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街での活動 その12 夜のお茶会

 大まかについてデベルと打ち合わせた後、帰ってからクーと個々のミッションについて詳細を詰めた。


 そして、第一夜。


「うー緊張する」

「お姉様はよく分かりませんね。舞踏会での作戦より少ない相手ですのに」


「いやいやいや、正面から乗り込んでオモテナシを受けるんでしょう?コソコソ隠れながら盗むとは、訳が違うじゃない」

「その為に練習もしました。今のお姉様なら、問題はありません。それに、メッセージの反応は、良かったではないですか」


 午前中に、「イヤリングを返して欲しくば金貨よこせ。夜にまた来ます」という趣旨のメッセージを届けた。もちろん、俺の手で。中に忍び込んで、午前のお茶が用意されているテーブルに、コソっと置いた。ついでに、お茶に添えられていたビスケットを頂いて、甘味を堪能しながら、カードの反応を観察。そうしたら、予想外の反応があったのだ。


 メッセージを受け取ったこの家のお嬢様は、何を思ったのか、使用人にオモテナシを命じた。兵を用意して迎え撃つという意味ではなく、文字通りのオモテナシ。お嬢様は、ビスケットがくすねられた皿を見ると、頬を上げて笑み、侍女と用意するお菓子について相談しだし、話に花を咲かせていた。


 泥棒に侵入された事に驚くとか、慌てて他に物を盗られていないか確認するとか、本来あるべき反応が無い。俺はそれに困惑し、その喜びようを見て、もう後には引けないと悟ったのだった。


「だだだ、大丈夫かな」


 屋敷が見えたところで、俺は足を止め、クーの手を捕まえた。


 クーは余裕そうだが、俺は不安でいっぱいなのだ。クーから作法の手ほどきは受けた。でも、まだ考えながらぎこちなく出来る程度だ。


「お姉様、こういうのは場数を踏むしかありません。良い機会ですから慣れましょう」


 俺の不安を打ち消すように、クーが微笑んできた。ここでウジウジ言っても仕方が無い。俺は、クーの手を両手で握り、安心成分を補給して決意を固めた。


「フゥ……もう、大丈夫。行こう」

「お姉様、手は繋いだままでも良いでしょう。仲良し姉妹なのですから」


 俺はクーの提案に乗った。手を繋ぎ、繋いだ手を元気に振りながら、守衛の元に向かった。そして、二人で見上げながら声をかける。


「怪盗姉妹ケッツヘンアイです。お嬢様にお会いしたいのですが、取り次いで貰えませんか?」

「聞いています。どうぞ」


 守衛は、仮面をつけた奇妙な少女二人組み──しかも一人は裸足、一人は長靴下──を、動揺も見せずに対応した。よく訓練されている。


 門を入ると、そこには一目で上級使用人と分かる雰囲気の男性が立っていた。落ち着いていて安心感がある。それでいて、自己を主張するものがない


 そのまま、流れるように使用人に応接室まで案内された。


 メッセージを届けた時に、屋敷の中は一度探索している。しかし、緊張のあまり、どこに通されたのか分からなくなった。


 お嬢様が見えてからも、習った作法をこなすので精一杯。話は頭に入ってこなかった。まぁ、殆どが興味の無いノロケ話だったというのもあるけれど。


 あいまいな記憶を頼りに話を整理すると、彼女は愛し合うカップル認定された組なので、恨んでなかった。


 盗まれたものも小物のイヤリング一つ。この程度なら、他の貴族の恨みを買わないために、むしろ盗まれて良かったとの事。


 それしか盗めなかったのは、男に守られていたから。本当の事なのだが、ついそんな事を言ったら、お嬢様の口が止まらなくなった。


 そんなこんなで、気分を良くしたお嬢様は、盗品の買取りだけでなく、ビスケットのお土産までくれた。そして、使用人に送られ、何事もなく入った門から普通に出る事が出来たのだった。


「フゥ……なんとかなったな。でもすごい疲れた……早く帰って寝たい」

「お疲れ様です、お姉様。では、あそこにいるデベルに、金貨を渡して帰りましょう」


「あ、デベルさん来てたんだ」


 俺とクーは、一直線にデベルの元に向かって金貨の入った袋を差し出す。


「デベルさん、はいこれ。あ、デベルさんもビスケット食べるー?」

「……なぜ俺に気付いた」


 デベルは金貨を受け取りながら、質問に質問で返してきた。


「え?迎えに来てくれたんでしょう?それよりも、ビスケット食べますか?って聞いてるのに、もう」

「お前らに付き合うと、自信をなくすな。まぁ良い。まずは上手くいったようだな」


「デベル、全て想定通りです。貴方の行動も含めて。これからもお迎えを頼みますね」

「クッ、クソジャリが……」


「嫌がらないで下さいよ。出てきたところでデベルさんの顔を見れて、ほんと安心したんです。それに、金貨渡せてすぐに帰れるし。これからも来てくれると嬉しいなー。あ、それで、ビスケット食べる?美味しいよ?」


