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街での活動 その6 情報屋は踊る

 俺とクーは、デベルこと情報屋にも予告状を出していた。


~~~

私達の活躍が見たくば、舞踏会までお越しください。

首飾りの交渉はまた明日。

ケッツヘンアイ

~~~


 そして、盗む絶好の機会となる暗闇。自ら盗むにしろ、俺らから護るにしろ、ターゲットに近付くと踏んでいた。そこを狙って、恋人に仕立て上げたのだ。


 デベルは、予想以上に見事なナイトになってくれた。


 デベルの立場であれば、この舞踏会の場で盗まれるのは好ましくない。この場は、ターゲットの首飾りより豪華な装飾品で溢れている。その中で価値の劣る品だけが盗まれたとしたら、そこには何か、裏事情があると思われても仕方がない。


 それよりは舞踏会を出てから、悪党で知られる黒狼団に、たまたま運悪く襲われた体をとりたい。


 まぁ、そんなところだろう。大人の事情で護っただけ。だがしかし、護った事実は変わらない。


「さて!私はこの愛し合う恋人達に、踊りを披露して頂きたいのですが、いかがでしょう!」

「「「「ウオォォォ」」」」


 クーが煽る。お客達がそれに乗る。しかしデベルは、イラ付きながら吐き捨てる。


「とんだ茶番劇だ。付き合ってられるか」


 そのまま立ち去ろうとするデベルを、俺は止めるように呼びかける。


「恥ずかしがらずに踊ってあげてくださいよ。きっと、貴方のパートナーはそれをお望みですよ!」


 デベルの怒りの目線が、俺に向けられる。そして攻撃的に、俺に向かって足を踏み出す。その瞬間だった───


ザザザッ

「!?」


 俺の前に、タキシードに身を包んだマッチョの壁が出来る。たじろぐデベル。


 ふふん。クーが視線を集める中、俺も裏でちゃんと活動していたのだ。俺はガタイのよい数人を選び、魅了チャームで味方にしていた。


 俺は、マッチョの影からデベルに「パートナーの方を向け」と合図を送る。デベルは少しの間、俺を睨み続けていた。しかし、腹を決めたのか、パートナーの下に戻った。


「あ、あの……」

「お嬢様、私はデベエルと申します。訳あって本名ではありません。本来ならば、お嬢様をエスコートできる身分ではありません。こんな私ですが、一曲お付き合い頂けませんか?」


「は、ハイ!」


 デベルが手を出すと、ターゲットのご令嬢が手を被せる。そして、壁際からホールの内側へ、デベルがエスコートしていく。


「あの……デベエル様。何か事情があるのはお察しします。ですが、どのような事情があるにせよ、デベエル様は私を守って下さいました。私、カロリシテ・カンテンブルンナーは、貴方と踊れることを嬉しく思います」


「私も、聡明で可憐な美しさを持つ、お嬢様と踊れる事を誇りに思います。今ほど、自分の役割を恨めしく思った事はありません」


 デベルのエスコートっぷりは、美しく見事なものだった。お手本にしたいくらい。味方のマッチョ達も見事なのだが、何か負けたような気にさせられる。


 ホールの中央部が薄っすら照らされ、踊る範囲を示すと、各ペアがその中に集まった。謎のスポット光源は、それぞれのペアを追従して照らし続ける。


 全てのペアの準備が整ったところで、曲が始まる。そして優雅に踊り出す。どのペアも嬉しそうだ。デベルも艶やかな長髪を振りながら本物の貴族の様に踊っている。


 場内の目線が、中央に集まっている。照らされているのは踊り手の所だけで、周囲は暗い。俺は、その間にもう一仕事。踊りに見入っているご婦人達から、装飾品を頂戴していく。


 まぁ、クーが幻影でサポートしているので、気取られる事はないんだけどね。盗った後にも、同じ形の幻影が残されるし、気付かれもしない。でも、雰囲気ってのが大事なのだ。


 曲が終わるころには、運ぶのが辛くなる程盗れていた。調子に乗って盗ってしまったが、貴金属って集まるとかなり重い。ちょい失敗した。


 曲が終わって、拍手が巻き起こる。そして、部屋の照明が元に戻された。そろそろイベントも仕舞いだ。俺もクーの居るバルコニーに行かねばならない。しかし、戦利品が重過ぎてノロノロとしか動けない。


 これは想定外だ。だが、だがしかし、こちらには筋肉達が居る。


「そこの見事な僧帽筋そうぼうきんの貴方、私はこの荷物をクーデリンデに届けたいの。手伝ってくださる?」


 筋肉がニカっと笑い、白い歯が光る。俺は腰を両手で挟まれて持ち上げられ、マッチョの肩に乗せられた。荷物を持ってもらおうとしたら、荷物ごと担がれた。


 うーん、この筋肉はレディの扱い方がなっていない。なんか悔しい。こんな立派な胸鎖乳突筋きょうさにゅうとつきん──首の筋肉の一つ──の持ち主なのに。ほら、頭に手を付いてもビクともしない。安定感バッチリ。なのに……なのに……なぜだかデベルに負けた気がする。


 俺は、担がれて高くなった目線で、ホールの中央を見た。すでにそこにデベルの姿はなかった。後には、嬉しさと悲しさが入り混じり、涙目になっているご令嬢が残されていたが、別の誰かがフォローに入っていた。


