街での活動 その31 ツンデレ親方
のんびり書くと、字数に対する話の進み具合も遅くなる。そんな事に気付いた。
俺とクーは、ミトンの製作依頼をするため、デベルのもとを出て、鍛冶師のギルドに向かった。もちろん、途中で少年の姿に戻った。
鍛冶師のギルドには、話が通っていたようだ。俺が行くなり紹介状を渡され、そしてお金を請求された。
「えっと……?」
「子供用の篭手の依頼だろ?お前の隊長から話は聞いてる。ノソノソ小道のルブって奴の所に行け」
「それだけですか?一応ほら、認識票とか確認しません?」
「あ?金を持ち歩いてるガキがそうそう居るかよ。ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと行った行った。こっちは連日の会議で忙しいんだ」
シッシと追い払われた。
説明が要らなさ過ぎてモニョる。もちろん、一から説明して信じてもらえるかっていうと、難しいわけで、贅沢な不満なんだけど……。
***
ルブと呼ばれる職人は、小さな工房に居た。
「こ、こんにちは~」
「お、本当にガキが来たな。ちょっと待ってろ」
ルブは作りかけの小物を仕上げて片付けると、よっこらせと立ち上がって伸びをした。腰がつらそう。
「よっしゃ、じゃぁ付いて来い」
ルブはそう言うと工房の外に出てしまった。そして、通りを少し歩いて別の小屋に入っていった。俺は、わけも分からず付いていく。
「うっす、邪魔するぜ」
「お、ルブじゃねーか。珍しいな。っつーかなんだ?ついにお前も弟子をとったか」
「ちげーよ、コイツは客。コイツに篭手を依頼されてな。材料を買いに来たんだ。ミトンに使えそうなのないか?」
「はぁ?兵士不足とは聞いていたが、そんな子供が駆り出されんのか。世も末だな。あ、材料はそこのグリーヴでいいんじゃねぇか?」
「これか?そうだな……おいお前、ちょっとこれに手の甲を当ててみろ」
「はい」
俺は、先っぽがひしゃげて潰れたスネ当てに、手を置いた。すると、ルブが鉄の針でそれに線を描いていった。
「いけそうだな。コレでいこう。オヤッサン、他も適当に貰うぞ」
「おう、あんま散らかすな」
ルブは、タガネと金槌で壊れた甲冑を解体し始めた。
うーん、この血がベットリついて錆びた感じ、これの前の持ち主達って、きっと大怪我してるよね。俺は基本的に、お古でも気にしない派。でも、これは流石に縁起がわるそう……。かといって、この流れに水を差すのも……。
俺がそうしてモニョモニョしていると、店の親父がゆっくりと話し始めた。
「ルブ……お前はギルドの会議に出なくていいのか?一人とはいえ、一応は親方だろう」
「……いいんだよ。そういうのは好きな奴らに任せておけば。俺は自分の意見を通したくて親方になった訳じゃねえ。一人で勝手にやりたいからなったんだ。俺は一人で鉄をぶっ叩いてる方が性に合う」
「でもなルブ。お前にはキサゲとかロウ付けとか、細工師や彫金師まがいの仕事も出来るじゃねえか。ギルドの奴の話では、今後それらも重要になるそうだ。俺は、お前ならもっと……」
「もっと何だ?指導する者にでもなれと?よしてくれ。人にはそれぞれ性分ってもんがある。鉄は一回叩けば形が少し変わる。それを何百、何千、時に何万回も繰り返すと見事な形をなす。そういった仕事が俺は好きなんだ。放っておいてくれ」
「……。」
「それにな、奴らは今、新しい技術を必死に吸収しようとしている。徒弟時代を思い出したようにな。一度冷えた鉄が、せっかくまた赤くなったんだ。奴らがそれを形にするまで、関わるべきじゃない」
「巫女が授ける妖精王の鍛冶技術か。お前もそんな事を信じているのか」
「オヤッサンには分からないかもな。あの巫女の言っている事は本当なんだ。長年鉄を叩いてきた者だけが至る信実。あの巫女は、あの歳で、それを当たり前の様に語りやがる。そして、俺らが知らない事までも口にし、やってみると実際にそうなる。皆、おとぎ話を信じている訳じゃない。皆、自分の信じる自分の経験から、人智を超えた何かと信じざるを得ないんだ」
「ずいぶんと熱く語るなルブ。やっぱお前も、他の奴らと一緒にやりたいんじゃねーのか?」
「チッ……。色々あんだよ。俺らにも事情がな」
否定はしないのか。ほのかに漂うツンデレの香り。
「あ?なにニヨニヨ見てんだこのガキ。材料はもう揃ったから行くぞ!オヤッサン、ツケといてくれ!」
***
ルブは自分の工房に戻ると、金槌とタカネを別の物に持ち替えた。
「お前はそこでちょっと待ってろ。簡単な仮合わせまでしておきたい」
ルブはそう一言告げると、何もためらわずタガネを打ち始めた。
ルブが金槌でタガネを打つと、材料に切れ込みが入る。タガネは打たれた衝撃で少しズレるが、そのズレた位置が、次にタガネを打ち込むべき所になっている。そうしてまた、金槌が打ち込まれ、材料がどんどん切れていく。とても簡単そう。
