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出兵 その13 受けの騎士

 二十騎全てが一斉に突進してきた。こちらもグラハルトを先頭に陣形を整える。


 ここからはグラハルト頼み。俺とクーで出来るだけの事はする。しかし主役はグラハルトだ。


「クー!」

「はい!」


 俺がクーに指示をだすと、突進してくる騎兵達の斜め前、左右に、体長3m程の虎が現れた。大きさ的に不可能ではあるのだが──草むらに伏して隠れていたかの様にヌッと現れる。


 虎は左右から騎兵の進路に駆け寄る。そして咆哮。


 それで半数以上の馬が動きを止めた。馬は、その場で急停止しようとして転んだり、左右から内側に逃げてぶつかり合って転ぶ。乗っていた兵は、投げ出されて宙をまったり、馬の下敷きになっている。馬に踏まれて動かない者もいる。


 予想以上の効果だ。お馬さん達と仲良くしていて知ったが、彼らは非常に臆病だ。俺が親近感を覚えるほどに、ビクビクしながら暮らしている。軍馬として訓練されていようと、慣れない肉食獣相手にはビビるだろうとは踏んでいた。


 また、俺が幻影を使ってくる事は、兵士には伝えられているだろう。しかし、馬はそんな事を知るはずもない。やはり馬を狙って正解だった。


 そのままの速度で駆け出てきたのは五騎。こいつらが夜目の魔術を付与された連中か。少し遅れて、馬を抑え付けながら駆けてくるのが三騎。


「クー!第二弾もいって!」

「では行って来ます」


 クーの服がいつもの白いワンピースがから、魔女が着ていた黒い服に変わる。髪も薄緑から黒に、根元からスゥっと染めなおさる。


 そのまま騎士達の前にでて、黒いモヤに包まれて大きくなっていく。もう皆にも見えているのだろう。遅れてきた三騎が足を完全に止めた。


 こちらは、魔女の事を知っている人向けの幻影だ。相手側に魔術師が居るならば、ラザルスと同じように魔女を呼ぶ事もあるのでは?そう思わせる。幻影である可能性にも及ぶだろうが、そう簡単に判断は出来まい。


 そして、夜目を与えられているであろう五騎の幻影が作られた。現実にはそのまま駆け続けているのだが、幻影の夜目付き五騎は、慌てて逃げ帰っていく。夜目を与えられていない騎兵は、それを見て、「幻影などではない」と確信して引き返していく。


 ふぅ。ここまででようやく、夜目付きの奴だけを完全に孤立させられた。二十騎いたのが今や五騎だ。これなら全力で殴り合えば互角。いや、練度が低い分こちらが不利か。


 夜目付きはそのまま突っ込んできた。


 グラハルトが初めの衝突で一騎を突き落とす。アヒムは敵の攻撃をなんとか剣でいなす。ルドルフは、人馬一体となって体重を乗せた敵の突きを、もろに盾で受け吹っ飛び、馬から落ちた。生きてはいるようだが、動けそうにはない。


 後ろに流れた他の騎兵が、歩兵達にハルバードを振るう。盾が跳ね飛ばされ、血しぶきが上がる。犠牲者が出てしまった。


 敵の騎兵はそのまま後ろに駆け抜け振り返り、再び突進を開始した。


 グラハルトはルドルフをかばう様に移動し、アヒムもそれに続く。歩兵達は怯えながらも向きを変えて陣形を組みなおす。


 二回目の突進。またも歩兵から血しぶきが上がる。グラハルトは相手と斬りあうが、双方にダメージはない。アヒムは剣を跳ね飛ばされた。そして右腕に怪我を負ったようだ。馬から落ちては居ないが、戦闘不能だろう。


 今度の突進は助走距離が短いのか、勢いがない。俺は、歩兵を切りつけた騎兵に対し、すれ違いざまに精神破壊を実施。壊された騎兵はバタバタ暴れて落馬。手綱がからまって馬に引きずられ、そのまま離れていった。


