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街での活動 その24 オトナコドモ面談

会話を入れると、とたんに文字数が増える事を学習した(今更)

 衛兵採用試験は、修道士の面談から始まる。一人ひとりの面談は五分から十分程度。それでも、一人の修道士が面談していくので、ニ十人程度いる応募者全員が終わるには二時間程度かかる。


 俺の順番はその最後。前日の午後に応募したのだからしょうがない。


 待っている間、始めは緊張していたが、面談を終えた人の話を聞いていくうちに、緊張は解けた。


 面談は選別する事が目的ではなく、衛兵になるという事について、応募者に考えさせるのが目的のようだ。「衛兵になって、悪者をぶちのめす!」と意気込んでいた若者が、面談の後には「俺……衛兵になるの止めるわ……」と、しょげて辞退していった。


 俺は傭兵のオッサンと、よそ者同士で仲良くお喋り。


「私は、上からの命令で来ているだけですから、考える余地などないんですよねー……。どういう話になるやら」


「俺も食い扶持のためだけだからな。御大層な理由なんざないし、困ったな」


 オッサンがガリガリと頭をかく。オッサンは足を悪くしているようだった。歩き方が少しおかしい。戦場で怪我でも負ったのだろう。それで、傭兵を引退して衛兵にってとこか。まぁありがちな話。


 オッサンも俺も、考えを改める気はないし、落とされない事が分かったので、本気で悩んだりはしていない。面談の雰囲気が苦手なだけ。


 とはいえ、俺は地雷を踏まないために注意が必要。


 例えば精神について。俺はもはや、人間の意識は精神にあり、それは魂とは別のものだと認識している。しかし、経典ではそうはなっていない。人間の心は、形而上世界の魂にあるとされている。人にあるのは肉体と魂だけ。そういう世界観だ。精神やそれに類する単語は、修道士の前では口には出来ない。


 さらに、それに関する歴史的な認識も地雷になる。


 精神魔法の歴史を紐解くと、必ず名前が出てくるのが大賢者エラズマス。彼は、精神についてだけでなく、生物、機械、社会、そのた様々な分野で研究結果を残している大賢者だ。


 彼の得た結論は、たびたび教会の教えとは相容れないものだった。しかし、そこは大賢者。彼は巧みな配慮で教会との正面衝突を避けた。


 やらかしたのは孫のチャールズ。大賢者の孫は、教会に壮大なケンカを売った。証拠を揃えて、教会の教えを否定してしまったのだ。そのせいで、かの一族の名を出すだけで、場に緊張が走る事態になっている。やるせない気分だ。


 大賢者の成果は本当に凄いのだ。精神操作はおろか、死体操作術、魂を持たない人造人間だって、大賢者の理論が元になっている。なぜそれが理解されないのか。これには憤りすら覚える。さらに、大賢者よりも孫の名が売れている事も腹立たしい。


 でも、それらの感情は表に出してはならない。俺は大賢者を尊敬している。だからこそ、感情まかせで軋轢を生むなど、愚かな事はしない。大賢者が大賢者と呼ばれる所以は、膨大な知識ではなく、世の中との折り合いを付けたところにあったと思う。俺もそれにならいたい。


 修道士の面談など、何事もなくクールに切り抜けて見せるさ!絶対にやらかしたりはしない!


***


 というわけで、修道士の面談。


「やぁテオ君、私は修道士のトーマスだ。衛兵の採用試験の始めに、応募者の面談をさせてもらっている。よろしくね」


「よろしくお願いします」


 トーマスと握手をして席についた。ガッチリとした大きな手だ。


「テオ君はシュラヴァルトから来たんだっけ?」


「はい、そうです。王様から領地に出兵要請が来て、徴集されてここまで来ました」


「この街よりも、ずっと長閑な所なんだろうね。シュラヴァルトにも衛兵は沢山いた?」


「お城の入り口で見た事がある程度ですが───?」


 よく分からない。アイスブレイク───初対面の相手の緊張を解きほぐす手法───なのかな。まどろっこしい。それに、雑談は変な地雷を踏みそうで怖い。こちらから飛び込むか。


