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街での活動 その32 それぞれの性分

 俺とクーは、開け放たれた正面入り口から建物内に侵入。しかし、一階には誰もおらず、二階から声がする。


「ここここの様に、ネジというものは、強く締め過ぎても逆に緩みやすくなります。そしてまた、締め付けが弱すぎても逆に、今度は疲労破壊しやすくなります。必要なのは適切な締め付けなのです」


「なるほど……」「締めても締めても緩むのには、そういった可能性もあるのか……」「奥が深いな……」


 お嬢様と男達の声だ。ギルドに居たオッサンの声もする。俺とクーは、テトテトと二階に駆け上がった。


「お嬢様!」「し、師匠!」


 クーがトトトっと駆け寄るところに、お嬢様がパタタっと駆け寄ってきた。そして涙目。


「しーしょ~、しーしょ~、しぃーしょーぅ……」


「やれやれ、色々あったようですね。でも、ご無事で何よりです」


 クーがお嬢様の手を取ってサスサスし始めた。それを見て、俺は状況を確認に努める。お嬢様を慰めるのはクーに任せておけばいい。


 そこには職人風の男達が十人ほど立っていた。壁際にはボディガードが二人、壁に手を当てて大きな紙を押さえている。紙には大きなネジの絵と幾つかのグラフ、そして記号と数値がいくつも書かれている。


 うーん、職人達にネジの講義をしていたのか。本当に、なぜそんな事に?残念なお嬢様だけど、一応は貴族なのに。


「あれが光と闇の妖精か……」「ただの子供じゃないのか?」「子供に見えるが、大人が束になっても捕まえられないらしい」ザワ……ザワ……


 職人達がこちらを見てヒソヒソしていた。


 あれ?お嬢様が巫女扱いされてるのって、もしかして俺らのせい?っていうか、クーが光で、俺が闇?それおかしくない?


 クーは光っていうか闇よりドス黒い何かだし、俺はクーより邪悪じゃない。というか、闇の妖精っていわゆるダークエルフだろ?俺はそんな巨乳でもビッチでも、堕落した俗っぽいキャラでもない。見た目だけで光と闇を割り当てるの良くない。


 クーは、お嬢様の感情が落ち着くのを待ってから話しかけた。その声で、俺も現実世界に引き戻された。


「お嬢様、何があったのかお聞かせ頂けませんか」


「は、はい……」


 お嬢様は指で軽く涙を拭ってから、話し始めた。


「お、お師匠様の忠告について、私なりに考えようとしました。大好きな開発は続けたい。でもそれが、どうすれば戦争の元にならないか、どうすれば皆の人生を奪わないか、考えて答えを見つけようとしました」


 お嬢様は少しうつむき、ゆっくりと話した。


「でも間に合いませんでした。私が何もしなくとも、職人達は自分達で始めてしまったのです……。お師匠のお言葉も伝えました。安易に技術開発を続けると、世界が変わってしまう。貴方達自身の人生を狂わす事になるかもしれないと……。でも、みなは止まりませんでした。そして、次々に事故が起き、大怪我をする人がでました。ですが、ですが、それでも止まりません。もっと時間があれば、もっと考えられれば、よい計画が立てられるかもしれないのに……」


 お嬢様はまた涙目になってきた。お嬢様は残念な人。でも、とても真面目で純粋なのだ。彼女は一生懸命に職人達を止めようとしたろう。その姿は、容易に想像できる。


 俺とクーは、お嬢様のウルんだ瞳を見て少し腹が立ち、職人達を睨んだ。職人達は一瞬ビクッとしたが、一部を除いては、子供に睨まれてビビるような人達でもなかった。


「しょうがねえだろ……。俺らは職人は、技術で飯くってんだ。新しい技術を知っちまったら、挑戦せずにられぇんだよ」

「そ、そうだ!新しい技術は身につけたい。そう思うのが職人ってものだろ!」

「俺らは気付いちまったんだ。新しい技術ってものは、教わったり盗むだけのものじゃない。自ら見つけ出すことも出来るって事に。俺らは今燃えてるんだ。誰にも止められないくらいに!」


