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街での活動 その13 ものぐさ領主の経済学

話が進んでいないなぁという自覚はあれど、あまり必要でない閑話を入れてみたくなりました。

「もうお菓子は出してもらえないかなぁ」


 兵舎に帰る途中、俺は呟いた。


 アクセサリーを返却していない幸せカップルは、デベルと当初のターゲットのペアのみ。その他の被害者にとっては、俺とクーはただの泥棒だ。持て成される理由が無い。


「お姉様、今回も一応はお菓子が出されました。今後もお菓子を頂ける可能性はあります」

「あのお嬢様も、カードを見て、使用人と嬉しそうにお菓子の打ち合わせを始めた。でもそれは、毒を仕込むためだったじゃない?次のお嬢様が、毒を使わないなら、お菓子も出ないんじゃないかなぁ」


 嬉しそうにしていたのは、好意からではなく、獲物がくるから。既に俺は、そんな風に考えている。


「ではお姉様、お菓子が出なかった場合、次の日に喫茶店に食べに行きましょう」

「え!?あ……そっか。お金があれば食べれるんだ。すごいねお金って」


「気付いていなかったのですか。やれやれですね」

「仕方ないじゃない。だって……今まで自分のお金で買うってした事ないんだもん。必要なものは貰うか、さもなくば獲るか作るかだったし……」


 かなり全力で呆れられた。そして、いいわけしつつも、自分でも少し呆れた。


 昼間のお使いで学んだ金銭感覚だと、おそらく小さい金貨一枚で隊のみんなの食料が十日分は買える。お菓子の値段は普通の食料より高いだろう。それでも、毎日一回の菓子程度なら、金貨一枚で何ヶ月も食べ続けられるだろう。俺は甘い未来を想像して、ゴクリと唾を飲んだ。


「でもほんと、お金って凄いよね。金貨一枚で、山の様に食べ物が買えるんだもん。しかも麦とかと違って、虫がついたりカビたりしないし。なんで村でも使わないんだろう」


 ふと思った事を口に出したら、クーが突然立ち止まった。そして、真面目な顔をして話してきた。


「お姉様───いいえ、テオ。ケイツハルトの後任となるテオは、お金と経済の本質について、もっとよく知らなければ成りません。聞いてください」


 今の会話のどこに地雷があったのだろう。俺は困惑して反応できなかった。


「テオが言った、『かさばらない』『時で劣化しない』というのは、お金の利便性をよく理解しています。劣化しないので、この先いつでも使えますし、それにより、誰もが受け取ってくれます」


「うん、そうそう。麦なんかでも買う事は出来るけど、あり過ぎても保管するのが大変だし、痛むしで、お金みたいに、いつでも誰でも受け取る訳じゃないんだよね。父さんはよく、麦との交換を提案していたけど、『借しはまた今度、別の形で返せばいい』って、その場は対価なしに貰う事になってた」