「えっと、申し訳ありません。質問の意図が読み取れず、困惑しています。質問は単刀直入にお願いします」


「ははっ、ごめんごめん。テオ君は兵士だったね。この試験にも、上官からの命令で来ているのだったね」


「はい、その通りです。ですので、適性の有無を見ていただくより、どの様な適性が必要かを示して頂く方が助かります。指示をいただければ、それに対応します」


「じゃぁテオ君、衛兵には年齢と背の高さが必要、そう言ったらどうする?対応できるのかい?」


 もっとぬるい心構え的な話しを期待していたのに、思った以上のド直球が来た。だがしかし、望むところだ。


「確かに、それに応える事は難しいですね。では、年齢と背丈の目的を教えてください。達成する為の、別の方法を検討します」


「単純な見た目の話だよ。衛兵には悪人に恐れを抱かせ、市民には安心を与える見た目が必要なんだ」


「たとえ軽く見られても、実際に取り締まる事ができれば、良いのではないでしょうか。実戦能力は問題ないと証明できます」


「うん、実戦能力については、この後で証明してやってくれ。でも、平和を作るという事は、君が考えるほど簡単な話じゃないんだ。うーん、なんて言ったらいいかなぁ……」


 トーマスは、諭すための話を探した後、ゆっくりと話を続けた。


「例えばだけど、衛兵が居ることで、市民に安心感を与えられたとするだろう?すると、それによって戸外に市民がでてくる。その市民が監視の目になり、犯罪の抑止につながる。するとさらに、市民が安心して戸外に出られるようになる。そういった好循環によって、街の平和はつくられているんだ。犯罪者を取り押さえられれば良いってものじゃないんだ」


「ほー……」


 トーマスは恐らく、事の複雑さを示せば、子供である俺は諦めると思ったのだろう。しかも、脳筋バカの多い兵士だし。でも、この手の話は俺の大好物だ。機械仕掛けの様でワクワクが止まらない。


「えーと、少し整理させてください」


 俺はポシェットから筆記用具を取り出し、トーマスの話を因果ループ図として書き出していった。


 因果ループ図は、システムを簡易的な図で表す表現手法の一つだ。要因やパラメーターの関連を線で繋ぎ、図で表す。一つの要因が、システム全体にどう働き、どうフィードバックされるのかを見る事が出来る。ループを表す図なので、曲線で書いて円形っぽく描かれる事が多い。


 これは、クーの物理シミュレーション講座時に、ついでに教わったものだ。始めクーは、これをすっ飛ばして、いきなり数式の入ったブロック線図というものを書きだした。俺がそれに付いていけなかったので、「ヤレヤレですね」と言いながら追加で説明してくれた。でも、今回の様に数値化しにくい話は、こちらの方が適している。


 俺は、図を書き終わると、トーマスにも見やすい様に、机の中央に差し出した。


「こんな感じですかね。これなら、私でも役に立てそうです。既に好循環が回って平和になっていれば、子供衛兵は逆に平和の象徴として、安心感を与えられると思います」


「いやいや、それだけじゃないんだ。犯罪者には、悪巧みが成功する可能性を、微塵にも感じさせてはいけない。実際に犯罪が行われなくても、下品な風体の輩が近寄ってくるだけで、平和のループは害される。さらに───。テオ君、ちょっとペンを貸してくれたまえ」


 トーマスは、俺からペンを奪うと、早口で説明しながら、新たにループを書き加えていった。すでに図の描き方については理解したようだ。この人頭いい。


「ですがですが、子供衛兵といっても私一人です。もともと数でカバーする思想で運営されていますし、影響は少ないです。それより、物珍しさで注目され、人の目が増えるのですからこちらのループが強化されて───」


 トーマスが一旦書き終わったところで、今度は俺が再度ペンを受け取り、子供衛兵による好影響の線を、反論しながら書き加えていく。


 トーマスはそれを受けて、さらに反論しながら追記する。美しい筆記体でスラスラと。いや、文字だけでなく、描く曲線の全てが絶妙で美しい。その美しい線に沿って、細かい文字で線の意味まで書かれていく。俺もそこまでは書いていないのに。さらに、現代語ではなく、古語で書かきやがる。なぜゆえに。もしかして、少しムキになってる?まぁ別に読めるから良いけど。


