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街での活動 その19 新しい武器

 舞台を街の広場に移してから数回、返却活動を行った。


 回を重ねるごとに見物人は徐々にふえ、拍手まで聞こえるようになった。


 また、いつの間にか噴水の池には浅瀬が作られ、クーが好きそうな高台には、俺も登れるようにとロープが掛けられた。それには、楽しみにしている人の存在を感じて、俺は嬉しかった。


 恐らくその盛況ぶりは、被害に合っているはずの貴族のおかげ。衛兵たちを戦闘不能にすると、被害者のお嬢様が、すんなり金貨を支払い、悪態もつかずに好意的に対応してくれる。平民はその姿を見て、応援してもよいと思ったのだろう。


 クーに言わせると、好意的な貴族の反応も、認知的不協和の解消だという。抗って奪われるより、自ら与える方を選んだ。そういう事らしい。


 まぁ心理的なところはさておき、その方が名誉やプライドは保てるだろう。賢い選択だと、俺も思う。

でも、本当に好意をよせてくれているとも感じた。


 特に、お嬢様達にはクーが人気。


 クーが大人の男達を裸足で踏みつけまくると、お嬢様方は嬉しそうにそれを見るのだ。そして、いい物を見せてくれたお礼と言わんばかりに、笑顔で金貨を出してくれる。


 男の俺は、それを見ると少し複雑な心境になるが、平和裏に終わるので、モニョル気持ちは呑み込んだ。


 そして中には、クーの趣味を理解できてしまう残念なお嬢様もいた。


「金貨は時計塔の最上階に隠しましたわ!盗れるものなら盗って見なさい!」


 とか、


「ウフフ、私の可愛いワンちゃん達のエサにしてあげるわ。ブリッツ!ルディ!かかれ!」


 などなど、わざわざ見せ場を用意するのだ。


 そうされると、クーはテンションが上がって、いつもより大暴れする。そして終われば、皆で満足そうに微笑みあって褒め称えあう。俺にはよく分からない世界だ。


 俺にはどちらかと言うと、敵対し続けてくれる黒狼団の方が理解しやすい。


 彼らは近付く機会がない事を知ると、矢による遠隔攻撃をしてきた。


 普通ならば暗闇の中からの狙撃はとても脅威になる。でも、クーのサポートがあるので全然問題なかった。


 射手が構えに入ったところで、ダン!っと音がして射手が光で照らされる。射手は戸惑いながらも矢を放つが、俺がそれを仰け反って避ける。


 俺は弓なり状態から起き上がり、髪をかき上げながら、ため息をついて皆の方を見る。そして、ゆっくりと笑顔を作ってから皆に手を振った。観客たちは拍手喝采。うん、これは楽しい。


 一方、暗殺の失敗を確認した黒狼団ボスは、「クソッ」っと酒瓶を割って広場から出て行く。その後ろ姿も謎の光で照らし出され、近くの観客から笑い声が上がる。


 脅威どころか、クーは黒狼団を舞台装置として利用してしまった。


 広場で起こる事は、だいたいクーの思惑通りだ。やれやれ、かなう気がしない。


***


 でも、そんなクーでも予想できない人物が居た。


 とある午後、カロリシテお嬢様の所に向かうと、クーが突然はしゃぎだして、俺を引っ張った。


「テオ、テオ、早く!凄いものが届いています!」


 わけも分からず、連れて行かれると、そこには見慣れぬ木箱があった。長方形で、長い辺が一メートルくらい。箱には猫の絵が描かれているが、飾りっけのない輸送用の木箱なので、逆に中身が怖い。


「この箱はいったい……」


「あ、お二人さん来たのね。はい、今日はマドレーヌよ」


「お姉様!早く開けましょう!早く!早く!」


 クーが開けろというのだから、危ない物ではないだろう。俺はマドレーヌをかじりながら、箱に近付く。


「お嬢様、開けても?」

「ああそれね、キルヒシュベルガー家の人が、貴方達にって持ってきたものよ。迷惑な話よね」


「キルヒシュベルガー?確か返却リストにあったね。どこだっけ。お貴族様の名前は、難しくて覚えられないよ」


「お姉様!開ければ分かります!」

「はいはい」


 俺は食べかけのマドレーヌを口に押し込むと、用意してあった釘抜きで木箱のフタをこじ開けた。そこには、一挺のクロスボウが入っていた。


「うわぁ……かっこいい……」

「なんなのこれ?クロスボウ?兵隊の人が使う?」


 興味ないフリをしつつも、覗き込むカロリシテお嬢様。


 ただのクロスボウではなかった。両端に滑車が付いていて、その間を弦が三本も走っていた。男の子の俺は、その見た目だけで惚れた。メカメカしくてカッコイイ。


「お嬢様、これはコンパウンド・クロスボウです。夢の異世界兵器ですよ」

「ふーん?」


「やれやれです。分かっていませんね。お姉様、引いてみて下さい」

「これ、使えるの?」


「長期運用には少し問題がありますが、試射程度は可能です」


 俺はクロスボウを箱からだし、本体に足をかけて弦を引っ張る。


「フンッ……お?おー……」


 カチッ


 そのまま問題なくコッキング。


「なにこれ凄い」

「フフン、凄いでしょう?お姉様でも引けるのです」


 なぜお前が威張る。でも、確かに凄い。


 弓というのは簡単に言えばバネだ。始めは小さな力で引けるが、引く長さが増えるにしたがって必要な力が増える。


 弓の難しさの一つがそこにある。引っ張りきった、一番力のかかる状態で静止し、狙いを付けなければならない。


 それを解消したのがクロスボウ。一度コッキングしてしまえば、弦を引く力から解放される。そのため、素人でも狙いをつけ易いのだ。また、全身をつかって引けるので、より強力な弓が使える。


