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街での活動 その34 カロリシテ2

勢いに任せてガガッと書いて投げてみる

 カロリシテお嬢様の、突然の商人推し。だんだん胡散臭くなってきた。


 お嬢様はそのまま話し続けた。


「歴史的に見るとね、職人さんのギルドは、私達商人に対抗するために出来たの。まぁ搾取しすぎた結果ね。なので、基本的に職人さん達は商人を良く思っていないのよ」


 お嬢様は、少し悲しげな表情を見せる。この人の目は本当に良く感情を映す。


「でもね、職人さんにも、商人にも、それぞれにしか出来ない事があるの。異なる性質をもつ両者が力を合わせて始めて、限りある必要性のその先───無限に広がる消費社会への扉を開く事が出来るの。私達は手を取り合うべきなのよ」


「職人にしか出来ないことは分かります。ですが、商人にしか出来ない事ってなんでしょう?」


 話が抽象的になり怪しさが増したので、俺は必要な情報を得ようと思った。手ぶらで帰るのだけは避けたい。


「良い質問ね」


 褒められた。これは、お嬢様の手のひらの上って事だ。なので褒められても嬉しくない。


「私達商人は、需要を操る事ができるのよ。需要・供給曲線って知ってる?縦軸に価格をとって、横軸に需要量と供給量をとった図で───」


「カロエ、それくらいは私達でも知っています」


 お嬢様が空中に絵を書き出したところで、クーがテーブルの上に本を出して開いた。需要と供給によって市場価格が決まるという図が載っている。俺もそれくらいの理屈は知っている。


「あら流石ね。こんな本まで持ち歩いているなんて。でもねリンデちゃん、本とは違って、実際の需要曲線はもっと切り立っていて、下に突き抜けているのよ。大抵の商品は、半値にしたところで需要は倍にはならないし、たとえタダにしたって無限に需要が増える事はないわ。一方、供給曲線はもっと寝ているの。売値は材料費を下回る事はないし、高く売れると知れば競争になって、供給量は簡単に増えるわ」


「カロエ、この様な感じですか」


「え、えぇ、そうよ。合っているわ」


 お嬢様が指で本をなぞると、クーが躊躇いもなくそこに線を描き入れる。お嬢様も、これには少し動揺した。チャンスだ。俺は主導権を求めて口を挟む。


「カロエさん、理屈よりも具体例で教えてください。なんだか誤魔化されてる気分になります」


「そうね、ロッテちゃんは実践派だものね。分かりやすいのは、私がお店で扱う洋服ね。必要性だけに基づく洋服の需要は、今リンデちゃんが書いた様な形をしているわ。季節ごとに数着が必要だとしても、着ようと思えば何年も着られてしまうもの」


 確かに、俺はそんなに服を持っていない。成長もしない大人なら、服は数える程で足りるのではないかと思う。


「でもね、私達がその洋服を『王都で流行の、最新ファッションです』とか、『あのエスカーデル氏デザインの新作です』とか『今年の新色、限定販売でっす』って売るとね、まだ着れる服を持っていたとしても、毎年買ってくれるようになるのよ。需要の線でいうとこう……横に膨らんで、少し寝てくる感じかしら」


「なんでそれで買うようになるの?よく分からない」


「ロッテちゃん、人は他の人と差をつけたがるの。それに乗じると、商品は必要なくても売れるのよ」


「カロエ、顕示的消費というものですね」


「そうね。これには色々な技法があるわ。例えば……フルモデルチェンジといって新しい商品を出すときは、シンプルで上品なデザインでだすの。すると、まず上品な客層が買ってくれる。その後、マイナーチェンジで少し下品なモデルを出すの。そうすると、上品な人達にコンプレックスを持った、すこし下品な人達が買ってくれる。でも、始めに買ってくれた上品な客層は、下品な人たちと同じものを使うのが嫌になる。そこでまたフルモデルチェンジで上品なモデルを出す。すると、また上品な人達が買い換えてくれるの。どう?凄いでしょう?」


 お嬢様は、得意げにペラペラ喋っているが、俺は少し引いている。やはり商人は、ろくでもない人種だった。こんな人達を頼るのは避けたい。そんな風に考えていたら、自然と疑問が沸いた。


「それは、技法さえ学べば商人でなくても出来るのでは?職人ギルドが、それをマスターすれば良いだけです」


「それは難しいのよ、ロッテちゃん。いえ、やらない方が良いの」


 お嬢様が少し困った表情を見せた。効いてる効いてる。追撃だ!


