街での活動 その18 怪盗っぽく
そして夜、指定した広場には、パラパラとだが人が見物しに来ていた。でも、関係者の方が数が多い。
広場の噴水の前に、箱を持ったお嬢様。そのすぐ脇に、ダンディな上級使用人が一人。少しはなれて、左右に女性も含めた使用人が三人ずつ。そしてそれらを囲む様に、槍を持った衛兵が三十人ほど立っていた。
槍といっても、練習で使うような刺さらない槍。出されている命令が、生け捕りなのだと分かる。
見物客は、そこからさらに七~八メートルは距離をとっている。関わりたくはないので当然だ。
そして指定の時間。遠くで時計塔の鐘が鳴る。
それでも何も起こらず、鐘の音はしだいに小さくなって、耳で追えなくなった。
その時──ダン!、ダン!、ダン!、ダン!
謎の音が広場に鳴り響く。
音と同時に、広場の隣に建っている建物の上端が、円形に照らされた。音の数だけ光の円が重なり、つい目を細めてしまう程明るく照らされている。それでも光源はどこにも見えない。
そして、光の中には一人の少女が立っていた。クーだ。
「アーハッハッハッハ!本日は!お集まり頂き!ありがとうございます!」
元気いっぱいでノリノリのクー。やはり高いところの方が、テンションが上がるようだ。
「では!参ります!」
クーは、片手を上げながら、建物のヘリを蹴って宙に跳んだ。
皆がそれを見てドキッとした瞬間、後方の暗闇から大きな鳥が現れた。
クーはその鳥の足をキャッチして滑空する。謎の光は、空を滑るクーを下から照らし続ける。
クーは、噴水の上空に近付いた所で鳥を離し、小さくまるまって高速に縦回転。そのまま少し落ちたところでバッと体を広げ、噴水にある巨像にシュタっと降り立った。
謎の光は、いつの間にか上空から噴水を照らしていた。
衛兵たちは、噴水を背に陣形を作っていた。そのため、慌てて移動する羽目になった。お嬢様を噴水から遠ざけ、衛兵がその間にガチャガチャと割ってはいる。
クーは、その様子を見下し目線で静かに見守る。
衛兵が陣形を整え、武器を構えた。その場の緊張が一気に高まる。
そこに俺が遅れて登場。
舞台袖から現れるように、暗闇からそそくさと噴水に駆け寄る俺。
そして、そーっと水の中を歩き、クーの居る像にたどり着く。
(気をつけたのにパンツちょっと濡れた。ちめたい。)
そんな俺を、皆が何も言わずに見守ってくれた。皆の優しさが痛い。次回からは何とかしなければ。
俺は像をモタモタと登り、息を整えてから前に向き直る。そして、暗闇の中に居る皆の姿を確認してから、クーにOKサインをだす。
「クーデリンデ、いっちゃって!」
「はい!」
クーは、大きく息を吸い込んだあと、名乗り口上を始めた。
「白き衣は少女の純真!大人の理屈は蹴り飛ばす!白猫担当!クーデリンデ!」
「夢の世界に誘う常闇!全てを呑み込み癒してあげる!黒猫担当!テオロッテ!」
「「二人会わせて~ケッツヘン!アイ!」」
(キラーン)
決まった。
「奴らだ!捕まえろー!」
「「「ウォォォォ」」」
俺とクーのキメポーズを合図に、兵士達が噴水の中に入ってきた。
ジャバジャバと水しぶきを上げながら、甲冑の男達が、俺とクーの居る像に迫る。
クーは、像に到達される前に、兵士達の頭上に跳んだ。
兵士が槍を突き出して落とそうとするが、クーは空中でクルリと回ってそれを避け、一人の兵の顔に着地する。
「ぐぶっ」
顔を踏まれた兵士が、体勢を崩すと。クーはすぐさま別の兵士の顔に移動。
もう近過ぎて槍が使えないので、兵士が手で捕まえようとする。しかし、クーはその手をスルりと抜けながら、兵士の顔をペタペタ踏んで移動していく。もう兵士達はてんやわんやだ。
