出兵 その5 確認
グラハルトとほぼ同時に、アヒムも事態の異常さに気が付いた。次に、ルドルフが待機命令を無視してアヒムに駆け寄り、凄惨な光景に気が付いた。後の者は、アヒムとルドルフが声も出さずに停止していた事で、何かが起こったのだと知った。
グラハルトは周りを見渡し、何かを考えているようだった。そして、アヒムとルドルフに戻るよう伝え、馬を連れて隊に戻った。
「あれ?転移陣は……」
「テオ、やはり言われなければ気付かないのではないかと思います」
転移陣は、騎馬が一騎乗れる程度の円形の巨石だ。文様が掘ってあり、祭壇か魔術的な何かである事は分かる。しかし、確かにそれ以上は分からないだろう。
「クー、これ壊せないかな」
「テオが物理的に壊すのは無理ですが、機能を止める事は出来そうです。そこにはまっている石を取り出してください」
「これか?」
転送陣の一部は、石をはめ込んで作られていた。意味はよく分からないが、抜けば停止するらしい。しかし、重くて結局俺には持ち上げられそうに無い。
「テオの力ではズラす事が精一杯のようですね。それでも意味はあります。もとの状態から遠くなるように、ずらしておきましょう」
俺は体重をかけて、なんとか石をずらす事が出来た。それだけで息が上がった。
「テオ、皆が引き返していきます。早く戻らないと、私の範囲外から出てしまいます」
「えー、ちょ、ちょっと待ってよ」
俺はヘトヘトになりながら隊に戻った。
ルドルフが取り乱し、グラハルトに「アレは何だったのか」と聞いている。グラハルトは落ち着いて「分かりません」と答えるのみ。グラハルトにも分かるはずがない。アヒムは、後姿だけ見るならば落ち着いている。だが動きが無さ過ぎるので、放心状態なのではないかと思う。
アレを見ていない隊員は不安に思うことしか出来ない。しかし、ひとまずそこから離れているので心の平静を保てている。
隊は、一つ前の村にもどり、村の外れに野営の準備をした。天幕が張られるとルドルフ、グラハルト、アヒムの三人が篭り、会議を始めた。皆は当然落ち着かない様子。俺は天幕に忍び込んで、会議の内容を見守る事にした。
「ルドルフ様、現在の計画は遂行できなくなりました。指揮をとるためには新たに計画を立てねばなりません」
「グラハルト、あれは一体なんだったのだ。戦場とはあの様になるモノなのか?」
ルドルフは動揺がぶり返したようだ。でもそれが普通だと思う。アヒムですら、まだ目が少し虚ろだ。
「私の経験でも、先の光景は異様なものでした。何が起きたのかは私にも分かりません。しかし、敵の歩哨は、丘の上から向こうの草原を監視しておりました。ですので、敵の部隊があの草原より手前に、既に侵入してきている可能性があります」
「なんと!?あの人数を屠った部隊がすでに国内に居ると申すか!」
「防衛線の内側、国内に居ることは間違いないでしょう。昨日か一昨日にあの場所に居たのです。それどころかこの地より手前、タイヒタシュテットに迫る位置まで進んでいるかもしれないのです」
あぁ、こないだの街ってそんな名前だったっけ。でも俺の見立てだと、あの歩哨は転移陣を見張るためだけの人員なんだよね。その転移陣が草原の手間なのは、援軍に向かう隊の後方から魔術をかけるため。なので歩哨の位置は重要じゃない。俺なら援軍が向かうはずだった防衛拠点を、裏から攻めるために進む。なので、ここより街側に居る可能性ってそんな無いと思うんだよね。
「それでは防衛線が意味をなしていないではないか!」
「そこが分かりません。防衛拠点へは日に何度も伝令が出ています。突破されて侵攻されたのであれば、我々がタイヒタシュテットに居る間に異変に気付けたはずです」
グラハルトは少し長めにマバタキをしてから再度口を開いた。
「日程を短縮するために、正規の道を通らなかったのが裏目に出ました。今となっては伝令が走っていたのかも分かりません」
「分からん事だらけではないか!それでは計画など立てようがなかろう!」
ルドルフが吠える。それをグラハルトは苦渋に満ちた顔で受ける。
「我ら三人のうちの一人が、タイヒタシュテットに向かうべきでしょうな。そこで本部より情報や指示を受ける」
「馬鹿を申すな!オヌシはあの光景を作り出した敵の部隊が、こことタイヒタシュテットの間に居るかもしれないと申したではないか!そこを通れというのか!俺は行かぬぞ!」
