだ。つまり、あそこにはクーが貰いたいものがあるって事か。幻影でなんでも作れるくせに。おかしな奴。


「リンデちゃん、こっちいらっしゃい」


「はい」


 素直にテテテッと駆け寄るクー。いつの間にその呼び名に慣れたのか。


 そして、お嬢様にケープをつけてもらっている。首周りと端っこがファーになっていて、少しモフモフ。今着ているワンピースは薄手なので、少し組み合わせが変だが、こいつの事だから後でなんとかするだろう。


 最後に、お嬢様がクーの髪をスーっとかき上げ、ケープの内側から出す。その瞬間、耳からうなじまで丸見え。そこには何も無いのだけれど、始めてみるので少しドキっとする。なんでクーごときのうなじなんかに……。


 クーは、ケープを装着し終わると、俺に見せびらかしに来た。クルっと回って、ドヤっと胸を張ってみせる。ケープの胸元には紐でボンボンがぶら下がっていて、回ったときに俺の顔を掠めた。


 俺は今更クーの格好なんかに興味は無い。が、ファーのモフモフだけは別。つい触ってしまう。あぁ、やっぱ手触りいい。もふもふーもふもふー。


「フフン、良いでしょう?でも、これの真価は見た目ではないのです」


 クーは、クルクル回りながら俺から距離を取ると、手をケープの中に隠した。そしてバッと手を出すと、指の間には沢山の煙玉が挟まれていた。


 あぁなるほど。手が隠せるので、何でも自然に(?)出しやすくなるって事か。まぁぶっちゃけ、スカートの下から煙玉を出すのは、たまに雌鳥が卵を産むように見えていたしね。そんな事は、口が裂けても言わないけれど。


 クーはそのまま、壁に色々な物を投げつけて、スタイルを研究しだした。クルクル回ると、ケープから花びらが散ったりしている。分かりやすいハシャギっぷり。


 俺とお嬢様と使用人の三人は、それをみてヤレヤレと苦笑。それくらい物凄い散らかしっぷり。でも、子供が物を貰ってハシャグのは、見ている方も嬉しくなれるので止めたりはしない。むしろ、子供としては模範解答といえる。


「さて、次はロッテちゃんね」


「はーい」


 俺はクーを横目にお嬢様に近付く。すると、なにやらお嬢様と使用人に囲まれた。クーの時とは明らかに雰囲気が違う。


「ロッテちゃんは、ケープに合わせて、ドレスの方も少し変えてみようと思うの」


「え?あ、何するんですか!ちょ、脱がさないで、ダメですって。いーやーぁ」


 二人がかりで無理やりスポッと脱がされた。少女姿の裸は、見られるのがとてつもなく恥ずかしい。俺は丸くなって動けなくなった。


「はい、じゃぁこっちを着てみて」


 俺は涙目になりながら、お嬢様から新しいドレスを受け取る。


 うー、やっぱ女の人って怖い。それにしても、このドレス、前のと変わりが無いような……。


 と思っていたけれど、かぶって腕を通して初めて分かった。アームホールが異様に大きい。


 前のは、脇の下から肩の上まで切れている、ただのノースリーブ。今度のは、脇の下数センチのところから、首のすぐ横まで切れ上がっている。肩が出ているとかでなく、腕の付け根がぐるりと丸々出てしまっている。


 さらに、何か胸のトコの感触がおかしい。そう感じてふと目をやると、いつもより少しだけ胸が大きい。俺は胸のところを押さえながらお嬢様を見る。


「カロエさん、この服……」


「あら?パッド入りの服は始めて?ブラの方が良かったかしら?」


「いえ、なんでもないです……」


 盛る事は前程のようだ。大人って汚い。


「うん!やっぱり凄く素敵!中性的なすらりと無駄の無い手足に、成長途中の胸。これほど完璧で美しい組み合わせは無いわ。ほんと羨ましい」


 お嬢様はうっとりと俺を見る。しかし俺は、微妙な気持ちになって目が泳ぐ。俺、男だし。


「お嬢様、これを」


「そうね。こっちが本命だものね」


 そう言って、お嬢様はケープを広げた。クーのケープとは違い、飾り気がなく、薄手でサラサラしていて、丈も少し長い。


 俺がそれに見とれていると、後ろから使用人が俺の髪を持ち上げた。俺がそれに気を取られた瞬間、今度はお嬢様がスルっと俺にケープを巻き付ける。見事な連携だ。逃れられる気がしない。


 俺に着けられたケープは、やはり少し長め。短めのマントと言えなくも無い。前も開いていなくて、左肩の辺りで止められている。わざわざ余計に出した腕が、腕組みをするとすっぽり隠れる。


「お姉様も素敵なものを貰いましたね」


 クーは遊び飽きたのか、ようやく近くに来た。もっと早く助けに来て欲しかったのに。


「あら、リンデちゃんは私の意図が分かって?」


「勿論です。お姉様、ケープを脱いでみてください」


「もう脱ぐの?今着たばかりだよ?」


 俺は疑問に思いながらも、左にある留め金を外し、右から引っ張ってケープをスルリと抜き取る。


「やれやれ、5点ですね。100点満点中で」


「はい?」


 突然変な事を言うクー。しかし、お嬢様も困った顔をし、女使用人に至ってはしかめっ面をしている。どうやら、意図を理解できていないのは俺だけのようだ。


「ロッテちゃん、ちょっと貸してみて」


 俺は、お嬢様にケープを渡す。お嬢様はサッと巻いて、両手を首元にやって髪をバサッとだす。


「いい?ロッテちゃん。例えばこうよ」


 そう言って、お嬢様は留め金を外した。すると、前に回っていた布が自然にはだけた。


 そして、ゆっくりと胸を突き出していき、両手で肩にかかった布を外す。


 若干仰け反り気味なので、ケープは髪と背中の間を抜けて、そのまま落ちる。が、使用人が後ろに回っていてそれを受け止める。


 ケープを外した両手は、二の腕で乳を内側に寄せながら、前腕で乳を下から上げるように抱え込んだ。


 その後、顔を横に向けてから下に回し、微笑みながら上目遣いで俺の顔を覗き込む。


「どう?」


「あ、はい。少し分かりました」


 やだやだこの人怖い。今のって絶対に鏡の前で練習してるよね。


「はい!はい!カロエ!次は私!私がやってみせます!」


「はい、どーぞ」


 クーは、自らのケープをササっと外し、使用人の持つ俺のケープと交換。そして体に巻きつけながら、テテテッと若干飛び跳ね気味に、俺達から距離を取った。そしてやはり、髪をバサリと外に出して言う。