 しかし、コッキングできなければ使えない。普通の弓と同じで、引くにしたがって必要な力は増える。コッキング寸前には、大人の男が全身で引く力が必要になる。当然、俺にはそんな力はない。以前に試させてもらったが、半分も引けなかった。


 でもこのクロスボウは違った。引き始めは重く感じた。でも引っ張っていっても、それ以上には重くならなかったのだ。そして最後に、逆に少し軽くなった。そのため、ゆっくり確実にコッキングできた。


 俺は、その不思議な感覚の理由を、目で見て探した。そして理解した。


「あ、プーリーの半径を途中で変えてるのか。しかも、普通のロープ用のプーリーじゃないね。へぇー面白ーい。凄ーい。」


「さすがお姉様です。」


「そんなに凄いの?これ」


 カロリシテお姉様だけ置いてけぼり。クロスボウなど触ったことも無いだろうし、仕方がないのだが。


「お姉様、撃ってみてください」

「まかせて!」


 俺は、木箱を起こして壁に立てかけた。そして、そこから少しはなれ、腰を落として付属のボルトを装填。狙いを定めて引き金を引いた。


 ズドバキン!!


「キャッ」


 お嬢様が、音に驚いて悲鳴を上げる。


「何事ですかお嬢様!?大丈夫ですか!?お怪我は!?」


 音を聞いた使用人が、勢いよく扉を開けて部屋に飛び込んできた。


「え、えぇ……大丈夫よ。何でもないわ」


 お嬢様は、すこしヒキつり気味な笑顔で、使用人に応対した。使用人は、部屋の中を見回し、とぼけた顔で床に座る、白と黒の少女を見つけた。そして、一瞬考えた後、素直に下がった。


「分かりました。何かございましたらお呼びください」

「えぇ、ありがとう」


 バタン。


「思ったより凄い音がしちゃったね」


 木箱は簡単に砕け、貫通したボルトは壁につき刺さっていた。


「音がしたとか、そういう問題じゃないわ!危ないわよこれ!子供が持って良いものじゃないわ!」

「お嬢様、だから凄いのです。女でも、子供でも、簡単に、甲冑に身を包んだ兵士を殺せてしまうのです」


 お嬢様は、クーの言葉を理解してしまった。そして血の気が引いていった。


「ダメ……ダメよこんなもの……貴方達がこんなものを持っては……」

「あ、うん。街の中ではこんなもの使いません。安心してください」


「お姉様、違いますよ。心優しいお嬢様は、私達が戦争に駆り出される事を心配しているのですよ」

「えー?でもこれが無くても既に……」


「お姉様、お姉様はかなり異例なのです。自覚してください」


 子供なのに徴集されたのが、普通じゃないのは知ってたつもり。でも、つい自分基準で考えてしまう。


「あれ?もしかしてこの武器って結構ヤバイ?普通の子供が戦争に行けちゃう」

「お姉様、今更ですか。やれやれですね。しかし、生産コストが高過ぎて、今のところ一般に広がる事は無いでしょう。作れる人も居ないでしょうし」


「これを作った人って、あのお嬢様だよね」

「お姉様、思い出しましたか」


 こんな異世界兵器を再現してしまう人など、思い当たるのは一人だけ。あの素敵に残念な、目立つ地雷のお嬢様だけだ。あの可愛らしいヘタクソな笑顔が脳裏にうかぶ。


「うーん……少しお話した方が良いかもしれない」

「そうですね。怪我をする前に、いくつか忠告が必要なようです」


 恐らくだが、クーが異世界兵器を再現して見せたのが原因。それで出来ると認識させてしまったので、あのお嬢様も作ってみたのだろう。


 さらに、撃った時の感触でわかった。あのお嬢様は、慣性モーメントや遠心力も、既にかなり理解していた。そうでなければ、滑車の回転にエネルギーを取られて威力は下がるし、バランスが取れていなければ、撃ったときにブレるはずだ。


 そして、少女の俺のために、軽量化までしてあった。それも剛性と強度の違いを理解して、適切に。以前に見た檻のレベルとは、比べ物にならないくらい成長している。


 その学習意欲に火をつけたのは、たぶん俺。


 俺とクーのせいで、危険人物が育ちつつあるのだ。


 どうしよう。責任感やら、お嬢様に対する心配やらで急かされる気持ちになった。でも、どうして良いものか、全く考えがまとまらない。


 俺とクーは、そんなグチャグチャのままの頭で、足だけ動かして、成長を続ける地雷のお嬢様の所に向かうことにした。

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