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重い話題を乗り越えよう

「アンタ、この先どうするつもりなの?」


 本を手に取り開こうとしたところで、エルザが話しかけてきた。


「どうって言われても……」

「この先ずっとこの生活を続けるつもりなの?」


 質問の意図は分かる。現在俺は、親がうるさく言ってこないのを良いことに、水車小屋の管理という立場についている。しかし、粉挽き屋家業はハンス兄さんが継ぐわけで、いずれは出て行かなくてはならない。


 居候という形で、兄さんの夫婦に寄生する道もなくはない。この村は農業の繁忙期のために、多くの余剰人員を必要としていた。そのため、居候のような存在にも、最低限の生活は保障しようとする文化がある。歳の離れた弟という立場で、居候のポジションに落ち着くのは十分可能だと思う。というか、今の生活を続ければ恐らくそうなる。


 しかし所詮は居候だ。自立している者からは常に下に見られる。お手伝いのような仕事しか任せられず、また、そんな者に娘を差し出す親など居ない。それでいいの?それがエルザの質問だ。


「そんな事を言われても……」

 煮え切らない答えしか返せない。


「アンタだって、こんな生活をいつまでも続けられないのは分かっているでしょう?」

「ダメかなぁ……」


 エルザはため息をつき、それ以上は話すのを止めた。そしてしばしの沈黙のあと、クーが口を開いた。


「テオは恋愛小説も読んでみるべきだと思います」


 突然へんな事を言い出したな。というか、俺の読みかけの本をわざわざ置き、こうなるべく仕向けたのはお前ではないのか?あれさえなければ、気付かないフリをして自然に脱出もできたかもしれないのに。俺はクーに目で抗議した。しかしクーは動じない。まぁ常に無表情なのだが。


「テオ、向こうで少し話をしましょう」


 俺はエルザに気付かれないように表情でクーに抗議しつつ、無言で席を立つと作業部屋に移動した。クーも俺の後に続いた。


「もー!こうなるって分かってたなら早くおしえてよ!」


 俺はすぐさまクーに小声で抗議した。根本的な原因が自分にあるのは自覚していたので、あまり強くは言えないところが悲しい。


「テオ、エルザが聞きたいのはあんな言葉ではありません」


「そんな事は分かってるさ。自分の将来の事だよ?エルザに言われなくたって、俺だって散々考えてきたさ。それでもまだ悩んでいるんだよ。聞かれたってはっきり答えられないさ」


「テオ、色々考えがあるのは分かります。それでも貴方は正面から向き合って応えるべきです。この問題とエルザに対して。本の中では皆そうしています」


「勝手な事をいうなよ……どうすりゃいいんだよ」

「それでは私がやってみます」


 そう言うと、クーは俺に姿を変えた。自分の姿といっても、水面に映るのをたまに見る程度なので、あまり実感がないのだが。クーはそのままエルザのいるテーブルに向かった。俺は影からこっそりそれを観察する。


 クーはエルザの隣の席につき、体をエルザの方に向け、エルザの手を両手で握り、エルザの目をしっかり見据えて真剣な顔で話しかけた。


「エルザ、俺はお前に言われて目が覚めた。親父に土地を分けてもらって独り立ちするよ。そこで一緒に暮らそう。初めは上手く出来ないかもしれない。それでも俺がんばるから付いてきて欲しい。そしていつかお前にふさわしい男になるよ。エルザ、俺にはお前が必要なんだ」


 しかし、とてつもない棒読みだ。突然出されたカンペを読み上げてるのかってくらい。いつも以上にまったくもって感情がこもっていない。しかも台本を再生終了したら、そのままの状態で完全に停止した。


 っつか、エルザ姉さんの事を呼び捨てだし、お前呼ばわりだし。いや、っていうか何勝手に宣言してんだよ。俺に言えない事を平然として言ってのけたけど、その内容を俺は履行できる気がしないんだが。ダメだこいつ。早く回収しないと事態が悪化する。


 俺は二人の下に駆け寄り、クーの頭に軽くチョップをくれ、視界暗転の指示をだす。エルザは俺の突然の告りに固まっていたが、もう一人俺が登場するとビクっとしてまた固まった。俺はエルザには苦笑しながら頭を下げ「今のなしで」と告げ、クーを引きずり出すように撤収した。


 エルザは視界が突然真っ暗になり、目をぱちくりした。するとまばたきに合わせて暗転は消えた。


「あれ?あたし寝ちゃってた?」そう言いながらあたりを見回すが、部屋には誰も居ない。


「(今のはなんだったんだろう……。言って欲しい事を言われた気がするけど、全然テオじゃなかったな……。願望が夢に出てきたけど、テオのイメージと合わなさ過ぎて、本を読み上げるみたいになテオになった……という事なのかな)」


