街で活動 その1
なんとか敵を退けた。しかし、負傷者を抱えたまま任務は出来ない。ウチの隊は他の部隊と入れ替わりになり、タイヒタシュテットの街に戻る事になった。
ウチの隊が前線に居続けたおかげで、後続が続く事ができ、砦に適した土地を確保できた。その功績は認められた。しかし、無駄に戦って余計な損失を出したので、上から怒られた。そして、国同士の戦争を知らない田舎ものとバカにされた。
とはいえ、それは兵を動かす人たちの評価。明るい話に飢えていた街の人の間では、敵に一矢報いた部隊として話題になり、称えてくれた。
「そこの小さな兵隊さん。これも持ってきな」
「おばさん!ありがとう!」
俺が買出しに出るとオマケが増える。街の大人は子供である俺を見ると、何かを与えたくなるようだ。その分、食事が豪華になって隊のみんなも喜ぶ。当然俺も嬉しい。上げる方も貰う方も嬉しい。良い関係だ。
「テオも成長しましたね。一オクターブ上げて応える術を習得しました。これであの店員は、次回も追加サービスをしたくなるでしょう」
「あう、つい……」
「テオ、悪い事ではありません。あざとさも可愛ければ正義です」
「狙ってやってるわけじゃねー。だいたい、男の俺が、可愛いって言われて喜ぶわけねーだろ。お前が褒める事ってみんな嬉しくない」
思い返せば、これはイーナがやっていた事だ。村では上げたり貰ったりが多かった。どうせ食べ物は残しても痛む。それなら喜んでくれる人にあげた方がいい。そんな中で育ったイーナは、当たり前の様に、自身の喜びを対価としてお返ししていた。イーナのはあざとい訳ではなく、天然だが。
「でもまぁ、それだけで物事が上手く回るのは理解した。積極的に使っていこう」
「テオ、だいぶ考え方が魔術師然としてきましたね。よい事です」
やはり褒められている気はしない。
買出しを終えて、間借りしている兵舎に戻る。その途中に、見たことのある顔が居た。
「あれ?マルコ兄さん?」
「テオ?なんでお前がこんな所に居んだよ」
家を飛び出して行方知れずだった兄が、こんな所に居た。
「俺は徴集兵として駆り出されたんだよ。マルコ兄さんが居なかったせいでね。で、マルコ兄さんこそここで何を?」
「俺は今この街で生活してんだよ。あのクソみてーな村とは違って、ここは良いところだぜ」
「へー。よかったー。帰ったら父ちゃんにも、元気にしてたって伝えるよー」
「ケ、余計な事すんなよ。じゃあな。俺は忙しいんでな。」
「あ、待って。荷物おいたら俺もついてく」
「またいつもの監視かよ。冗談じゃねぇ」
マルコはサッと路地に入っていき、姿が見えなくなった。
俺は落ち着いて荷物を置き、調理の手伝いをした。そして皆と一緒に食事をし、お片付け。それから悠々と、豆水晶でマルコ兄さんを探す。同じ街に居ると分かった以上、俺は逃す気はない。
「テオ、マルコに会っても、また逃げられるだけではないのですか?」
「そうかもな……。でも気になるんだよ。ウチの隊の話を聞いて、兵舎の近くに来たっぽかったし。それに……上手くやれてる感じの格好ではなかったし」
「テオ、それでは変装しましょう」
クーがそう言うと、俺の手が女の手になった。俺はハッとして自分の胸を触る。そこにある小さな胸の感触。俺はまた少女にされた。
「な、なにも女にしなくてもいいだろ!」
「テオ、その姿の方が便利です。私も同行しますし」
いつの間にか、珍しくクーが長靴下と靴を履いている。裸足が非常識だという認識はちゃんとあったようだ。
「お前も見えるように付いてくる……のね」
「テオ、一人より二人の方が便利です。姉妹に見えます」
便利って何がだよ。でも、少女姿の方が油断はさせやすいし、一人より姉妹で行動している方が自然かもしれない。そう思ってしまったので、反論できなかった。
「テオロッテお姉さま、私の事はクーデリンデとお呼びください」
