街での活動 その15 見えている地雷娘
また長くなり過ぎた……。
次に返却に向かったのも、残念なお嬢様のところ。いや、俺は嫌いじゃないのだが……
何せ、このお嬢様の首飾りは回る。
ゼンマイ仕掛けで、胸元の大きな二つの宝石がゆっくりだが回るのだ。動かずに立っているだけで、光の模様が移ろい人の目を引く。そして宝石を覗き込むと、後ろに置かれた装飾が、石の屈折と反射を介して薄っすらと見える。それは、万華鏡の様に幻想的な世界を作り出していた。
俺は、この異質な首飾りを見たとき、任務を忘れて心を奪われた。「なにこれ!すごい!見して!貸して!触らせて!」と、ついお嬢様に話しかけてしまった。幻影で消されていなければ、計画に支障が出ていたことだろう。
でも、そんな反応をするのは俺が子供だからだ。大人の反応は冷たい。
彼女は完全に浮いていた。彼女の周りは、半径3mほどの結界が張られているかの様に、だれも近づかなかった。
舞踏会はパートナーを探す場であり、オモチャを見せびらかす場ではない。大人達からは、そういった冷たい視線を向けられていた。その首飾りは、彼女なりのアピールなはずなのに。
彼女の本体はまるっきり華がない。小柄というか、チンチクリンという表現の方が似合う。顔も丸っこくて、表情も硬い。常に何かを観察しているように目を大きく見開き、口を一文字に結んでいた。
そして彼女は平たい胸族だった。
首飾りの大きな二つの宝石は、周りを銀で星型に装飾され、ゼンマイを巻くときのハンドルにもなっている。ゼンマイが切れると、両手でそれを摘まんでカチカチと巻くことになるのだが、胸がないので安定感バッチリだ。機能性を考えてそうなっている。そう思わせるくらい自然に胸がない。
もしかしたら、二つの宝石は胸の代わりなのかも知れない。でもどちらかというと、首に下げられたメガネ──いや、ゴーグルに見えてしまう。
今夜は、そんな見た目からして残念なお嬢様との、楽しい夜のお茶会。俺は取引前から首飾りを出し、興奮気味に話す。
「この首飾り、すっごいですよね!一晩中見ていても飽きないよ!動きもそうだけど機構も!私、テンプ式の調速機が動くところを始めて見ました!あと、あと、周りの小さな宝石も、実は歯車の軸受けになってるとか、本当に良く考えられてますよね!」
「そ、そうですかね。え、まぁ、た、確かに結構な時間をかけて設計しましたが」
「お嬢様の設計なの!?お嬢様すごい!」
目を泳がせて、口元をモニョモニョさせながら照れるお嬢様。年上だけど、可愛らしい。
「わ、私は、それよりも貴方達の使った気球の方が、すごいと思います。あ、あの再現度は素晴らしかったです」
「お嬢様、アレを知っているのですね。という事は、あの本も?」
「も、もちろんです」
お嬢様は、使用人から一冊の本を受け取る。クーも、どこからか一冊の本をだす。そして二人で見せ合って叫ぶ。
「「異世界兵器大全!」」
「こ、この本で見た遊動気球が、実際に空に浮かんでいる事に気付いたとき、わ、私は自分が異世界に来たのかと、胸が高鳴りました」
「お嬢様、アレを見てそれに気付いて下さる方がいるなんて……私はそれにこそ感動ですわ」
クーも、このお嬢様とは気が合うようだ。
このお嬢様が用意してくれたお菓子は、大きな一つのバームクーヘン。それを切って三人で分けて食べる。一緒に食べたかった。そう感じさせるそのお菓子は、お嬢様の私達への親しみを表しているようだった。
それだけに残念だ。
私達にはそれぞれ立場がある。そのため、対峙しなくてはならないのだ。
現在、三人が話しているガーデンテーブルの周りには、私達を捕らえるための仕掛けが設けられている。