 残り三騎。だがしかしこちらで戦える騎兵はグラハルトのみだ。そして、クーが叫ぶ。


「テオ!騎兵の幻影がハエ男によって消されました!魔女の幻影で騙せるのもそろそろ限界です!」


 クーは、建物一つ大の黒いハーピーに姿を変え、竜巻の幻影も作り、威嚇はしている。しかし、相手には傷一つ与えるような攻撃はしていない。それでは不自然に思われる。もともと幻影だと看破されるのは、時間の問題だった。


「分かった!もう幻影を消して戻って!」


 クーが幻影を消すと、その影で戦っていたグラハルトが敵兵みなの視界に入った。


 歩兵は陣形を作りながらも、震え上がって動けない。アヒムは傷を負った右腕を庇いながら、少しはなれて見守る事しか出来ない。その脇に、戦闘力のない少年が一人立っているだけだ。


 こちらでいまだ戦闘可能なのは、グラハルト一騎のみ。それに対し、敵は三騎がかりで当たっている。


 もう勝負が付くのは時間の問題。誰の目にもその様に見えた。


 ラザルスはそこで、全軍に前進の命令を出した。


 幻影に釣られて逃げた騎士、それと虎の咆哮で足を止めながらも落馬を免れた騎士の、合わせて七騎。歩兵は無傷なまま五十人。弓兵は少し数が減ったが六人。それらが一斉に歩を進めだした。


