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街での活動 その20 モヤモヤ回

また長くなったので切れた。おうふ

 俺とクーは、地雷お嬢様の屋敷に向かった。急激に成長するお嬢様に、少し忠告をするためだ。


 俺もクーと出会ってから異常な成長をした。それによって失ったもの、発生した問題もあった。


 まず、負けん気の強いマルコ兄のプライドを傷つけた。


 その結果、マルコ兄は家を飛び出し、街で黒狼団のパシリをする羽目になっている。俺はそれに、負い目を感じている。マルコ兄の事を放っておけないのも、そのせいだ。


 さらに、父との関係も微妙になった。


 始めは父も俺の成長を喜んだ。しかし、父から教わる事がなくなり、俺が本ばかり読むようになると、話をする時間はなくなった。その結果、どこか他人行儀になり、俺は居づらくなって一人で水車小屋に退避した。言葉で教わる事以外にも、もっと教わりたい事は沢山あったのに。


 そして、村の大人からも目を付けられた。ただの子供と思われていれば、徴集される事もなかったはずだ。


 さらに言うなら、色々出来るようになってしまったお陰で、変な魔術師に狙われる事になる始末。


 アイツに目を付けられなければ、徴集仲間が死ぬ事もなかったはずだ。村に帰ったとき、彼らの家族がどんな顔をするか、簡単に思い浮かべられて悲しくなる。


 やらなかった事は、20年後に後悔するというが、今の俺はやった事に対する後悔ばかり。当然だ。俺はそんなに生きていないのだから。


 今の俺が分かっている事は、人と違った成長をすると、問題が増えるって事だけ。


 それでも、俺にはクーが居た。


 家族との関係が拗れても、トラブルに巻き込まれても、クーが居たから乗り越えられた。


 でも地雷のお嬢様は?


 やはり心配だ。どうしていいか分からない。でも放ってはおけない。責任の一端は俺にある。


 それになにより、俺は彼女が嫌いじゃない。不幸にはなって欲しくない。


***


 しかし、屋敷にお嬢様は居なかった。仕方なく、豆水晶で検索して向かう。


「あれ?壁の外に出ちゃう」

「職人達の作業所が並ぶ辺りですね」


 壁は、街を囲む様に作られたのだろう。でも、今や街は壁の外にも広がっていた。


 壁の外には、河からひかれた水路があり、水車小屋が建ち並ぶ区画がある。お嬢様は、どうやらそちらの方に居るようだ。しかしそれは、普通ではありえない事だった。


 壁の外には衛兵は居ない。あまり管理されておらず、壁内では禁止される様なお店も、堂々と営業している。身元の保証がない者も、ごろごろ居る世界だ。そんな治安の悪い壁の外には、貴族のお嬢様は出ない。それが常識なのだ。


「お嬢様は、見かけによらずたくましい様です」

「いや、ただ非常識なだけだと思う……」


 お嬢様の周りに居る人で、止める人は居なかったのか。おかしいのは、お嬢様だけではないようだ。問題は予想以上に大きそう。関わろうとしているが、正直気が重い。


 だがしかし、水車が見えてきたら、気がまぎれて楽になった。


 規則的に短いリズムを刻む水の音。リズムの節目に、軋みで相槌を入れる水車。息をすれば口に飛び込む湿った空気。もうそれだけで懐かしい。


 それぞれの小屋からは、さらに様々な音が響いている。ドスッドスッと重い音、カラカラと軽い音、カタンカタンと木を打つ音。


 何を作っているのだろう。どんな機構が動いているのだろう。音を聞いているだけでワクワクする。こんなに楽しい場所なのだ。きっと良い結末がまっている。そう信じて、お嬢様の元に向かう。


