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街での活動 その8 もう一人の幽霊

 デベルは動揺を抑えらないまま、震えた口調で言った。


「お、お前ら、や、やはりあの亡霊の……」

「あの亡霊?」


 俺は少し記憶を探るが、思い当たるフシがなく、クーに目をやる。クーも、首をかしげながらこちらを見ている。


 デベルは、俺とクーのそのやり取りを見て、少し落ち着いた。何かを勘違いして、勝手に慌てていたようだ。


「あの亡霊ってなんです?」

「お前らには関係ない」


「ふーん」


 デベルは、一度深呼吸をしてから、真面目な顔で話し始めた。


「お前らがただのガキじゃない事は、再認識した。その上で幾つか言わせてくれ」

「でも、めっちゃビビってたよね!亡霊!なんなのそれ!そんな怖いの?」


「ック……こんのクソジャリ……」


 あ、デベルが怒ってる。演技じゃなさそう。


「調子に乗りすぎました。ごめんなさい。そのまま続けて」


 再び、ため息っぽい深呼吸をして、デベルは話を続けた。


「転位装置なんて俺は知らん」


 デベルは、口の前で人差し指を立てながら、そんな事を言う。本当はクーの言ったとおり、存在するのだと、俺は理解した。そして、「口に出すな」という事だと察して、承諾を示すために頷いた。


「次にだが、俺はこの盗品を全て、持ち主の手に返したいと思っている。なので、もし仮に街の外に持ち出せる手段があったとしても、そうはしたくはない」


「へぇ、殊勝な心がけですね。もしかして、デベルさんて良い人なのですか?」

「バカを言うな。先にも言った通り、お前らのせいで、積荷の取調べが厳しくなる。家宝や形見の品を盗まれて、何としてでも取り返そうとする家も少なくない。で、俺らはそれが困るんだ。商売がやりにくくなる。盗賊は一回だけ売り抜けば良いかも知れん。でも、俺らは売買や流通を止める訳にはいかん。それが、お前らと俺の立場の違いだな」


「なるほどねぇ。もしかして、私達のやった事に、本当に迷惑してます?」

「もしかしなくても、大迷惑だ」


「デベル、全てを返すとなると、ターゲットの首飾りも、返さないと不自然になります」

「この事態だ。それも仕方がない。上にも了承してもらうつもりだ。無論、戻す前に返却を迫り、失態を突きはする。しかし、最終的には無事に返却される事になるだろう」


「それじゃぁ、あのお嬢様の罪も軽くなる?」

「それは無いな。彼女の犯したあやまちは消えん。だがしかし、今は別の問題──盗人の侵入を許した主催者の責任問題が大き過ぎて、彼女の話は霞んでしまっている。彼女も、その被害者の一人だからな」


「なんだかんだ言って、大事にはならくなるんでしょ?なら良かった」

「良くない。あの家を追い詰めるのに、どれだけ時間をかけたと思ってるんだ。娘が良縁を求めて舞踏会に必死になり、ようやく叩き潰すチャンスが来たというのに……首の皮一枚繋がってしまった」


「え?あのお嬢様が必死になってたのって、デベルさん達のせいなの?なにそれ酷い」

「「そんな事どうでもいいだろ」でしょ」


 デベルとクーに怒られた。クーよ、いつのまにそちら側についた。


「最後に、こちらの能力の話だ。こちらとしては、そんな事は教えるべきではないと思うが──お前らに勘違いされて、無茶をされるよりはマシだろうと判断して伝える。他言は無用だ」


 俺とクーは、ウンウンと頷く。


「検閲を受けずに、別の街にもの送る手段は確かにある。だがしかし、貨幣と金、紙の類しか送れないのだ。これらの装飾品は、恐らく弾かれる」

「デベル、そんな制限は聞いたことがありません。貴方の言っているのは、コレの事ですよね」


 クーが、どこからとも無く一冊の本を出す。タイトルは『交換型転位装置 Vol.3』。そして、外観図の描かれたページ開き、デベルに差し出した。


「あぁ……これの話だ……」


 デベルは、外観図を眺めるのをそこそこに、別のページをパラパラと見始めた。そこには、部品図から魔力計装図、回路図にプログラムリストまで書かれている。そして、本からクーに視線を上げて言う。


「お前らは本当に何者なんだ?あれは、人工遺物アーティファクトとして、代々受け継がれてきたものだ。ここまで詳細な解析図──いや、これは設計図か。こんな物を持つ者の存在など、聞いた事もない。異質すぎる」