「フン、ヒマだったら見に来てやる。お前らがヘマをしたら、すぐ次の手を打たねばならんからな」


 デベルは、ビスケットを鷲づかみにすると、ポケットに入れて去っていった。

俺は、デベルが受け取ってくれた事に満足して、残りのビスケットをムシャムシャしながら兵舎に帰った。


***


 それから数日は、同じようなオモテナシが続いた。


 抱き合っていたカップルからは、イヤリング以外でもブローチとかラペルピンとか、小物のアクセサリーしか盗れなかった。その為、小額のモノから返却すると、自然と幸せカップルが前半に集まる様になっていた。


 また、幸せカップル認定された組同士、横の繋がりがあるようだ。出されるお菓子はダブる事無く、毎晩異なるものにありつけた。


 俺は、上品な仕草にも慣れ、少し余裕が出来たため、それらのお菓子を楽む事が出来た。そして、ようやく相手の事も見えるようになった。


***


 そんな楽しい日が続いた後、変化は起きた。


 いつも通り、応接室に通されて、お菓子を出される。そこまでは同じ。むしろ、お菓子はこれまでより手が込んでいる。摘まんで食べれるお菓子ではなく、フォークが添えられている。


 でも、何かが違う。若干、いつもより相手が遠い気がした。実際の距離も、心理的にも。


 さらに、持て成す側のお嬢様の雰囲気に、違和感を感じた。


 表面上は幸せそうな笑顔。具体的には何が違うか分からない。でも、恋する女性特有の、眩い幸せオーラを感じない。


 そしてクーの耳打ち。


「お姉様、幻影で動いてないように見せますので、お姉様のお皿と、お嬢様のお皿を交換して下さい」


 なるほど毒か。俺は無言で頷き、クーの言葉に従う。クーはそれを確認してから、お嬢様に話しかける。


「このお菓子は、何と言うものですか?始め見ます。とても楽しみです。どの様に頂けばよろしいのかしら」

「よくあるミルフィーユですわ。では、私が先に頂きますわね」


 お嬢様は、立っていたお菓子を横に倒し、フォーク一本で綺麗に切り分けて口に運んだ。


 俺も真似てやってみるが、切り分けようとしたらバラけしまった。しかたなく、パイとクリームを別々にすくって口に運ぶ。それを見て、お嬢様はクスクス笑っている。


「うぐー。私には難しいみたいです」


 俺は早々にギブアップした。そして上目遣いで給仕の人を見つめる。そうしたら、ナイフで一口サイズに切り分けてくれた。


 俺は給仕人に笑顔でお礼をして、今度はパイとクリームを一緒に食べる。そして、お嬢様にも笑顔を向けた。お嬢様も、満面の笑みでそれに応えた。


「喜んでくれてよかったわ。貴方たちが来ると知って、特別に作らせたの。よく味わって頂けると嬉しいわ」

「はい!美味しいです!」


 俺は、うっとりとした顔を見せながら、口の中でクリームを堪能した。こんな味は初めてだ。俺は本来の目的を忘れ、目を閉じ、つい足をパタパタして喜んだ。


 俺は、半分くらい食べ終え、味に慣れてきたところで、空気の異様さにやっと気づいた。お嬢様は、ケーキに始めの一口しか手をつけていない。クーに至っては、手にとってすら居ない。そして、二人して笑顔で睨み合っている。


「白いお嬢さん、貴方はお食べにならないの?」

「この後の話が終わってから頂きますわ」


 クーはそう言うと、両手を後ろに回してゴソゴソしだす。そして、小瓶を取り出すと、顔の高さまで上げ、変わらぬ笑顔でお嬢様を見つめた。


 お嬢様は、その小瓶を見ると一瞬だけ目元をヒクつかせ、後ろに居る使用人の方を見る。使用人は慌てたようにかがみ、給仕用の台の、布で覆われていた下段を覗き込む。


「ない!いつの間に」


 もちろん、クーの持っている小瓶は幻影で、本物は見えなくさせられているだけ。


 使用人は驚きの表情を隠さず、お嬢様の方を見る。お嬢様はそれを見ても笑顔のまま、目線をクーに戻した。


「本当に手癖の悪い子猫ちゃんだこと。遊びが過ぎましてよ」

「あらやだ、猫に猫イラズを盛るお嬢様こそ、いけないお人ですわ」


 そして、オホホと笑いあう二人。こうなると、俺はまた空気。出来るのは、落ち着いて二人の様子を観察する事だけ。


 お嬢様は、チラリと俺の方を見てきた。俺はその目線の意味が分からず、キョトンとして首をかしげる。お嬢様はその反応を見て、また目元がヒクついた。そして、汗がこめかみをつたった。


