街での活動 その33 カロリシテ1
俺とクーは、鍛冶ギルドの問題のヒントを得ようと、カロリシテお嬢様に相談する事にした。デベルに相談を持ちかけても、どうせ殺せとしか言わないだろう。デベル以外でこういう事を相談出来そうなのは、彼女しか思い浮かばい。
今日のお菓子は焼きアーモンド。大皿でテーブルの上にデーンと置かれている。もちろん美味しいのだけれど、だんだんとオモテナシ感が薄れているような……。
俺はアーモンドをヒョイパクしながら、経緯をかいつまんで説明した。もちろん、具体名は明かさない。
「ふーん。それでお姉さんの知恵を借りたいってわけね」
「うん。カロリシテさんも職人と付き合いがありそうなので、相談にのって貰えるかなって」
「カロエでいいわよ、ロッテちゃん」
突然変な名前で呼ばれた。テオロッテを短縮してロッテか……。そんな風に呼ばれた事が無いので、ちょっと戸惑う。
その隙をついて、覗き込むような目をして、続けてお嬢様が話す。
「でもねロッテちゃん。それって、『新しく商売を始めたいからノウハウを教えて。ゆくゆくは商売敵になるかもしれないけれど』って事よね」
「え?そんなつもりでは……」
「ウフフフフ、冗談よ。ごめんなさいね。でもそうねぇ……どうしましょうかしら……」
お嬢様は、ゆっくりとお茶を口に近づけながら目を閉じた。そしてゆっくりとカップに口をつけ、ゆっくりと離し、そしてやっと目を開いた。
俺はその間、お嬢様の動作から目が離せなかった。軽い気持ちで相談に来たのに、しょっぱなから緊張させられるとは。
「そうね、貴方達には知っていてもらった方が良いわね」
お嬢様はそう言って、テーブルベルを鳴らした。すると、ベルの余韻が消えると同時に扉がノックされ、女性の使用人が入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「この間話していたアレ、今出したいの。お願いできる?」
「かしこまりました。三十分ほど頂けますでしょうか」
「良かった。お願い」
そうした短いやり取りをして、使用人はすぐ出て行った。
「カロエさん、いったい何を……」
「ウフフ、貴方達の教材に丁度良いものがあるのよ」
お嬢様は嬉しそうに微笑むが、正直、良い予感はしない。
このお嬢様は、口に合わせて手足も良く動き、自分から距離をつめて来る。そういった、貴族のお嬢様には無い親しみやすさがある。
でも、全く油断は出来ない。見た目はくりくりお目目の華奢な人形みたい。でもその外見とは裏腹に、中身は抜け目のない商売人だ。とはいえ、今はそれが頼もしいのだけれど……。
「さて、プレゼントは後のお楽しみに取っておくとして、まずは基本的な事からお話しましょうか。根本的な認識がズレていると、話が食い違っちゃいますから」
「カロエ、結論を先に言ってください。話を聞くかはそれから判断します」
「だめよリンデちゃん。物事には順序があるの。ここはお姉さんに任せて。悪いようにはしないわ」
クーが主導権を取りに行ったが失敗した。クーまで短縮して呼ばれ、面食らっている。
「まず、さっきロッテちゃんは言ったわよね。モノを大量に安く作れるようになって、ものすごく生産性が上がりそうだって。それは、きっと大きな勘違いよ」
「え?どうしてですか?沢山作れるようになるんですよ?」
「でもそれによって、隣町のギルドは稼ぎが減るのよね。隣町も含めた業界全体としてみると、稼ぎは減ってしまうのではなくて?」
「そう……かもしれません。安く作って売るわけですし」
「稼ぎが減るって事は、生み出している価値はむしろ下がっている。つまり、全体で見れば生産性は逆に下がっているのよ」
「え?よく分からなくなって来ました。でも、モノが簡単に沢山作れるようになるんですよ?」
