街での活動 その16 喧嘩するのも余裕のうち
次に返却に向かったのは、当初のターゲットだった女性──カロリシテお嬢様のところ。
出てきたお菓子はシュネーバル。ドーナッツのように油で揚げたお菓子。露天でも普通に売っている。作りたてはサクサクしているが、パンと同じで日がたつと硬くなる。ガチガチになったシュネーバルは、ハンマーで砕いて食べる。それはそれで楽しい。でもこれは出来たて。やっぱり出来たてはそれだけで嬉しい。お土産にいくつか貰おうっと。
俺が、口に入れたお菓子の味に集中していると、お嬢様が静かに話し始めた。
「折角いらして頂きましたが……お金はお出しすることができません」
(モグモグ……ゴクン)
「まぁそうですよね。簡単に出せるようなら、そもそもこのような事になっていませんし」
「やはり、私はハメられたのですね」
「はい……」
お嬢様がお茶に口を付けたので、俺もつられてお茶を取る。
「お嬢様、それで?それがたとえ仕組まれたものでもです。貴方はそれを取り戻す必要があるはずです」
「えぇ、その通りです……。確認させて頂いただけです。話を続けましょう」
お嬢様の雰囲気が舞踏会の時と違い、堂々としているように見える。
「お金に余裕が出来るまで、支払いを待ってもらう事はできませんか?そうすれば、満額以上のお返しが出来ます」
「お嬢様は冗談がお好きですね。奇跡が起きるのを一緒に待ちましょう。そう仰るのですか?」
「ウフフ、商談の場でもユーモアは必要ですわよ」
お嬢様の提案に、クーが満面の笑みで答える。お嬢様も、それに合わせて笑顔を作る。そして、話をはぐらかして逃げた。
デベルの話では、お嬢様の家は潰されかかっている。余裕が出来る目処などないはずだ。つまり、このお嬢様はしゃあしゃあと、踏み倒せないか探ってきた訳だ。
俺は、作り笑顔で睨み合う二人を見て、そうそうに介入を諦め、観察モードに入った。そして、お菓子で口を塞ぐ事で、二人にそれを示した。
「さてお嬢様、誤解のない様に申し上げておきます。お金は守るべき条件ではありません。必要なのは、他の被害者が納得する“形"です」
「形ですか……」
「そうです。金額に相当する被害の形です。お金で支払えないのであれば、別の形で支払ってもらいます」
「そちらでしたら、お応え出来るかもしれませんね。そして、他の被害者の納得という事は、外部からみて被害があれば良い。そういう事でよろしいですか?」
「さすがお嬢様、理解が早くて助かります。ですが、お嬢様の窮地は他の知るところです。支払った事にするなどという案は承諾できません。他の人に疑念を持たれます」
「追い詰められるというのは、厄介なものね」
「そうですね」
お嬢様とクーが同時にお茶を取り、会話が途切れる。しばしの思考タイムと言ったところか。
俺も少し遅れてお茶を取り、口に注いでから手に持ち続ける。この後の二人の様子を見てから、カップをテーブルに置くか決めたい。なんとなくそう思った。
「それで?そんな私に、貴方達は何をお望みなの?」
カップを置いたお嬢様は、、感情を表す余地のある表情に戻っていた。なので俺も追従してカップを置き、話し始める。俺も少しは参加せねば。
「宣伝です」
「宣伝?」
「私達は活動を世間に認知させたいのです。ですが、貴族の方は私達にしてやられても、表沙汰にはしません。それには少し困っています」
「当然ね。名誉が傷つくもの」
「そこで、お嬢様に役立ってもらおうと思いまして」
「呆れた酷い話ね。私には傷つくような名誉なんてない。そう仰るのね」
「そんなつもりは……」
「お嬢様、実利を取ってこそ商人の誉れ。違いますか?」
「フフッ、その通りね」