 エルザは再び手を動かし始めた。


「(そうなのよね……あれじゃテオではなくなっちゃうのよね……。無意識に自分の願望をテオに押し付けてたかな……そんで無理を言っちゃってたかな……)」


 エルザは考えながらも完全に作業に戻った。


***一方、隣の部屋***


「お前なに勝手な事ばかりペラペラ喋ってんだよ!あれじゃ俺がこの後で大変になるだろ!大体、俺とエルザ姉さんはそういう関係じゃねー」


「テオ、だからテオはもう少し恋愛小説を読むべきだと言うのです。エルザが欲していたのは間違いなくあの展開です。まぁ確かに、お子様のテオにあそこまでの期待はしていなかったかも知れませんが」


「なんだとこのポンコツ恋愛脳!マトモに人間の真似も出来ないくせに!現実は小説みたいに簡単じゃないんだよ!実際に出来るかを考えてから言葉にしろよ!」


「では、テオならどう回答するのですか?さっきのテオの言葉では回答になっていません。少なくとも、質問をくれたエルザからは逃げずに回答するのが真摯な男性としての対応だと思います」


「ぐぬぬ……」


 それ言われてしまうと言い返せない。これは俺の問題だ。頭の中では、エルザ姉さんのため息が再生されて放れないので何とかしたい。さっきの俺の回答が、あのため息になったのは確かだ。ではどうすれば───俺はとりあえず作業をしながら考える事にした。単純作業は考えるには丁度いい。


「ダメはダメなりに、正直に話すしかないか……」


 作業を終えると同時に、考えを纏め上げた。いや、将来どうするかの答えは結局だせていない。それを考えようとすると、急に思考がそれていってしまうので諦めた。でも、それとエルザに対する回答は分けて考える事が可能だ。今はとりあえず、あのため息を挽回してプラマイゼロに───いや、微マイナスくらいまでに持っていければいい。


 顔をあげ作業部屋を見回したが、クーは居なかった。きっと先にエルザの居るテーブルに戻り、観戦モードで待っているのだろう。くそー面白くない。いつかキャンと言わせてやる。


 俺はなんとなく、服についた粉を丁寧に落とした。そして裏口から水路にでて顔を洗い、ため息のような深呼吸をして決戦に備えた。


 俺がエルザの居る部屋に戻ると、やはりクーは戻っていた。本から手を離し、俺の方を向いて観察している。一方エルザは洗濯物を畳む作業に集中しており、俺の方には見向きもしない。


 俺は静かに席につき、本をとった。そして本を見ながら話し始めた。


「姉さん、さっきの話だけど……」

「んー?」


「考えてはみてるけど、やっぱり、どうするかはまだ決められない。姉さんが心配してくれてるのは分かってる。今の生活を続けていると、後々後悔するのも分かってる。でももう少し悩んでみたいんだ。いや、もしかしたら、覚悟を決めるための時間が欲しいだけかもしれないけど……」


 エルザは今度もため息をついた。しかし、先ほどとは違い優しいため息だ。


「うん、今はそれでよし。がんばれ」


 よーし乗り切った。俺は安堵のため息をついてから、クーの方をチラリと見た。クーは何かの本をもち、表紙をこちらに提示している。


「テオ、私は少し納得できません。なんとか及第点かとは思います。でもやはりテオはもう少し恋愛について本で学ばれた方が良いかと。とりあえず入門書としてこちらの本などが───」


 ウザいのでテーブルの下で軽く足を蹴って黙らせた。


***


 しばらくすると、イーナがお昼寝から起きてきた。その後はみんなでティータイム。エルザから村の世間話を聞いた。でも俺だけはたまにお仕事。クーはエルザとイーナの会話も逃さず聞いている。本の中の話とは違い、村の話はいたって平和で退屈だ。しかしみんな真面目に生きている。


 そうこうする内にハンス兄さんが来て、エルザとイーナ、そして出来上がった粉を引き上げていった。


 俺は誰もいなくなった水車小屋を掃除し、戸も窓も閉め、ハンス兄さんの置いていった夕食をとった。窓を閉めてしまうと真っ暗闇になるが、クーがランプを幽霊として出してくれるので、明かりには困らない。なので夜になっても本を楽しむ事が出来る。


 クーは本当に有能で優秀だ。だがしかし、たまにポンコツ。


 その日の夜は、恋愛小説の入門書とやらをこれ見よがし持ち、俺の周りをウロウロしていた。そんな事をされて、俺が読む気になるとでも思ったのか。


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