ヤンとの狩り その3
ヤンの親父さんの説明が終わった後、七人はお互いに距離をとりながら森の中を捜索していった。俺とヤンは畑に近い側だ。追い立てる役というより、畑側に飛び出した場合に発見する役目。
「な?無理じゃなかったろ?」
ヤンは得意げに俺に言う。
「お前は家に帰ったら、親父さんとエルザ姉さんから死ぬほど怒られると思うんだが」
「なーに慣れてるし大丈夫さ。それよか今は役立って報酬をもらう事が大事だ。幽霊はなにか言ってないのか?」
「クー、どう?イノシシ見つからない?」
「テオ、まだ気付きませんか?どうせ進めば遭遇するので言いませんでしたが、あそこに居ますよ」
「え!?うわぁでけぇがの居る!」
クーが発見して知らせてくれると思っていてよく見ていなかったが、20メートルほど先に大きな黒い塊が居た。すでにこちらに気づいているのか、こちらから一定距離を保つように動いている。
「いたー!」
俺の声に反応して、少し離れた位置にいたヤンも気付いた。そして、イノシシに直接向かわず、森の中を駆け抜け、俺と挟み撃ちになるように遠巻きに移動した。
「あ、あのバカ」
この挟み撃ちする方法は、俺達がいつも行うものだ。だがしかし、今日は大人の居るほうに追い込むだけでいい。っていうか、あんな大きなイノシシを俺らが何とかできる気がしない。
俺は、大人たち側に追い込もうと回り込みながら距離を詰める。しかし、ヤンはその真逆に回り込んで阻止しながら距離をつめる。
「あーもう!そこどけって!」
イノシシとの距離がもう10メートルほどになった。俺はもう怖くて近づけない。
「テオ、では向こうに追い込んでしまいますね」
「えっ?」
「ヤンがあのまま接近したら、あのイノシシは間違いなくこちらに来ます。テオの方がどう見てもひ弱で怖気づいてますから。それではこの狩りは失敗し、テオやイーナの一家が罰をうける事になります」
「確かにそうだろうけど、向こうにはヤンが……」
「テオ、議論している暇はもうありません。ヤンなら避けてくれます。ヤンを信じましょう」
クーがそう言うと、周りの木の陰からフワフワした毛並みの大きな狼が5匹出てきた。これまで一本一本の木の陰に隠れていたのが、スッスッっと出てきたようで俺までギョっとした。
当然、イノシシも驚いた。ヤンの事などお構いなしに俺の反対側──ヤンの方向に逃げ出した。
「本当に大きなイノシシですね。200キロを超えています。体当たりされたら大変ですね」
自分で追い込んでいてよく言う。あんなの、ヤン自慢のフォークがあっても無理だろ。イノシシの背中は硬くて刃が通り難いと本で読んだことがある。さらに、こいつは硬い毛に覆われている。よくて相打ち。大怪我は免れまい。
「ヤン!逃げろ!」
「うぉぉぉ!先手必勝ぉぉぉ!」
ヤンが叫びながら手をを大きく振り、フォークを投げた。しかしダメだ!力を入れすぎたのか、フォークはあらぬ方向に飛んでいった……かに見えたが、フォークは弧を描くように飛び、側面からイノシシのケツにザっくり刺さった。
「ピギィッ」
あっけなくイノシシは倒れこみ、痙攣しながら地面をのた打ち回っている。
「は?」
俺は唖然として言葉が出ない。これにはクーも驚いているようだ。
「テオ、ヤンが今とても変な事をしました」
「よっしゃぁぁぁ!どうよ!」
「いや、どうよじゃねぇよ!」
「え?」
「倒すのは領主の息子さんの役!俺らは追い込むだけの役!忘れたのかよ!」
正直、倒せるとは思っていなかった。でもこれ、倒してしまってはダメな奴や。
「あ、そうか」
ヤンはイノシシのケツからフォークを抜き、摩りながら立たせようとした。だが重過ぎる。子供の力ではどうにもならない重さだ。
「おい!どうした!居たのか!」
やばい!ヤンの親父が気付いてこっちに向かってきた。俺もヤンと一緒に必死になって、イノシシを立たせようとする。
「フンヌッ」
が、ビクともしない。幸い、このフォークは傷を殆ど与えない。時間さえあれば自然に回復して、普通に歩き出せるのだが──今はその時間がとれなさそうだ。
「テオ、ヤンにしばらく静かにするよう言ってください」
そう言うとクーはヤンに姿をかえ、親父の方に駆け寄った。
「親父。いたよー。あそこー。」
クーの指差すほうに、今ここでピクピクいってるのとそっくりなイノシシが、元気な姿で現れた。ナイス対応だ!だがやはり、とてつもない棒読みだ!緊迫感が全くない!