「怪盗ならこうすべきです」


 クーは、肩の留め金を外すと、左肩にかかっている方の布を右手で掴み、前に引き抜いた。


 そして、そのままの勢いで弧を描くように振り、右に放る。既にその位置には女使用人は待機していて、それをキャッチ。


 クーは、しばらくそのままケープを放った手を突き出していたが、徐々に下げて後ろから腰に手を当ててポーズをとる。そして見下し目線でドヤった。


「さすがリンデちゃんね。その脱ぎ方は失敗するとヤケドしちゃうのに。見事だわ」


「フフン」


 なんなんだこの人達……。っていうか、さっきから女使用人が落下地点に先回りしているのが気になる。ケープの脱ぎ方って、武術の型みたいに決まってるの?


「ロッテちゃん、女性にとって美しい脱ぎ方は必須習得事項よ。少しは出来ないと、イザって時に困るわ」


「お姉様には特訓が必要ですね」


「え?」


 それから一時間ほど、俺は女三人に囲まれて、服の脱ぎ方を叩き込まれる事になった。


 もうやだ、この人達。


***


 とは言うものの、夜に皆の前でやってみると、効果は絶大だった。


 『失敗は出来ない』と、集中力を高めた結果、ケープを放る際に勢いあまって魔力まで広範囲にばら撒く事になった。それで、焦って操作したら、つい観客の約半数に魅了をかけてしまった。というか、かかってしまった。


 完全に不可抗力。俺は悪くない。


***


 そして次の日、再びカロリシテお嬢様のもとで反省会。


「昨日のロッテちゃんは良かったわー。目の前にいた男の人が、ストンと恋に落ちたのが分かるくらい凄かったわ。脇見せは大成功ね」


「昨日のお姉様は、本当に見事に心を盗んで行きましたね」


「な、何を言っているのか分かりませんっ!」


「ウフフフ、照れる事ないじゃない。ま、それは一先ず置いておいて、昨日の話の続きをするわ」


「昨日の話の続きって?」


「昨日、私は言ったわよね。教材として丁度良いものがあるって。あのケープは、ただのプレゼントじゃないのよ」


「教材……女としてのですか!」


「ウフ、そっちとしても役に立ったみたいだけど違うわ。商売のよ」


「カロエ、あれは案の定、宣伝だったという事ですか」


「そうよ。これからの季節、簡単に羽織ったり脱いだり出来る物がよく出るのよ。なのでそれに合わせて、貴方達に商品の宣伝をしてもらったって訳。その効果の程は、もうさっき見てきたわよね」


 確かに、さっきお店に行ったら、ケープを専門に売る一角が作られて人を集めていた。俺とクーはムシャクシャして、大量の犬や猫に売り物のケープを着せて、店内を走り回らせるイタズラ(幻影)をしてきたとこだ。


「カロエ、ずいぶんと今回はぶっちゃけますね。貴方らしくありません」


「私は貴方達に、自分達のもつ可能性に気付いて欲しいのよ。私は今回、貴方たちが身に付けるものを一つ変えるだけで、市場に影響が出る事を見せたわ」


 珍しく、お嬢様の顔から笑顔が消え、真剣な表情で話す。


「いい?今の貴方達は、舞踏会を開催する伯爵と同じくらいの影響力があるのよ。人を集め、流行を作る事が出来るし、お金だって集める事ができる。やり方次第で、色々な事ができるわ」


「突然どうしたんですか?なんか今日のカロエさん変です」


「貴方達が頭を悩ませてるのって、キルヒシュベルガー家のお嬢様の件よね。以前に危ない武器を贈ってきた」


「な、なんで知ってるの!?」


「商人にとって情報は命よ。知らないとでも思ったの?」


 確かに、私達の繋がりを知っているカロリシテお嬢様なら、簡単にたどり着ける結論だ。


「これは、商売抜きでの忠告よ。彼女を大事に思うのなら、ウチのような力のない商会でなく、裏社会にも顔の効く、もっと大きな商会に相談するべきよ。貴方達ならそれができる。……悔しいけど、私では力になれないわ」


「そんな事はないですよ!十分力になりますよ!」


「ロッテちゃん、現実の話をしているの。ウチの商会は、いつ潰されてもおかしくない状況なのよ。貴方達のお陰で、少し息を吹き返したと言ってもね。しかもまだ狙われているの。私には人を守る力があるどころか、巻き込んでしまう可能性がある。それが現実。私は貴方達にとても救われたわ。金銭的な面でも、気持ち的にもね。だからウソはつきたくないの。私ではダメよ」


「カロエ……」「カロエさん……」


「はい!重い話はここまでー。貴方達、帽子には興味なーい?」


 そう言うと、お嬢様はいつものお人形のような笑顔に戻った。


 しかし俺の頭はそこまで早く切り替えられない。一つの事がグルグルと頭に浮かんで離れない。


 やっぱデベルに相談か……やだなぁ……。

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