 職人達は、次々に口を開いて吠える。


 うんまぁ、その気持ちは分かる。新しい事を覚えるのは楽しい。そしてさらに、新しく覚えた事によって、別の新しい事が見えてくる。その連鎖にはまると、なかなか抜け出せるものじゃない。


 でも、同時にもう一つ分かる事がある。この場でそんな事を口にすると、クーが怒るだろうと言う事だ。お嬢様の涙を踏みにじる発言、それはきっと許されない。


 俺は、恐る恐るクーの方を振り返る。そこには、毛を逆立てて蛇みたくうねらせるクーが居た。光の妖精?ノンノン、どう見ても邪神。


「あーなーたーたーちーはー、女性を泣かせておいて、まーだそんな事を言うのですかー?」


 クーが唸る様な低い声でそう言うと、スカートの下から何匹もの蛇が出てきた。


 蛇は加速しながら職人達に近付く。ターゲットは口答えをした三人の職人。それに気付いたほかの職人は、ザザっと壁際に退避した。残された三人はうろたえるが、何も出来ない。蛇は下から三人に巻きついていき、顔まで覆っていく。


 三人が完全に拘束されたところで、蛇同士が重なり合った所で溶け合い、蛇で出来た籠ができた。蛇は次第に生気を失っていき、赤錆の浮く鉄に変化。気付いてみると、いつの間にか鉄製の吊り籠(ジベット)が出来上がっていた。罪人を閉じ込め、高く吊るして見せしめにするあの籠だ。


「た、助けてくれ!」「俺が悪かった!謝るから!」


 罪人たちは命乞いをする。しかしクーには届かない。


「新しい技術を覚えたいのでしょう?でしたら、私が教えてあげますよ」


 クーはお嬢様を俺に預け、罪人達に近付いていく。そして罪人の近くにある広めの会議テーブルに触れる。するとテーブルは鉄に包まれ、別なものに作り変えられていった。


 テーブルは鉄の箱になり、横から太い腕が生え、テーブルの上にせり出す。腕はボコボコと変形を続け、歯車を水平にして吊り下げたような形状を作った。


 一方、テーブル本体も変形を続けた。ハンドルが幾つも追加され、それらがキュルキュルっと回るとテーブルの天板が前後左右、上下にゆっくりと動いた。


「こんなものですかね」


 クーはそう言って、右手を上に伸ばし、テーブルに向かって振り下ろした。それと同時に、罪人達の入った吊り籠がテーブルの上に飛び乗った。そして、何処からともなく飛んで来るネジで、天板に固定された。


「な、何をするだぁ」「出せぇ、出してけれぇ」


 仰向けに寝かされた罪人は、手足の先を動かして必死に足掻く。しかし完全に拘束されている。


「心配は要りません。貴方達のしらない技術を、身をもって体験してもらうだけです」


 クーがそう言うと、水平に吊り下げられた歯車が、コーっと音を立てて回り始めた。その歯車には何も繋がっていない。ただ空を切っているだけ。でも、物凄く早く回っている。


 そして、クーは両手を顔の高さまで上げ、人差し指を出して素早くクルクルまわした。すると、それに同期してテーブルの下の大きなハンドルが回り、テーブルの天板がジリジリ動く。そして、罪人達の頭を歯車の方へ運んでいった。