しかし、一人の兵士が、俺の事を思い出して像に近寄ってきた。
でも、俺はクーの様に身軽ではない。登ったはいいが、怖くて降りれない子猫みたいになっていた。
兵士はその状態に気付いて、手を像の近くに掲げ、俺に呼びかける。
「この手に足をかけて降りなさい」
「ありがとう!」
俺は、その兵士の手に乗る。そして自然な流れで魅了。素敵なヒゲの衛兵さんゲッツ。
俺がその兵士と微笑んで見詰め合っていると、別の兵士も近寄ってきた。そして、俺と目が合った。その時──
「あぁっ、おゎ!?」
驚いたことに、目が合っただけで魅了をかける事ができた。初めての事で、自分でもよく分からない。目が合って、相手の瞳を覗き込んだら、中まで入れて精神に触れた。
自分でも信じられなかったが、魅了は確実にかかっている。二人目の兵士も、微笑みながら俺の方に手を掲げてきた。
俺は、そちらの手にも足を乗せ、二人の兵士の手に立った。
「噴水の外まで運んでくださる?」
「「もちろんですとも」」
二人の兵士は、お互いに手の位置を調整しながら、像に背を向る。俺は落ちないように、必死にバランスをとって耐える。
そして、二人の兵士が、槍を杖代わりにしてバランスをとりながら、ゆっくりと歩き出した。当然だが、結構ゆれて怖い。俺は、スカートの前側の裾を掴んでパンツを隠しつつ、へっぴり腰で耐える。
そんな変な光景を、兵士が次々と驚きの表情を持って見る。
そして俺と目が合い、魅了される。
俺は半ば反射的に、兵士達を無差別に魅了していった。
言い訳するならば「怖かったんだから仕方がないじゃない」だ。
足場が揺れるので、何かに掴まりたくて仕方がなかったのだ。そして、新しい魅了の使い方に慣れていない事も合わさって、藁をも掴む気持ちで、目が合った人の精神を、次々に鷲づかみにしてしまった。完全に不可抗力だ。
魅了された兵士達は、俺を運んでいる二人の邪魔にならないように道を空けた。
俺は噴水のフチに到達したところで、外に飛び降りた。
すると、運んでくれた二人の兵士は、わざとらしく前のめりに転ぶ。そして、他の兵士もそれに躓いて、折り重なるように転んだ。とんだ茶番だが、必要な事なのだ。
俺が噴水の外に出た事を確認して、クーがじゃれ合っていた兵士を強く蹴って跳ぶ。兵士は強く吹っ飛んで、他の兵士を巻き込んで水の中に倒れた。一方のクーは、空中でクルクル回ってから、噴水の外に綺麗に着地。そして俺の方にペタペタと走ってきた。
「あ、待てこら──ガボガブブ……」
そして、ふたりで揃って、お嬢様の前に立った。
「お待たせしました。お取引しましょっ」
俺は新しく貰ったポシェットを前に寄せ、開いて首飾りを取り出す。凄く自然に取り出せたことに、少し感動した。こんな便利なものがあるなら、さっさと買っておけば良かった。
お嬢様がそれを受けて、小箱のふたを開いて中身を見せる。
「舞踏会の場でも思いましたけど、お二人とも強くて、それでいて自由で素敵ですね。そんな生き方、憧れますわ」
「お嬢様、自由は子供の特権です」
「フフフ、そうかもしれませんね。応援してるわ」
小箱と首飾りを交換して、お嬢様と握手をした。
「ありがとう!それじゃまたね!」
俺とクーは、お嬢様にカーツィをする。それと同時に、クーのスカートから煙玉が落ちて煙が広がっていく。
そして、周りの反応を見ようと遠くの方に目をやると、黒狼団が来ていた事に気付いた。なんだか少し懐かしい。
俺はそちらを見て微笑み、小さく手を振りながら、煙に包まれていった。




