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出兵 その12 開戦

 敵の中隊を見つけたところで、今夜の斥候を中止して戻った。夜中のうちに騎士の天幕に入り、中隊の接近を報告した。突然の報告だったのに、グラハルトとアヒムに驚きはない。


「敵の中隊が出てきたか。テオの報告にあった魔女の話とあわぬな」

「普通にラインを押し返しに来ましたね。もともと押し返される予定でしたから、急な話とはいえ、むしろ気抜けするくらいですね」


「相手の規模が無駄に大きい。なにかあるはずだ。予定通りにはいかないと思った方がよかろう」


 グラハルトがそう言って俺を見る。俺は、続きを求められていると察して話す。


「その中隊には例の魔術師がついていて、少し話をしました。この隊を皆殺しにすると言っていました」

「その理由については何か言っていたか?目的はなんだ」


 さすがにそのままは答えられない。


「必要なものが足りない。難しい話で分かりませんでしたが、私はその様に解しました」

「魔術師め……あれだけの兵を殺しておいて、まだ足りぬと言うのか……」


 適当に理解してもらえた様子。魔術師に対するイメージが最悪で助かった。


「グラハルト様。テオが敵と話している事に疑問は持たないのですか?」


 アヒムが言う。


「ライン調整時は、斥候同士が情報をやり取りする事はある。本来その状況ならば、皆殺しなどという言葉は出ないがな」

「では、せっかく教えてくれたのですから、接敵前に移動しましょう」


「そのような訳にもいかぬ。我らは任務でここに居るのだ。形式的にでも戦闘を行い、その上で退く必要がある」

「あぁ、私の弓はその為のものでしたね。互いに三射ずつ弓を撃ち盾で受ける。それが聞いていたものですが、相手がもし本気で戦闘をしかけてくる場合は、どうなるのですか?」


「騎兵が突撃してくる事になる。こちらは歩兵が主力の部隊だからな。その上、弩砲バリスタもなし、堀や馬防柵など野戦築城もなし。それなら騎兵で潰すのが最も効率的だ」


 その辺は俺の見解と同じ。


「それを耐えるとしたら、どうすれば良いのでしょう」

「まともに受けて当たるならば、我ら騎兵は錐行陣、歩兵らは密集陣形をとらせて耐えながら削る事になるが……二十の騎兵相手に耐えきる事など不可能だろう」


「敵の思惑通り皆殺しですか。それは少し癪ですねえ」

「しかし、不幸中の幸いではあるが、この戦いの結果は重要でない。最低限の人員で形式的に戦闘を成り立たせればよいだろう。明け方すぐに部隊を分け、ルドルフ様と使用人ら、徴集兵らを街に返し損失を減らす。それが現実的な選択だな。アヒム、申し訳ないが、お前には付き合ってもらう事になる」


「もちろん付いていきますよ」


***


 夜が明けてすぐ、グラハルトとアヒムはルドルフと打ち合わせ。ルドルフは寝起きが悪いのかご機嫌斜め。


「戦いもせずに逃げるだと?たわけた事を抜かすな。武勲をたてる絶好の機会ではないか」

「ですがルドルフ様。敵はこちらの5倍以上の兵力を有しております。万に一つの勝ち目もありません。また、そこまでして守る地でもないのです」


「ええいうるさい!退かぬといったら退かぬ!つべこべ言わず、皆の戦の仕度を整えろ!」

「……分かりました。使用人だけ下がらせます。その護衛として、徴集兵を一人つける許可を下さい」


「うむ、許可しよう。分かればよいのだ」


 隊の長であるルドルフの言葉により、戦闘員はほぼ全員参加する事が決まった。


 アヒムはルドルフの天幕から出てくると、皆に指示を出し始めた。グラハルトは俺を呼ぶと言った。


「お前には使用人らの護衛をまかせる」

「グラハルト様、私も一緒に戦わせて下さい!」


「無意味に死ぬ事もあるまい。テオ、お前はここまでよく働いてくれた。もう十分だ。それに、城に返って報告する役も必要だ」

「ですが……」


「これは命令だ。俺を困らせるな」

「はい……」


 俺は素直に聞いたフリをして使用人らの手伝いをする。もともと俺のせいだし、ラザルスの思惑通りに成るのも嫌だ。それに、せっかく朝まで寝ずにクーと策を練ったのだ。グラハルトには悪いが、ここは退けない。


 使用人達は、準備が出来ると街の方に向かった。俺はそれに少し同行し、隊から見えなくなったところで姿を消し、引き返した。


 隊は野営地から出て、近くにある丘の上で待機している。歩兵らは、プロ兵士と徴集兵を合同の密集陣形の動きを確認している。やれるだけの事はしておこうという意思を感じる。俺も前向きになった。ただの不安を紛らわせるための行動かも知れないけど。