「ヒィィィィィ」「止めてくれぇぇ」


 仰向けに固定されているため、罪人達の視界は限られている。それでも、歯車が近付くのは音で分かるようで、一人、また一人と恐怖に負け目を瞑っていった。


「フフンフフー♪フフンフフー♪フフンフフー♪フフンフフー♪フフンフフーフフンフフー♪フフンフフーフフンフフー♪」

※シューマンOp.15『子供の情景』より木馬の騎士


 一方のクーさんはご機嫌。鼻歌交じりに、指を回す位置を変え、テーブルを自在に動かしていく。コレだけ見ると妖精っぽい。やっているのは拷問と同じだけど。


 クーの指の回転が遅くなったところで、歯車が吊り籠に小さく当たり、キュリキュリと音を立て削り始めた。


「ギャッ、アッ、アツッ、アツッ」


 籠を削られている罪人が悶える。それをクーは完全に無視し、クルクル回し続ける。


 そしてしばらくすると、テーブルを大きく動かした。そして、一人の罪人が歯車の下から開放され、次の罪人が歯車の元に運ばれた。


 歯車の下から出てきた罪人は、顔中に切子きりこをつけて硬直していた。それに仲間の職人が駆け寄る。お嬢様も、俺の手を離して職人の元へ駆け寄った。そして言った。


「さすが師匠……」


 一人の職人が、皮手をはめて削られた吊り籠を触る。そして唸る。


「見事に平らに削られているな……なるほど」


 丸い断面をしていた蛇が、削られて半円になっている。


「でもどうやって作るんだこれ。この機械で平面を作れる。それは分かるが、この機械を作るためには、始めに完璧な平面を作る必要があるだろ」


「そうだな……。それにあの歯車もだ。鉄を削るとなると、刃金である必要があると思う。鋳物で歯車を作るのとは訳が違うぞ」


「待ってください。あの歯車は単純な塊では無いようです」


 お嬢様がゴーグルを装着して歯車を覗き込んでいる。お嬢様のゴーグルは、回転物を静止している様に見る装置が付いている。しかし、想定している回転数より速いため、少し苦労しているようだ。


「ど、どうやら、沢山の小さな別の金属を、歯車状の本体に、固定して作っている様です」


「なるほど、そういう手があるか」


 職人達とお嬢様は、初めて見る機械に興味津々。仲間が犠牲になっている事には目もくれない。


「ちょっと!貴方達!お仲間の心配もしてあげてよ!」


 仕方なく、俺が突っ込みを入れた。そうして初めて、被害者の顔から切子が払われ、声がかけられた。


「おい、生きてるか?」


「なんとかな……。俺にも何が起こったのか教えてくれ」


 なんという技術バカ達。これにはクーも興をそがれた様だ。罪人達を歯車の下から出しすと、テーブルの上を手で触れた。すると、機械は動きを止め、カチャカチャと畳まれながら、クーの手に吸い込まれていった。


「お嬢様まで一緒になって……まったくもって、やれやれですね」


「こ、これはその……あの……、師匠が人を傷つける訳が無いと思って、つ、つい……すみません」


 申し訳なさそうに誤るお嬢様。でも、クーは別に怒ったりしていない。ただ呆れているだけだ。


 クーは困ったような顔をしながら、俺の方を見てきた。俺は苦笑しながらお手上げを示すポーズする。そして、二人で大きなため息をついた。


 この人達を止めるのは、本当に大変そう。俺とクーはそれを悟った。


 保守的で新しいものを恐れる職人。デベルの話にあった職人の姿は、この町の鍛冶ギルドには無かった。それどころか、目的のためには仲間の死をもいとわない、戦士みたいな奴らだ。


 そんな戦士達にお嬢様の頭脳が加わり、相乗効果をなして猛スピードで進化していく。確かにヤバい。デベルが危険視するわけだ。


 とはいえ、お嬢様は元気で、活き活きとしている。始めてみた舞踏会での姿とは大違いだ。彼女は、お貴族ご令嬢の世界よりも、こちらの場所の方が輝けるんだ。この場所は何としても守りたい。


 クーが俺の隣に戻ってきて、困った顔のまま俺の手を掴む。俺はまた苦笑し、ため息をついて言う。


「私達がなんとかしてあげないとね」


 クーが頷きながら肩を寄せてきて、同意を示す。


 そうだな。俺が姉役なのだ。一番がんばらなくちゃ。


 立場を認識させられて、また面倒くさい課題を抱える羽目になった。


***


 その後、クーはお嬢様に壁の物体について長々と説明していた。材料と最適な養生時間の関係は、分散分析をするのが有効だとかなんとか……。


 俺も途中まで聞いていたが、ついて行けなくなったので退散。下階で職人達の筋肉をペチペチ叩きながら、おだてて彼らの技を見せてもらい、キャッキャウフフフと楽しんだ。


 そして思った。なるほど、俺はダークエルフポジションだ。


さんこうぶんけん

『ねじ締結・新・常識のうそ (日経メカニカル別冊)』

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