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街での活動 その14 筋肉親衛隊

 次の返却先のお嬢様も、メッセージをみて喜んでくれた。恋する乙女の幸せオーラは無い。けれど、準備を楽しんでいる感じがして、使用人も笑いながら巻き込まれていた。


 そして夜、尋ねていったらお庭に通された。


「ほへー……」


 広くは無いが、綺麗に作られている。月明かりで浮かび上がる濃緑のコントラスト。所々に映える白い石。昼間は長閑に、夜はロマンチックな雰囲気に。上流階級の人の周りには、平民がつい感嘆してしまうような物が溢れている。


 そして、庭に用意された白いテーブルと椅子。夜なのに外でお茶なのか。


「お待ちしておりましたわ」


「あ、本日はお招き頂き……ってアレ?招かれてないですね。あははは」


「お姉様ったらもう」


「オホホホホ」


 適当な挨拶をかわして席に着くと、お茶とお菓子が出てきた。また見たことのないお菓子。


「お嬢さん方は、あまりケーキを食べなれていないと聞きました。なので、オムレットにしてみましたわ。私を気にせず、手で持って召し上がっても構いませんよ」


「わーい。お気遣いありがとうございます」

「お姉様、ダメですよ。ちゃんと切ってからフォークで頂いてください」


「ぶぅ……」


 今日のお菓子は、二つ折りのパンケーキの間に、クリームがたっぷり詰めこまれた形のケーキ。パンケーキの部分を持てば、かぶりつける。そう思って手を伸ばしたら、クーに止められた。


 せっかくのご好意なのだから、甘えたっていいじゃない。頬を膨らませてクーに抗議しつつ、俺はフォークで小さく切ってから、ケーキを口に運んだ。


「んー!んー!んー!クリームたっぷり!あまーい」

「もう……本当にお姉様ったら……」


「クスッ。喜んでくれて嬉しいわ。クーデリンデちゃんもどうぞ。変なものは入っていませんから」

「はい、それでは私も頂きます」


 そして、三人でケーキを食べながらお喋り。このケーキのクリームは、沢山食べても嫌にならない。それを作れる料理人は、お嬢様の自慢の使用人なのだとか。


 でも、もちろんクーは食べてるフリ。食べられて消えたように見えるそのケーキは、お皿が下げられる前に、俺が回収する。このケーキは、手で持ちやすいくて素晴らしい。


「さて、そろそろ取引としましょうか」


 そう言ってお嬢様が使用人に目をやると、使用人が小さな木箱を持ってきた。俺は袋の方が、持ちやすくて好きなんだけどな。


 俺も後ろを向いて前を隠しながら、首もとから懐の首飾りを出す。


「あらあら、テオロッテちゃんはそんな物を胸に入れているの?」

「え?あ、べ、別に、詰め物で胸を膨らませている訳じゃないです!」


「足りていないから、収納に丁度良いだけですよね。お姉様」

「きー。あんたに言われたくないわよー」


「クスクス」


 大事なものは、袋に入れて首から下げる。そうしているだけなのに、酷い言われよう。というか、この服をチョイスしたのはクーだろうに。


 俺がからかわれながらも、取引は何事もなく終了した。


 おかしい。何も無い。そう思っていた時だった。


 三人の座るテーブルの周りを、十数名の屈強な兵士が取り囲んだ。


「オホホホホホ、この者達は私の作った親衛隊ですのよ。素晴らしいでしょう?この包囲を破る事など不可能でしてよ。さぁ観念しなさい」


 なるほど、そういう事か。取引後に捕まえるつもりだったのね。でも、お嬢様は俺達と一緒にいて良いのか?親衛隊に、全然守られていないんだが。


 そう、心の中でツッコミを入れながら、勝ち誇っているお嬢様を尻目に、俺は冷静に兵隊の方を観察する。


 兵隊達は、そろいもそろってマッチョメン。胸部のみ鎧をつけているが、腕は素肌を晒している。鎧には筋骨隆々に見える意匠がしてあり、月明かりの元で強調されて見えた。この鎧はロリカというタイプかな?本でしか見た事が無い。随分と古い種類の鎧だ。


 確かに立派な兵達だ。でも怖くはない。体格からくる威圧感はあれど、殺されるという感覚は伝わってこないのだ。そして、首が見える。それならナイフで殺せる。俺は冷静さを保ちつつ、お嬢様に感想を述べる。


「お嬢様!素敵な兵隊をお持ちなのですね!羨ましいです!私もいつか、こんな親衛隊を手に入れてみせます」


「テオロッテちゃんは賢くて良い子ね。この良さが分かるなんて。意外と少ないのよ?そういう人」


 お嬢様は褒められて得意げだ。俺はそんなお嬢様に笑顔を向けながら、そっと兵士の一人に近付く。そして、むき出しの腕に触れながら魅了チャームをかけた。そして前言どおり、俺の親衛隊を手に入れた。