何度か材料の向きを変え、同じ様にタガネを打ち込むと、あっという間に材料が切り取られた。
そしてまた、ルブは金槌を変えると、材料を金床の上でたたき始めた。
材料を少しずつ動かして、金槌の振り下ろされる所に通していく。そうすると、見る見るうちに切り口は整えられ、見る見るうちに材料が反って形をなした。
さっきは何百、何千回も叩くような事を言っていたけれど、あっと言うまに出来上がりそう。鍛冶ってもしかして簡単なのかな。火も使ってないし。
そうして部品がいくつか作られたところで、ルブは俺に手を出すように言いった。俺はそれに従う。ルブは俺の手に部品をかぶせていく。
「ふむ、もう少しここは摘めた方が良いか。こっちは……」
ルブはそう良いながら、部品に次々と線をケガいていく。
「あのー、これってもしかして、今日中に出来上がっちゃいます?」
「はぁ?バカ言うな。こっからが大変なんだ。どの部品がどう動いても、どんな方向から光が当たろうと、どんな方向から見ようと、美しくハイライトが通る曲面を作る。それがどんなに難しい事か。ゆうに一週間はかかるぞ」
えー、もう形は殆ど出来てんのに。なんだよそのこだわり。大変だと言いながらも、舌なめずりしてニヤけてるし。仕事じゃなくて、もはや趣味だろそれ。とんだ職人を紹介されたものだ。
俺は、やれやれとため息を付きながら、ルブの工房を後にした。
***
「テオ、それではさっそくお嬢様の所に行きましょう」
「あぁそうだな。思った以上に変な事になっている様だし」
先ほどのルブとスクラップ屋の会話に出てきた巫女は、間違いなく残念地雷お嬢様だ。
この国には有名な鍛冶師の伝説がある。金槌で鍛えた翼で、鳥の様に空を飛んだという鍛冶師ヴィーラントの伝説。鉄で作った翼で空なんて飛べるわけがない。でも、ありえない話だからこそ、おとぎ話になっている。人ではなく、妖精の国の王という設定なので、ありえない話で正解なのだ。
人はその手のありえない話が意外と好きだ。ありえないからこそ想像してワクワクする。なので、鍛冶師の伝説とは関係のない、お嬢様の愛読書である『異世界兵器大全』にも、鉄の翼をもつ兵器が乗っている。おそらく、その辺りが混同され、お嬢様は誤解されたのだろう。やれやれだ。
お嬢様は、衛兵隊長が怪しんでいた白い建物に居た。周りの建物から明らかに浮いている。
「あのお嬢様は、人目を気にしたりしないのかなぁ」
「テオ、そこがあのお嬢様の素敵なところです」
俺はその不思議な建物を触ってみた。漆喰塗りだと思っていたが違うようだ。川石を石膏で固めて作ったようだ。そして所々に、細い糸も見える。
「色んなものを混ぜて作った不思議な建物だね」
「そうですね。機械の土台としてお伝えした、水硬性結晶物を壁に応用したようです。だいぶ間違った使い方をしていますが」
「壁に使っちゃダメなの?」
「壁に使う事は間違いではありません。ただ、正しく使われていないので、危険な状態です」
「危険なの?これ」
「そうですね。この水硬性の物体は、圧縮には強いですが引っ張る力には強くありません。それを補強するために人毛を入れたようです。ですが、この物体は強アルカリ性なので、人毛では融けてしまいます」
「えっ、この糸って髪の毛なの?キモッ!」
俺は、壁に触れていた手を引っ込めた。
「粘土と同じように認識されてしまっているのかも知れません。本来ならば、鉄の線材を入れるべきなのです。圧縮についてはこの物体が支え、引っ張りについては鉄の線材が支える。そして、物体のアルカリ性が鉄を錆──酸化から守るため、長期の運用が可能になる。そういう物体なのです」
「土台として使うなら圧縮しかされないから、鉄線は必要ないけれど──って事か」
「というより、実際に使われると思わなかったので、説明しなかったのです……。前回は事の困難さを示すために、あえてお見せした訳ですから……」
それもそうだな。なんかクーがちょっぴりショゲてきた。
「実際に使うのであれば、土台でも鉄を入れるべきです。さらに、枠を取り外すのが早すぎます。乾燥させれば固まると勘違いしているようですが、この物体は水を取り込んで結晶化するので、硬化途中に型をとって乾燥させてしまうと、本来の強度がだせずに──」
「はいはい分かった分かった。それは俺にじゃなくて、お嬢様に説明してさしあげろ」
クーの話が止まらなくなったので、俺はクーを強引に引っ張って路地裏に連れて行った。技術は中途半端に伝えると危険。それを意識せずに情報を与えてしまった事に、クーは焦っているようだ。
俺とクーは路地裏で怪盗コスに着替える。そして建物内に入った。