 ぶっちゃけ、俺の家は穀倉として、いいように使われていたのだと思う。


「贈与経済ですね」

「経済?たしかラザルスもそんな事を言っていたような……」


「ハエ男が言っていた経済は、市場経済の意味でしかありません。あの男の理解はその程度でしたが、テオはそれではダメです。ケイツハルトの後任なのですから」


 俺は、難しそうな話と、面倒くさそうな義務の発生を感じて、話を変えたくなった。が、先回りされた。


「テオ、今は聞くだけでよいので、逃げないでください。テオなら時間をかけて深く理解できます」

「分かった。分かったけど……そういう話は、甘いものを食べながら聞きたい……」


「やれやれですね。では明日、前に行った喫茶店に行きましょう」


***


 次の日、読書も出来る例の喫茶店に行き、チーズケーキを与えられながら、経済のお勉強をさせられた。


「結局、経済というのは、必要な物やサービスを得る事。そういう理解でいいのかな?」

「テオ、その通りです。それは自分で作るでも獲るでも、貰うでも買うでも、分配されるでも奪うでも良いのです」


「自給自足経済、贈与経済、市場経済、家政経済、略奪経済……だっけ?当たり前の話を、わざわざ難しく言っているだけじゃないのかなぁ」

「名前をつけて認識する事が大事なのですよ。現に、昨日のテオは、貰う事しか考えていませんでした」


「それを言われると、反論できないな」


 俺は舌で甘味を吸収しながら、頭をころころ転がす。


「街や村によって、盛んな経済に違いがあるわけだ。この街では市場経済と家政経済。うちの村では、自給自足、贈与、そして街と同じく家政経済、たまに略奪。なるほどねぇ……。でもそれと、村でお金が使われない理由が繋がらないな」


 やっぱり、お金は便利だし捨てがたいと思う。


「テオ、個人にとってのお金と、領地を治める側にとってのお金は違います。お金を使うと、管理が難しくなるのですよ」

「あぁ、お金を作らなくちゃダメだもんね。偽造の取締りとかもか」


「それだけではありません。『かさばらない』『劣化しない』という性質は、人々の貯めこみを助長します。しかし、貯め込まれて使われなくなると、物やサービスが回らなくなります。そのために、お金の回収と供給を、統治者が行い続ける必要が出てきます」


 人々が貯め込みたがるものを、権力で回収するのか……確かに頭が痛くなるな。俺は甘味を口に補給する。


「さらに、明確な価値の基準が出来てしまうため、領民が賢くなってこすくなります。余剰品は人にあげるのではなく、売って稼ぐようになります。そして、より稼げるように、新しい事をしたり効率化をしたりします。ややもすると、より稼げる街に出て行ってしまいます。これも、支配する側にとってはデメリットです」

「移動は困るけど、領民が賢くなったり、改善なんかはメリットじゃないの?」


「他領と戦争をするならば、その通りです。しかし、その意思が無いのであれば、支配対象が賢くなるのはデメリットです」

「治める側の理屈か……難しいね」


 頭の中の思考回路に、変なパーツがカチャカチャと組み込まれるのを感じた。まったく馴染んでおらず、まだ異物感がある。どう使って良いのかも分からない。


 その辺りで、一つ目のケーキを食べ終えた。舌が甘いものに慣れすぎてしまったので、今度はお茶を少し口に含んでから、頭の整理を試みる。そして理解した。


「ようするに、昔のうちの領主は、発展より、面倒くさくない方を選択した。だからお金は採用していない。そういう事か」

おおむねその通りです」


 やれやれ、呆れてしまう理由だ。しかし、発展しない分領民に頼れず、他領との争いは領主自らの力でケリをつけねばならない。その覚悟の選択でもある。ダメ人間だけど少しカッコイイ。


「フフッ、なんだろ。俺、その領主好きだわ。あと村も。なんだかんだいって、あの村の生活は悪くなかったしね。早く帰りたくなったよ」


 俺は、再びお茶の味を堪能しながら思考する。


 砂糖を使った甘いお菓子も好き。それが食べられる街の生活も好き。でも、村の生活も好き。食べ物が本当に良く貰えるのだ。それが特に好き。


 もちろん、この街でも食べ物は貰える。現に昨日までお菓子も貰えていたし、市場いちばではよくオマケもしてもらう。でも村と比べると、それでも寂しくなる程度なのだ。村では、道ですれ違っただけで、食べ物が貰えたりするのだから。


 その違いは、お金の有無とも関係している。お金を導入してしまうと、あの村の経済は変わってしまう。俺はそれを、これまでの話で悟った。


「村でもお金を使えばいいのに───か。その考えはもうしない事にするよ」

「テオならば分かってくれると、信じていました。ご褒美に、私の分もあげますね」


「はいはい、ありがたく頂きます」


 そもそもクーは食べる事ができない。なので、初めから俺が二人分食べる予定であり、このやり取りに意味は無い。でもなぜか、貰った事にすると、心が通じたような気がする。貰うって本当に不思議。なんなんだろうこれ。


 俺はそのまま、二つ目のケーキを口に運びながら、思考にふけるという、幸せな時間を過ごした。

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