街での活動 その5 信実の宝探し
舞踏会会場に行くと、ターゲットのご令嬢は予定通り着いていた。今回の犯行予告は、舞踏会の主催者と、情報屋にしか出していない。ご令嬢は何も知らないのだ。
彼女は、預かり物の商品を持ち出してまで、着飾っていた。だがしかし、全体から見れば中の下といったところか。俺はその辺に詳しくないが、ぱっと見のキラキラ度と、キラキラのムラでなんとなく分かる。そして、付いている石の大きさで、ランクを確信できた。
「これが舞踏会かぁ。みんな格好が豪華で凄いね。でもちょっと盛り過ぎじゃない?」
「お姉様、舞踏会は女性にとっての戦場なのです。出来る限りの兵装をもって当たるのは、当然の事です」
「戦場ねぇ……なりふり構って居られない状況なのは、なんとなく分かった。彼女が首飾りを持ち出したくなる気持ちも、少し理解できた気がする」
「そうですね。褒められた事では有りませんが、気持ちは分かります」
「それだけに不憫だな……そこまでしても壁の花とは」
むしろ首飾りが、全体の調和を崩しているように思えた。今の彼女は、首飾りを見せるための存在になってしまっている。もともと、少し小柄な彼女には、ゴテゴテすぎる装飾は似合わない。顔立ちも悪くないし、落ち着いた雰囲気なのだから、それを打ち消さない方が良いと思う。
「彼女は、装飾品に頼らずに、もう少し自信を持って欲しいな。顔を上げていれば、彼女の丸い瞳が、一番の宝石になるのに」
「お姉様、ターゲットに感情移入しすぎないでください。それよりも、折角ですから私達も踊りましょう」
瞳を潤ませた彼女を心配そうに見ていたら、クーに手を引っ張られて踊りをせがまれた。
「えー、やった事ないもん。いきなり無理だって」
「村の祭りで、エルザに教えられていたじゃないですか。その後、イーナとも踊っていました。私はちゃんと見ていましたよ」
「あれは、強引に引っ張り回されていたというか……。大体、曲もテンポも違うし……」
祭りの踊りは、こんな厳かな雰囲気で、服や飾りを気にしながらユラユラ踊るものじゃない。もっと軽快に飛び跳ねながら、音楽と一体になって、喜びを表現する踊りだ。全然違う。
「お姉様は、私と踊るのが嫌なのですか?」
「そういう訳では……。でもこんな場だと、少し気後れしてしまうというか」
「それなら大丈夫ですよ。周りからは見えていません。後は、二人の気持ちと相性の問題です」
「まぁお前となら、気にする事もないか」
何気にクーは運動神経抜群だ。足を踏んでしまうような事にはなるまい。適当に踊っていても、こちらに合わせてくるだろう。そう思って足元を見ると、クーの生足が目に入る。裸足でペッタリ床に足をついている。体面を気にしていたのが、一気にバカらしく思えた。
「んじゃ、見よう見まねでやってみるか」
(ンフー)
それだけで、クーの顔から笑みがこぼれて満足そうな顔になった。怪盗ごっことしてだけではなく、純粋に舞踏会で踊りたかったのね。しょうがない、付き合ってやるか。
俺が両手を前に出すと、クーは左手だけとって、俺の右手をどける。そして前に出てピッタリくっついてきた。
「お姉様、右手は私の背中に回してください」
「あ、ハイ。こうか……。あ、なるほど、それっぽい」
「後は、曲の拍子を意識して、お姉様の好きなように歩を進めて下さい。細かいところは、私の側で合わせます。円舞曲ですから、回る動きを取り入れると、さらに良いです」
なるほど、確かに周囲のペアも、ゆっくりだが回っている。
「んじゃ、本当に適当にやるからな。コケても文句言うなよ」
「大丈夫ですよ。信頼してください」
俺は、ビビりながらも、それっぽくステップを踏んだ。クーはそれに合わせて動いてくれる。周りからはこちらが見えていない。他のペアとの衝突を避けるには、こちらが動くしかない。これが結構忙しい。たまに、ちょっと無茶な動きにもなる。
それでもクーは平気で付いてくる。それだけでなく、たまに俺の足をズラして、ステップを修正してくるし、微妙な体重移動で、これから空くスペースを伝えてくる。その余裕が少し腹立たしい。リードしているようで、リードされている気がする。
俺は少しずつムキになった。
始めは3ステップかけて回っていたところを、1ステップで少し強引に回してみる。それでもクーは付いてくる。
ホールの反対側の隙間に、パタパタと駆けて行く。それでも動じず付いてくる。
それではと、打ち合わせもせずに、途中でジャンプを入れてみた。それでも、ピッタリのタイミングで合わせてくる。
大人のペアの腕をくぐってみる。これも余裕で付いて来る。
そんな無茶を続けていたら、俺の方もだいぶ余裕が出てきた。そしてクーの顔を見ると、目があった。若干ドヤ顔だが、嬉しそうだ。俺はムキになるのを止め、無茶を楽しむ事にした。
クルっと素早く回ると、クーと俺のスカートがパァっと広がる。これが少し楽しい。
そして、クーと一緒に勢いをつけると、もう半回転多く回れた。さらにさらに勢いをつけると2回転。
クーはこちらの意図を察して、完璧に合わせてくれる。なんとなくで後ろ向きに動いても、クーが引っ張って当たらないように調整してくれる。そこまでしてくれるなら、素直に楽しんだ方がいい。
二人で向かい合って踊りながら、市場の人ごみを縫うように、他のペアの隙間を抜けることが出来た。
自由に踊れるって楽しい───
そんな風に思えてきた頃だった。周りの目線が何かおかしい。
