ヤンとの狩り その1
ダン!ダン!ダン!
「テオー、居るんだろー?起きろー」
休みの日に朝から人の家の戸を叩くバカが居る。こちとら、昨晩はページをめくる手が止まらなくなって、なかなか寝れなかったというのに。くそー。
「テオ、ヤンが来ました」
「俺にも聞こえてるよ」
この迷惑なバカはヤン。エルザ姉さんの弟で、俺の幼馴染で悪友で食いしん坊でバカ。いつもフォークを持ち歩いていて、何でも食おうとする。こいつは「動物ならとりあえず食える」という経験則を信じて疑わない。とはいえ、すでに村の農作業に参加していて、大人達の評価は俺なんかより断然上だ。まだまだ少年といった背格好だが、筋肉質で力も強い。
俺は何も言わずに、寝起きで目が開ききっていない顔のまま戸を開け、ヤンを中に入れた。
「よう!森にいくぞ森に!早く顔を洗って支度しろ」
そう言うと、ヤンは自分の家のようにズカズカと遠慮なく小屋に入り、勝手に椅子に腰掛けた。
「今日は何なんだ?」
まだ行くと決めた訳じゃないぞ?という態度を、俺は寝起き状態を維持する事で示した。
「魚こないだ食ったろ?だから今日は肉を取りに森に行こうぜ」
だがしかし、こいつの中では既に俺は行くことになっていて揺るがない。俺は諦めて顔を洗い、硬くなったパンをかじりながら準備をした。準備といっても、ナイフと紐を袋に入れて、杖のような木の棒に引っ掛けて担ぐだけ。特別に着替えたりはしない。
「森か……どうせまたカエルや虫しか捕まえられないのがオチだろ?」
「それがだな、最近うちの畑にイノシシが出るんだよ。直接みた訳じゃないけど、親父が畑を荒らされて怒っててから間違いない。まだ畑の近くの森にきっと居る」
「イノシシってお前……前に大怪我したの忘れたのかよ……」
「あれから俺もお前も少し成長したから大丈夫だよ!いけるって!今はコレもあるし!」
ヤンは森で拾った自慢のフォークを見せた。このフォークは動物を無力化できる不思議なフォークだ。突かれるとガンッと脳天まで衝撃が走り、体が硬直して動けなくなる。俺も何度かやられた。クーの知るところでは、子供に魔力制御を教えるためのモノで、上手く制御が出来ないと口に運んだ際にピリッとする。その程度のものらしい……のだが、ヤンは生きた動物に直接突き刺して使っていたら、間違った使い方を開眼してしまったようだ。
「もし仮に倒せたとして、イノシシって重いんだぞ?二人じゃ持って帰れねーよ。それに、勝手に獲ったらイケナイんだぞ」
「いいんだって!大丈夫だって!」
このバカに理屈は通じない。大丈夫と口に出せばこいつの中では大丈夫になるし、最強と口に出せばそれはこいつの中で最強になる。論理的根拠がなくとも、雰囲気的に言い切って押し切る事ができれば、それは真実となるのだ。俺はいつも、こいつを言い負かす事が出来ないで居る。俺の方が正しい事を言っているはずなのに。
「何が大丈夫なんだよ……どうなっても知らねーからな」
「そう来なくっちゃ!やっぱお前は話が分かる奴だ!」
俺が分かっているのは、お前に何を言っても無駄だと言うことだがな。
まぁ、ヤバそうなヤツだったら、クーに狼でも出してもらって、ひるんだ隙に逃げればいい。そういった切り札があるから、話しに乗ることにしたんだ。決してただ流された訳じゃない。
俺は「頼りにしているぞ」という気持ちをこめて、同じテーブルについているクーの方を見た。
するとクーはソッポを向き、ゆっくりとテーブルの上に伏していった。そして仕舞いには、テーブルに付いたコゲカスを爪でカリカリし始めた。
「あのー……クーさん?」
「なんだ?例の幽霊がどうかしたのか?」
ヤンは、俺が幽霊と暮らしている事を知っている。そもそもクーと出会ったのは、ヤンと森を探索している時だった。クーは、ヤンの事があまりお気に召さないようで、自身の姿を見せる事はない。しかし、俺が真剣に「居るんだ」と言い切ったらヤンはそれを信じた。ヤンはバカだが基本的には悪い奴ではない。
「どうも気分を損ねたようでスネてる」
「テオ、私に気分を損ねるという機能はありません。ただ私はこの後のテオを予想してみたのです。私のシミュレーションでは、テオは森に行って疲れて、しかも手に入れた食料で満腹になって、いい気分でそのまま寝てしまいます。何も本に手をつけないまま。」
「それが不満と……」
「テオ、ですから私にそのような機能はありません。しかし、もしヤンが来なかったならば、テオは今の本を今日一日かけて読み終えて、次の本を選ぶ事が出来たでしょう。そしてさらに、わずかな可能性ですが、その際に私のオススメの本に手を伸ばしたかも知れません。私はそちらを想定して全力で準備をしていました。でも、結局今日はその必要がなくなってしまいました。なのでシステムが省エネモードに遷移したという訳です。それに……」
「それに?」
「テオやヤンと違って、私は食事をとることが出来ません」
最後にぶっちゃけてきたな。結局、食料調達はクーにとっては何も面白くないと。だからご不満でご立腹、そしてやる気が出ないと言いたいらしい。まったく回りくどくて面倒くさい奴だ。しかし、森での狩りはクーの協力が必要だ。それに同居人にスネられたままなのも困る。なんとか機嫌を直してもらわねば……
「あのークーさん?」
「テオ、なんでしょうか。今は省エネモードですが、会話くらいは可能です。なんなりとお話しください」
いちいちウザい。
「一つ提案なんだが、今日一日協力してくれたら、クーのオススメの本を一冊読む……という事でどうだろうか」
「テオはまるで私が交渉を強要しているみたいな事を言いますね。でも、それであれば省エネモードから復帰せねばなりませんね」
クーはようやく顔を上げてこちらを見た。
「あ、でも200ページ以内のやつ一冊な?」
「それは注釈ページも入れて──ですか?」
「っていうか、注釈は付けないでいいよ」
「テオ、新たなジャンルを読むときに注釈は大変役に立ちます。それはテオも分かっていますよね」
「うーん……じゃぁ注釈は余白に5行以内とする。それでどう?」
「良いでしょう。それで手を打ちましょう」
クーは、膨大な知識を元に注釈をつけてくる。放っておくと、巻末に本編より分厚い注釈だけのページが出来上がるほどだ。注釈に注釈がついたりまでする。しかし、正直なところ俺はあれがあまり好きではない。いろいろと役に立つのは認める。しかし量が多すぎると読む気がうせる。
「どうやら話はついたようだな」
ヤンは俺の一人芝居が落ち着いたのを見て、立ち上がった。やっとこさ出発だ。初めは俺も乗り気ではなかったのだが、クーを引っ張りだすのに成功したら、なにやらヤル気が出てきた。
3人は小屋から出て、ヤンの家の畑の方に向かった。頭の悪そうな小汚い少年二人と、裸足でペタペタ歩く白いワンピースの少女。現在はそんなパーティ構成だ。