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出兵 その6 ふとした出来心

 確かに遊んでいる場合ではなかった。でも、どうぶつ着ぐるみシリーズと、メガネ司書はいつかお願いしてみたい。


「えっと、もう一つ確認したい事があるんだけどいいかな」

「テオ、それは真面目な話なのでしょうね」


 ジト目で疑われてる。


「も、もちろん真面目な話だよう。さっきの転移陣について知りたい」

「あれは、よくある型の転移陣です。似たような物の資料がありますよ」


 クーは本ではなく、紙ぺらを二枚出して片手に一枚ずつ持った。一枚の絵には、人の手に握られた小型の転移陣。もう一枚は先程見た騎馬が乗れるサイズの転移陣に人が立っている絵。


「転移陣は、送り側と受け側の二つをセットにして使います。そして、受け側に機能を集め、送り側を手の平サイズに小型化したものが一般的な転移陣です」

「一方通行なんだ?」


「テオ、もし逆に使えたら、侵入されてしまうでは無いですか」

「そういえばそうだな」


「送り側を小型化した理由も、そこにあります。送り側からリンクを確立して、受け側を起動すれば、後は送り側の転移陣を収納しても転送されるのです。転送前に身に着ければ、後には何も残さず転送する事が可能性です」

「なるほど。それは便利だな」


「テオの言う通り、本当に便利で画期的な魔術具なのですよ。魔術師は、よく人の物を盗んだり、人を(かどわ)かしたり(おとしい)れたりします。その時に大抵は逃げる必要がありますので、この転移陣が出来てから色々と捗るようになりました」


 なんか誇らしげに解説された。そんな事ばかりしてるから滅ぼされるんだってば。


「色々とツッコミどころはあるけれど、とりあえずあの転移陣は出口専用って事だな」

「テオ、それは間違いないです」


「じゃぁ、魔女はあの転移陣で出てきて、魔法を放ち、手の平サイズの別の転移陣で帰っていったという事か」

「そうでしょうね。随分と酷い話です」


「いくら戦争とはいえな……」

「テオ、戦争だからといって言い訳にはなりませんよ」


「お前にしては珍しい事を言うなぁ」

「テオ、私はいつも通りです。魔女と転移陣を設置した人物は、きっと恋人以上の関係です。魔女は彼ともっと一緒にいたかったはずなのです。それなのに用が済んだとたんに送り返したのですよ。憤りを覚えて当然です」


 いつになく熱いと思ったら、いきなり恋愛脳を暴走させて壊れた。


「なぜそこで恋人って事になるんだよ。訳がわらからねーよ」

「テオ、人の作った転移陣で飛ぶのには、それだけの信頼関係が必要なのです。転移した先に何があるのか分からないのですから」


「いやいやいや、軍隊組織なら当たり前の事じゃないか」

「テオ、魔女にとっては軍隊に属する理由がありません。軍隊など魔女にとっては虫けらの集まりに過ぎないのですから」


「うーん……確かに何か事情はありそうだな……。恋人関係というのは違うと思うけど……」


 あれだけの力を持った魔女が、軍事ユニットとしてただ利用されている。確かに少しおかしい気がする。でもくそ、ポンコツ恋愛脳の言う事に関心させられるとは。


 魔女よりも、魔女を運用している人物に注意した方がよさそうだ。俺は水晶豆で、転移陣を設置した人物を探してみた。すると光の線は、街とは逆の方──防衛拠点のある方を指した。やはり危険な敵はここより先にいる。


 俺はここで、柄にもなく少し冒険してみたくなった。ふと思ってしまったのだ。


───あれ?今って魔女かその運用者を暗殺する千載一遇の好機じゃね?───


 敵は現在、防衛拠点を裏から攻撃するために、もっと先に転移陣を構築しようとしていると思う。昨日、援軍に向かうために集められた連隊を壊滅させたばかりだ。兵力が集められる訳もなく、それどころかまだ混乱中だと思っているだろう。自らが裏から攻撃されるとは、微塵も思っていないと思う。


 また、先ほどの転移陣の置き方から考えて、こちらには魔術師が居ないと思っている──と思う。居ると考えていたら、あんなところに転移陣を放置したりしない。手口がバレるだけだ。また、相手が転移陣だと気付いたら、クーの言うとおり、どんな罠を仕掛けられているか分からないのだ。そんな転移陣は置いておいても、怖くて使えるわけがないのだ。