「ヤンお前どうした?怯えているのか?お前にそんな知能あったのか?」
ヤンの親父は、すぐに息子の異変に気付いた。しかし今はそれどころではない。そのまま無表情な息子を放置してイノシシ(幽霊)に向かって走っていった。
イノシシ(本物)の方はというと、ようやく自力で立とうとし始めた。が、何度もコケた。危なくて近付けないので、テオとヤンは少し離れて応援した。
「がんばれ!あと少しだ」
「いけ!立て!そのまま!ふんばれ!」
「ビヒィービヒー」
プルプル震えながら立とうとする姿は、動物の赤ちゃんみたいで応援したくなる。こんな巨大な赤ちゃんは見たことないけど。
数分間の奮闘の末、ようやくイノシシは立てるようになった。しかしまだプルプル震えていて立つのがやっとだ。走れるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「クー!そっちはどうなってる?」
「問題はありません。上手く逃げ回らせています。さらに、お付の人達の動きがだんだん鈍ってきています。捕まることはないでしょう」
「時間稼ぎは上手く言っているみたいだ。ふーっ、何とかなりそうだ」
「よし!今のうちだ!体力を回復するんだ黒ブー!」
バカヤンが変な名前で呼びだした。頑張って立った黒ブー(200キロ超え)を、毛並みを整えるかの様に撫でている。黒ブーもそれを嫌がっていない様子で、身じろぎせず撫でられるままにしている。
っていうかコイツ、もう回復してね?ヤンに懐いちゃって動かないだけで。
「なぁコイツそろそろ走れるんじゃね?ちょっとナイフで刺してみようよ」
「お前は酷いこと言うなぁ!黒ブーにそんな可哀想な事が出来るかぁ!」
食おうとしてたくせに……
「ヤンには付き合いきれませんね」
俺もクーと同意見だ。俺はヤンのいう事は無視して、黒ブーのケツにナイフを突き刺す。
「ビヒィィィィイ」
黒ブーはヤンを振り払って走り出した。
「あぁ!黒ブー!」
ヤンは金色夜叉のお宮みたいな格好で、走り去る黒ブーのケツを見ている。
「テオ、それではコチラはそろそろ消します」
「分かった!ヤン!お前もバカやってないで追い駆けてるフリをしろ!」
俺はヤンの手を引っ張って起こすと、イノシシ(本物)を追い駆けた。イノシシは一応は走れるようになったが、まだ全快とはいえない様で動きがぎこちない。
少し一緒に走っていると、騎馬の二人が走ってきた。突然対象を見失ったので、音のするコチラに向かってきたようだ。自分の足で走っている3人は付いて来れていない。俺は手を振りながら二人を呼び寄せた。
「あ、領主様!こちらです!」
すると、マッチョなオッサンの方が前に駆けだし、イノシシと交差ぎわにピュッと剣を振った。イノシシは足を切られてビッコを引いた状態になり、後から駆けて来た領主の息子に止めを刺された。
「ルドルフ様、これはまた立派な獲物を仕留めましたな」
「うむ。これなら父上にも自慢できよう。持ち帰り、剥製にさせよう」
「あれー?食べないんですか?」
またヤンが空気を読まない発言をした。その手には「食おうぜ」と言わんばかりにフォークが握られている。空気が凍りついた。領主の息子が汚いものを見るように睨んでいる。
「ルドルフ様、この者達は立派に猟犬の役目を果たしました。私の方でこの猟犬達に褒美を取らせたいと思います」