「クー、なんか他の人から、見られている気がするんだけど?」
「お姉様、クーデリンデです!お姉様の踊りは、見られても恥ずかしくないレベルに達しました。ですので、見えるようにしました」
「!?ちょっ聞いてない!っていうか、おま、裸足……」
いつの間にか、他の客から見られていた。大人に混じって、仮面を付けた白と黒の少女が踊っている。しかも、周りとくらべて激しくクルクル回り、狭い隙間を摺り抜けながら踊っている。当然、注目を集めていた。
俺はクルクル回りながらも考える。どこで止まろう。どうやって退散しよう。注目を集めてしまったら、自然に消えるのは難しい。
「クーデリンデ、どうするつもりなの?」
「このまま、バルコニーの下辺りまで、連れて行ってください」
ホールの一辺には、二階部分の内側に、小さなバルコニーが付いている。俺とクーは、回ったり跳ねたり踊りながら、そのバルコニー下まで移動した。
そこで踊るのをやめ、皆の方に向き直り、スカートを摘まみつつカーツィ───片足を引いて腰を少し落とす、女性だけが行う挨拶───を行う。
もちろん笑顔は絶やさない。「男の俺が何をやっているんだ」とかは考えてはいけない。
「お姉様!それではそろそろ始めましょうか!」
クーが両手を合わせながら、こちらを顔だけで見上げ、演劇っぽく言う。俺もそれに続ける。
「よろしくてよクーデリンデ!初めてちょうだい!」
クーがスカートを摘まんで振ると、足元にリール状に巻かれたリボンが落ちた。クーは足の先でそれを起こし、蹴り上げる。リボンはリールから解けながら飛んでいき、シャンデリアに巻きついた。
「それではお姉様、司会進行はお任せください」
クーはジャンプしてリボンにつかまり、振り子の様になって宙を舞い、バルコニーに飛び移った。
そして、一呼吸してから両手を振り、ホール全体に響くような声で司会を始めた。
「レディースアンドジェントルマン!ケッツヘンアイの!ドキドキショーにようこそ!今宵は!皆様と一緒に!宝探しをしたいと!思います!」
会場はザワつく。
「そんな話聞いてないぞ」
「なぜここに子供が居るんだ?」
「あら楽しそう」
突然の出来事ではあるが、司会をしているのが子供なので、お客達は心配していない様子。むしろ、何が始まるのかと興味津々だ。一部、バタバタ慌てているのは、主催者側の人だろう。一応、犯行予告は出しておいたのだけどな。
「それでは皆さん!楽しんで行ってください!」
クーは、そう言ってから指を打ち鳴らす。
パチンッ!
バンッ!
次の瞬間、突然窓が勢いよく開き、大量のコウモリが、ムクドリの群れの様に黒い渦となって、会場内に飛び込んできた。
「「「「キャァーーー」」」」
クーの姿に騙されて、完全に気を抜いていた観客達は、パニックに陥った。
追い討ちをかけるように、次々と照明が消えていく。カーテンも閉められ、月明かりさえ遮られた。
暗闇の中、悲鳴とコウモリの羽音が鳴り続け、時折、物が倒れる音や、グラスの割れる音が響く。
しかししばらくすると、不思議とコウモリの気配が消えた。漆黒の闇が続いていて、カーテンは一度も開けられていないのだが、羽音と鳴き声がやんだ。
「落ち着け!」
「何が起こった!?」
「誰か灯りを持ってこい!」
少しの悲鳴は残っていたが、場内は徐々に落ち着いていった。
そして、それを見計らったように、バルコニーが光で照らされる。
「「「「!?」」」」
暗闇の中、バルコニーだけが、くっきりと円形に、日の光より明るく照らし出される。何の光源なのかも謎だ。そして、光の中には先程の少女が立っている。
光の中の少女は落ち着いて立ち、皆が静まるのを待っていた。それを見て、場内の皆も静まった。次に何が起こるのか分からず、戦々恐々と固唾を呑んでいた───というのが正しいかもしれない。
「驚かせてしまって申し訳ありません!でも!おかげさまで、素敵なモノが見つかりました!」
少女はそう言うと、依然と暗闇に包まれる、階下の人々を指差した。それに合わせて、指された人らが光に照らし出される。またも何の光かは謎だ。直径1mほどが、くっきり円形に照らされた。
少女は、同じようにして、8箇所に光を落とした。
「ほう……」「あらまぁ」
その頃には、光の意味を理解したのか、所々で小さく感嘆の声が上がった。
光で照らされていたのは、抱き合った男女のペア。
「既にお気付きの方もいらっしゃる様ですね!彼ら、彼女らは、突然のコウモリと暗闇の襲来を、二人で乗り切りました!一方はパートナーを信頼し身を預け、一方は混乱から愛する人を護っていました!」
「「「オォォ……」」」
少女は続けた。
「私は!彼らの間の愛こそが!どんな宝石よりも眩い!価値のある宝だと思います!宝探しは!彼らのおかげで!無事成し遂げる事ができました!皆様!彼らを拍手でたたえて下さい!」
パチパチ……パチパチパチ………パチパチパパパパパパパパ───
割れんばかりの拍手がなる。
光に照らされた男女は、照れくさそうにしていたり、力いっぱい抱き合っていたりしている。見ていてホッこりする光景だ。
しかし、光に照らされた中で、壁際に居る一ペアだけ様子が違った。男が、パートナーをそっちのけで、バルコニーの上の少女を睨みつけていた。
少女の方も、ニヤリと口元を曲げ、その男を見下し目線で見ている。
男は、デベルという名の、例の情報屋だった。