「すごいでしょ!私の自慢の妹です!」


 俺はクーに抱きついてナデナデする。でも、クーはそれに反応しない。悲しい。


「私達の事は、今は関係ありません。デベル、その仕様を見る限り、扱えるものに制限があるとは思えません」

「この装置については、そうかも知れない。だが、この装置を管理している亡霊、そいつが金や書類以外を認めないのだ」


「亡霊がですか……」「「あっ!」」


 亡霊に思い当たるものを思い出した。俺とクーは顔を見合わせる。クーも気付いた様だ。


 この下に、もう一人クーみたいのが居る。


「その亡霊に、会わせてもらえないでしょうか」

「お姉様、近付くのは危険です。相手がどの様な意思で動いているのか分かりません」


「でも、お前の仲間かもしれないんだぞ?会いに行かなくてどうする」

「居るのは幻影システムだけではありません。魔術師も居るのです」


「ハハッ、やはりお前らは、あの亡霊と関係があるのか」


 デベルは力なく、少し笑った。


「まぁ俺が言うのもなんだが、そんな危険な亡霊じゃない。祖父や親父からも、危害を加えられたなんて話は聞いた事がない。気難しくてガンコなだけだから、怖がらなくても良いだろう」

「会わせてくれるの?」


「断っても行くんだろ?勝手な事をされるよりは、俺が連れて行く方がマシだ。それに……あの亡霊と対等に話せる奴というのも、興味があるしな」


 そう言うと、デベルはイスから立ち上がり、俺とクーを地下に案内した。


 途中で人とすれ違う。そこでデベルは、俺とクーが、他の人には見えていない事を、確認していた。やはりこいつは抜け目がない。気を許せる相手ではなさそうだ。地下の亡霊に対しても、少し警戒してしまう。


 地下は暗く、灯りが全くない。しかも、幾つも分岐点があり、迷路の様になっていた。しかし、デベルは明かりは点けずに、迷いなく進んでいく。俺にはクーの幻影で、明るい通路として見えているが、同じような通路ばかりなので、迷いそうだ。


「着いたぞ」


 デベルが、何もない通路の壁を押す。すると、壁が押し込まれて部屋が現れた。デベルはそのまま部屋の中を進み、何も無いところで跪くと、誰かに向かって話し始めた。


「ケイツハルト様、デベルです。本日は、ケイツハルト様に、お見せしたい者達を連れてまいりました」

「ふむ、とても珍しい客だな。とても薄い。とても薄いが、我にゆかりのある者だ。お前がそれに気付けたのが、不思議でならないが」


 俺はキョロキョロと周りを見回した。誰も居ないのに、男の声がする。


「は、始めまして。私は、えと、今はテオロッテと名乗っています。」


 俺はキョロキョロしながら挨拶をする。すると、男の声が不思議そうに尋ねてきた。


「む?我の姿が見えていないのか?それに、女子おなごのような名前。お主、正気を失っておるのではあるまいな」

「え?もう姿を見せてるの?」


「お姉様、誰と話しているのですか?」

「えっ!?あ……、ちょっと待ってもらって良いですか?」


 えっと、ここに居るのが、クーと同じ幽霊だとすると……。だめだ。理解が追いつかない。でも何かヤバい。きっと幻影システム同士が干渉して、変な事になっている。デベルにそれを悟られるのは、たぶんヤバい。


「(クーデリンデ、恐らく幻影が干渉しちゃってる。解決策はない?)」

「(物理的に接続するのが一番ですが、今は難しそうですね。ひとまず、お姉様を通して接続を試みます。一時的に、左目領域を貸してください。また相手にも、その様に提案してください)」


「はーい。えっと、ケイツハルト様?私の左目領域を通して、他のシステムと接続する事は、出来ますか?」

「む?可能だが?上下分割のパラレル方式で構わないか?その他はシェイクハンド時に調整という事で」


 デベルが眉をしかめている。でも気にするな、俺も何を言っているのか分からない。


「クーデリンデ、上下分割のパラレル方式だって。後はシェイクハンドで調整したいって」

「了解しました。お姉様、危ないので床に座り、体勢を崩さないように、何かを握っていてください」


「えっ、何それ怖い、ちょっと待って」


 俺は言われるままに座り、壁に背をつけて、近くの段差の角を握る。そして、クーの方を見て頷く。


「お手柔らかに頼むね!」


 次の瞬間、左目の視界が真っ暗になった。


 そして、視界の上端と下端のそれぞれ一点から、水面を伝わる波紋の様な、円形の光が広がった。


 二つの波紋が視界の端までいって消えると、視界の上下が、それぞれ別々のタイミングで点滅し出した。


「う、ぁ……」


 しばしの点滅の後は、模様の洪水だった。カラフルな絨毯のような模様が、バババっと切り替わっていく。これヤバイ。気が変になりそう。辛くなって目を瞑っても、視界は変わらない。


