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出兵 その4 敵の影

 次の日、俺達は街を出発した。本隊からは三日遅れ。通常ルートでは追いつけないので、大部隊では通れない道をショートカットしていく事になった。皮肉な事に、その計画はルドルフのモノに近い。ルドルフの計画は、さらに追い越して先に現地に入るというものだった。しかし、現実には追い付くことさえ難しい訳で、初めから実行不可能な計画だったと言える。


「グラハルト様の予測と照らし合わせると、五日後の夕方には合流できますね」

「しかし道は楽ではないし、後の三日は補給が出来ぬ。楽観視はできんな。この隊には少年もいるのだ」


「テオなら大丈夫ですよ。夜中に勝手に抜け出して、カエルを捕まえて食べるくらい元気です」

「フッ、食べ盛りなのだな。軍規としては問題だが頼もしい」


 ぬぅ、抜け出したのがバレていたとは……さすがアヒムだ。俺は、姿を消して騎士組の天幕に聞き耳を立てていた。そろそろ危険な地域に入ってきているので、情報は自分の耳で聞いておきたいのだ。


 幾つかの領地の部隊で連隊をつくり、防衛拠点に援軍として行くのが今回の目的らしい。そしてウチの部隊が置いていかれたのは、ルドルフの書状以前に、ウチの部隊が戦力として期待されていない事が大きいようだ。もともと、他が揃った時点でウチが到着していなければ置いて行かれる予定だったぽい。せっかく来たのにね。悲しい事実を知ってしまった。


 それならもう頑張らずにのんびり現地入りすれば良いんじゃないかな。遅れたって良いんじゃないかな。今度は俺がルドルフダークサイドに落ちそう。


 さらにやる気をそぐ原因として、魔女の存在がある。豆水晶で探してみたら、ヒットして光の線が出た。線はほぼ日ごとに向きを変えるので、転移陣を使って移動しているのかもしれない。そして、昨日はウチの部隊の進軍方向を指していた。そっちにも転移陣は置かれているらしい。方向だけで距離は分からないけれど、嫌な予感しかしない。


 自慢じゃないが、俺はもともと運が悪いのだ。ウサギの穴に手を突っ込めばヘビが居るし、鳥が通ればフンをかけられる。ヤンには一度もジャンケンで勝ったことがない。クーに出会ってからは、さらに悪化したと思う。まぁそこで運を使い果たしたと思えば、しょうがないかと納得できるのだけど。


 そんなこんなで、これから数日後に連隊に合流して、きっと魔女の大魔法でミンナ一緒に焼かれる。そんな未来がありありと見える。もうオナカ痛くなって帰りたい。


「なぁクー。そろそろこの隊を幻影で迷子にさせて、この地から逃げ出すべきだと思うんだけど、どう思う?」

「テオ、いきなりですね。前にテオが言っていた通り、合流してからの方が良いのではないでしょうか。今のままでは意図的に遅れて逃亡した様にしか見えませんよ」


「やっぱクーもそう思う?じゃぁルドルフを落馬で大怪我させるとか」

「テオ、軍隊組織ですから、グラハルトが引き継ぐと思います」


「じゃぁルドルフ、グラハルト、アヒムあたりをみーんな落馬させちゃう」

「テオ、そこまでしたら、誰かが意図的にやったと思われるのでは?今日のテオはだいぶダメになってますね。いつもの積極的に消極的な案を出すテオはどうしたんですか」


「えーだってぇ……」


 たぶん、俺一人だけ逃亡するなら簡単なんだ。適当に転げ落ちて死んだ死体をクーに作って貰えばいい。帰りの道中だって、お金はないけれど姿は消せるし、幻影のお金なら使いたい放題だ。やろうと思えばどうとでもなるし、どこでも暮らしていける。


 でも、一人だけ逃げるのは心苦しいし、その後でみんな殺されたと知らされるのが怖い。正義感なんて無いけれど、この隊の人が死ぬのは嫌なんだよな。だけど、みんなを守る良い案が出てこない。