「何だよそれ、クーじゃダメなのか?」
「お姉さま、変装は雰囲気作りが大事なのです」
「そんなものかね。ではクーデリンデ、行きましょ」
「はいお姉さま」
そう言うと、クーが手を握ってきた。あぁ確かにその方が姉妹っぽい。しかし俺は、一度手を振り払ってから、俺が引っ張りやすいように握りなおした。あくまで主導権は姉である俺だ。
俺は意気揚々として進む。しかし、途中から細く曲がりくねった道が増え、行き止まりにハマりまくり、道に迷った。なので、仕方なくクーに先導役を明け渡す事になった。そして、体を横にしないと通れない路地とか、廊下を通って建物を抜けると、ようやく目的ににたどり着いた。
「クー、ここ?」
「お姉様、クーデリンデです」
「あ、はい」
クーが立ち止まって見ている建物はボロかった。建物が古くなってボロくなったのではない。知識や技術のない者が建てた様なボロさだ。柱は微妙に曲がっているし、木の太さや長さが揃えられてもいない。入り口には戸すら無い。正直、村にあった家畜小屋の方がキッチリ建てられていたと思う。
入り口には若い男が一人、暇そうにナイフで爪をいじっている。その男が俺たちに気付き、うざったそうに言った。
「おいそこのガキ。ここは遊び場じゃねぇ。さっさとどこか行きな」
おっと、彼は見張りだったのか。ロクでもない組織の臭いがプンプンする。マルコ兄さんは本当にこの中に居るの?俺が固まっていると、クーが見張り役に話しかけた。
「ラウネスが貴方のお家に入って行っちゃったの。あ、ラウネスっていうのは子猫で、黒くて、ミルクが好きで、柔らかくて、すぐにどこかに行っちゃって……」
「うるせーぞクソガキが!ここに猫なんて居ねぇ!さっさとウセねーとぶっ殺すぞ!」
クーは俺の後ろに隠れると、泣き真似をしながら「魅了を」と呟いた。俺は言われるがままに男に魅了をかける。クーはそれを確認してから続けた。
「うわーんうわーん、お姉さまぁ、ラウネスが殺されちゃうー」
「お、おい!猫を殺すなんて言ってないだろ?頼むから泣くなよ」
こんなウソ泣きで動揺するとは……チョロすぎでは?俺も乗っかっておくか。
「クーデリンデ、大丈夫よ。そんなに悪い人ではなさそうだわ」
「本当?お家の中を探してもいい?」
クーは俺の脇から顔を出し、ウルった目のまま上目遣いで男に問いかける。俺は勝利を確信しながら、優しくクーの頭を撫でる。
「え?あー参ったな……まぁ今ならボスも居ないけど……」
「ちょっとだけですから、お願いします!それで妹も気が済むと思いますので」
俺はクーを前に引っ張り出して抱きなおし、ダブルの上目遣いでお願いしてみる。
「ちょっとだけだぞ?余計なところに入るなよ?」
「「はーい」」
なるほど。確かに少女姿は便利だ。少年の俺とクーでは、魅了をかけてもこう上手くはいかなかったろう。
俺とクーは、男の後に続いて建物の中に入った。建物の中も、外と同じようにボロい。戸がないだけでなく、壁も一部が崩れて穴が開いている。ここは住みかではなく、ただのアジトかもしれない。
「ここまでで行き止まりだ。な?猫なんて居やしないだろ?」
「ほんと、何も居ませんね」
猫どころかマルコ兄さんも居ない。俺は豆水晶でマルコ兄さんの方向を確認する。すると、光は下を指していた。
「地下室があるんですか?」
「な!ねぇよそんなもん!さぁ帰った帰った」
なるほど、秘密の地下室か。
「ナーゥー」
「あ、ラウネスの声だ」
「あ、まてクソガキ、勝手にそっちに行くな」
クーが駆け出した。男は慌ててその後を追う。俺も後に続く。
隣の部屋では、クーと男が猫を追いかけて走り回っていた。俺は一人立ち止まって、部屋の中を見回す。すると、一部の床板は止められておらず、追いかけっこの振動でガタガタ踊っているのに気付いた。
「なるほど、ここが外れるのか」