「なぜです?商人さんが困るからですか?」


「私達は関係ないわ。それをすると、職人さんが職人さんのままで居られなくなるのよ。そしてだんだんと、作るものの質が落ちてしまうの」


「どういう事?」


「職人さん達は、自分達の作るものの価値を信じているから、良い物が作れるの。たとえ売れなくてもね。一方、私達商人にとっては、幾らで売れるかが価値でしかない。物本来の価値なんて信じていないの。だからこそ、ただの概念でしかない記号を自在に付与し、本来必要でもない物を、人に売りつける事が出来るのよ。職人さんはそれを覚えてしまったら、良い物を作る事を忘れ、売れるための、見せ掛けだけの物を作るようになるわ」


「うーん、それでも売れるのですよね。ダメなのですか?」


「ロッテちゃん、これはお爺さまから聞いた話なのだけれどね。大陸の反対側に、まさに職人が商人的な国があったそうよ。その国はとても広く、とても人が沢山いた。なので、とりあえずの見た目だけが重視され、すぐに壊れてしまう物ばかりが売られた。だって、町が沢山あって人が沢山いるのだもの。悪い評判がたって一つの町で売れなくなったら、別の町に売れば良いだけ。品質なんて上げる必要が無い。それだけで成り立つのだから、商売としては正しい姿だわ」


「うん、それでも成り立つなら正解ですよね」


「でもお爺さまは言っていたわ。あんな国はまっぴらだって。まるで全ての人が意地汚い商人のようだって。自分の作ったものに自信をもつ職人と、満足するものを得て喜ぶお客。わが国にあるそれらの尊い存在を、失ってはならない。お金だけを信じるのは、私達だけで良いのだと。私は、お爺さまのその言葉を信じるわ」


 うーん。確かにこの町の職人を見ていると、物を作っているだけで幸せそうなんだよな。過剰品質大好きっていうか。作る人と売る人を分けたほうが良いというのは、一理あるかもしれない。それぞれ人には性分ってものがあるし。


「少し納得しました。ですが、カロエさんの言う、本来必要でない物まで売るって、インチキ臭くないですか?良くない事に思えてしまいます」


「あらぁ、はっきり言うのね。子供は怖いわぁ。でも、『詩人だってそうでしょう?詩人に金を払う人たちは、むだにお金を捨ててるって言うの?詩人からちゃんと望み通りのものを貰ってるでしょう?』それと同じよ」


「商人と詩人は違う気が……」


 ふとクーを目にすると、本を開いてとある一文を指差している。


 あぁ、聞き覚えがあると思ったら、ミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくるジジのセリフか。ジジはでっち上げの観光案内をする大嘘付きだ。そんなの引用されても、胡散臭さが増すだけなのに。


 というか、『モモ』は少女が主人公の児童文学なのだが、児童文学の皮をかぶった風刺小説だ。実在しないはずの者が仮初めの人格をもち、大人達の時間を奪っていくという話になっている。これを楽しく読める子供は、そんなに居ないと思う。いわんや、記憶して引用してくるお嬢様は、やはり普通の人ではないと思う。


「あら、いつの間にとってきたの?ダメよー、人の本棚を勝手に見るなんて。後でちゃんと返しておいてね。でもそうねぇ……」


 お嬢様は俺とクーの顔を見て少し考える。そしてため息をついて言った。


「貴方達が、私のやり方を良く思わないのは分かったわ。じゃあもう一つの方法はどうかしら。ピュシスに基づく物を作る方法よ」


「ピュシス?」


「言葉では否定できないものよ。ロッテちゃんにも分かるように言うと、『かわいいは正義』みたいなものよ」


 あれ?俺ってすこしディスられてる?確かに分かりやすい説明だけど。


「かわいい物を作れば良いって事?」


「そうね、でも正義はそれだけじゃないわ。『かっこいい』も正義だし、『美しい』も『楽しい』も正義よ。さらに、同じ『かわいいは正義』でも、人によって『かわいい』の中身は違う。人の数だけ──いえ、それ以上に正義は存在するわ。そういった理屈抜きで良いと思える価値を付与すれば、波長が合った人に対して物凄い需要が得られるわ」


「あ、そっちの方が向いてそうです。それなら職人達だけでも出来そうだし」


「でもねロッテちゃん。その道はその道で、多くの人から叩かれる険しい道よ」


「なんで?」


「それぞれの正義に目覚めてしまった人は、私達と、そのお客さんの敵なのよ。例えばだけど、『今年の新作バッグ買ったの!いいでしょ!』って人に対して、それぞれの正義に目覚めた人はこう言ってしまうの。『ふーん。お宅はそういうのが好きなんだー。でも私は可愛いと思わないし、興味ないわー』って。そんな事を言われたら、良いものだと信じて買ったお客さんの立場が無いじゃない!」


「えー……それって自慢しようとした人の逆恨みでは……」


「どっちが良いとか悪いとかじゃないのよ。顕示的消費の競争をしている多くの人にとって、同じ競争に参加していない事が既に邪魔なのよ。存在してもらっては困るの。なので政治的概念として敵なのよ」


「えっと、つまりカロエさんも敵に回るという事ですか?」


「うふふっ、私はずっと貴方達の味方よ。これだけ近くに居るのだもの。敵になんて出来ないわ」


「よかった。急に敵とか言い出すから驚いちゃった」


 俺とお嬢様は、二人で優しく微笑み合った。そこにクーが、やれやれ顔で水を差す。


「お姉様、カロエの言葉を誤解しないで下さい。きっと『近くに居るのだから稼ぐ手段は沢山ある』という意味ですよ」


お嬢様は目をパッチリあけ、力いっぱいニッコリして、クーの指摘を誤魔化した。

だいぶ忘れているので、多分この辺というさんこうぶんけん

『現代社会の理論―情報化・消費化社会の現在と未来』見田 宗介(著)

『有閑階級の理論』ソースティン・ヴェブレン

『モモ』ミヒャエル・エンデ

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