「やっぱ合流してから他の部隊を沢山巻き込んで、謎の力でみんなで逃亡が良いんだよなぁ」

「テオ、私もそう思います。それを実現するために頑張りましょうよ」


やはり積極的に消極的案を進めるしかないのか。


***


 次の日から、俺は隊列より200mほど先行する事にした。敵が居るとすれば前だ。探査半径300mのクーや魔力探知機を持つ俺が前に居た方が、当然はやく察知できる。みんなに見られる前に察知できれば、それだけ出来る事が増える。また、逃亡するにしても、前に居る他の隊を巻き込むために、俺が前方に居た方がいい。


 俺は、他の隊と合流してみんなと仲良く逃亡する。そのために、珍しく主体性を発揮する事にしたのだ。もう巻き込まれ系なんて呼ばせない。


「テオ、10時方向の丘を越えた斜面に、敵兵と思しき二名が居ます。他、馬が一頭」

「え?なんでここに?」


「近くに転移陣がありますので、周囲の監視でしょう。両名ともただの兵隊のようです。どうしましょう」

「それ、倒してしまって大丈夫な奴なの?周りから見られてない?」


「テオ、そこまでは分かりません」

「ええいクソ!」


 俺は丘を駆け上がって、その敵兵のもとに向かった。姿を隠している俺が丘の上から確認するしかない。

そして、丘の上に達したとき、眼下の光景を見て思考が飛んだ。


 丘の向こうは視界一面の草原だった。いや、草原だった所というべきか。初夏の緑に彩られていたであろう草原は、いまや大部分がえぐれ、真新しい湿った地表を晒している。緑の草は、面を筆で塗りつぶした時の塗り残しの様に、所々に残っているに過ぎない。


 そしていたる所に、やはり人だったものが散らばって模様を作り、その模様が遠くまで続く絨毯の様に広がっている。


 大きな魔術が使われた跡だ。直感的に悟った。恐らく、この丘の上に転移して、下に居る部隊に何かを放ったのだろう。俺がやる気を出したとたんにフラグは回収されて、合流する人が居なくなってしまった。やはり俺は運が悪い。


 我に返って二つの豆水晶を見るが、動転していて光がどういう意味だったから忘れた。読み取れない。それを一呼吸して思い出し、この地には魔女が居ないと分かり、ようやく安堵した。


「テオ、今この近くに魔女は居ないようです。現在の緊急課題は、この二名の敵兵の処置と、数分後にこの光景をみてしまう皆をどうするかです」

「そうだな。あと、その後に転移陣もだ」


「テオ、ひとまずこの二人を殺しましょう。無防備ですからテオでも殺せます」

「いや、殺すのは騎士たちにやらせたい。俺がここでやってしまうと、転移陣の事をどう話していいか分からなくなる。クー、この二人とグラハルト達をお互いに見えないようにしつつ、敵兵の囮を作ってグラハルト達を誘導できないか?」


「……出来ますが、内部仕様の変更が必要なめ、少しお時間をください」

「仕様の変更?」


「テオは一度私の説明書を読むべきです。結局読んでいないではないですか。読みやすくしたのに」


 なんかキレられた。この危機的状況で突然変な事を言い出すクー。


「ごめん、何とか頼む!」


 でも、このタイプの意味不明なキレかたは、何か言うと逆撫でになるタイプだ。クーが目をつぶって集中している事は分かる。口をつぐんで信じるしかない。俺は、敵兵をいつでも殺せるようにナイフを構え、首元に狙いを定めてクーの応答を待った。


 クーに時間が必要ってどれくらい必要なんだろう。間に合えばいいな。間に合えばいいな。間に合わなかったら俺が刺すしかないけどヤだな。その後の説明もどうしよう。何とかして!何とかして間に合わせて!お願いクー。


「テオ、いけます」

「よし、お願い!クー!」


 クーは、丘の頂上付近に敵兵のダミーを出した。


 すると、グラハルトが無言のまま手を上げて隊を停止させ、アヒムに目配せと指で前から回り込むよう指示をだす。グラハルトは9時方向に駆け出し、そしてすこし回り込んでから丘の頂上に攻め入った。


 ダミーはグラハルトが丘を駆け上り始めたあたりで本物の敵兵に重なって消える。直前までグラハルトの姿を見えなくさせられていた敵兵二人は、振り返ってみて驚いた瞬間討たれた。


 グラハルトは敵兵が倒れるのを見たあと、視界の端に見える異様な光景に気付いた。そして俺と同じように、眼下の光景に絶句して固まった。

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