街での活動 その25 ずっこいずっこい大人の世界(衛兵試験)
面談の次は読み書きのテスト。
衛兵は、配属場所によっては、書状をうけとったり、回ってきた命令書を写し取る必要もある。なので、兵士の中では下っ端でも比較的に読み書きが求められる。
読み書きが必要の無い持ち場もあるので、出来なくても採用される事はある。でも、出来た方が当然採用されやすい。
なので、俺は完璧にこなすつもりだ。でも、まだ目立つ事には抵抗がある。注目を集めれば評価され易くはなる。でもそれは、プラスにもマイナスにも。そういった、一種の賭けの様なのが俺は苦手。
っていうか、先ほどから前の隅にいる切れ長の目の男が気になる。明らかに衛兵じゃない格好だし、ずっとこっちを見てるし、なんなのもう。あの人がトーマスの言ってた審問官って奴なのかな。やはり、無難に目立たない様にするのが正解か。
そうこう悩んでいると、試験官の説明が始まった。
「これより書き写しの試験を行う。各人に一枚、実際に使われた命令書を配布する。そこに書かれた文字を写せ。終わったところで、内容を理解しているか質問させてもらう」
試験官は、笑顔の一つも見せずに応募者を睨みながら説明した。さらに、体の軸をまったくブラさず、腕だけで紙の束をバッサバッサして説明を続けた。
「それでは、一人一枚、命令書を取りに来い。ペンとインクを持ってきていない者は、そこの棚から持っていくように」
応募者がワラワラっと試験官に集まる。この人たちは、列を作って並ぶ事も出来ないのか。やれやれ。
俺は他の人が貰い終わるのを待つ。別に無くなる訳じゃないし。俺の他には、傭兵のオッサンも、腕組みをして遠巻きに観察していた。俺が視線を向けると、オッサンが気付いて目が合う。そしてニヤリと笑いあう。
行動は被っているが、俺とオッサンとで意味は違う。俺は組織に属する兵士の動きで、オッサンのは傭兵として生き残る術の動きだ。でも、なんとなくお互いに認め合える瞬間なので、気持ちが良い。
「お先にどうぞ」
「おう」
前が空いてきたので、オッサンに先を譲る。さっきも最後だったし、最後が落ち着く。
そして俺の番───切れ長の目の男が動いた。
「待て、そいつには、こちらの課題をやってもらう」
「エレヒト様、私は、その様な話は聞いておりません」
切れ長の目の男と試験官が睨みをぶつける。しかし、切れ長の男はすぐに「フンッ」と鼻を鳴らし、視線を部屋の後ろの隅に逸らす。試験官と俺は───いや、その場に居た皆が、その視線に流されて、同じく部屋の隅に目をやる。そこには、先程門の上に立っていた、責任者らしき人が居た。
その男は、突然視線を浴びる事になったが身じろぎもしない。ただ腕組みをして立っていた。男は数秒間考えた後、俺達の方を睨みながらコクッと頷いた。俺用の特別課題に許可が出てしまった。
試験官とエレヒトとやらは、再び睨み合って言葉をぶつける。
「分かりました。その課題を認めます。しかし、不正防止のため、検めさせていただきます」
「フンッ、御自由に。出来るものならな」
エレヒトはそう言い捨てると、また前の隅に戻っていった。
試験官も、エレヒトの売り言葉を無視し、渡された課題に目を向ける。しかしその目は、ものの見事に滑り落ちた。全く横にブレずに、縦にのみ眼球が動いた。この試験官、絶対に読んでないだろ。
「ほら、これがお前への課題だ。ただし、お前はこんな抜け毛文字では書くな。命令書は他の者が読めなければ意味が無いからな」
「ハッ、了解しました」
俺は、試験官側に付くという事を、態度でアピールした。試験に受かりたい俺としては、当然の選択。というか、エレヒトの態度が気に入らない。試験官にも、俺の気持ちは通じたようだ。試験官は小声で俺に指示を出した。
「よし、あの野郎の鼻を明かしてやれ」
「はい」
俺は兵士らしく、三つの動作で回れ右。気持ちが乗ってキレッキレ。カッと靴の音が部屋に響く。
ここで上手いこと切り抜ければ、きっと合格したも同然だ。俺はすぐそこに出口が見えた気がして、意気揚々と大股で歩いて席に着いた。
さて、とりあえず一読するか。えっと……
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この文章は、書き写すべきソレではない。以下に記す事件において、各衛兵に回す命令書を作成せよ。
四半刻前、捕らえていた敵の間諜が殺された。監視をしていた兵士及び、警備していた衛兵もみな一刀のもとに切り伏せられ、目撃者は居ない。