「そこが根本的な勘違いよ。例えば、売れない不良品を沢山作れるようになっても、生産性が上がったとは言わないでしょう?生産性っていうのは、ただモノを沢山作れるかじゃないの。価値をどれだけ作れるか───どれだけ稼げるかなの。そこを勘違いしているから、不幸な結果になるのよ」
「んー、んー、んー。ちょっと待って。理解するために時間を下さい」
「どーぞ」
俺は顔に手を当てて俯いて頭を整理する。お嬢様の話は、俺の直感とは異なる。なので理解が難しい。お嬢様はその間に、お茶を口に運んだ。
あー、なんかでも、最近こういう感じ良く味わうな。コンクリートは乾燥させてしまうと固まらなくなるし、ネジは締め過ぎるとかえって緩むんだっけ。
『逆に考えるんだ』某物語に出てくる有名なセリフ。これは意外と正しい事がある。直感と事実はよく反するのだ。それを認めず、直感に従い続けると事態はさらに悪化して大ヤケドを負う。ここは一旦、直感を思考の外に出した方が良いかもしれない。
とはいえ、まだ納得は出来ない。受け入れるためには、もう少し理解したい。なので俺は問答を続けた。
「確かに業界全体の稼ぎは減るかも知れませんが、でも、かかる労力はそれ以上に減ると思います。つまり生産性は上がっているのでは」
「そこからあぶれた人の生産性はどうするの?働いていないのだから、勘定に入れなくていい?それとも、もう同じ業界の仲間ではないって考えるのかしら?少ない材料で作れるようになったからといって、残りの材料を捨てる事になるのなら、結局生産性は上がっていないのよ」
「ういた材料を捨てちゃうからですよ。新たに有効活用すれば良いだけ───手の空いた職人は、別の物を新たに作って売れば良いだけです」
「理屈ではそうね。でも、それってそんな簡単に出来る事かしら。ましてや、競争に負けた職人には無理じゃなくて?そして、だからこそ隣町のギルドは反発するのよね。勝負に負けました、私達は別の商売を始めますって、それが簡単に出来たら、今貴方達がかかえる問題は起きていないわ」
「あ、うん。でもでもでも……」
生産性という言葉がよく分からなくなってきた。
俺の思っている生産性と、お嬢様の言う生産性は、二つの点で定義が違う。
一つは、出来上がる物の量で考えるか、稼ぎで考えるか。
二つ目は、出てきた成果に対してかかった労働力で考えるかと、かかえる労働力に対して出てくる成果で考えるか。
生産性とは、定義次第で意味が全く変わってしまう、いい加減な言葉なのかもしれない。
それを理解したら、お嬢様の話を飲み込める気がした。俺の定義も間違ってはいない。でも、今回の問題については、お嬢様の定義を指標にした方がよい気がするのだ。
「うん……。少し問題が理解できた気がします」
「さすがね。私、これだから貴方達とのお喋り好きなのよ」
「カロエ、潰れかけの商会の者にしては、随分と大きな視座を持っていますね。少し見直しました」
「フフッ、それはどーも。これでもお爺様の代は、街で指折りの大商会だったのよ。お爺様が亡くなって分裂してからは、この有様ですけどね」
お嬢様とクーは楽しくお喋りを続けた。でも、俺はまだ頭が重い。呑み込んだは良いが、消化不良を起こしている感じだ。そもそも、問題解決の糸口は、全く掴めていない。
「物を作る効率をあげるだけだと、一部の人の稼ぎは増えても、業界全体の稼ぎは減ってしまう。でも、売れる別な物を新たに創るのも難しい。じゃぁどうすれば……」
俺が真剣に悩んでいると、お嬢様はイタズラっぽい笑顔を作り、また俺の目を覗き込んで言う。
「うふふ、そこで私達の出番なのよ。その辺の石ころでも売ってお金に変えてしまう、私達商人のね」
楽しげな口調で軽やかに語るお嬢様。でも、言葉の中身はどす黒い。とんだ印象詐欺お嬢様だ。