その後、お嬢様にこちらの計画を説明した。
計画はこう。
夜の活動とは別に、昼間にも盗みを働く。ターゲットは、お嬢様の家が運営する店。首飾りの支払いを渋った事で、執拗に狙われている事にする。
昼間の活動の際に、夜の分の犯行予告も大きく示しておき、それをお店の人に大騒ぎしてもらって、他の市民にも知ってもらうのだ。
盗んだ物は、お菓子と交換でお嬢様に返す。つまり、盗む・そして・奢れ。
子供に嫌がらせをされ続け、それを皆から笑われる。彼女に与えられるのは、そういう罰。笑いものになる事により、他の被害者の気を晴らすのだ。
でも実際は、実害はないしお店は話題にもなる。自分の意思でそれを選択した彼女にとっては、むしろしてやったりだ。表向きは困った顔をしながら、内心ではほくそ笑むことが出来る。
「分かりました。良いでしょう。協力させて頂きます。でもテオロッテちゃん、一つ教えて。デベエルさんと貴方達はどういう関係なの?」
俺は名指しされて意表をつかれた。
「あ!?え?えー……なんでしょう?私達のお世話係?だいぶ迷惑かけちゃってます。あ、えーと、でもあの男は止めた方がいいですよ。どこか人を人として見ていない所がありますから」
お嬢様はクスッと笑ってから、微笑みをたたえて話す。
「そんなつもりで聞いてないわ。貴方達は、貴方達の意思で動いている。それを確認したかったの。あの人なのでしょう?私を陥れようとしているのは」
「あ、そういう───でも、あの人も他から依頼されてたっぽいですよ」
「お姉様、喋り過ぎです」
俺はハッとして口を閉ざす。お嬢様はそんな俺を見てニッコリ微笑んでいる。なんだこの人、怖い。
「お嬢様、私からも一つ質問させてください」
「なにかしらクーデリンデちゃん」
「男が出来ましたね?」
突然変な事を言い出すクー。俺は状況を把握すべく、情報を求めお嬢様の反応を見る。
お嬢様は、かっぱ口を作りながら下を向いて黙っていた。でも、直前までの余裕は吹き飛び、耳まで赤くなっていく。すでに答えは出ていた。
「えーと……クーデリンデ、どういう事なの?」
「お姉様もお気付きでしょう。今のお嬢様は、舞踏会で見たときとは別人です。これは男しかありません!」
どんな理屈だ。でも当てている。クーさんの直感怖い。
「しかも昔から知っていて、安心して一緒になれる人物に拾われた。そうですね!お嬢様!」
「……はい。私の事を見かねたルネリ──いとこなのですが──彼が一緒に頑張ろうって言ってくれて……」
「なるほど!それで?」
お嬢様が顔を手で隠し、足をパタパタしている。クーは前のめりになって追求を続ける。
バーン!
その時、突然扉が開き、オッサンが乱入してきた。
「カロエ!奴との結婚はワシが許さんぞ!」
「なによ!お父さんには関係ないじゃない!」
「関係なくなどない!ウチは奴の家とも競っている事を忘れたか!」
「それはお父さんと叔母さんがでしょう!?私達には関係ない!」
俺とクーをそっちのけで、親子喧嘩が始まった。
「あーえー、首飾りはこちらに置いておきますねー。あと、お菓子を少し頂いてきますねー」
俺が胸元から首飾りを取り出して返却すると、二人は一瞬だけ喧嘩を中断した。そしてこちらを向いて会釈をすると、すぐさま喧嘩を再開した。
「やれやれ、とんだ事に巻き込まれちゃったな。お邪魔そうだから、さっさと帰ろう」
「何を言っているんですか!恋は障害が大きいほど燃えるのですよ!予想外の胸アツ展開じゃないですか!もう少し見守りましょう」
クーが目をキラキラさせて嬉しそうにしている。やれやれだ。
俺は、シュネーバルを袋に詰めた後、野次馬根性丸出しのクーを引きずって外に出た。