 クーの恋愛講座で教えられた事がある。男は親密さに関係なく、女性に触れられるとそれだけでトキメく。女は、男性にでも同性にでも、好意を抱く人に触れられると幸せを感じる。その違いによってすれ違いがどーたら、自然と両思いの男女が結ばれてどーたら。まぁ詳しい話は忘れた。でもこれだけは理解した。


 少女姿の今の俺に、魅了チャームできない男などいないのだ。


 でも俺も男じゃん?とか、冷静に考えたりはしない。考えようとすると、精神が危険を察知して思考を止める。でも、大切なのはその事実だけだ。それでいい。


「フフフ、本当に素敵な兵隊さんだこと。でもこの鎧が残念ですわね。この下の筋肉の方が、もっと素敵な鎧ではなくて?」


 俺は、既に俺の物となったマッチョメンみピッタリくっつきながら、見上げて微笑む。


 マッチョメンは、それに応え、ガチャガチャと鎧を外す。そして服まで脱ぎ捨てた。鎧を前に持った時、胸元に筋肉で谷間が出来た。俺の見立ては間違いなかった。このマッチョは本物だ。


 俺がその大胸筋に触れようとすると、筋肉がピクリと動く。俺はそれに驚いて手を引っ込める。そして、お嬢様の方に振り返って言う。


「すすす、すごいです。お嬢様!見てください、この筋肉!」

「オホホホホ、当然ですわ。私の親衛隊ですもの」


 誇らしげなお嬢様。そのやり取りを見て、他の親衛隊員も、鎧を脱いだ。そして、全員で胸をピクピクさせる。


「凄い!凄い!凄い!」


 俺ははしゃぎながら、マッチョメン達の胸をペチペチ叩いて回った。もちろん魅了チャーム入り。笑顔のマチョメン達。そして誇らしげに笑うお嬢様。良い雰囲気。でもその空気に馴染めない奴が一人いた。


「やれやれです。私は少し頭が痛くなってきました。お姉様、そろそろ帰りましょう。もう用は済んだのですから」


「オホホホホ、この筋肉の牢獄(マッスルプリズン)からどうやって逃げるおつもり?脱出など不可能でしてよ!」


 お嬢様が高らかに笑う。筋肉達も、白い歯を見せながらポージングで己を誇示する。


 筋肉達は既に俺の親衛隊でもある。しかし、俺の魅了チャームは自由意志を残したものなので、筋肉達は彼女の命令には逆らいたがらない。俺が逆らうような命令を出すと、筋肉達は困ってしまうだろう。


 俺は筋肉達が悩み苦しむ姿を見たくない。筋肉達が俺に好意を持ってくれると、俺も筋肉達を好きになってしまうのだ。変な話だが、筋肉を魅了チャームをするとき、筋肉もまたこちらを魅了チャームしているのだ。


 でも困った。か弱い少女の力では、この筋肉の壁は破れない。帰ると言い出したクーには、何か良い案があるのだろうか。


 そう思ってクーを見ると、クーの手には空から垂れたロープが握られていた。


 ロープの先を追って上を見ると、空には気球が浮かんでいる。本で見たまんまの奴だったので、俺はすぐに分かった。そして理解した。


 あれで飛んで逃げた事にするわけか。


「あ、クーデリンデ、待ってぇ」


 俺は金貨の入った箱を持ち、ロープにつかまる。すると気球は高度を上げ始め、俺とクーの体が宙に浮く。そして今度はクーの高笑い。


「アーハッハッハッハ!今日もケッツヘンアイの勝利ですわね!オモテナシ、ありがとうございました!アーッハッハッハッハ」


「な、なんなのあれは!飛んでいるわ!?もしかして魔法!?」

「いいえお嬢様、あれは気球というものかと思われます。球体の中の空気を熱する事で、浮き上がるのだとか」


 金貨の箱を持ってきた使用人が、お嬢様の疑問に答える。


「そんなものまで……いったいあの二人は何者なの……」


 地上の皆は、空に消えていく気球を呆然と眺める事しか出来なかった。


 でも、そんな気球ももちろん魔術で作られた幻影。俺とクーも地上で姿を消し、親衛隊の包囲網が崩れるのを待っていた。


「相変わらず、お姉様は趣味が悪いですね」

「えー!私の趣味じゃないよ!あのお嬢様の趣味だよ!だいたい、この場では二対一でクーデリンデの方が少数派だよ!」


「ふぅ、やれやれですね。あの趣味のおかげで、彼女は男が近付きたがらない、残念なお嬢様になっているというのに」

「うぐっ……」


 俺は言葉に詰った。クーにマッチョを認めさせたいけど、反論できない。くやしい。


 でもまぁ、お嬢様の趣味に乗っかって親衛隊を褒めちぎったのは、正解だと思っている。お嬢様も喜んでいたし。そして、まんまと包囲網から逃げだしたが、空からなのでお嬢様と親衛隊のプライドも傷つかないだろう。


 クーも、気球で逃げるという怪盗らしい事が出来たからか、すこし機嫌がいい気がする。


 やはり、人は怒らせるより喜んで貰った方がいいのだ。


 そう思いながら、俺は手に持ったオムレットにかぶりついた。


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