俺が床板を一枚外すと、猫がそこに飛び込んだ。
「あ、バカ!」
「あぁラウネスぅー」
三人で穴の中を覗き込む。
「あーもう!クソ!お前らはここで待ってろ!俺が捕まえてくるから!」
男はそう言うと、床板をカチャカチャ外して、地下に降りていった。俺とクーも、すこし距離をあけて降りていく。下からはマルコ兄さんの声がする。
「兄貴、何かあったんですか?」
「いいからお前も、猫を捕まえるの手伝え!あ、コラ!お前ら上で待ってろって言っただろ!」
「兄貴……見張りを放っぽりだして、なに子供と遊んでるんですか……」
「あ、いや、これは違くて……いいからとりあえず猫を捕まえろ!話はそれからだ」
地下室にはマルコ兄さんが居た。あと、椅子に縛られた女性が一人。頭から袋をかぶせられている。それで、周りの状況が分からないせいか、音に反応して首がビクビク動いている。女性は誘拐されてきたポイな。そんで、マルコ兄さんが監視役という事か。
「クーデリンデ、ここは魔術師の住みかなのかしら」
「お姉さま、誘拐は魔術師の専売特許ではありません。あの人間は魔術素材ではなく、人質というやつです。人をさらって、お金をくれれば返す。そういう商売をしていると思われます」
「へぇ、初めて聞く仕事だわ」
「村では成立しませんからね。今度、題材にしているサスペンス小説を、見繕っておきましょう」
「あぁ、村だとみんなお金を持ってないから出来ないのね」
「お金だけあっても、市場がないので暮らせないという面もありますね。害となる人と取引をする村人はいませんし」
「街ならそれでも暮らしていけるのね。街って面白いわ」
「コラそこ!何落ち着いて話をしてんだ!お前らの猫だろ!捕まえるの手伝え!」
おっと、猫の事を忘れていた。
「クーデリンデ、大体の状況は分かりましたし、そろそろ引き上げましょうか」
「はい、お姉さま。ラウネス、こっちおいで」
「ナ~ゥ」
猫が走りよってきてクーの腕の中に納まった。男はあっけに取られている。その少しの沈黙をついて、囚われている女性が暴れだした。
「ンーッ!ンー!ンー!」
「あ、コラ!静かにしてろ」
男とマルコ兄さんが二人がかりで、椅子ごとバタバタ暴れる女性を抑えている。なんかすごい微妙な光景。見ていて悲しくなる。
俺はため息を付きながら、女性を魔術で眠らせた。
「兄さん……じゃなかった。お兄様がたは、この様な事ばかりしているのですか?」
「なめるな!盗み、誘拐、人殺し。悪い事はなんでもする。邪魔する奴らはぶっ殺す!それが俺たち黒狼団だ!」
男は、少女達に呆れられているのを察したのか、強がるように吠えた。しかし、強がる方向がガキっぽくて、俺は余計に呆れた。マルコ兄さんは、視線を逸らして恥じている。それがまだ心の救い。俺は二人に向かって宣言をする。
「私は、この様なお兄様がたを、見たくはありません。ですので、黒狼団とやらは潰す事にします」
「はぁ?いきなり何を言い出すんだこのクソガキは。ここの事は人に言っても無駄だぞ。隠れ家なんて幾つもあるからな」
「そうなのですか。ちなみに、あなたの事は何とお呼びすれば?」
「お、おう、俺か?俺はトラウだ」
なんか嬉しそうに名前を答えてきた。寝ているとはいえ、ここには人質も居るのに。ともあれ、これでコイツも検索できる。
「では、トラウさん、マルコ兄さん、今日の所はおいとまします。猫も見つかりましたし。お仕事頑張ってくださいね」
俺とクーは、小さく手を振って地上に戻る。トラウさんも手を振り替えしてくれた。しかし、マルコ兄さんは状況について行けず、首をかしげていた。
「さてクー……デリンデさん?黒狼団を潰すのにはどうすればよいと思う?」
「お姉さま、私に良い考えがあります」
クーの口元がニヤリとしている。クーデリンデの演技中だからなのかな。始めて見るクーの笑顔だが、悪い予感しかしない。




