街での活動 その28 大人は説教したがり(衛兵試験)
もう少し進めたかったけど長くなったので切りましたう
そしてオチがなくなったう
読み書きと戦闘能力の試験が終わったので、あとは騎士の面接と実地試験のみ。やらかして実力を見せつける場面はもう終わりだ。あとは無難に、堅実に、ヘマをせずに乗り切る事が大事。特に今度は面談じゃなくて面接だ。変なところを見せれば落とされる。
とはいえ、俺の身近には騎士が二人も居て、毎日接してる。騎士達が大事にしている事も、分かっているつもりだ。なので、そんなに心配はしていない。
ようは、脳筋+良い子。それを演じて質問に答えていればいいんだ。簡単簡単。
ただ待合室で待っているのも暇なので、俺はポシェットから本を取り出し、自分の番が来るまで読んでいる事にした。どうせ俺はまた最後だ。
すると、クーが何も言わずにズイズイっと同じ椅子に座ってきて、同じく本を読み出す。周りからは完全に浮いている。でも、一人じゃないので大丈夫。今、この椅子の上だけは俺とクーの世界。
会話もなく、お互い別の本を味わっているけど、たまにモソモソ動いて、お互いを読書中のおつまみに利用する。それいによって集中は若干途切れるが、隣人が楽しんでいるのを感じる事ができ、少し嬉しくなる。
そんな幸せ空間を勝手に作って堪能していたら、面接を終えたらしい傭兵のオッサンがズカズカとやって来た。俺は顔を上げて対応する。
「おう小僧、読書か。ずいぶんと余裕だな」
「はぁまぁ、騎士とは普段から付き合いがありますし、普通に対応すれば大丈夫かなと。ヒメルさんだって、戦場で付き合いあったんじゃないですか?」
「そうなんだが、奴らとは合わん。今回の面接だって名誉だの忠誠だの、聞いてるだけでムカついてきたぜ」
「あはは、確かに傭兵さんには無縁そうですねぇ」
「無縁どころの話じゃねーな。雇い主がそういった話をし出したら、さっさと見切りをつけるくらいだ」
「はぁ……そんな嫌いなのですか?」
「好き嫌いの話じゃねぇ。報酬以外で人を動かそうとする輩は大抵クズだ。信用しちゃならねぇ。小僧、お前も注意しろよな」
「それはだいぶ、なんというか……斜に見ている気がしてしまいます」
「子供には分からんかもな。大人の世界は、お前が思っている以上にクズだらけだ。例えば、世界のため、国のため、社会のため、組織のため、客のため、はたまた自分のため。色んな理由をつけて俺達を動かそうとする雇い主が居る。だが、そんな雇い主からは、働きに見合った報酬は絶対に出てこない。大事な事と言うなら、まず身銭を切って報酬で人を動かせばいいはずだ。だが、絶対にそれはしない。支払えないから言葉に頼る。支払いたくないからこそ口で誤魔化す。大儀を語って人を動かす輩は、一国の王でも信用するな。決まって損をさせられる」
「傭兵の世界は厳しいんですね……」
「傭兵に限った話じゃない。ちゃんと教育を受けた奴ほど引っかかりやすい。お前は特に気をつけろ」
「あまりピンとこないですね……」
「今は分からないかもな。でも、倫理観を問うような言葉を口にする奴に出会ったら、俺の忠告を思い出せ。そして考えろ。損をさせられていないか?と」
ずいぶんと捻くれた見かただと思う。オッサンの人生は大変なものだったようだ。でも、真面目な顔で話してくるので、聞き役になろうと思った。
「そんなに難しい話じゃない。ヤクザ者がカタギをハメておいて、その上で人の道を説いたりするだろ?基本的にはアレと同じだ。それを上手くやってるだけだ。まんまヤクザと同じようにハメておいて言うのさ。『約束も守れないのか!』『役目を放棄するのか!』『相手に迷惑をかけるつもりか!』等々な。そうやって人の倫理観に付け込んで利用する。街中にだってそういうクズは潜んでいる」
