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街での活動 その29 手ごわいボス戦(衛兵試験)

スローライフ。筆が。

 後はもう実施試験のみ。


 実際に甲冑をつけ、警備に参加する。それを責任者が見て、これまでの試験結果と合わせて採用するかを決めるようだ。


 ここまでくると、俺はもう無策。衛兵の責任者とかよく分からない。何が好みで、何を嫌うのか、そういうツボが想像できない。


 とりあえず、余計な事をせずに、言われた事をすれば良いとは思う。でも、それに加えて何かもう一つ欲しいんだよな。採用を決定付ける一手が。


 そんな事を考えていたら、説明が終わったようだ。


「という訳で、応募者の皆には、明日から三日間、それぞれの持ち場に立って貰う。細かい指示は現場担当者の指示に従え」


 進行役の衛兵がそう告げると、ガチャガチャと衛兵が代わる代わる部屋に入ってきた。衛兵達は、それぞれ一人二人の応募者を連れて出て行く。


 そして俺の前にも担当の衛兵がやってきた。


「おい、お前はこっちだ」


「はい」


 みなバラバラに連れて行かれる。反射的に返事はしたものの、俺は少し不安になり、後ろを振り返った。


 すると傭兵のオッサンと目が合った。オッサンは小さく笑ってサムズアップ。俺も反射的にニヤリと笑って同じ動作で返す。


 それだけで何かがふっきれた。人間の気分というものは、案外チョロいもんだ。


 無言でカッチャカチャ歩く衛兵についていくと、倉庫で防具を装備させられた。当然ぶかぶか。


 チェインメイルは変なところに肩が来てしまうし、ミトンは指が届かず物がつかみにくい。兜───というより鉄の帽子は、全周にひさしが付いていて、前にズレてくると視界がふさがれる。脚の装備に至っては、長さが合わないので諦めざるを得なかった。


「うーむ、今日はこれで行くしかないな」


「えっ、今日からなんですか?」


「うむ、お前だけは転任なので、今日これからの4時間で済ませるとの事だ」


 えー、皆と違うのかー。でも今日一日で済むのはあり難い。


 俺はそのまま壁の上に連れて行かれ、警備をする事になった。見よう見真似で交代式を終え、引継ぎを済ませる。皆、形はビシっとしているが軽口を叩きながらで、雰囲気は悪くない。もちろん今日は、ネタにされるのは俺。


「はっは、お前それで塀の向こうが見えるのかよ」


「エーゴ、お前が肩車してやったらどうだ?」


「ばっか、お前は俺に何時間立たせるつもりだよ。久しぶりにアレがないんだから、さっさと帰らせろ」


「ははは、そうだよな。じゃーなボウズ。後は任せた。しっかりやれよ」


 任務から解放された衛兵は、俺の頭を叩きながら帰っていく。そしてその一人がすれ違いに顔を近づけて言った。


「隊長は思いもしないところから観察している。常に気を抜くな」


「はい」


 俺は鉄帽子を押さえながら小さく頷いた。


***開始から一時間後***


 警備を始めてからは至って平和。壁の上という事もあり、小さなイザコザすらない。誰も来ないのだから当然だ。


 それでも、高いところからの眺めが新鮮で、始めは結構楽しかった。しかし流石に飽きた。下を歩く人が何処に向かうか賭ける一人遊びも、そろそろ限界。


 俺は、近くに置かれたホールクロックをチラリと見て時間を確認する。この時計は、何度もクーに時間を尋ねたら、ヤレヤレと置かれたもの。木製の大きなノッポの古時計で、場違い感が凄い。クーは、その時計を背もたれにして座り込み、麦藁帽をかぶって本を読んでいる。


「ふぅ……ようやく一時間か……」


 試験だから真面目にやる。そう意気込んだ事を少し後悔した。初めからサボる算段をつけておけば良かった。でももう遅い。


 時計を見るたびにクーが顔を上げてきて目が合う。その口元は本で隠されているが、こいつ絶対ニヤけている。今、本をお願いなどしたら、この場に乗じてクーの趣味を押し付けられる。俺には分かる。例えば、今クーが口に添えているような、キラキラとした文字で悪役令嬢と書かれている本を!


