街での活動 その22 衛兵になろう 前編
初めから一話に収めるのを諦めつつある今日この頃
とある日の午後、日課を終えた俺は、厩舎の隅で読書をしていた。すると、そこにアヒムがやってきて言った。
「明日、お前には衛兵の採用試験を受けてもらう」
「え!?突然どういう事ですか?俺が衛兵に?俺、何かやっちゃいました?」
「詳しい話は後だ。今期の試験は明日だ。今日中に登録しておく。来い」
「えー」
相変わらず強引なアヒム。やれやれ、俺はまた何かに巻き込まれるのか。
アヒムは、街中を歩きながら説明を始めた。
「うちの隊の、現在の扱いは知っているな」
「予備兵力ですよね。ケガ人も居るからって」
「ああそうだ。さらに、目の届かぬ所に行かせると、また非常識な事をやらかしかねない。そういう理由もあるようだがな」
「信用無いですね」
「いくら言っても抜け出すお前が言うか。まぁそういう訳で、うちの隊は風当たりが厳しい。他所から只飯を食いに来た。そうまで言う輩もいる。このままでは、予算が減らされる可能性が高い」
「えー、うちの隊が待機しているおかげで、他の隊が外に出れるのに。分かっていませんねぇ」
「その通りだ。だが人の心は、そんなに論理的ではない。正論で返しても、別の理由をつけて批判してくる。そこで、お前が目を付けられた」
「はい?」
「子供まで抱えて、そもそも部隊として体をなしていないではないか。そういう訳だ」
「あはー、それも正論ですねぇ。使用人の枠ならいざしらず、俺を兵士として数えるのは無理がありますもんねー。自分でも前から思ってました」
「認めてどうする!お前は、領主から兵士として任命されたのだ!誰が何と言おうと、兵士の一人だ!」
「えー、でも……」
「と言うわけで、お前に衛兵の採用試験を受けさせる。試験に通れば、表立って資質を疑われることは無くなるだろう。それは、試験を疑うのと同義だからな」
「えー、受かる気がしませんよー。だいたい、それで回避しても、別の難癖を付けられるだけで……」
「文句を言うな!やるしかないんだ!」
うわーキレた。大人はコレだから困る。
「それにだ、勝算が無いわけではない。既に兵士となっている者が衛兵の試験を受ける場合は、基礎体力に関する項目は免除される。問われるのは、その人物の規範、それと自衛能力だ。お前なら上手く騙して抜けられる。そう踏んで、今回の試験を選んだ」
「えーと……整理すると、体力的には兵士として不十分だけど、名目上は兵士だから体力試験は免除。でも、それで受かってしまえば、兵士としても認められた事になる……と。アヒム様ずるーい。もうその時点で、規範的にアウトな気がしますよー」
「やかましい。お前は俺の命令に従うだけだ。お前については規範的に問題はない」
「屁理屈じゃないですか。そんな事をするから、嫌われるので──あ、イタイ、イタイ!止めてください!」
拳で頭をグリグリされた。
「説明は以上だ!」
アヒムは歩く速度を上げる。すると、俺は少し駆け足にならざるを得ず、話しをする余裕がなくなった。
「でもな」
「え?ちょ、ちょっと歩くの早いです」
「お前の斥候には、ずいぶん助けられた。俺はお前を認めている」
「だ、だからちょっと早いですって」
「だいたい、お前は俺様の駒だ。ケチを付けられて黙っていられるか。多少やらかしてもいい、実力を見せ付けてこい」
「あーもー、もう少しゆっくり歩いてくださいよ!」
理屈ではなく、足の長さの違いで反論を封じるとは。やっぱアヒムずるい。
***
アヒムはそのまま早足で、南門の近くにある衛兵の詰め所まで歩き続けた。俺はその間ずっと小走り。普通に走るより疲れた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ここですか?」
「そうだ。さっさと息を整えろ。だらしない」
「そんな事いったって、ハァ、ハァ」
くそ、さすがアヒム。グラハルトに憧れて、日々鍛錬しているだけの事はありやがる。
「フー……もう大丈夫です」
「ではいくぞ」
「あ、待ってください。まだ聞きたい事が……」
「話は後だ。まずは申請を済ませる」
「えー、でも物語ではこういうのって、申し込みの時から既に試験が始まってたりするから、事前に打ち合わせしたいんですど……ブツブツ、ブツブツ」
怖い目で睨まれたので、俺は口を尖らせてブツブツと抗議するにとどめた。
アヒムはズカズカと詰め所に入っていく。俺はその後をパタパタとついて行く。
「誰か居るか!衛兵の採用試験の申し込みをしたい!」
「お、はいはい、話は聞いてますよ。シュラヴァルトの隊の人だね。えー、じゃ、これに名前と生まれ、親の名前を書いてくれ」
休憩中の衛兵らしき人が対応してくれ、紙とインク、ペンを机の上に出す。アヒムはそれを確認すると、俺に向かって指示する。
「テオ、書け」
「ハッ!」
俺は、兵隊らしくハキハキと返事をして前に出る。すると、衛兵がそれを制止しようとした。
「こらこら、それは本人が書かなくてはダメだ。自分の名前すら書けない者は、試験を受けられない」
「試験を受けるのは私ではない。このテオだ」
「は?子供じゃないか」
「既に兵士であり、衛兵への転属の場合は、年齢に関する項目は無いはずだ。今回は転属ではなく、連携強化のための一時的な兼任だが、試験については転属と同じに扱う事で話をつけてある。何も問題はない」
「でも子供じゃないか。兵士っていうのには無理があるだろ」
「なんだと!?お前は、我が隊の兵士を馬鹿にするのか?それは、ひいては任命した我が主君をも愚弄する事だ。主に仕える騎士として、その様な者を見過ごす事はできぬぞ!」
「あ、いや、そんなつもりは毛頭ない。ただ、子供には難しいのではないかと……」
「それはお前が判断する事ではない。お前も兵士なら、その意味が分かるな」
「……分かった。忠告はしたからな。あと、上に報告はさせてもらう」
「それでいい。よし、テオ、書け」
「ハッ」
俺は再び前に出て、カリカリと必要事項を記入する。
「おい、テオとやら、お前はそれで良いのか?体力試験は免除とはいえ、組み手や実地試験はあるんだぞ?」
もちろん全然良くない。いやまぁ、試験を受ける事は既に受け入れた。グラハルトでさえ、外に指導に出ているのだ。俺も働けと言われれば、従うしかない。でも、アヒムのやっている事がよろしくない。
事前連絡はしていた様だが、それは体力試験や年齢制限を逃れる言質を取るための物。ただの騙し討ちだ。しかも、受け付けてくれた衛兵にも、威圧して言う事を聞かせる始末。もう、試験の前から印象最悪。試験を受けろと命じるなら、もう少し協力して欲しい。
とはいえ、そんな事を言えるはずも無い。俺は諦めたような笑顔で答える。
「それが任務ですから。兵士の辛いところですよね」
「余計な事は言わんでよろしい」
「ハッ!申し訳ありません!」
再び頭をグリグリされる俺。
クーは、そんな俺とアヒムのやり取りを見ながら、ずっとニヨニヨしていた。