***


 午前が終わりになるころ、敵の中隊が遠くに姿を現した。縦の列だった敵の部隊は、近付いてから形を変えた。騎兵らは錐行陣。歩兵は方陣。その脇に弓兵が横に並び、ラザルスが弓兵の後ろに居る。丘の上からなので、奥まで良く見えてしまう。


「多いな……」


 ルドルフが相手の数を見て驚いている。数を言葉で言われても理解できていなかった様だ。それを見て、グラハルトは悲しげな顔をし、アヒムは苦笑している。


 敵は、陣形を完成させるとそのまま前に出てきた。ある程度近付いたところで、アヒムが馬上から敵の上方に弓を射る。それを受け、敵の歩兵は一斉に足を止め、縦を頭上に構えた。矢は山なりにゆっくりと軌跡を描き、敵の歩兵の盾に刺さった。ここまでは、よくある形だけの戦闘。


 しかし、その後は違った。敵の弓兵十名が矢をつがえて撃ってきた。アヒムの短弓に対し、敵の弓兵は長弓。単純な飛距離では向こうが上。矢も長弓の方が長く質量もあり、貫通力が高い。高低差の不利はあれど、殺傷力は高い。当たれば鎧を着ていても貫通してしまう。間違いなく殺しに来ている。


 その矢を、ルドルフとアヒムが左右に散会して避け、歩兵は隙間なく盾を構え受ける。矢が盾に突き刺さった直後、徴集兵からは悲鳴が漏れた。グラハルトは見切っているのか動かない。


 矢の雨が三度降り注いだが、こちらに損害は出ていない。このまま続けても矢の無駄ではないのか。そう思ったとき、魔術の使用を感じた。なにか仕掛けてくる。俺がラザルスの周囲を見ると、一人の弓兵だけ弓を構える角度が違う。明らかに低い。身体強化であの距離から直線的に狙ってくるつもりか。


「前からも矢が来ます!気を付けて!」


 俺は姿を現して皆に警告する。そしてすぐ、矢が飛んできた。上からの矢とタイミングを合わせた複合攻撃だったが、グラハルトがそれを難なく盾ではじく。


「テオ!なぜお前がここに居る!」

「ごめんなさい!ですが話は後です!次が来ます!」


 グラハルトは珍しく怒っている。上下の矢の攻撃には意にも介さず、俺を睨んでくる。アヒムが苦笑しながらそれをなだめる。


「グラハルト様、子供とは言う事を聞かず、大人を困らせるものです。諦めて下さい。それに、テオなら大丈夫ですよ。むしろ……今はルドルフ様の心配をしてください」


 ルドルフは焦って大げさに避けるので、馬の扱いが荒くなっている。あれではこの後の戦いに支障が出るだろう。しかし、グラハルトは動けない。グラハルトが避ければ、歩兵達が水平撃ちの餌食になる。ここを何とかするのは俺とアヒムしかない。


「アヒム様も弓で敵の弓兵を狙撃してくさい」

「この距離で狙撃など出来るか!山なりに撃って当たるわけがない!矢の無駄だ!」


「いいえ、アヒム様なら出来ます」


 俺はクーに、飛んでくる矢の軌跡をアヒムにも見せるように指示をだす。


「なっ……なんだこれは……」

「矢の軌跡です。アヒム様が矢を構えたら、その先にも同様の線を出します。線の先を敵兵に当てて射てください」


「わけが分からないが、悩んでいる暇はなさそうだな」


 アヒムは弓に矢をつがえ、狙いを定める。


「こらテオ、人が撃とうとしている時に馬を動かすな」

「ですが、敵の矢に当たります。私が馬を動かして避けさせますので、アヒム様は狙撃に集中してください」


「チッ」


 俺の思い通りに動かされるのがご不満の様子。しかしアヒムは理性的だ。優先順位は間違えない。そのイラつきをぶつける様に、水平撃ちしてくる敵兵を射殺した。


「テオ、このまま行くぞ!」

「はい!」


 当てた事に気をよくしながらも、いちいち主導権を取りに来るアヒム。やれやれだ。


 三人目を倒したところで、敵の弓兵は位置を変えながら撃つようになった。が、アヒムはそれを見ても不適な笑みを浮かべ、むしろ楽しんでいる様子。問題なく次の一射で四人目を射殺した。そして敵の弓兵は下げられた。


 既に次の矢を手に取っていたアヒムは、狙いを先頭の騎兵に変えてその矢を放つ。しかし、敵の騎兵はその矢を難なく盾で弾く。相手の騎兵も練度は高そうだ。


 その矢に応えるかの様に、矢を受けた先頭の騎士が隊に号令をかけた。そして、騎兵の一団がこちらに駆け出してきた。


 ここからが本番。正念場だ。

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