街での活動 その21 アンチと前向きな地雷
地雷お嬢様のその2の後半部
変なとこで切れたので肉付けさたら、また長くなったでござる
「あーえー、私たちは、怪しいものではありません……よ?」
自分で「怪しくない」と言ったところで、誰も信じないのだから意味がない。物語の登場人物には、そう突っ込みを入れていた俺。でも、つい言ってしまった。
あうー、視線が痛い。
「オレ知ってますよ、最近話題のケッツヘンアイの二人っスよね」
やった!職人の一人が知っていた!
「なんだそれは」
「怪盗っス。あ、つまり泥棒っスね」
「なにぃ?」
おうふ!知られていたおかげで、怪しさが増した!
だがしかし、そこでお嬢様がフォローする。
「そそそ、その二人は、私の師匠です」
「はぁ!?師匠?」
職人達が、お嬢様とこちらを交互に見た。みなが情報過多で混乱している。これは主導権を握るチャンスだ。
「師匠というほどの者ではありませんが……お嬢様の計画にケチをつける貴方達に、物申しに来ました」
「はぁ?お前はコイツの荒唐無稽な話を信じるのか!」
俺は机の上に広げられた図面に目をやる。
なるほど、これが歯車をつかって水に圧力をかける機構か。歯車にこんな使い方があるとはね。それにしても……ハハッ、これも鉄で作るのか。これだけでも難しいだろうな。でも──ワクワクする。
俺は、ニヤけた顔を真顔に戻してから、職人達に言う。
「話を信じるか───でしたっけ?大の男が、雁首揃えて情けないですね」
「なに!」
「だってそうでしょう?お嬢様は、あなた方を信じて頼ってきたのですよ?女性にそこまでされて、無理だのなんだの……。これを情けないと言わずして、何と言うのですか!自信が無いなら、正直にそう言えばいいでしょう」
「なんだと!」
「貴方達はいま試されているのですよ!職人として!いや、男として!」
「ック!言ってくれやがる!」「そこまで言われちゃ黙ってらんねーな」「あーぁ、チッ、しゃーねーなぁ」
職人たちは、オロオロし続けるお嬢様を横目でチラリと見ると、しぶしぶだがやる気を見せた。
お嬢様は、なんというか動物的に可愛いのだ。女性である事を忘れられるくらい、人としては残念だが。
だがしかし、お嬢様の計画に問題が多そうな事も事実だ。職人達をはぐらかしはしたが、その問題は残る。
「クーデリンデは、この計画どう思う?」
「お見せした方が早いかもしれません」
クーがそう言うと、扉や窓が勝手にバタンバタンと閉まり、一瞬にして部屋が暗くなった。壁の隙間から漏れていた光も、小屋全体が何かに包まれたように、閉ざされた。
「「「え!?なに!?え!?」」」
突然の暗転に驚く一同。
そして次の瞬間、不思議な場所に転位された。天井も壁も無い、草も無い黒々とした地面だけが延々と続く、不思議な場所だ。人以外は、お嬢様の図面を乗せたボロっちい机だけが一緒に転位されている。
「「「??????」」」
もう皆、声すら出ない。
「少々お待ちください。まずはお嬢様の設計図どおりに作ってみます」
クーがそう言うと、空中に鉄の塊が次々と現われ、形を変えながら組み合わされていった。
そして───ッズーン!
高さ4メートル程の巨大な鉄の門が、地響きと共に降ろされた。
この現実味のない光景に、みなは思考が停止していた。俺は逆に思考をフル回転。この状況をどう説明しようかと考えていた。
しかし次の瞬間、俺の視界が赤く点滅した。
「皆様、そこは危険です。逃げてください」
「「「え!?」」」
巨大な鉄の門の脇にいたクーが、いつのまにか皆の後ろに移動していた。
トラウマワードが発せられた時点で、嫌な予感はしていた。でも、展開が早すぎる。
俺はとりあえずクーの居る場所に逃げだす。そして逃げながらも、点滅している形をみて気付く。この形って……。
俺は、気になって後ろを振り返った。
そこには、徐々に傾くスピードを増す、巨大な鉄の門があった。
「うわあぁぁぁ!倒れてくる!みんな逃げて!」
「「「え!?あっ……」」」
皆はクーの声で振り返っていたので、気付くのが遅れた。そして、俺の言葉で鉄の門の方にさらに振り返り、逃げ遅れた。
***
皆が目を開けると、何事も無かったように、転位直後の状態に戻っていた。
「というように、土の上では倒れてしまいます。なので、まずは頑強な床を作る必要があります。天然の大岩を採用しても良いですが、水硬性の物質で結晶体を作る方法をお勧めします。まず、石灰岩と珪砂、それと塊鉄をから採れるスラグを焼き固め───」
***
その後、何度か死人を出し、リトライを繰り返しながら、油圧式鍛造機(幻影)が完成した。
職人たちは既に放心状態。
この世とは思えない謎の空間に監禁され、何度も殺されたのだから仕方がない。
しかし、お嬢様は変なゾーンに入っていて元気。
「ししし師匠!金属疲労を無くすには、ど、どうすれば良いですか?昨日まで使用できていた物が、突然破損するのは危険です」
「お嬢様、完全に防ぐ事は諦めてください。定期的に交換したり、破損しても安全を確保できるようにする方が現実的です。その上で、先程教えた、応力集中を避ける設計を心がけてください」
「お、応力集中ですか……それには、げ、現実の厳しさを、思い知りました……」
