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出兵 その7 暗殺

 俺とクーは、昼夜を問わず馬を走らる事ができた。クーが昼間の視界を幻影で見せてくれるので、本当に夜がない。後はお馬さんの体力だけを気にしつつ、ちょっと駆けたり、歩かせたり、休憩したり。いざという時に息切れされても困るので、そこまで早くは進めない。


 途中、敵の騎兵を何度か見かけた。三人で一班を作り、森や村に隠れていた。一度、遠くから見られて駆け寄ってこられたので、監視というよりは伝令や斥候を狩るための兵だと思われる。


「あの兵らも転移させられて来たのかな」

「そうでしょうね。魔力を持たないものには使えないので、誰かに送って貰ったのでしょう」


 予想以上に兵を呼び寄せて展開させていた。単独か少人数で、隠密行動を取っていると思っていたのに。しかし、俺とクーは、その裏をかけている。これならきっと暗殺もいける。


***


 そのまま馬を走り続けると、二日目の昼飯前には光が示す者に追いついた。男は林の中でこつこつ岩を固めて転移陣を作っている。まだかかりそうだ。


 男は、魔術師らしい長めのローブを着ている。しかし、作業をするのにも、戦闘をするのにも、隠密行動をするのにも適さないと思うのだが。


 男の周囲に護衛は居ない。林の周囲には歩哨が立っているが、中は一人だけだ。


「今なら殺れるな」

「テオ、待ってください。魔女の恋人であるあの男を殺すと、魔女の恨みを買う事になります。国ごと先の草原の様にされかねませんよ。女の恨みは恐ろしいのですから。」


「またお前の恋愛妄想か。今はそれどころじゃないだろ」

「いいえテオ、私はここに来てそれを確信しました。あの男は魔力を分かち合うための指輪をしているのです。あれは、お互いに愛し合い、人生を共にすると誓い合った二人でなければ付けません。たとえ親子の間でも付けたりはしない、神聖な指輪なのですよ」


 くそう、その手の知識がなくて反論できない。


「二人ともいっぺんに始末しないとダメなのか……難易度が上がるなぁ」

「テオ、魔女だけ倒せればよいと思います。あの男は魔女ほどの力がないから、魔女を呼ぼうとしているのです。また、男は女を失っても弱くなるだけなので怖くありません」


「後半は謎理論だけど……じゃぁ初めの計画通り、魔女が飛んできた所を始末すればいいか。とっくに遅れているけど、転移陣が完成するのを待つと、帰りがさらに遅くなるんだけどなぁ……」

「テオは、魔女よりアヒムに叱られるのが怖いのですか。呆れたものですね」


 空き時間が出来たので木陰で読書。そして少しお昼寝。馬は草をムシャムシャしている。たまに小鳥のさえずり。こんな長閑(のどか)な時間は久しぶりだ。


 そうこうして待っていると、転移陣が完成したと、クーが知らせてくれた。俺とクーは、林の中に入り、転移陣から少し離れて待機する。


 魔女の彼氏は兵士を一人呼びいれ、転移陣の傍らに立たせた。


「ラザルス様お呼びですか」

「ナートレアを連れて来るために、私は一度戻る。彼女が現れたら陣の外に出し、そのまま待機しろ」

「ハッ」


 男は兵士に指示をだした後、腰のベルトにぶら下げた小さな転移陣を起動させ、バチッという音共に消えた。


 もうこの転移陣の周りはこの兵士一人だ。林の周りの歩哨にも見られていない。俺はその兵士の首に、ナイフを突き刺した。前の転移陣で、クーに待たされて「刺すぞ、刺すぞ、刺すぞ」とイメージトレーニングさせられたのが大きい。結局最後には目を瞑ってしまったが、無防備に立っている人の首にナイフを刺す凶行をこなす事が出来た。


 兵士は苦しむ事もなく、数秒の時間差をおき、急に事切れて崩れた。おそらくクーの幻影のせいで、刺されたことにも気付かずに逝ったのだろう。


 しかしこれも予行演習に過ぎない。次は本番。魔女の番だ。


 自分より強そうな男の兵士よりも、女性を刺し殺す方が心理的抵抗が強い。転送されてくる前に気持ちを高めて、出て来たら何も考えずに刺し殺すしかない。あぁでも首を狙うと顔が見えて止まってしまうかも。腹にするか。でも、防具を纏っていたらどうしよう。腹を刺して殺すには、この小さなナイフでは不安だ。どうしよう。やはり首か。


 そう緊張を高めつつ迷っていると、転移陣が少し光った。


 来る!


「ッ!」


 来たと思った瞬間、俺の頭に閃光のような衝撃が走り、思わず固く目を閉じた。


 目が開けられない!しかし、目の前にものすごい力の塊──熱とも光とも分からない何か──が存在する!


 ヤバイ!これは死んだかもしれない!何をされたのかは分からないが、視覚も聴覚も、体の感覚さえ奪われた。


 やっぱ止めておけばよかったんだ!やっぱ俺には無理だった。やっぱ余計な事はしないに限るんだ。


 全力の後悔を追撃するように、力の塊が近付くのを感じた。あぁ、このまま飲み込まれてしまうのだろう。俺の心にもう諦めが入った。


 次の瞬間、顔に布を押し付けられる感触がした。


 ムニ?