まったく隠す様子も無く、庭が部分的に掘り起こされて真新しい土を晒し、その上に鉄の柵が寝そべっている。柵はテーブルを囲うように四方にあり、箱の展開図を形作る。最後にちゃんと屋根まで閉じる展開図だ。
それぞれの柵には、テーブルに近い側に太い軸が通っており、軸同士は傘歯車などで連結されている。そして、一つの軸からは幾つかの減速機構を得てロープが伸びており、少しはなれたところで何頭もの馬に繋がれている。馬が走り出せば、柵が閉じて牢屋になる。そういう設計になっていた。
「それでお嬢様、この、私達の周りにある仕掛けに付いて説明して頂けませんか?何か楽しい事が起こるのですか?」
お菓子を片付けて一段落したところで、俺はわざとらしく聞いた。俺は水車小屋で機構慣れしているので、見ただけで動きは想像できている。
「そ、そうですね。楽しむだけでなく、やる事はやらないといけませんね。お二人なら既に理解出来ているでしょうが、私の合図であそこの馬が走り出し、一瞬にして牢屋が出来上がります」
「えと、お嬢様もここに居て良いのですか?」
「わ、私も、じ、自分で設計したものを自分で体験したいので。じ、実はまだ模型でしか試していないので、本番はワクワクします。でもほら、あそこのストッパーで柵は内側に倒れないようになっています。安全です。一緒に楽しみましょう」
お嬢様は祈りのポーズのように手を組んで、私達を交互に見る。頬は上がっているが、口は固く結ばれている。作りなれていない微妙な笑顔だが、ワクワクは伝わって来る。なんて素敵に残念なお嬢様なのだろう。
俺とクーは「やれやれ、仕方ないな」という顔で見合わせて、お嬢様に応える。
「はい!つき合わさせて頂きます。いつでもいいですよーっ!」
それを受け、お嬢様は小さく頷き、馬の近くに居る使用人を見て手をバッっと上げた。
使用人は馬を叩いて走らせる。
馬に繋がれたロープが、土を跳ね上げながらピンと張る。そして柵に力が伝わり、ガンと金属音が響いて柵が揺れる。
しかし、柵は閉じようとしない。
それどこか、柵同士を連動させる機構が壊れ、金属片が飛び散った。
ロープが伸びていかないため、馬が反動で悲鳴を上げるが、使用人がそれでもと馬にロープを引かせる。
そうすると、ようやくゆっくりと一つの柵が、起きあがり始めた。
柵は徐々に閉じる速度を増していく。
次の瞬間、俺の視界が一瞬赤く点滅した。
「テオ!」
久しぶりに見る危険信号。
クーは既に、壊れて動かない柵の方に瞬間移動していて、そちらから俺の名を呼んでいる。これまでの訓練と経験で、そこが安全なのは考えなくても分かる。
俺はすぐさまそちらに逃げる。
が、逃げかけてから急ブレーキをかけて反転した。
「お嬢様!」
お嬢様はボーっと座ったまま、立ち上がる鉄柵を見上げている。
俺は、お嬢様の腕を掴んで椅子から引っ張り上げ、その勢いのまま後ろに回って押した。
「わっ!わっ!わっ!な、何!」
「いいから逃げて!」
お嬢様を押して、寝そべったままの柵の上に逃げる。
その時、ギィンと金属音がして部品がはじけ飛んだ。内側に倒れないようにするためのストッパーだ。
馬の力は一枚の柵だけに作用し、加速させ続けていた。また、これまでは逆らう方向に働いていた重力が、今や倒れるのを手伝っている。柵の速度は増すばかりだ。
柵は最終的に目でも追えない速度になり、ガーデンセットを粘土の様に潰しながら地面を叩く。
今度はその衝撃で柵の軸がはずれ、大きな柵がバウンドして宙に舞った。
「今度はこっち!」
俺は、お嬢様を別の方向に誘導し、その落下も避ける。
ゴヮンガラガッチャーン!