 片目を残してくれて助かった。俺はガクガク震えながらも、残された右目の視界に意識を集中する事で、なんとか精神を保てた。


 しばらく必死の形相で耐えていると、視界が真っ黒に戻った。接続は終わったようだ。


「ハァ、ハァ、ハァ……お手柔らかにって言ったのに……」


 少しの時間だったと思うが、俺は、立ち上がる気力が出ないくらい消耗した。目を閉じ、うつむいて、しばし回復に専念する。


「ふむ、状況は理解した。村も大きくは変わっていないようじゃな。安心できた。礼を言う。」

「はいはい、よく分かりませんが、良かったですね。ふぅ……すみませんが、もう少し休ませてください」


「ケイツハルト様、私にも説明願えないでしょうか」


 鋭い目線で、一部始終を観察していたデベルが口を開いた。


「ふむ。詳しい話は出来ぬが、今の状況では、そちらの黒い少女が、我の後継者じゃな。現在には、他に担える者がおらぬ」

「「えっ!?」」


 デベルと俺の反応が重なった。


 俺が咄嗟に顔を上げると、そこには不健康そうな中年のオッサンが居た。


 俺は見えている事に驚いて、クーの方を見る。


「お姉様、先程は私が明るくした視界で上書きしていたため、ケイツハルトの姿が見えなかった様です。描画領域の担当調整をしましたので、今は問題なく見えているはずです」

「なるほど」


 相変わらず何を言っているか分からん。


「私は、どちらかと言うと、黒い少女でなく、白い少女に、ケイツハルト様の面影を感じたのですが……」


 デベルが変な事を言う。でも、見比べてみると、確かに髪の色とか目が似ている。幽霊同士だからか?


「ふむ。その見立ては正しい」


 ケイツハルトが、クイっと手招きをすると、壁にかかっていた家族の肖像画が、フワッっと飛んできた。

このオッサンは、クーと違って物理法則を無視するらしい。


「ここに書かれているのが我じゃ。そして、これが我の母であるチャルチ様──今はクーデリンデと名乗っている、そこの少女じゃ」

「えっ!その方はだいぶ高齢に見受けられますが」


うん、確かにクーに似ている、でもお婆さん。


「我の母上じゃからな。今は、若い頃の姿に固定しているそうだ。昔は翡翠色の髪をなびかせ、城内を裸足で走り回っていたと聞いていたが、本当にそのままの様だな」


 俺とデベルがクーの方を見る。


「この少女が、ケイツハルト様の母君……」


「?。お姉様、何を話しているのですか?」


 あぁ、接続が切れたから、幽霊同士のお互いの会話は聞こえないのか。


「クーデリンデが、本当はお婆さんだという話を……グガッ」


 顔面パンチを貰った。ケイツハルトが微笑みながら続ける。


「じゃが、我もクーデリンデも、もう人の身ではない。なので、今はテオロッテに託そうと思う。魔力は薄いが、資質はあるようじゃしな」


「託すって何を?」


 俺は涙目を拭いながら聞く。


「村の事じゃよ。我だけが持っていた情報も、クーデリンデに伝えた。お主なら、活用できるじゃろう」

「よく分からないけれど……村を護るってのなら、言われなくても、そのつもりだよ」


 ケイツハルトはニコリと微笑む。


「して、デベル。この様な無茶苦茶な者達が突然現れて、困惑しているのは分かる。じゃが、すまぬが協力してやってくれ。一応、話せば分かる理性は具えているようじゃ」

「はい。善処してみます」


「あ、待って、私からも聞きたいことが!貴方の魔力供給源とか、本当にお金と書類以外は転送出来ないのかとか……」

「その辺りもクーデリンデに伝えておる。今日の所は、食料の買出しに行かねばならぬのだろう?また時間のある時に、訪れてくれ」


 あぁ、確かにその通りだ。あまり遅くなると、いいものが無くなる。俺はデベルに目をやって話しかけた。


「デベルさん、今日はこの辺で帰るでいい?協力してくれるんでしょう?」

「あの盗品をどうするか、その問題は全く解決してないんだがな……。まぁいい、こちらで計画を練っておく。また明日、俺の事務所に来い」


「頼りにしてますよ!」

「デベル、私達好みの作戦をお願いしますね。単純力押しとか、ツマラナイのは嫌ですからね!」


「チッ、このクソジャリ、調子に乗るな」


 俺とクーは、デベルとケイツハルトと分かれ、市場で買い物をし、兵舎に帰った。


 持っていた金貨も、デベルに預けた。久しぶりに体が軽い。心配事がないって素晴らしい。


***


 でも、昼過ぎからは、全身筋肉痛で動けなくなった。前日の無理がたたったらしい。


 たぶんクーと踊ったのと、クーに荷物運びを手伝ってもらったのが原因。二人で力を合わせると、一人以上の力は出せる。でも、現実に酷使されるのは俺の体だけ。なので後々の反動が大きいのだ。


 次にクーと踊るときは、もう少しゆったり踊ろう……。俺はそう心に決めた。

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