「お嬢様?そろそろお気付きかもしれませんが、ケーキを入れ替えさせて頂きました。なので、この薬が必要なのはお嬢様の方です」


 使用人の一人が、後ろからクーに飛び掛る。それを、クーは下にかわし、テーブルの下を抜けて別のイスの上にしゃがんだ。


 そして今度は別の使用人が、クーに飛び掛った。


 クーはイスの上でジャンプしてかわした。飛び掛った使用人は、勢いあまってテーブルに飛び込む。クーは、それを生足で踏みつけ、上にあったシャンデリアによじ登った。


 俺は、ミルフィーユのお皿をテーブルから退避させると、少し離れて立ち、成り行きを見守る。


「待ちなさい!」


 お嬢様のその一言で、使用人達は止まった。


 俺は緊迫した雰囲気に耐えられず、口に甘味を補給する。


「どうすれば、それを返して頂けるのかしら?」

「帰る時にはお返ししますよ。ですので、早く本来の取引を終わらせましょう」


「分かりましたわ。シュテフ!」

「はっ」


 一人の使用人が素早く動き、お嬢様に小さな箱を手渡す。お嬢様はその箱を開け、クーに中身を見せる。


「お望みのものはこれで良かったかしら」

「聞き分けが良くて助かりますわ。お姉様、こちらも返却の準備をお願いします」


「えっ!?あ、はいはい」


 俺は、もうミルフィーユをもう一回口に運んでから、給仕台のそばに行きお皿を置く。そして、台の前に屈み込むと、前を隠しながら懐から首飾りをジャラリと取り出す。そして、そのついでに台の中の小瓶を回収した。


 俺は、それらを持ってお嬢様のもとに行き、金貨の小箱を交換する。小瓶は、クーが持っている事になっているので、まだ渡せない。


「クーデリンデ、取引は終わったよ」


 それを受けて、クーはシュタっと飛び降りてきた。


「それではお嬢様、これにて失礼させていただきますね。楽しい時間をありがとうございました」


 俺とクーは、スカートをつまみあげて、カーツィを行う。それと同時に煙玉が落ち、足元から煙が立ち上る。煙が俺とクーを飲み込み、近くに居たお嬢様も煙に包まれた。


 ここまで、お嬢様とクーは笑顔を絶やしていなかった。しかし、お嬢様は煙に包まれた瞬間、お椅子から床に崩れ、口に手を突っ込んで嘔吐しだした。


 俺はそれを見て、咄嗟にお嬢様に駆け寄り、小瓶を手に握らせる。そして、お嬢様の嘔吐と咳き込む声を聞き、使用人達が騒ぎ出す。


「キャー」「お嬢様!」「誰かー!誰かー!医者を呼べー!」


 煙の中に使用人が駆け入ってくるが、椅子や給仕台に躓いて派手に転ぶ。それでも、痛みなど感じて居ない様に、声のする方にはっていく。


 部屋中が騒然となるなか、一つの扉がバタンと勢いよく開く。そして、煙が塊になって扉に吸い込まれていき、煙が出きるのと同時に、扉は再び大きな音を立てて勢いよく閉った。


 二人の少女の姿は煙と共に消え、後には家の者だけが残った。


 お嬢様の姿を見て、一部の使用人は動けなくなったが、小箱を持ってきた人が指示を出すと、我に返って部屋の外に駆け出していった。そして、騒ぎは屋敷中に広がっていった。


 俺とクーは、姿を消し、部屋の隅でそれを見る。


「大変な事になっちゃったね。彼女大丈夫かなぁ」

「お姉様、心配しなくても平気ですよ。一口しか食べていませんし、夕食後という事で、まだ胃の中に他の食べ物も残っています。今なら、きちんと吐いて胃洗浄を行うだけで、問題にはならないでしょう」


「そうなんだ。やっぱりあれは、気持ち悪くなって吐いたんじゃなく、毒を出すために自分で吐いたんだね。見かけは上品なお嬢様なのに、すごいなぁ」

「えぇ、見事なお嬢様です。彼女に目をつけないなんて、この街の殿方は見る目がありませんね」


「いや、あれを見て惚れる男なんて居ないから……」


 俺の中で、お嬢様の概念が少し書き換えられた。


 その後、俺は厨房に入り込み、毒の入っていないミルフィーユを、大きく切り分けて取り、カードを添える。


~~~

ご馳走様。

とても美味しかったです。

クーデリンデの分も頂いていきますね。

テオロッテ

~~~


 もちろん、そのミルフィーユも俺が頂いた。

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