表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/143

街での活動 その16 喧嘩するのも余裕のうち

 次に返却に向かったのは、当初のターゲットだった女性──カロリシテお嬢様のところ。


 出てきたお菓子はシュネーバル。ドーナッツのように油で揚げたお菓子。露天でも普通に売っている。作りたてはサクサクしているが、パンと同じで日がたつと硬くなる。ガチガチになったシュネーバルは、ハンマーで砕いて食べる。それはそれで楽しい。でもこれは出来たて。やっぱり出来たてはそれだけで嬉しい。お土産にいくつか貰おうっと。


 俺が、口に入れたお菓子の味に集中していると、お嬢様が静かに話し始めた。


「折角いらして頂きましたが……お金はお出しすることができません」


(モグモグ……ゴクン)


「まぁそうですよね。簡単に出せるようなら、そもそもこのような事になっていませんし」


「やはり、私はハメられたのですね」

「はい……」


 お嬢様がお茶に口を付けたので、俺もつられてお茶を取る。


「お嬢様、それで?それがたとえ仕組まれたものでもです。貴方はそれを取り戻す必要があるはずです」

「えぇ、その通りです……。確認させて頂いただけです。話を続けましょう」


 お嬢様の雰囲気が舞踏会の時と違い、堂々としているように見える。


「お金に余裕が出来るまで、支払いを待ってもらう事はできませんか?そうすれば、満額以上のお返しが出来ます」

「お嬢様は冗談がお好きですね。奇跡が起きるのを一緒に待ちましょう。そう仰るのですか?」


「ウフフ、商談の場でもユーモアは必要ですわよ」


 お嬢様の提案に、クーが満面の笑みで答える。お嬢様も、それに合わせて笑顔を作る。そして、話をはぐらかして逃げた。


 デベルの話では、お嬢様の家は潰されかかっている。余裕が出来る目処などないはずだ。つまり、このお嬢様はしゃあしゃあと、踏み倒せないか探ってきた訳だ。


 俺は、作り笑顔で睨み合う二人を見て、そうそうに介入を諦め、観察モードに入った。そして、お菓子で口を塞ぐ事で、二人にそれを示した。


「さてお嬢様、誤解のない様に申し上げておきます。お金は守るべき条件ではありません。必要なのは、他の被害者が納得する“形"です」

「形ですか……」


「そうです。金額に相当する被害の形です。お金で支払えないのであれば、別の形で支払ってもらいます」

「そちらでしたら、お応え出来るかもしれませんね。そして、他の被害者の納得という事は、外部からみて被害があれば良い。そういう事でよろしいですか?」


「さすがお嬢様、理解が早くて助かります。ですが、お嬢様の窮地は他の知るところです。支払った事にするなどという案は承諾できません。他の人に疑念を持たれます」


「追い詰められるというのは、厄介なものね」

「そうですね」


 お嬢様とクーが同時にお茶を取り、会話が途切れる。しばしの思考タイムと言ったところか。


 俺も少し遅れてお茶を取り、口に注いでから手に持ち続ける。この後の二人の様子を見てから、カップをテーブルに置くか決めたい。なんとなくそう思った。


「それで?そんな私に、貴方達は何をお望みなの?」


 カップを置いたお嬢様は、、感情を表す余地のある表情に戻っていた。なので俺も追従してカップを置き、話し始める。俺も少しは参加せねば。


「宣伝です」

「宣伝?」


「私達は活動を世間に認知させたいのです。ですが、貴族の方は私達にしてやられても、表沙汰にはしません。それには少し困っています」

「当然ね。名誉が傷つくもの」


「そこで、お嬢様に役立ってもらおうと思いまして」

「呆れた酷い話ね。私には傷つくような名誉なんてない。そう仰るのね」


「そんなつもりは……」


「お嬢様、実利を取ってこそ商人のほまれ。違いますか?」

「フフッ、その通りね」