「なるほど……。で、ここの騎士もそのケがあると?」
「あーいや、俺の見立てではあれはただの天然だな。逆にハメられて名誉のために死ぬタイプだ。それはそれでイラっとするがな。俺はそんなのに付き合って巻き込まれるのも御免だ。ヤバそうになったら、さっさとバックレさせてもらう」
「あはははは」
この人は、衛兵になろうというのに、傭兵根性が抜けないな。でも、戦場で生き残れるのは、こういう人なのかもしれない。
「次テオ、入れ」
そうこうする内に、俺の番が来た。
「あ、はーい。それじゃ行ってきます」
「おう、がんばれ!」
オッサンの観察眼は信用できる。天然の騎士か。どんな人だろう。
隣の部屋に入ると、プレートメイルを着込んだ騎士が一人立っていた。大きな剣を体の中央に両手で持って垂らし、微動だにせず部屋の真ん中に立っている。生身の顔が見えなければ、甲冑の置物と勘違いしただろう。
「あのー、衛兵の面接の部屋はここであってますか?」
俺は不安になって聞いた。俺の想像していた面接とは雰囲気が違う。
「そうだ。お前がテオだな!待っていたぞ!早速話を聞かせてくれ!」
「あ、はい。私が衛兵試験に応募したのは───」
「違う!違う違う違う!」
「え!?」
面接官の騎士は剣を杖の様に床につき、その上に乗り出すように顔をズイっと突き出してきた。そして、感情がこもって力が入ったのか、上半身の筋肉が隆起して大きくなった。
あぁ……確かに天然ぽい。しかも脳筋だ。自然な流れでモスト・マスキュラー・ポーズ───筋肉を魅せるポーズの一つ───をやってのけやがった。
こんな脳筋が面接官なのは想定外だった。俺の想定は、人の上に立つもっと落ち着いた人。俺が戸惑って固まっていると、面接官の騎士は低い声で言った。
「私が聞きたいのは、敵の中隊を打ち破ったときの話だ!」
「あ、はい。えっと……私があの戦いで学んだ事は……」
「ちがーう!そんな事はどうでもいい!」
「えー」
また間違ったか。もう訳わかんない。だいたい、追い返しただけで打ち破ってないし。
「私が聞きたいのは、グラハルト殿の活躍だ。敵軍に囲まれる中、臆しもせず、相手の騎士を十人抜き。その議事録を目にして私は胸が震えた。だが、グラハルト殿もアヒム殿も詳しい事は話してくれぬのだ。少年の目に映ったものでいい。いや、むしろそちらの方が良いな。グラハルト殿の勇姿を教えてくれ!」
無茶苦茶だなこの人。
「あ、はい。面接官殿が希望される話は分かりました。ですが、私の面接はどうなるのでしょうか……」
「ん?何を言っている。そんなもの合格に決まっておろう」
「え?どうしてそうなるのですか?」
「オヌシは上官である騎士から衛兵になるよう命じられてきた。そして、その騎士らから推薦状も届いている。それだけで十分な信用だ。私がオヌシの資質を疑うわけがなかろう」
なにそれズルい。面接の意味ないじゃん。っていうか、アヒムは一言もそんな事は言ってなかったんだけど……。でもまぁ、確かにアヒムなら打てる手は打っておくか。
面接官の騎士は突き出した顔を収め、直立した置物姿勢に戻った。そして話を続けた。
「やれやれ、自分の立場が分かっておらなんだか。それは問題だな」
脳筋がシリアスな空気を纏い、一変して騎士の顔になった。
「オヌシは今、様々な人物の信用の上に立っている。オヌシの父上も、地元の領主殿も、上官の騎士達も、オヌシを信頼して今の任に就けたのだ。オヌシなら、名を汚すような事はしまいと信じ、家の、領地の、そして自らの名を託した。それによって生まれたのが、今のお前が持つ信用だ。その辺の応募者の信用とは訳が違う」
説教モードで騎士は続ける。