 グラハルトはやはり凄い。防戦一方ではあるが、三騎がかりの攻撃を凌いでいる。馬の使い方と位置取りが卓越しているのだ。上手く三騎を同時に相手にしないようにしている。


 とはいえ、体力的に少し疲れは見える。兜の面甲めんこうが上げられており、息が少し荒いのが分かる。時折、汗がキラキラと飛ぶ。


 もともと丘の上に陣取っていたので、敵軍はその戦いを見上げながら、規則正しく歩を進む事になった。


 こちらの兵士は、もう立ち止まって見守る事しか出来ない。


 そうして、その場に居る皆の視線が、丘の上でたった一人になりながら奮闘するグラハルトに注がれていた。


 しかし、その状況を壊すかのように、敵軍の一人の騎兵が駆け出した。他の騎兵もそれに釣られて駆け出す。そして未だ戦闘中の四騎に近付いて立ち止まり言った。


「三対一とはあまりに卑怯ではないか!ここは正々堂々と一対一で戦うべきであろう!」


 その声を聞き、戦っていた者たちも一旦距離を置いて止まる。


「ここは俺が一騎打ちで決着をつけてやろう」


 敵の一人が名乗りを上げた。


「なにを勝手に決めている!それはこの中で階級の高い俺の役目だ!」


 先程まで戦っていたうちの一人が、それを制止する。


「お言葉ですが、三騎がかりで責めあぐねていた隊長殿よりも私の方が適任です」


 また別の者が名乗りを上げる。


 そうして、敵の騎兵の中で話し合いが始まった。グラハルトはそのスキに呼吸を整える。


 少しの喧々諤々の議論のあと、先ほどの隊長がグラハルトに向き直って話しかける。


「私はアンブレパーニア共和国陸軍、第一槍騎兵聯隊、第二八小隊指揮官ピリッツィオ。そちらも、名を聞かせて頂こう」

「ヴォルミルト王国シュラヴァルト領ゲヴィシュロス侯が臣下グラハルト」


「グラハルト殿、我らは皆、貴殿と一対一の勝負をしたいと望んでいる。受けてはくれまいか」

「ピリッツィオ殿、貴殿らの戦場においても騎士たらんとする心意気、まことに敬服いたす。謹んで申し出をお受けいたす」


 敵の騎兵が一列に並び、一人が前に出る。グラハルトはそれに正対する。


「我はエルマリオが子メルクリオ!一番槍は俺だ!いくぜ!」

「来い!メルクリオ!受けて立つ!」


 そうして、騎兵同士の戦いが始まった。


 しかし、この流れに不満を持つものが一人いた。ラザルスだ。


「お前ら何を馬鹿な事をやっている!遊んでないでさっさと殺せ!」


 ラザルスはそう言って近付くと、空中に魔法陣を幾つも展開し、グラハルトの死角から魔法の矢を放った。


「ぐわあああッ」


 魔法の矢が当たり、グラハルトは悶えながら馬上で仰け反る。


 それを見た敵の騎兵達は、ラザルスの前に立ちふさがり、壁を作る。


「何のつもりだ!お前ら俺に逆らうのか!」


 ラザルスは、騎兵達の一糸乱れぬ行動に気圧されて少し下がった。そしてその隙間に、今度は敵の歩兵が入って並ぶ。ラザルスは徐々に押され、戦いの場から遠ざけられた。


「いったい何が起こっている……」


 ラザルスはハッとして俺の方を見た。俺はその目線に気付き、丘の上から腕組みをしてラザルスを見下ろす。


「これはお前の仕業か!いったい何をした!」

「お前の想像通りだよ。ちょいと魔術をつかっただけさ」


「ここに居る全員に術をかけただと!そんなバカな!いったいいつの間に!」

「さーてね。俺の発案じゃねーし、俺からは教えられないな。そうだな……お前も相方の魔女に相談してみろよ。もし彼女が腐っていたら気付くかもしれないぞ」


「何を言っている……。くそっ!今日の所は引き上げるが、この借りはいつか返してもらうからな!」


 ラザルスは腰の転移陣に手を触れると、バシッという音と共に消えた。捨て台詞からもかもし出る、果てしない小物感。ラザルスはやっぱ人間がちっちぇ。


 ちなみに、今回の計画の発案はクー。その名も「グラハルト総受け計画」。とても頭の痛くなる計画だ。


 仕組みはこう。夜の内にこの地に巨大な魔法陣を描く。そして敵が魔法陣に入ったら魔力を流す。しかし、俺の魔力量では効果が出るまで時間がかかる。その時間稼ぎを兼ねて、グラハルトの独り舞台を作り上げる。そこで汗を散らし、息を荒げながら孤軍奮闘するグラハルト。それを見て、皆が特別な感情を抱く。そこに魔法陣の術──グラハルトに魅了されるという内容──がジワリと効果を発揮する。術とその場のシチュエーションが相乗効果となり、皆のハートを鷲づかみ。


 何を言っているのか自分でも分からない。というか、理解したくない。こんな魅了チャームの使い方を考えるのはクーくらいだろう。発想がおかしいのはやはりアイツだ。


 そんな事を考えていると、黒い姿のクーが隣に来た。


「テオ、うまくいきましたね」

「いっちゃったな。やっぱお前凄いな」


「テオのか細い魔力のおかげですよ。全く気付かれませんでしたね」


 毎度の事だけど、魔力が少ない事で褒められるのは全然嬉しくない。


「でもさクー。お前は自分で魔女の役やるって言い出したけど、もう少しなんとか成らなかったのか?」

「テオ、何か問題がありましたか?」


「その魔女の服は、胸部のゆったりした布に豊満な胸が収まって、それで乳を強調するデザインだろ?お前がそのまま着ると、非常に可哀想な事に……ウッ」


 顔面に軽くグーパン入れられた。そして俺が目を瞑った隙に、クーはいつもの姿に戻った。なんとなく、クーがどんどん凶暴になってる気がする。


 俺が涙を拭っていると、丘の上の方で大きな歓声が上がった。


 グラハルトは見事十人抜きを達成していた。やられた方の敵も、軽傷で済んでいる。それほど力の差があったのだろう。グラハルトもやっぱ凄い。


「グラハルト殿、貴殿の勝ちだ。本当に見事なものだ。俺は貴殿と剣を交えられた事を誇りに思う」

「いえピリッツィオ殿、全員がこれほどの練度を誇る貴殿の小隊こそ素晴らしいものです」


「ご謙遜を。さて、負けた我らは潔く退きます。では、またどこか別の戦場で会いましょう」


 敵の中隊は、なんか良い顔になってゾロゾロ引き換えしていった。


 こちらはプロ兵士一人、徴集兵二人の損失。他、怪我人多数だ。一応は追い返したから勝ち。でも、野良犬に咬まれたような話で勝者な気がしない。


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