「うむ。よきにはからえ」
俺は、もう余計な事を言わせまいとして、ヤンの頭を抱え込んだ。イノシシよりも、こいつの発言の方が危ない。
しばらくして、徒歩組の3人がヘトヘトになってやって来た。そして、イノシシを引きずって運ぼうとしたが、領主の息子が「せっかくの獲物に傷がつく」と止めさせた。しかしこれを持ち上げて運ぶのは無理だ。なのでヤンの親父さんが俺らに指示をだす。
「テオ、お前のところの荷馬車を近くまで持ってきてくれ。ヤン、お前は人を2、3人連れてこい」
俺らはそれに従った。俺らの仕事はそこで終わり。後は大人に任せよう。
俺らは、城に運ばれるイノシシの後をテクテク歩きながらついていき、マッチョなオッサンから報酬をもらった。さっきのイノシシではなく、ニワトリの肉だったが。その際、オッサンに諭された。
「そなたら領民を護るのも騎士の勤めではある。だがあまり無茶をしてくれるな。人にはやろうとしても出来ない事もある」
子供と変わらない自分勝手な大人が多い中、立派なオッサンに出会うと本当に頭があがらない。ヤンのバカが迷惑かけて本当に申し訳ない。
無事肉ももらっての帰り道、俺は気になっていたことを思い出してヤンに聞いてみた。
「なぁヤン、さっきのフォーク投げはどうやったんだ?外したと思ったら、空中で方向が変わって命中してたあれ」
「あぁアレか。アレはこう……クッっと投げるんだ」
ヤンが紙飛行機を飛ばすように、手首のスナップを効かせてフォークをなげると、フォークは空中で円起動を描いて再びヤンの手元に返った。当たり前の様にやりやがるけど、いまの説明では全くできる気がしない。
「俺も最近できるようになったんだよ。鳥に当てられないかなーって練習してたら次第にな。テオがいきなりやろうったって無理だよ。でも避ける獲物にもよく当たるんだぜ?お前も覚えたほうがいいよ」
「テオ、ヤンは色々とおかしいです」
「だよなぁ……物理法則を無視しているとしか……」
「テオ、それだけではありません。そもそも金属製の道具は、術者が触れ続けていないと効果を発動できないはずなのです。投擲してスタンさせるなんて非常識すぎます。物語の中の魔法剣士でさえそんな事はしません」
ヤンは常識外れのバカだが、それと同時に常識に囚われない天才でもあるのかもしれない。
***次の日***
「なぁクー。お前がオススメしてきたこの本で聞きたい事があるんだが」
「テオ、興味をもってくれたんですね。素晴らしいです。何でも聞いてください」
「なんでこのナイトは、亡国の危機に敵前逃亡して、さらに王様ではなく姫を助けに行くんだ?というか、なんでそんな奴がこの国一のナイトとされてるんだ?」
「テオ、テオにはいつも失望させられますね。どうしたら、そういった下らない瑣末な事に疑問を持てるんですか?そもそもナイトなんて、婦人を助けなかったら物語上は存在意義などないじゃないですか」
「そ、そうかもしれないけど……なんか俺の中のナイトって、昨日見たオッサンみたいに、目の前の者を全力で護る!引かぬ!逃げるものか!って感じで、イメージが合わないんだよ」
「あんなトウの立ったナイト、本当のナイトじゃありません。ナイトの名を騙った偽者です」
ダメだ、こいつも常識外れのバカかもしんない。