しかし、一人の衛兵が死ぬ間際に、メッセージを残した。それが「ヴァイサ・ベア(白い熊)」の血文字。これが、唯一の手がかりだ。
任務の目的は犯人の発見。可能であれば足止め、確保。三人一組で行動。捜索範囲は日常の警邏範囲に限定。発見できずとも二時間毎に詰め所に集合。
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えええええ、書き写すだけじゃないの?これって難易度が高いとかでなく、求められてる能力が違うんですけど……。
でも、この内容をそのまま書き写したとしても、命令書として機能すると思う。だめなの?書き写しちゃ。
俺は、他の応募者の命令書をチラリと見て、命令書の書式を確認する。
そこには、行うべき事のみが、端的に三行に纏められていた。状況説明などはない。個々の兵士が考えたり判断する余地はない、そういう内容だった。
なるほど、確かに命令とは、そういうものだった気がする。俺はいつも余計な事まで盗み聞きしてたから、つい忘れていたが。
そして、他の応募者は、三行しかない命令を、その下にある余白に、そのまま書き写していた。
なにそれずるい。俺に出された課題とやってる事が違い過ぎる。えー、なんなのそれ。
いやまぁたぶん、実際の運用でも、一枚の紙に幾つもの命令を書き写すのだと思う。なので、試験としてはそんなに間違っていないのだろう。でもやっぱ釈然としない。ずるい。
あと、ミンナが写している命令文が、全て大文字なのも気になる。それもルールなの?俺もそれで書かなきゃダメなの?すごく読みにくいんだけど。
小文字で書かれた単語は、自然と外形が凸凹する。その複雑で個性的な形は“海岸線”と呼ばれ、人が言葉を認識する手助けとなる。形だけで、国や地名を認識できるのと同じ原理だ。
しかし大文字のみで書くと、各々の言葉がもつ特徴的な海岸線は消え、無個性なただの長方形になってしまう。その方が力強くインパクトはある。でも、意味を読み取るには、いちいち綴りで認識する必要があるので、逆に読み辛くなるのだ。
大文字だけで長い文章を書くのは、嫌がらせ以外の何ものでもない。あぁ、でも三行しかないんだった。なるほど、それで成立しているのか。
気に入らない。実に気に入らない。でも、今の俺は立場的に従うしかない。この、三行にマトメる大文字文化に。
三行か、うーん難しいな。
・間諜殺害の犯人を探し出せ。
・手がかりは「白い熊」
・可能であれば足止めと捕縛。
・三人一組で───ってこれだけでもう四行。
作戦領域や期限は、命令には必須だし……困ったな。
俺はちょっと首を伸ばして、周りに似たような捜索命令が無いか探す。そして見つけた。
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・白い衣と黒い衣の少女を発見し捕らえろ。
・篭手と兜は外せ。
・その他は、通常の捕縛任務と同様とする。
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なるほど、「いつもと同じ」で済ませるのか。これまたズルい。俺の課題に書かれているのが「いつもと同じ」か、確認する手段が無いじゃないか。しかし、それに賭けるしか無さそうだ。
とすると……。
・間諜殺害の犯人を探し出せ。
・手がかりは「ヴァイサ・ベア(白い熊)」
・その他は、通常の捕縛任務と同様とする。
こんなところか。でも何かひっかかる。
これだけなら、書式や定石に気付いてしまえば後は事務的に纏めるだけ。簡単すぎる。
俺は、顔を上げてエレヒトを見た。向こうもこちらを見ていて目が合った。
くそっ、やはりまだ何かありやがる。俺は直感でそう悟った。
こういった課題は、言葉にだけ囚われても、正解には辿り着けない。出題者の意図を読みとって、初めて正解が見えてくるものだ。
おそらく今の俺の回答は、エレヒトが想定している回答の一つ。最も望んでいる答えかもしれない。持っていくと「まだまだだな」と、馬鹿にされてしまうパターン。
それだけは避けたい。想像するだけでムカつく。それに───
俺は再び顔を上げる。すると、今度は試験官と目が合った。
そう、今の俺の肩には、衛兵達の誇りもかかっている。ここは負けられない一戦なのだ。やってやる!
俺は課題を丁寧に読み返す。でも、何度読んでも頭に入っている内容と同じだ。見落としは無い。
命令文は、三行なら作戦要旨と手がかり、それに定型文を加えて終わりだ。
いやまて、必ず入れてしまう手がかり、これが罠なのではないか?
