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なかよし姉妹と楽しいひと時

「さて、お仕事しますか」


 俺は一回目の分を用意し、石臼を少し回してみた。少し音が気に入らなかったので若干の隙間調整をした。でもあとは水車にお任せだ。


「ひとまずこれで良し。さーてメシメシ」


 テーブルには先にクーが居て本を読んでいた。俺はその横に座り、兄さんが持ってきた朝食を食べた。いつもと変わらない平和な朝食。時折きこえるエルザとイーナの楽しそうな声がいつもと違う彩を添えている。


 朝食を終え、食器を洗いに水路に行くと、エルザとイーナが肌着姿になって洗濯をしていた。


「何のぞきに来てんだよ」「のぞくなテオー」

「覗いてなーい。だいたい、そっちが勝手に人の家で洗濯してるんじゃないかー」

「そうだ、ついでにアンタのも洗濯してやるよ。脱ぎな」

「いいよ別に…自分で出来るから」

「どうせしばらく洗ってないんでしょ?いいから脱ぎなよ」

「脱ぎなよテオー」

「うわぁわぁやめろー」


 イーナにズボンを掴まれて逃げれなくなり、エルザに強引に服を脱がされた。情けない話だが、もやしっ子の俺は、力でエルザにかなわない。


 エルザは同じ村の農家の娘だ。クーが細身で色白で上品なお嬢様風なのに対し、エルザは健康的な女性らしい肉付きをしている。髪も緑髪ストレートロングと赤の巻き髪ショートで対照的だ。肌着一枚となった彼女の姿は美しく、見ていて気分のよいものだった。しかし昔から見慣れていたし、実の姉のような存在なのでそれ以上の感情はなかった。


 姉──というより、最近は少し母親じみている。実際、エルザの家は母親が既に亡くなっており、彼女は弟や妹の母親役もやっていた。そして、家から離れて暮らし始めた俺の事も、気にかけて面倒を見ようとしてくる。


「あーもー、ほんと強引なんだから」

「ははは、これは洗っておいてやるからお前は自分の仕事に戻れ」「もどれテオー」

「はいはい。もどりますよー」


 俺は寝室にもどり服を着ると、先ほど石臼にかけていた分の後処理し袋に入れ、次の分をまた石臼にかけた。


「やれやれ」


 窓から外を見ると、エルザとイーナが洗ったものを紐にかけて干しているのが見えた。あちらはもう少し時間がかかりそうだ。


「こちらは少し本でも読んでいましょうかね」


 俺はクーから本を受け取ると、イスに腰掛けて読み始めた。少し読んで集中しはじめたところでイーナが入ってきてくっついた。


「テオー、絵本読んでテオー」

「あーはいはい」


 俺が本をとってくるフリをするため寝室にいくと、クーが待ち構えていた。


「クー、今日のオススメは?」

「こちらをどうぞ。旅をする風の精霊の話です。絵がとてもきれいなのでオススメです。さらに、麦畑を駆け抜ける風に、精霊の存在を感じてもらえればと思います」


 クーは感情を顔には出さないが、イーナの事をとても気に入っているように思えた。俺に対する本選びよりも、イーナに対しての方が明らかに熱がこもっている。まぁ小さい子が絵本とはいえ、本の世界に興味をもってくれるのは嬉しい。書庫の幽霊ならばそれはなおさらだろう。無表情なクーが嬉しそうにしている、俺にはそれもまた嬉しい。


「今日はお外で読もうか」

「うーん」


 イーナのところに戻り、手を繋いで外にでた。そして入り口の石段に腰を下ろし本を開いた。


「テオ、開く前に表紙でもっと楽しませてください。実はこの小鳥も全てのページに描かれていてそれが別の物語に───」

クーはイーナの反対側に俺を挟んで座り、まくしたてるように細かく解説をしてくる。


「イーナ絵本よんでもらってるの?いいわねー」

 エリザもやってきてイーナの隣に座った。

 こうなるともう大変だ。


「あーロバさんー」

「ほらここに蝶々がいるよ」

「ここに書かれている塔は南の街キルシュヴァントのものでこの河はその北西のリーヴェ河です。この棟の鐘の音はこの街の名物となっていて───」


 みんな本をつついてワチャワチャになった。


 そして、物語が森を抜けて広大な麦畑に入ったところで───ゴーッヒューゥューゥュゥ……現実世界で風が吹き抜けた。

「わー風さんがきたー」


 あまりに出来すぎである。俺は空を見上げてからクーの方をチラリとみた。クーは俺の目を見ながら真顔でコクコク頷いている。お前の仕業か。


 クーは何でも幽霊として見せる事ができる。現実世界では風は起きていない。しかし、風を幽霊として俺たちに見せたわけだ。正直、やりすぎだと思った。


「───そうして、風の精霊は渡り鳥と一緒に海に帰っていきました。おしまい」

「ねーねー海ってどんなところー」

「どんなところだろうねぇ。俺も本でしかしらないからなぁ」

「マティアス爺さんの話では、土が水になってるところなんだって。まぁあの爺さんの話はだいぶ怪しいけどね」

「テオ、こんどは海にまつわるお話がよさそうですね」


 クーの演出のおかげもあって、今日の絵本も楽しんでもらえた様子。だんだんエスカレートしているのが少し心配だが、次回も期待できそうだ。


「そろそろゴハンにしよ。持ってきてるから」

「じゃぁ俺は石臼みてくるよ」

「アンタも一緒に食べるんだよ。ダメだよ食べなきゃ、ただでさえ細っこいんだから」

「テオもたべよー」


 またも強引に食事につき合わされた。昼食が終わると、イーナはお昼寝に入り、エルザは洗濯物の一部を繕いだした。そこで俺はようやく自分の仕事に戻る事ができた。仕事といっても、水車が挽いた粉をふるいにかけゴミを除き、また新たな麦を石臼にセットするという、水車のお手伝いなのだが。


 とりあえずの作業を終えて、エルザとクーがいる部屋に戻った。二人は同じテーブルについているが、二人の間に会話はない。二人とも自分の事をもくもくとやっている。また、テーブルの別の席には、俺が読みかけの本が置かれており、ここに座れという意図が汲み取れる。


 俺はなにか違和感を覚えた。そういえば、いつもなら部屋に入ったところでエルザが軽く声をかけてくる。しかし今日はそれがない。とてつもなく嫌な予感がする。


 本が置いてある席に座れば、なにかの策にハメられるのではないか?しかし、席を前にして立っている今からそれを無視しても、なにか怒られそうな気がする。俺はすこし躊躇したが、覚悟を決めてしかたなくその席についた。

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