出兵 その3 街での休暇
アヒムが行軍に協力的になったが、やはり速度を上げるのは難しい。グラハルトの、地図にも載っていない地形の知識と、アヒムの調整能力によって野営場所を大胆に変えたが、それでも一日前倒しするのがやっとだった。結局、二日遅れで合流予定の街に付いた。
「街の守衛に聞いてまいりました。第六師団第二十三連隊は四日前の朝に出発したとの事です」
街が見えたところでアヒムが先に駆け、情報を聞いてきた。
「ほれ、予定通り進んでも間に合わなかったであろう?合流できぬのは俺のせいではない」
ルドルフが余裕の笑み。「間に合わないので先に出発して」という書状のせいもあるはずだ。グラハルトは恨めしそうにルドルフを見ながら、一度言葉を飲み込み、やっと口を開く。
「ルドルフ様、本来なら合流のためにすぐ本隊を追いかけたい所ですが、隊に疲れも見えます。予定通り街で一日の休暇を与えてよろしいでしょうか」
「俺はもとよりそのつもりだ。ここの領主に挨拶もせねば成らぬ」
という訳で、次の日は一日休みになった。といっても俺は、お金はないし、隊内のどのグループにも入れて居ないボッチなんだけど。一番仲がいいのはお馬さん。そんな状態。
「テオ、一日しかありません。早く本を探しに行きましょう」
ブレのないクーさん。放り出されて不安になったとき、こういう奴が一緒だと安心する。
クーは長いこと眠っていたので、現在の本に興味津々。無表情だが体が小刻みに上下していて、いつもより興奮している事が分かる。
「まずは書店かね。この街にならあるかもしれない」
俺は豆水晶で書店を探す。ヒット、光の線が浮かぶ。それと同時にクーが翻り、全身を使って書店の方を示す。
「あちらですね」
俺達は街中を駆けて本屋に向かった。途中から俺の姿が場違いになってきたので、路地に入りクーに服を変えてもらった。そして、クーも紳士姿に見た目を変えた。姿を見せて一緒に店に入るつもりのようだ。紳士姿になってもアホっぽい指差しポーズだったので、腕を掴んで降ろさせた。しかし、親子を装った方が良いとは思ったので、それ自体は否定しない。というか、くそ、成り行きだがまた背が逆転してしまっている。
しばらく進むと、クーの歩幅が大股から自然なものに変化して、付いていくのが楽になった。おそらく、クーはもう見つけて俺より先に読んでいるのだろう。なんかずるい。
そのまま歩くと、石作りの建物の一角に本屋があった。扉近くに、本をイメージした金属の袖看板が出ていて、窓から覗ける机には書見台があり、聖典が開いて置いてある。
「お前はもう中も見ちゃってるだろうが、俺はまだ見てないから入るぞ?」
「テオ、子供だけで入れる店ではありません。私が先に入りますよ。それに、他にも書店がないか尋ねたいです」
「こんにちは」
「こんにちアデッ!」
俺は、開いているように見えて実際には開いていない扉にぶつかった。いつもは俺が先だ。クーが先に扉を開けるのには慣れていないのだ。俺は顔面を打って涙目になりながら、見えない扉をあけて店内に入りなおした。
「少し見させてもらうが、いいかね?」
「はい、ごゆっくり」
俺とクーは本棚を見て回った。お店自体は広くない。本棚に本が詰まっているので、目でタイトルを追うのに少し時間がかかるだけだ。
「綴じられていない本もあるのですね」
「装幀屋は向かいの角になります」
俺が不思議に思って聞くと、店主が教えてくれた。別に本を綴じる専門の店があるようだ。クーはとっくに気付いているのか、関心がないように店内を見回し続けている。結果として、図らずも自然に親子っぽくなってしまった。
「店主よ、ご婦人が好む恋物語は扱っておらぬのか」
クーの棒読みトークがでた。俺はクーのスソを引っ張って止めようとする。店主には「父さん!恥ずかしいから止めてよ!」みたいな幻聴が聞こえていそうだ。
「奥方様への贈り物ですか。隣の通りを少し行った先に、そういった本を扱う店があります。……ですが、旦那様が入れる様子の店ではないですよ」
「さようか。情報感謝する。テオ、行くぞ」
「え?今、入れないって言ってたよ?あ、お邪魔しましたー」
俺とクーは足早に店を出る。店主はちょっとポカーンとしてた。
まぁ店に入れなくても外から走査すればいいのか。クーなら誰にも気付かれずに内容だけ盗めちゃうんだよね。
と思っていたら、路地に連れ込まれて女装させられた。女装というか、女にされてる。指が細くて白くて気持ち悪い。そんな手に目を向けると、小さく膨らみかけの胸が視界に入る。え?っと驚いてつい胸に手を当てると、いつもと違う感触がある。おうふ。俺は泣きそうな顔でクーを見るが、クーお母様は俺を見下ろしたまま小さく頷き、すぐ通りの方に目を写した。もう行く気まんまんだ。