 敵は今、かなり油断していると思う。


 加えて、敵は俺とクーの存在を知らない。まだ警戒もされていない。クーの力を使えば潜入は容易だろう。転移陣の近くに身を隠し、魔女が転移してきた瞬間に暗殺する。又は、魔女を運用している人を暗殺。それらは、十分実行可能に思えてしまうのだ。


 魔女の脅威に震えて過ごすより、その方がよっぽど良くないか?足がすくむほど怖いけれど、ここで一回がんばれば、全てが終わるんじゃないか?それが、俺もハッピーで、皆もハッピーな最善策なのではないか?


 そんな都合の良い考えがぐるぐる回って止まらない。いつもは悪いほう悪い方にばかり回転するのに、今日の俺の頭は何か変。自分でもそう思う。


「クー、俺のバカな話を聞いてくれないか?」

「テオが自ら発想のおかしさを認めるなんて珍しいですね」


「俺が今、魔女を暗殺しに行くと言ったらどう思う?」


 クーは少し下の方で目が泳いだ。次に上の方で泳いでから、俺の方に目線がもどって来た。


「遂行できる可能性は十分にあります。決断したとしても正常な判断だと思います。テオらしくはありませんが」

「お前もそう思うか……」


 俺は少し「行きましょう」とか「止めましょう」などの意見が入った回答を、無意識に期待していたようだ。全ての判断が俺に帰ってきて少し戸惑った。


 俺は大きくため息を付いてから、ダルそうに頭をあげ投げやりに言った。


「しょうがない、やるかー」

「はい。でも、少しでも危なくなったら無理はしないで下さいね」


 俺は、騎士の天幕に行き、斥候に出たい旨と馬を借りられないか相談した。当然却下された。しかし、俺はそこで諦めずに喋り続けた。


 異様な事態には気付いている事。迷いの森で叔父を失った事。魔術について調べていた事。俺の魔術知識の深さ。古の転移陣を使ったと思われる神出鬼没な兵の噂。敵国の魔女の噂などなど。俺が斥候に出る事は、俺の想いにとっても、この隊にとっても、わが国にとっても、共通して便益になる。そう力説し、そして最後に感情をこめて「行かせて下さい」と深々と頭を下げた。


 二人はしばらく黙っていたが、グラハルトが口を開いた。


「斥候に出る期間は二日以内。二日以内でも、我らがタイヒタシュテットより戻り、出発準備が整った段階で居なければ置いていく」

「この隊の長はルドルフ様だ。グラハルト様と私が許可する事は出来ない。私の管理下で勝手に抜け出したものとして処置する。ムチ打ちの覚悟をしておけ」


アヒムが補足した。そして小声で言った「それで貸し借りはなしだ」


俺は頭を上げてから再度礼をし、出発の準備をした。


「テオ、無言で抜け出すのではダメなのですか?」

「帰ってこれる場所の確保は大事だろ。それに──この隊は俺が守るって決めたんだから」

「テオ、かっこつけても全然似合いませんよ」


わかってるよ、そんなの。


***


 俺とクーは、グラハルト達が出てからすぐ出発した。パンと干し肉をくすねて来たので二日くらいは持つだろう。今の季節なら、馬の食事も自然任せで大丈夫だ。クーと二人で馬に乗り、豆水晶の光が差す方に向かう。


「それにしても、クーって全然成長しないよな」

「テオ、なんですか突然」


「背中に当たる感触が少しね……いや、まぁふと思っただけ──ってアダッ!頭突きをするな」

「テオが子供じゃなくなって、隣に女性がいても似合うなと判断したら、大きくなってあげますよ」


くそ、後ろを取られていて逃げ場がない。この状態でケンカを売ったのは迂闊だった。


「……テオ。私には成長するという仕様がありません。成長を再現した場合、私にとっては別の姿に変える事と同じなのです。出来れば、色々と思い出のある、この姿のままで居させて貰えませんか」

「ん…俺も今のクーが好きだしそのままで良いよ」


 後ろからギュっとされた。軽口を叩いたはずなのにしんみりしてしまった。でもやはり、背中には幸せになれる感触があった方が──


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