「だがしかし、当のオヌシがそれに無自覚では、その信用は半減だ。貴重な立場と気付かずに、失いかねないからな。そうなれば、傷つくのはオヌシの信用だけではない。オヌシを信じた者達の信用をも傷つけるのだ。そうならぬよう、オヌシは人から受けた信用を自覚し、裏切りまいと努める必要があるのだ。そうでなければ、名誉を重んじる事も適わない」
俺はようやく、騎士のシッポを踏んでしまった事に気付いた。騎士達が名誉を大切にしている事は知っていた。頭では理解していたつもりだった。でも、実践は出来ていなかった。それに気付かされてハッとした。
「……理解しました。私には、自らが背負っているものが見えていなかったようです……。貴重な助言、感謝いたします」
「うむ、分かればよい。子供の成長に役立つ事は、大人にとって大変な名誉だしな。だがな、これからは絶対に信用を大切にしてもらわねば困るぞ」
騎士は再び前かがみになり、顔を近づけてきた。
「なにせ、私の信用もオヌシに託すのだからな!」
騎士はそう言いながら、俺の上腕を横からはたいた。俺は顔に気をとられいたので、視界の外からの不意打ちをモロに受け、吹っ飛んで転がった。
「HA!HA!HA!HA!」
あぁクソ、この脳筋騎士め!。力の加減しろよ!
その時、部屋の扉が開いて、一人の衛兵が顔を出した。
「ホルガング様、時間が押しています。そろそろ面接を終えて頂いてよろしいでしょうか?」
「あ、いや、私の聞きたい話はまだ終わっていない」
「良いじゃないですか、どうせ他の応募者と同じく、説教して合格にするんでしょう?」
「合格にするのはその通りだが、私の要件がまだ……」
「結論が出ているなら終了でよいですね。ささ、そこの君、他の応募者と実施試験の説明を受けて」
「あ、はーい」
順番が最後の俺は、修道士の面談に引き続き、騎士の面接も時間で切られた。容赦のない事務的な対応には、脳筋騎士も形なし。先程から変わらず前かがみ姿勢なのだが、肩がすぼまって小さくみえた。
可哀想だし、時間が取れたら話をしに行こう。俺はそう思った。
***
俺が応募者の集団に合流すると、傭兵のオッサンが話しかけてきた。
「よ、どうだった?」
「あ、ヒメルさん。説教されましたが、一応合格らしいです」
「やっぱお前もか。信用がどうの、名誉がどうのって話しか?」
「そうですね。大事な事に気付かされました。さすが面接官という感じですね」
「やれやれ……やっぱお前はチョロいな」
「な!?何がですか!」
「さっき忠告しただろう。倫理観を問うような事を言われたら気をつけろと。兵隊の信用なんて、命令どおりにコキ使えるかでしかない。そんなものに騙されて、自分の健康と得るべき報酬を棒に振るなよ」
「うぐ……。でも、騎士様の言葉で、大切なものが見えた気がしたんですよ……。自分の周りに居る大人達の世界が近付いた気がしたんです……。もう少し信じたいです……」
「フン、まぁまだお前は若い。俺とは違ってな。一平卒に留まるつもりがないのなら、騙されて見るのも良いかも知れん。だがコレだけは忘れるな。そんなモノのために死ぬな。死んだら終わりだ」
「はい……。ヒメルさんの助言も肝に銘じます……」
あーうー。たぶん、どっちの言っている事も間違いじゃない。それだけに消化不良だ。
そんな俺のモニョり具合を見かねてか、クーが横から肩でツンツンしてきた。
「テオ、テオ、ここは困った顔をする場面ではありません。魔術師としては『これはよい事を教わった。どう活用してやろうか。ククク』と邪悪な笑みを湛える場面ですよ」
真面目な顔して上目遣いでボケてきたクーに、俺は無言で頭突きをした。
さんこうぶんけん
『他人を支配したがる人たち』ジョージ・サイモン
(旧題?『あなたの心を操る隣人たち』)