 まぁ好みじゃない本でも暇よりはマシ。それは確かなんだけど……クーに屈した感じになるのは断じて嫌だ!始めの信念を貫けるかは、もうどうでもいい。既に自分自身との闘いではなくなった。もうこれは、クーとの闘い。負けてたまるか!


***開始から二時間後***


 いやこれ暇過ぎるでしょ。みんなよく平気でやってられるな。大人だからか。これが大人と子供の差なのか。くそー何か事件起きないかな。例えばいきなり敵が攻めてきて、そこで俺が大活躍して、そして賞賛されて、そのまま試験終了!って。そんな事にならないかな。(ならない)


***開始から三時間後***


 いやもう無理。マジで。もういいじゃない。もうクーに本をお願いしよう。いいじゃん負けたって。今までだって散々してやられてきたし。ここで折れても黒星が一つ増えるだけ。今度別の事でやり返してやればいい。変なこだわりで無益な争いはバカのする事。


 さっそく、クーに頭を下げて空に本を映してもらおう。悪役令嬢ものも、読んでみたら面白いかもしれない───。おっと、誰か来た。チッ。


「どうだ、異常は無いか?」


「はい!問題ありません!」


 あぁ例の責任者か。そういえば、今は実施試験中だった。


「フンッ、問題なしか。半日立っただけで何が問題か分かるのか?」


「あ、いやまぁそうですが……」


 何も教えてくれずに立たせておいて酷いな。どうやら嫌われているようだ。


「ここ南壁はな、日々変化するタイヒタシュテットが、一番良く分かるところなんだ。トラブルが発生していないかだけでなく、その兆しまで発見できなくては勤まらない」


 無茶をいうなぁ。俺は今日始めて立って、しかも何年も暮らしているわけでもないのに。まぁここは、教えを請いつつ、良い気分になってもらうか。


「兆しですか。隊長殿の視座では、どの様なものが見えているのですか?」


「例えばあそこだ。外堀を兼ねた水路脇に、一つだけ背の高い、漆喰塗りのような建物があるな」


「はい、確かに異様ですね。高さもそうですが、屋上に雨水が湛えられています」


 そこは、以前に地雷お嬢様を探しに行った鍛冶屋。何か変な事になっていると、俺も気になっていた。


「異様なのは外観だけではない。人の流れも変なのだ。あの建物には、周囲の職人も頻繁に出入りしている。もともと鍛冶屋らしく、それ自体はおかしくない。ただ、それが増えた。」


「変化している……と」


「そうだ。そして人の流れの変化は、あの建物だけに留まっていない。以前は、加工されたものは壁の中に運び込まれていた。壁の外で作り、内側で売る。そういう流れだったのだ。だが今は、作られた物が、そのまま別の町に運ばれる事が増えている」


「人というより、物の流れが変わってきてると」


「そういう事だ。そして、壁の外は税金が取られていない。このまま規模が拡大すれば、大きな問題になるだろう。さらに、どこかの貴族か大手商会が一枚噛んでいそうなのも問題だ」


「そんな事まで分かっちゃうのですか」


「あそこはよく怪我人を出すのだが、その怪我人を壁の内側に連れて行くのだ」


「壁の外にはお医者さんが居ないからでは」


「そんな事は無い。外には外の医者が居る。程度は知れるがな。だが怪我をした職人は金にならないから、相手にされない。なので、繋がりのある医者に連れて行くのだろう。だいたい、職人は体が資本だから怪我は嫌う。頻繁に怪我をする事が既に異様だ。あそこでは、誰か有力者の命令で怪しい事が行われているに違いない」


「なるほど……確かに怪しいですね……」


 ほんと何をやっているんだ。また今度、見に行かないとダメかもしれない。既に目を付けられている事も伝えないと。


「後、最近スラムでチンビラ同士のケンカが増えている。わざわざ手出しはしないがな。こちらもその内に、少し動きがありそうだったりな」


「へぇ、壁の上から本当によく見てるんですね」


「それだけじゃないぞ。壁内でも南側は建物が低い。昔は壁内耕地を確保するために、建築制限があったからな。なのでここから中心付近の建物まで見渡せる。人々が日の光を入れようと窓をあければ、それがここから見えるのだ」