 その後、お嬢様にこちらの計画を説明した。


 計画はこう。


 夜の活動とは別に、昼間にも盗みを働く。ターゲットは、お嬢様の家が運営する店。首飾りの支払いを渋った事で、執拗に狙われている事にする。


 昼間の活動の際に、夜の分の犯行予告も大きく示しておき、それをお店の人に大騒ぎしてもらって、他の市民にも知ってもらうのだ。


 盗んだ物は、お菓子と交換でお嬢様に返す。つまり、盗む・そして・奢れトリック・アンド・トリート


 子供に嫌がらせをされ続け、それを皆から笑われる。彼女に与えられるのは、そういう罰。笑いものになる事により、他の被害者の気を晴らすのだ。


 でも実際は、実害はないしお店は話題にもなる。自分の意思でそれを選択した彼女にとっては、むしろしてやったりだ。表向きは困った顔をしながら、内心ではほくそ笑むことが出来る。


「分かりました。良いでしょう。協力させて頂きます。でもテオロッテちゃん、一つ教えて。デベエルさんと貴方達はどういう関係なの?」


 俺は名指しされて意表をつかれた。


「あ!?え?えー……なんでしょう?私達のお世話係?だいぶ迷惑かけちゃってます。あ、えーと、でもあの男は止めた方がいいですよ。どこか人を人として見ていない所がありますから」


 お嬢様はクスッと笑ってから、微笑みをたたえて話す。


「そんなつもりで聞いてないわ。貴方達は、貴方達の意思で動いている。それを確認したかったの。あの人なのでしょう?私を陥れようとしているのは」


「あ、そういう───でも、あの人も他から依頼されてたっぽいですよ」


「お姉様、喋り過ぎです」


 俺はハッとして口を閉ざす。お嬢様はそんな俺を見てニッコリ微笑んでいる。なんだこの人、怖い。


「お嬢様、私からも一つ質問させてください」

「なにかしらクーデリンデちゃん」


「男が出来ましたね?」


 突然変な事を言い出すクー。俺は状況を把握すべく、情報を求めお嬢様の反応を見る。


 お嬢様は、かっぱ口を作りながら下を向いて黙っていた。でも、直前までの余裕は吹き飛び、耳まで赤くなっていく。すでに答えは出ていた。


「えーと……クーデリンデ、どういう事なの?」

「お姉様もお気付きでしょう。今のお嬢様は、舞踏会で見たときとは別人です。これは男しかありません!」


 どんな理屈だ。でも当てている。クーさんの直感怖い。


「しかも昔から知っていて、安心して一緒になれる人物に拾われた。そうですね!お嬢様!」

「……はい。私の事を見かねたルネリ──いとこなのですが──彼が一緒に頑張ろうって言ってくれて……」


「なるほど!それで?」


 お嬢様が顔を手で隠し、足をパタパタしている。クーは前のめりになって追求を続ける。


 バーン!


 その時、突然扉が開き、オッサンが乱入してきた。


「カロエ!奴との結婚はワシが許さんぞ!」

「なによ!お父さんには関係ないじゃない!」


「関係なくなどない!ウチは奴の家とも競っている事を忘れたか!」

「それはお父さんと叔母さんがでしょう!?私達には関係ない!」


 俺とクーをそっちのけで、親子喧嘩が始まった。


「あーえー、首飾りはこちらに置いておきますねー。あと、お菓子を少し頂いてきますねー」


 俺が胸元から首飾りを取り出して返却すると、二人は一瞬だけ喧嘩を中断した。そしてこちらを向いて会釈をすると、すぐさま喧嘩を再開した。


「やれやれ、とんだ事に巻き込まれちゃったな。お邪魔そうだから、さっさと帰ろう」

「何を言っているんですか!恋は障害が大きいほど燃えるのですよ!予想外の胸アツ展開じゃないですか!もう少し見守りましょう」


 クーが目をキラキラさせて嬉しそうにしている。やれやれだ。


 俺は、シュネーバルを袋に詰めた後、野次馬根性丸出しのクーを引きずって外に出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