応力集中──断面や形状の変化点に、何倍も、時に何百倍もの力が集中して壊れやすくなる現象。知ってしまうと、空想上のカッコイイ武器が、ありえない物に見えてしまう。中二心を打ち砕く、非情な悪魔の現象である。
お嬢様も、それにはショックを受けているようだった。俺もそうだった。懐かしい。
お嬢様は、俺が通ってきた道を着実に進んで───ってあれ?そういえば、何か忘れているような……。俺とクーは何をしにここに───
「うわぁ、忘れてた!私たちはこんな事をしに来たんじゃない!」
お嬢様はキョトンとして俺を見た。
それから、俺はお嬢様に自らの失敗を語った。家族の関係が壊れた事、無用なトラブルに巻き込まれた事などなどだ。
「今のお嬢様を見ていると、先にある物を知らずに、ただ進もうとしていた昔の自分を見ているようで、心配で心配で……」
「あ、ありがとう、です。た、確かに、母には、顔も会わせてもらえない、です……。外では家の名前を語るな、とまで言われています」
おっと手遅れだった。
「で、ですが、悪い事だけではありません!」
今まで下を向いていたお嬢様が、顔を上げ、俺とクーを真剣に見つめた。
「こ、学んできたお陰で、し、師匠たちと出会える事が出来た、のです。て、鉄の職人達とも、知り合う事が出来ました。け、決して!悪い事ばかりじゃない!です!私は後悔なんて、していません!」
少し涙目なお嬢様。泣くのずるい。何も言い返せない。
「お二人とも、やれやれですね。ケンカしてどうするのですか」
上から目線のクー。でも、大体お前のせいじゃないか。
「お嬢様、私からも忠告させて下さい」
「何ですか、師匠!」
おいそこ!なぜクーには素直なんだよ!
「まず、実用兵器の開発は控えてください。やりすぎると、暗殺されてしまいます」
「あああ暗殺ですか!?」
「よくある事です。お姉様も経験済みです」
俺は、される側ではなく、する側だったけどね。でも、だからこそ危険性が分かる。勢力バランスを崩す個人など、真っ先に暗殺対象となるだろう。俺は真剣な表情でコクリとうなずく。
「後は、技術というものが人間の生活に与える影響を、つぶさに観察し、学んで下さい」
「わ、私は、技術は良いモノだと信じます!」
「良いか悪いかは、立場によって違います。例えばあの鍛造機」
クーが、苦労して創り上げた鍛造機を指す。俺とお嬢様も示された方を見て、三人で見上げた。
「これが世に出ると、物の生産性は上がり、価格も抑えられ、庶民にとって鉄製品がより身近な物になるでしょう」
「ですです。本も印刷機が出来てから広まりました。こ、これは、世界を変える機械です」
「しかし一方で、そこに居る職人達の地位は下がります。これまで何十年もかけて磨いてきた技能が、突如として必要とされなくなるのです。また、子供に伝えられるハズだった技術が時代遅れとなり、お二人が今体験している、親子関の不和も発生します」
「そ、それでも全体的に見れば……」
「お嬢様、私はそれが良いとか悪いとかは言いません。思いがけない結果を避けて欲しいだけです。応力集中と同じです」
「ははは、クーデリンデでも、流石に社会まではシミュレーション出来ないのね」
「当たり前です。ですが、変化点で局所的に大きなストレスがかかる点も、応力集中と似ています。そこから推察はできます。存外、技術革新の激しい世界は、色んなところで亀裂が発生するかもしれませんよ」
「中二心を打ち砕くところも似てるね……」
「で、ですが、応力集中と同じなら、同じ様に対策も出来るはずです」
「そうですね。あの鍛造機を世に出す際は、職人達に別の活躍の場を考えてあげてるといいでしょう。そうすれば、お嬢様が心を痛める可能性は減ると思います」
くそう、師匠ズラが似合いやがる。クーのくせに。なんないかな。
「あ、そうそう、子供でも使える武器についてはいいの?子供を戦場に送る事になるって件、忘れてない?」
「お姉様、それも良し悪しは立場次第でしょう?これまでの話に内包したつもりです。大人より子供の方が生産コストは低いという、大きなメリットがあります。少年兵も見方によつては素晴らしい技術革新です」
おっと、やはりいつものネジが外れたクーだ。人を生産コストで見積もりやがった。お嬢様もコレには引いている。
「やれやれ、クーデリンデは本当に良い師匠ですね。反面教師にもなれるなんて」
「お姉様、どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよーだ」
クーが俺を睨む。そして俺が顔を少し上に向け、ニヤリとしながら見下し目線でクーを見下ろす。よし、よく分からないが、勝った。
「クスクス、わ、私は、お二人に出会えて、本当に良かった、です。運命に感謝しています」
「あ、それはこちらもです。同士というのかな?仲間が出来て嬉しいです」
「お嬢様は稀に見る逸材です。能力的にも、趣味の面でも。私も運命に感謝します」
「「「フフッ、フフフフフフフ」」」
何やら、お嬢様の微妙な笑顔が伝染った。そして三人で不気味に笑い合った。
***
結局、折角完成までこぎつけた鍛造機は、設計図の状態でしばらくお蔵入りになった。
そしてお嬢様は、俺とクーの忠告を聞き入れ、実用性のない浪漫兵器ばかり設計する様になった。結果として、また一段残念度を上げた。