「え、それって覗きじゃ……」


「ばばば、馬鹿な事を言うな!事の兆しを掴むために、気にかけているだけだ!ゴホン。ととと、とに角、ここ南壁からは色々な事が分かるのだ!」


 ふーん、俺には見えていなかったものが沢山あったようだ。ま、それはさておき、だいぶ気を許してきたな。ちょっと踏み込んでいこう。


「なるほど。次回からはその辺りも気をつけて見ますね」


「次回などない。そもそも、ここは子供が立ち入るような場所じゃない」


 おっと、にべもない返事。でもコレは、始めから出ると分かっていた答え。コレを打ち破るのが俺に与えられた任務。そういっても過言ではない。まだまだぁ!終わらせないよ!


「隊長殿は、子供が衛兵になる事をよく思ってらっしゃらないのですか?」


「当たり前だ。俺達は壁内の人を守るために衛兵をやっているんだ。守るべき対象である子供をその最前線に据えるなど、本末転倒だ」


「お優しいのですね」


「フンッ!世辞で誤魔化そうとするな。俺は子供が前線に立つなど認めん。お前の隊も、お前の故郷の領主のやっている事も、絶対に認めん!」


 チッ、良識的な堅物オヤジめ。やりにくい。とりあえず会話を伸ばして反撃の機会を探るか……。


「それには色々と事情がありまして……ウチの家では出せるのが自分しか居なくて……かといって纏め役の家から誰も出さないと、農民達の納得が……」


「ハッ!それで納得する方がおかしいわ!物事の優先順位がおかしい!大人の下らない事情と、子供の安全、どちらが大事かも分からないのか?お前の故郷の大人たちは、そろいも揃って愚か者だ」


「ぐぬぬ……そこにも少し事情が……使用人達と同じく安全なポジションの予定だったのですよ」


「ええい言い訳がましい!先の戦闘の記録を読んだから知っているぞ?そんな事はないとな。敵の中隊と当たる日、使用人達を先に町に帰している。だがそこに前は含まれていない。それどころか、戦闘に加わり、敵を一騎負傷させて下がらせたとある。何をやっとるんだお前の隊は。いくら戦力になるとはいえ、子供を戦場に立たせるなど言語道断だ」


「あ、いや、それは私が勝手に戦場に戻っただけで、命令では使用人達と一緒に───」


「は?お前は命令違反をして戻ったと言うのか?」


 あ、しもた。


「やれやれだな。命令違反など兵士失格だ。しかも、その違反を上官がもみ消してやがる。お前もお前なら上官も上官だ。理由はともあれ処罰しなければ規律が守れないだろうに。本当にやれやれだ」


 ぐうの音も出ない正論を突きつけられた。


 でも、正論って言われるとムカつくのは何でだろう。ムカつくのにはムカつく理由があるはずだ。きっと何か間違っているんだ。正論なんかじゃ心は納得しない。このムカつきを跳ね返すために、俺は訴えたい。心が納得する答えを。心が訴える、心のための、心の正論を。ええい、もうどうにでもなれ!


「しょうがないじゃないですか!私が戻らなければ、みんな死んでいたんですから!」


「あぁ、確かにそうだったろうな。お前が退かせた一騎は非常に大きい。だがな、それでも命令違反は命令違反だ。許される事ではない」


「そんな事言ったって!私には大事な人達なんですよ!死なれたくなかったんですよ!」


「やれやれだ。そんな事は分かっている。逆にお前は分かっているのか?お前の上官は、お前が戦力として有効だと知りながら、あえて下がらせたんだぞ?お前を守るために」


「分かってますよそんな事!でもしょうがないでしょ!私だってミンナを守りたかったんだから!」


「ハァ……本当にやれやれな。本当にどうしようもねぇ小僧だ」


 くっそ、涙でてきた。どうしよう、ぶちまけたら頭まわらなくなった。


 責任者のオッサンは、眉間をつまみながら苦虫を噛み潰した様な顔をしている。そして再び大きなため息をついて言った。


「ハァ……チッ、認めてやるよ。合格だ。受けてやるよ、お前の兼任採用も、お前の隊との連携もな」


「へ?」


「衛兵に一番大事なのはその守るって心だ。家族でも仲間でも町でも、守るって心が無い奴を俺は信用しない。頭でっかちの修道士が理屈をこねて推薦してこようが、アホな騎士の信用を得ていようがな。あぁだがクソ、お前は確かに持ってやがる。その大事な心をな」