 彼女はこれから、自身のした事で実家が大変な事になる。それを知っているだけに、彼女の今の顔を見ると、胸が締め付けられる。


 実は、今の彼女の胸元にある首飾りも、すでにクーの作った幻影にすり替わっている。彼女の首飾りは、デベルがガードに入る前、クーがバルコニーに視線を集めた時に、いの一番で頂いた。最優先のターゲットなのだから当然だ。その選択は間違ってはいない。


 だがしかし、胸が痛い。


 そう、マッチョに担がれながら彼女を眺めていたら、上から何かを投げられた。見上げると、クーと目が合う。「ターゲットに感情移入しすぎるな」と言わんばかりの目をしている。普段、女性の扱いにうるさいクセに、時に冷たいよな。


 僧帽筋に担がれてバルコニーの下に付くと、九人のマッチョが良い笑顔で待っていた。そして六人が円陣を組み、跪く。その上に三人が乗り、同様に円陣を組んでしゃがむ。俺を担いだ僧帽筋が、その上によじ登る。


 この時点で結構高い。俺は少し怖くなり、僧帽筋の顔にギュっとしがみついてしまった。しかし、ぶっとい首はビクともしない。まるで、馬の首にしがみ付いた様な安心感。やはりマッチョは凄い。


 円陣を組んだマッチョが、下から順々に立ち上がる。その度に、クーの居るバルコニーが近付く。マッチョが全て立ち上がりきったところで、俺がバルコニーの壁に手をつきながら立ち上がる。そして、戦利品を先にゴシャっとバルコニーに落とし、モタモタとよじ登った。


 一息ついて呼吸を整えてから、階下の筋肉どもに手を振る。下でも、筋肉まみれの太い腕が大きく振られた。うむ、良い笑顔だ。


「お姉様って、趣味悪いですよね」

「ま、マッチョの何が悪いというの!」


 クーがジト目で呆れ顔。イザという時に頼りになるのは筋肉なのに!解せぬ。


「さて、お姉様、それでは仕上げといきますか!」

「はいはい。こちらはいつでもOKですよ」


 俺は戦利品の入った袋を胸に抱える。クーがそれを待ってから、下の皆に話しかける。


「皆様!本日は楽しい一時をありがとうございます!今日の事は一生忘れません!私達は!この宝石たちを見る度に!貴方がたの顔を思い出す事でしょう!」


 クーが俺の持つ袋から、ジャラリと首飾りの一つを取り出して掲げる。


「え?あれは私のと同じ……え!?ない!どこにいったの!?」


 下で、婦人の一人が慌て出す。皆の目がそこに集まる。


「あ、あ、あ、あの子が持っているのは私のよ!あの子が私の首飾りを盗ったのよ!」


 婦人がクーを指差しながら叫ぶと、皆の目は再びクーに集まった。


「オーッホッホッホッホ!愛も良いものですが、やはり宝石の輝きも捨てがたいですね!私達はこちらを頂いていくことにします!」


 階下がざわつく。そして次々と声が上がる。


「あぁ!私の指輪もない!」

「え!?あ!イヤリングがなくなってる!」

「私は?私は大丈夫?ねぇ!見て!何かなくなっていない?」


 階下は混乱状態に陥った。


 俺とクーはそれを見ながら、片手を上にあげる。そして、親指と小指を少し伸ばして他三本は握り、猫の指影絵をやりながらポーズをとった。


「「怪盗姉妹ケッツヘンアイ!」」

「これにて今日のお仕事完了です!」


 ポーズをとったまま、数秒停止していると、状況を理解した使用人が、バルコニーに通じる通路を駆け上がってきた。


「あいつ等は泥棒だ!捕まえろ!」

「オーッホッホッホ!捕まえられるかしら?」


 クーは逃げずに、使用人達に向かっていく。そのまま使用人達の上に飛び乗り、顔を踏みながら跳ね、捕まえようとする手をかわしていく。まるで、掴もうとするとヒラりと避けられてしまう、風に舞う羽毛の様だ。


 俺はそのスキに、窓を開け外にロープを垂らす。そして、夜な夜な作ったケッツヘンアイのカードの束を、ホールの階下にばら撒いてから、戦利品を担いで立ち去る。


「クーデリンデ!後は任せたわよ!」

「はいお姉様!任せてください!」


 クーは、下の人の顔を踏んで大きくジャンプする。膝を抱えて一瞬早く回転して上昇したかと思うと、頂点でバッと全身を広げて回転を止める。その瞬間、ババッと卵大の玉が広範囲にばら撒かれた。玉は落下すると、パンと音を立てて破裂し、周囲に煙をばら撒いた。そして、辺り一面が煙に包まれた。


「くそ!何も見えん!」

「いで!押すな危ない!」

「さっさとどけ!賊が逃げるぞ!」


 追っ手を煙の中に残し、クーはバルコニーの手すりを平均台の様に歩き、煙の中からでた。そして下で見上げる人たちに、笑顔で小さく手を振ると、窓の外に跳んで消えた。


 俺とクーは、そのまま姿を消して簡単に逃げおおせた。


***


 次の日、デベルは机に肘をつき、頭を抱えてしかめっ面をしていた。


 デベルの前の机には、ゴチャっと装飾品が詰め込まれた袋が置かれている。

 そして、その向かい側には、白と黒の衣装の少女が、ドヤ顔で仁王立ちしていた。

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