クーお母様に連れられて店の前に行くと、本が読める喫茶店のようだった。なんかキラキラしている。見るだけ見て出るのは難易度が高そう。だいたいクーはお茶なんか飲めない。それにお金もない。無理だ帰ろう。
しかしクーお母様は、そうやって手を引っ張る俺を振り切って店内に侵入した。
「こんにちは」
「こんにちは~お茶はどうされますか?」
「お任せするわ」
いきなり注文を取られている。この展開でクー一人は非常にまずいだろう。仕方なく、俺も潜入する。
「……こんにちは」
「テオロッテ、早くしなさい」
「お連れのお客様ですね。こんにちは、お嬢さん」
変な名前で呼ばれた。なんかお嬢さんとか呼ばれてる。うわぁ怖い。自分が無くなって、物語の中に入ってしまった様に感じる。まるで異世界転生物語。でもこれは俺が望む世界じゃねー。
一方、クーは堂々と店内の本を見渡し、出されたお茶を優雅に飲んでいる。椅子を引かれて自然に座る姿は、いつものクーからは想像できない。
しかしやはりダメだ。何度口をつけてもカップの中は減っていかない。現実には持ち上げられてすらいないなので当たり前だ。仕方なく、クーに目線で合図を送り、クーが小さく頷いたところでカップを交換した。何やってるんだろう俺。
「一つお聞きしたいのですがいいかしら」
「はい、なんでしょうか」
「奥にある本はどこで入手されたのでしょう」
クーの質問に店員が少しピクッとなった。が、笑顔は崩さない。俺は、クーが何を言い出したのかと戸惑ったが、ヘルミーネお嬢様の隠し書庫の話を思い出し、似たような本が奥にあるのだと悟った。
「えー奥にある本というと、在庫の事ですか?うちは在庫は置いていないのですよ」
「在庫の事ではありませわ。そこの本棚の本とは違う組み合わせの物語についてお聞きしたいのです」
店員さんの作り笑いの目が細くなり、顔を上げて店の奥を見る。すると、奥から別の女性が出てきた。店主なのかな。
「ミセス、どこで話を聞いたのか存じませんが、奥は紹介のある方にしかお見せしておりませんし、売り物ではありません」
「あら、それは残念ですこと。私の地元の……とあるお嬢様が蒐集家でいらっしゃるのですが、なにぶん田舎ですので、ここの様に新しい物語は無いのです。ですので、もし入手方法についてお聞きできたらと思ったのですが……」
「ほう?ちなみに、お嬢様はどんな本をお持ちなんだい?」
そこからクーと女店主の趣味のお喋りが始まった。俺には高度すぎるお話なので付いていけず、小動物の様になりながら、店員さんにお菓子を与えられていた。しばらくすると、クーと女店主は打ち解けたようで、色々と約束をしていた。
「送付先が決まったら、こちらの住所にこの名前で連絡しておくれよ。新刊の情報を送ってやる」
女店主がクーにメモを渡そうとしたので、俺はすかさず奪い取る。クーに渡されても床に落ちるだけだ。
「あのお嬢様なら、領地と名前だけで届くと思うけど」
「あんたお嬢様の家に実名で送りつけるつもりかい?」
俺が素朴な疑問を口にしたら呆れられた。あんたらの常識など知らんがな。
結局、俺とクーはお茶やお菓子の代金も払わずに店を出た。なんとかなってしまったけど、とても疲れた。この既視感はなんだろう。あー、ヤンに巻き込まれた時と同じ感覚なのか。
クーお母様は、ご機嫌なのかスキップしている。やはり外見が変わっても中身はアホのままだ。
「お金も持たず喫茶店に入っていった時はどうなる事かと思ったよ……」
「テオ、お金も幻影で出す事が出来ます」
おうふ。盲点だった。でもそれ犯罪……。まぁ、本の中身だけスキャンしているのも、本を盗んでいるのと同じだし、今更気にするのも変かもだけど。
「そういえばクー、お前は女性の真似なら普通に出来るんだな」
「テオ、当たり前じゃないですか。女性人格はいつも使っているのですから。男性人格はたまにしか使わないので経験がまるで足りないだけです」
ここにもよく分からない常識があるようだ。
「テオ、そろそろ元の姿に戻りましょう。テオの頭が下にあるのは、変な感じがして落ち着きません」
「そうだな。あ、でもちょっと待って」
俺は再び自分の体を見て、自分の胸をもんでみた。
「胸があるって変な感じだな」
ムニムニ揉んでいたら、先に姿が戻ったクーに、じと目を向けられた。
「そろそろ気が済みましたか、テオロッテ」
その名前で呼ぶなし。