 布の中身は弾力のあるもののようだ。押し付けられ度が増すと反発が強くなる。顔に当てられる感触を確かめていたら、自分の体に戻れた気がした。


「─ ォ!動いて!テオ!」


 クーの声が耳に入った。俺はハッとして目を開き、顔に当たるものを両手で支えて突き放す。そして手の感触と視界に驚いて止まる。


 あ、これオッパイだ──俺はその事実を確認するために、両手でもんで感触を確かめる。


 俺は気が付くと、魔女の乳を両手でわし掴みにして揉んでいた。俺には何が起こったのか分からなかった。気が動転して思考が回らない。頑張って考えようと、単純作業──胸を揉む作業を続けた。


 目の前──というか俺の手の先には、黒い布を巻いたような服の魔女。黒髪ストレートロングの魔女っぽい魔女。恐らく二十代半ば。細身だが乳は大きい。そして裸足。クーといいこの魔女といい、なぜ裸足なのか。そして、なぜか魔女はボーっと立っているだけで、俺に乳を揉まれるがままになっている。


「テオ!次が来ます!」


 また転移陣が光った。この魔女の彼氏が戻ってくる。ヤバイヤバイ!ナイフは?手を見てもそこには乳しかない。


 俺は落としたナイフを探し、拾い上げる。もう彼氏は転移完了している。


 でもまだ俺の姿は見えていないはずだ。とりあえずこいつを殺さねば。俺は彼氏に駆け寄ろうとする。


 しかし、俺が駆け寄ろうとした瞬間、彼氏から衝撃波が放たれ、周囲のものが飛ばされた。俺も魔女も兵士の死体も。


「ナートレア!降ろせ!」


 彼氏がそう叫ぶと、吹き飛ばされて倒れていた魔女が、黒いモヤに包まれ、次第に大きくなっていく。


「テオ!失敗です!撤退しましょう!」


 俺は無言で頷いて、馬の方に走りだした。背後からは木の枝が折れる音がし、次第に木々が揺れたり倒れる音に変化した。


「ヤバイヤバイヤバイ!」


 前に幻影で見せられた巨大なヘビを思い出す。あんなのが、今ここに顕現しようとしている。一刻も早く逃げ出さねば。


 馬も既におびえていた。すぐに木の枝に巻かれた手綱を外し、馬の背にひっついて逃げ出した。


 馬にしがみ付きながら後ろを見ると、巨大な黒い化け物がうずくまったまま成長を続けている。鳥のようだが頭と背中は人のものだ。あの化け物が動き出す前に逃げ、そして隠れなければならない。


 化け物の頭が持ち上げられ始めた。もう限界だ。俺は近くの林に逃げ込み、馬を下りて木の陰に隠れた。


 化け物の鳥は頭を上げて立ち上がった。頭だけでなく胴まで人間だった。ハーピーという奴だろう。でも林の木が足のスネくらいまでしかない。あんなに大きいとは聞いていない。


 黒い化け物は飛び上がり、周囲を旋回。近くの林に狙いをつけ羽根を飛ばしだした。攻撃対象になった林は、木々が倒されて徐々に平らになっていく。まだ遠くの方だが、そのうちここの林にも来るだろう。


「やばいやばい。クー、どこか隠れるところない?」

「テオ、この周囲にはあの羽根を防げそうな所はありません。林から出たら見つかりますし、見切って避けきるしかありません」


「えー無理だろ。これ訓練だよね?いつぞやの訓練だよね?そう言ってくれよ」

「テオ、来ます」


 視界が一瞬赤くなり、羽根の軌跡と赤く点滅する地面が現れた。もうやるしか無いようだ。


 羽根は同時に幾つも飛んできた。自分が逃げる範囲でいえば、三発くらいなので直撃は避ける事は出来る。しかし、木が幹ごと切り倒され、逃げ道を塞がれる。こんな厳しい状況は訓練でもなかった。


 なんとか避けていると、馬を繋いでいた木が倒れ、馬が逃げ出した。黒いハーピーはそれを逃さず、林の外に出た瞬間に足で捕まえた。そして宙に放り投げ羽根で細切れにした。


 それが終わっても林への攻撃は終わらなかった。林の木は全て斬り倒され、俺は隠れてやり過ごすしか無くなった。動けば殺される。そう悟って倒された木の影にひそみ、震えていた。


 ハーピーは林の上を何度か旋回したあと、力を溜めてから大きく羽ばたいた。すると、林の中央に黒い竜巻が現れて、倒れた木々を空高く吹き飛ばし始めた。じわじわと、林は何も無い土地に塗り替えられていく。しかし、動けば見つかって殺される。ここまでか。俺がそう思ったところで、ハーピーは飛び去っていった。


 そして竜巻が消え、巻き上げられた木々が空から振ってきた。おれは最後の気力と体力を振り絞り、それを避けきった。


 なんとかまだ生きてる。でももう動けない。俺は林の残骸の中で倒れこんだ。


「馬を殺されちゃったな……どうやって帰ろう」


 俺の魔女暗殺計画は、乳を揉んだだけで失敗に終わった。


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