だいたいヴァイサ・ベア(白い熊)ってなんだ?なぜアイスベア(白熊)と書かない。単語を知らなかった?死に際で混乱していた?
それに、監視の兵士も衛兵も、一刀の元に切り伏せられたと書かれている。明らかに人間の仕業だ。
犯人が白熊の毛皮を纏っていた?ありえない。返り血が一滴でもついたら目立つ。そもそも、暗殺者がそんな歌舞いた格好をする訳が無い。
おかしい!おかしい!おかしい!
犯人の手がかりとなる「ヴァイサ・ベア(白い熊)」これが罠だ!
しかし、死に際の兵士が、わざわざ嘘を書くとも思えない。
可能性としては、書ききれなかったか、犯人に改竄されたか。そしてたぶん後者。
メタって考えると、課題に出すならそっちだ。「手がかりは、犯人が歪めている事もある」というよい例題になる。
きっと、似た単語が改竄されている。例えばBART(あごひげ)がBÄR(熊)に───
これはエレヒトの罠じゃない。犯人の罠だ!熊を追ってはダメだ!
かといって、勝手に手がかりを「ヴァイサ・バート(白ヒゲ)」に変えるわけにもいかない。証拠は無いし、俺が思いついていないだけで、他の言葉の可能性もある。それに、本当に熊の可能性もゼロではない。
今の段階で言えるのは、手がかりとしてかなり怪しいという事だけ。
「───省くしかないか」
それが俺の至った結論。重要な手がかりではあるが、個々の衛兵に伝えるべき物ではない。
・間諜殺害の犯人を探し出せ。
・犯人は兵士を一刀の元に切り伏せる達人。
・その他は、通常の捕縛任務と同様とする。
俺は最終的に、この三行の命令書を別の紙に書き、前に出た。
俺が悩んでいる間に、他の応募者は課題を終えて、既に退出している。部屋には、試験官とエレヒト、それに責任者と俺、その四人だけ。
俺が試験官に提出しようとすると、エレヒトが寄ってきて、横からそれを取り上げた。
「ほう、なるほど」
立った三行しかない。エレヒトは一瞬で読み終え、俺の顔を見た。俺は顔を上げてドヤ顔を決める。
どうよ!読みきってやったぜ!そんな気持ちを顔に出してやった。
「小僧、衛兵の残した手がかりはどうした?」
やはりソコがキモか。想定どおりだ!
「犯人に改竄されていた可能性があるため、命令書からは省きました」
俺はドヤ顔のまま答えた。でも、不安が頭をもたげてきた。
してやったハズなのに、エレヒトの頬が上がり、ニヤリと口が歪んだのだ。
「小僧、想像以上だ。トーマスの言う事も、たまには信じてやるものだな」
「はぁ、ありがとうございます」
でも、課題はクリアしたようだ。しかし不気味だ。なぜ喜ぶのか。
「ちなみにだ、これが実際に流された命令書だ」
エレヒトが、カサカサと一枚の紙を取り出した。
~~~
・白い熊を討伐しろ!
・同僚の敵をとれ!
・その他は、通常の任と同様とする。
~~~
おうふ、思い切り騙されて、白い熊を追っている。
「あの……この事件のその後って、どうなったのですか?」
「ハッハッハ!言わなくても分かるだろう?無能な衛兵どもが熊を探している間に、犯人は逃亡して行方知れずさ!」
「エレヒト様!貴方はまだその件で、我らを馬鹿にするのか!」
いきなり試験官が怒鳴った。衛兵にとって、汚点となる事件だったらしい。
「諸君らはもっと反省した方がいい。子供でも気付く犯人の策略に、見事にはまった事をな!ハッハッハッハ」
エレヒトは紙を放り投げると、俺達に背を向け、笑いながら部屋を出て行った。後には、重い空気と三人だけが残された。
ダン!
試験官が、机を拳で叩く。
「あの……その……ごめんなさい」
俺は謝る事しか出来なかった。
結局のところ、どう解答しても、エレヒトが勝利する仕組みになっていた。変わってくるのは、俺が馬鹿にされるか、衛兵が馬鹿にされるかのみだった。そして、俺が頑張った結果、衛兵が馬鹿にされた。
試験官はまだ怒りが収まっていない様子で、俺を睨んで言った。
「この試験は以上だ!次の試験に備えろ!」
「はい……すみません……」
上手くやれば受かったも同然?全然そんな事にはならず、俺は逆に怒りを買うことになってしまった。
現実の厳しさを噛み締めながら、俺はとぼとぼと部屋を出た。
さんこうぶんけん
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