 そういった俺とトーマスの追記合戦により、紙はだんだん文字と線で埋め尽くされていった。


 うーん残念だ。この人の話は面白いし、もっと楽しい時間を過ごせそうなのにな。何かいい手は───


「そういえば、全然関係ない話になりますが、トーマスさんの修道名って、『ユートピア』のトーマスさんから来てますか?」


 トーマスは、俺の言葉で手が止まった。そして俺の方を見て言う。


「そうだけど、どうして突然そう思ったの?」


「なんとなくですが、犯罪について、人ではなく環境に焦点を当てた見方が、どこか似ているなーと……」


 トーマスはペンから手を離し、少し座りなおすと、落ち着いて話し始めた。


「私は名前を授かっただけだよ。彼の影響は否定しないけどね。それより、テオ君は『ユートピア』を読んだんだね」


「はいまぁ……ユートピアは、ユートピア人にしか作れないなーって思いましたが」


 『ユートピア』は、“僕の考えた最強の国”という感じの、設定がつらつらと書かれた本。ストーリーはほぼ無い。最強の国という設定だが、著者は一応、「ユートピアの社会制度は、ユートピアでは機能しても、現実社会に適用すると期待した結果は得られない」とお断りを添えている。非現実的で存在しない土地、それがユートピア。


「ふむふむ、なるほど。私はテオ君の事を、少し誤解していたかもしれないな」


「ど、どういう誤解ですか」


 突然の態度の変わりように、俺は少し笑ってしまった。トーマスもそれに笑って応えてくれた。魔術は使わなかったが、心を掴めた気がした。好きな著者の本を読んだ事がある人、それはもう敵ではない。人間は結構チョロくできている。


「いや、ごめんごめん。私は、テオ君の事を本当に子供だと思っていたんだ。自分の事で精一杯で、社会に目を向ける事が出来ない子供だと」


「うーん、それはどうですかね。確かにここ最近、大事にしたい人が増えましたので、ワガママばかり言ってられなくなりました。でも、まだまだ子供な自覚はあります」


「ははっ、今の君以上に子どもな大人なんて、沢山居るよ。君とはもっと深く突っ込んだ、楽しい話が出来そうだ。テオ君は、日常活動理論というのを知っているかな?衛兵になるなら是非知っておいて欲しい理論なんだけど───」


 バタン!


 トーマスが、紙に新たな図を書き始めたところで、突然扉が開いて、一人の衛兵が入ってきた。


「トーマスさん、時間をかけすぎですよ。一体長々と何を──なっ!?魔法陣!?」


「「は?─── ぁ」」


 机の上には、書き込みが激しくて、もはや魔法陣にしか見えない禍々しい因果ループ図が置かれていた。


 内容が読めればそんな誤解は生まれないのだが、追記された殆どが筆記体の古語で書かれているため、普通の兵隊には読む事ができない。


 さらに、トーマスは今現在進行形で、新たな魔法陣を描き出していた。


「トーマスさん……あなた子供に魔術を吹き込んで何をさせるつもりだ……」


「あ、いや、誤解だ!これは魔法陣ではなく、衛兵を理解してもらうための図で……。テオ君も何か言ってやってくれ」


「トーマスさんには、市民の心を操る術を教わっていました」


「テオ君!?間違っては居ないけど、誤解を招く言い方は止めてくれるかなぁ。ね?もっと別の言い方があるでしょう?」


「すみません、言い換えます。社会を思い通りに動かす術を教わっていました」


「テーオーくーん?」


「現行犯だな。申し開きは審問官に言ってくれ」


「うわー誤解だー!私は無実だー」


 トーマスが衛兵に連行されていき、俺の面談はそこで終わった。


***


 しかし、読める人が読めば、衛兵の社会的影響について書かれているだけの物だと分かる。難解な言葉が難解な文字で、禍々しく書かれているだけだ。トーマスはすぐに釈放されてきた。


「酷いよテオ君!」


「えーと、あの場で中途半端に言い訳するより、分かる人に誤解を解いてもらった方が良いと思ってですねぇ……」


「まー確かにそうだったけどさー。とりあえずテオ君の事も、上に紹介しておいたよ。古語にも精通している凄い少年兵が居るって」


「え!?」


「そうじゃなきゃ、面談中に私が一人で趣味的な創作をしていた事になるじゃないか。それを疑っている審問官がまだ居るんだ!たぶん君を見にくるからさ!頼むよ、私の嫌疑を晴らしておくれよ!」


「えー……」


 俺は、他人のやらかしに巻き込まれて、審問官に目を付けられる羽目になった。


おうふ。


さんこうぶんけん

『魂から心へ ― 心理学の誕生』 エドワード・S・リード

『こうすれば犯罪は防げる - 環境犯罪学入門 -』谷岡一郎

『ユートピア』トマス・モア

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