 おや?自爆したのに死んでない。


「良いのですか?」


「お前の隊も信用してやる。子供をコキ使ってると知って、どんなにクソな部隊かと思っていたが……ちょっと羨ましく思っちまったじゃねーか。元々人出は足りていない。一つずつでも仕事を受けてくれるならこちらも助かる」


 詳しい話は聞いていなかったが、さすがアヒムだ。相手の欲しがっているものを、ちゃんと目の前にぶら下げている。でも、時にそれは誤解され、相手の警戒心を煽ってしまう。今回の様に。アヒムも、もう少し相手の気持ちを考えればいいのに。やれやれだ。


 俺は鼻をすすって、顔を拭いてから、責任者のオッサンの方を向いて握手を求めた。


「それでは改めて、よろしくお願いします」


「あぁ、よろしく頼む」


 ふぅ、何とかなった。今日一日、本当に長かった。疲れたー。


 なんとなく気が抜けて、俺はちょっと隊長をからかいたくなった。なんというか、泣きっ面を見られた反撃をしたいのだ。なのでイタズラっぽく隊長に言ってみた。


「それにしても、先ほどのトーマスさんやホルガングさんを侮辱するような発言、いいんですか?あんな事を言っちゃって」


「フン、聞かれたって構わんさ。町を守るのに名誉や神様なんて必要ない。人が人を守りたいと思うだけで十分なのさ」


 チッ、動じないか。流石に隊長をやってるだけあるな。


 オッサンは俺の攻撃を受け流した事に気をよくして、さらに饒舌になった。


「ハン、それこそ『天国なんてもんは、天使とスズメに任せときゃいい《Den Himmel überlassen wir Den Engeln und den Spatzen.》』ってなもんよ」


 おや?その言い回しはどこかで……。


 俺はクーに、目で助けを求めた。クーは既にページを開き、該当する文章を指差している。超ドヤ顔。でも、開いて見せられると題名と著者が見えないんだが。仕方がないので、ポンコツのヒントを元に自分の頭で思い出す。


「ほー、『冬物語』ですか。隊長殿はハイネとか読むんですね。何か少し意外ですー」


「あ、いや、それはたまたま父が持っていた本で……」


「いやいや、照れる事ないですよ。私も好きです。心に力をくれる彼の文は」


 俺はニヤニヤしながら言葉を返した。


 ハイネは、伝説のポエマー。ポエムで社会に影響を与えるという異能力者。しかし、今の時代に彼の著作を真面目に読んでいると、中二病扱いされかねないので注意が必要だ。俺の歳ならなんとかセーフ。なにせ、中二病でも何もおかしくないのだから!でも隊長はアウト。


 ククッ、子供相手にバレやしないと油断したな。大人でも、心のどこかに中二心を隠して飼っている。俺はその尻尾を捕まえてやった。こうなると、大人は戦意を喪失して情けなくなるのだ。してやったり。


「隊長殿とは本の趣味が合いそうですー。他にもオススメの本ってありますか?」


「勘弁してくれよ。ねーよそんなもん」


「えー?本当ですかー?他にも色々隠していそうなんですけどー?」


「チッ、このクソガキ、調子に乗るな!」


カン!


「アダ」


この人は口で言い返せなくなると、暴力で反撃してくるタイプか。やれやれ。


***


 残りの時間は、隊長から街の事を色々聞きながら、楽しく過ごせた。

 通りや建物一つ一つに歴史があり、それらを聞くのは結構楽しかった。隊長はこの街が本当に好きなんだなと言う事も分かった。


***


 にしても、大人は一人ひとり言う事が違い過ぎる。でも、それぞれ大人の言葉って感じがする。そして、どれも正しく思えるから困る。


 俺はどんな大人になれば良いのやら。また面倒くさい課題が追加された気分だ。


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