近隣に大音響が響き渡った。
俺は振り返り、停止を確認してため息を付いた。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ……あっぶねぇぇぇぇぇ」
俺とお嬢様は、二人同時に地面にへたり込んだ。
「お嬢様!」「お嬢様!」「お嬢様!」
使用人が駆け寄ってきた。残念なお嬢様だが、皆の大切なお嬢様でもある。
俺は遠慮して、地面を這いながらお嬢様から離れた。すると隣にクーがやってきてしゃがむ。そして、ナチュラルにプニプニした玉を渡してきた。
「大惨事になっちゃいましたね」
クーが、言葉の内容とは反対に、落ち着いて事実を述べる。
「『なっちゃいましたね』じゃないよ。危なかったよもー。お前はどこまで予測してたんだ?」
「演算できていたのは、始めに連結機構が壊れるところまでですね。その後は、馬を動かし続けるか不明でしたから、この事態までは予測できていません」
「まぁそんな所か。俺も、動かないか壊れるだろうとは予測していたが、こんな事になるとは……」
俺は伊達に水車小屋を改造していない。物を動かす機構に無理がある時は、演算などしなくてもある程度直感で分かる。でも、ここまで派手に壊れるとは思っていなかった。
玉をプニプニしつつ気持ちを落ち着かせていると、お嬢様が使用人をかき分けて、俺とクーのところにやってきて、向かいに座る。
「あ、あの、お二人はこうなる事が分かっていたのですか」
「いえ、さすがにここまでは……。分かっていたら止めています」
「で、でも、成功しない事が分かっていたから、落ち着いていたのですよね。何が問題だったのでしょう。模型では成功していたのに」
死ぬかも知れなかったのに、今それが気になるのか。俺は、感覚的にダメだと思ったところを、なんとなくな理屈で説明する。
「恐らくですが、慣性モーメント考慮していなかったのが問題だと思われます」
「慣性モーメント?」
「お嬢様は、装置を巨大化する時に問題になる事は何かご存知ですか?」
「え、えぇ……質量の増加に対し、強度はあまり増えない事ですよね。それくらいは知っていますし、考慮もしています。馬もそれに合わせて用意しました」
「そうですね。でも回転体では、それに加えて慣性モーメントを考慮する必要があるんです。慣性──停止し続けようとする力や、動き続けようとする力の、回転力版ですね」
「か、慣性なら質量に比例するのでは?」
「質量にも比例します。そしてそれに加え、回転については、慣性は半径の二乗倍大きくなります。模型をそのまま巨大化した場合、力の伝達半径も大きくなるので一乗分はキャンセルされます。でも、もう一乗分残ってしまうのですよ。なので、模型と同じ角速度を再現すると、強度不足になります」
「あ……え……ごめんなさい……よく分かりません」
お嬢様が、なんかシュンとしてしまった。失敗して落ち込みかけている人に、下手な説明で追い討ちをかけてしまったようだ。俺は困ってクーを見る。
「やれやれですね。お嬢様、理解できなくても、落ち込む事はありません。お姉様も、私が前に教えた事をそのまま口にしているだけで、本当はよく理解していないのですよ」
「なっ!分かってるもん!……なんとなくだけど」
クーは、俺の反論には反応せず、一冊の本を取り出した。
「この本は『金属について』という本で、水車も含めて様々な装置が描かれています。街の書店に行けば売っています。まずは、この本に載っているような大型の装置を作り、実際に触って見て、理屈よりも感覚を覚えてみてはいかがでしょうか」
お嬢様は本を手に取り、目次を眺めてから中身を少しめくった。そして呟く。
「が、がんばってみます……」
クーが道を示した事で、お嬢様はなんとか立ちあがる気力が戻ったようだ。
そして、使用人に金貨を持ってこさせて俺に手渡すと、口をモニョモニョさせてから言った。
「わ、私、もっと勉強しますね!そして、次こそはお二人を捕まえる装置を作るから!」
「望むところです!でも、怪我だけはしないで下さいね」
「お嬢様、男を捕まえる罠も考えてください!」
そしてハグして別れを惜しんでから帰った。
***
その後しばらくたって、その屋敷の門には、殺人的な速さで閉じる扉が設置された。
俺とクーの影響で、彼女はまた残念度をあげた。