 お嬢様は、一軒の鍛冶屋に居た。


 薄手の白い外套に身を包み、真っ白な手袋を着けている。それだけなら、上品なお嬢様。


 しかし胸元には真鍮製ゴーグル。この前のゴーグル風の首飾りではなく、顔に付けるためのゴーグル。それが、首から下げられている。


 ゴーグルの片眼には、可動式の小さなレンズが幾つも付いている。宝石商が使いそうな拡大鏡の他、色の付いたものもある。別の片眼には、ゼンマイとエアガバナーの様な装置。


 火や鉄の温度を読んだり、高速で回る物体の回転数を読むための物なのだろう。たぶん、それらは無駄な物ではない。それは分かる。だがしかし……禍々しすぎる。


 そして、相変わらずガッチリ見開かれた目に、微妙に歪んだ笑顔。それらが合わさると、白い衣服が別な意味を持つように感じた。


 普通ならば、真っ白な外套は、汚れる所に出てこない高貴な者の証。労働も作業も一切しないから着る事がでできる。平民との違いを見せ付けるもの。


 だがこのお嬢様が真っ白な服を着ると、平民からとかでなく、常人からかけ離れた異質な何かに見える。まるで別の世界の人みたい。


「お嬢様は本当に素敵です。マッドサイエンティストとしてのツボを、見事に押さえています」

「マッド……なに?」


 クーは賞賛しているが、客観的にみれば残念度が増えている。残念なお嬢様ではなく、今や残念な人である。やれやれだ。


 お嬢様は、職人達に絵を見せ、何かを説明している。


「でででですから、こ、このような型が作れれば、鉄製品を印刷できると思うのです」


「理屈はある程度分かる……俺らだってタガネで鉄を叩き切ったり、形を作ったりするからな。だがこれは……巨人でも連れてこなけりゃ無理ってもんだぜ」


「そ、それについても考えがあります。印刷機の様なバネやネジ上げ式ではなく、水の圧力で押しつけようと思います。水に圧力をかける装置は、二つの歯車を利用したもので──」


「今度の話は無茶苦茶、不可能だ」「だよなぁ」「そんな簡単にできたら、俺らも苦労しねぇよ」

「あ、う……」


 どういう状況なのか理解できない。お嬢様は残念な人だが、一応は貴族だ。普通ならば、職人が直接意見など許されない。そういう関係だと思うのだが。


 でもとりあえず、お嬢様が不利っぽい。話の内容は分からないが、援護に向かったほうがよさそうだ。


「クー、行こう」

「そうですね。お嬢様にも味方が必要です」


 俺とクーは、ケッツヘンアイコスにチェンジしてから作業場に入り、お嬢様に駆け寄る。


 その時───突然クーが、俺の膝の後ろをプニっと蹴った。


「わっとと」


 俺は、カクンと膝が落ちた。その俺の頭の上を、何かが通った音がする。


「ひゃっ」


 俺が頭上を見ると、腕を伸ばしてきた男と、それに顔面キックを入れるクーが居た。


 蹴られた男は、体勢を崩しもせず、クーを睨む。


 クーは口をニヤリと歪ませてから、わざわざ顔を上方に向け、見下し目線で睨み返す。


 そのクーの後ろから、別の男が殴りかかる。


「あぶな──」


 クーは振り返りもせず、後ろからのパンチを避けると、男の腕に手をかけ、それを軸にして跳び、またもや顔面キック。


 そうだった。クーを心配する必要はない。俺は自分の事に専念しよう。


 俺は、始めに手を伸ばしてきた男に、すかさず魅了チャームを試みる。が、失敗。くそ、ムードが足りない。


 男は両手を広げ、ジリジリと近付いてきた。


「イヤー!来ないでー!」


 うぐ、困った。この男は精神力が強い。ここには沢山の目があるのだ。ペタンと座り込んで悲鳴を上げる少女に、手をワキャワキャさせて近寄るなど、普通の精神力では出来はしない。精神操作は無理か。


「あーもう!どうなっても知らないんだから!エィ!」


 俺は慣れない幻影の魔術をかける。一人にしか見せられず、動きのある物も無理。完全にクーの劣化版。

だが、物は使いよう。俺は男の視界を、ただ真っ黒に、力いっぱい塗りつぶした。


 男は視界を失って戸惑い、動きが鈍った。だが、それでも完全には止まらない!やはり只者ではない。

俺は、近くに居た職人の陰に隠れて声を上げる。


「キャー!近寄らないで!このヘンタイ!」

「俺の仕事場で子供に手を出すな!」


 ボカッ!


 男は無防備なまま、職人の太い腕でぶん殴られた。そして倒れ、ようやく停止した。


 これで俺の勝ち。勢いあまって再起不能にしたかもしれない。社会的な意味で。


 一方、もう一人の男は、クーにこぶしのラッシュを浴びせていた。


 クーは、それを小さな手で軽々と捌く。


「フフン、こんな物ですか?」

「ック!」


 男は、左の突きと同時に右拳に溜めを作り、全てを刈り取るがごとく、力いっぱい右フックを放った。


 しかし、クーはクルリと背を向けながらパンチの下にもぐる。そして、避けた腕を両手で掴むと、相手の勢いを利用して投げ飛ばした。


 バキバキバキ!


 男は、置いてあった木箱につっこんで停止した。


「あっコラ!何してくれやがんだ!」


 今度は職人さんが悲鳴を上げた。


 クーはそれを無視し、勝ち誇った顔をして、投げ飛ばした男の顔を、足の先でペチペチ叩く。俺は事態が収束したのを見て、職人の陰から出て、クーに駆け寄った。


「ふぅー。この人達はなんなの?」

「お嬢様のボディーガードでしょうね。なかなか良い突きでした」


「えっ!?」


 お嬢様は、胸の前で手をワシャワシャさせつつ、肩を縮めてオロオロしていた。


 おうふ、やらかした。

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