ルドルフの頭に勢いよく小旗が生えた。俺はクーを睨みつける。俺にしか見えないから平気だけれど、少しは空気読めと。
「私が向かいます。許可を」
グラハルトは初めから自分が行く気だったように見えた。
「ルドルフ様、発言をお許しください」
「なんだアヒム、申せ」
「現在、この部隊には逆賊の疑惑がかけられている可能性があります。敵を手引きするために、本隊とは別行動を取った。その様に疑われても仕方のない状況になっています。ルドルフ様が今戻らなければ、申し開きはさらに難しくなるのではないでしょうか」
ルドルフはハッとして青ざめた。「遅れるので先に出発して」と書簡を送ったのはルドルフだ。客観的に見れば、とても怪しい行動をしてしまっている。それに気付いたようだ。不器用なグラハルトでは対処できない。それに、そもそもグラハルトに気付かれないように書簡を送っている。
「く……俺も行く。急ぎ、俺とグラハルトはタイヒタシュテットまで戻る。よいな!」
「「ハッ」」
アヒムの機転でルドルフのフラグ回収は回避された。でも、この隊の責任者がアヒム──見習い騎士になるのは軍隊組織としてどうなの?と思うが。会議は終わりの様なので、俺は一先ずお馬さんの所に戻った。
***
「クー、さっきの事で聞いておきたい事があるんだ」
「テオ、分かっています。こちらの事ですよね」
クーは取扱説明書を取り出した。
「あ、懐かしいー。でもそれの事じゃな……」
クーが両手で、俺の目の前に説明書をズイっと突き出してきた。
「あれ?クーさん、さっきの事ってまだ怒ってます?」
「テオ、当たり前ではないですか。仕様変更が必要になる事を、緊急時に、しかもさらっと要求したのですよ。私は再発防止のために説明書を読む事を要求します」
説明書か……なんか気が乗らないんだよな。
「まず、さっきのはどの辺がまずかったのか教えてよ」
「一頁目のもう初めのところからですよ」
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クルディネを使えば本、又はその他の情報を取り込み、現実の物のように幻影を後で何度でも見ることが出来ます。また、講演や教育の場などにも有効な機能があります。視聴者に設定された他の人にも幻影を見せる事ができます。ユーザーと視聴者は同じ幻影を見ることも出来ますし、別の幻影を見ることも出来ます。また、ナビゲーターは他の幻影とは独立しており、独自の視聴設定が───
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「あ、クーの名前ってクルディネっていうんだ」
「テオ、そこも大事ですが問題なのはもっと下です。テオと他の人に別の物を見せる仕様は元からあります。しかし先の様に、他の誰かと誰かに、それぞれ別の幻影を見せる仕様は無いのです」
「あれ?そうなの?やってなかったっけ?」
「テオ、やろうとしても出来ないのですよ」
「なるほどなぁ……」
俺は取説をパラパラめくって項目を見る。他人に幻影を見せる用途は、戦闘用ではないのは理解した。
「使えそうなのはこの辺り……他人の視線を視覚化したり、他人の視界を表示する機能かなぁ。なるほど、読んで見るもんだね」
クーは腕組みをして偉そうにふんぞり返っている。
「へぇ、コマンド操作ねぇ……ナビゲーター、口調プリセット、にゃんにゃん。ナビゲーター外観プリセット、猫耳メイド───とか?」
クーに耳とシッポとヒゲが生えて、服装が黒を基調としたヒラヒラのメイド服になった。想像していたモノより若干ケモ度が高い。口の形がW形になっている。
「にゃにゃにゃ?ご主人様なにするのに゛ゃ!」
クーはプルプルと高速振動を初め、端から元の姿にもどった。そして俺から取説を取り上げた。
「テオの発想がおかしい事を忘れていました。理解してもろくな事しませんね」
「そんな悪くなかったと思うけどなぁ」
設定したのに勝手に戻りやがった。まぁこいつは、説明書通りに動くクルディネではなく、仕様外の事にも応えてくれるクーだ。俺はそれで良いと思う。
「テオはこの緊急時になにを遊んでいるのですか」
おっとそうだった。




