出兵 その2 攻めの騎士
ルドルフの合流回避計画を、グラハルトに伝えることは出来た。しかし、行軍速度は簡単に上げられるモノではなかった。もともとの計画は補給場所や野営場所を検討した上で練られている。足を速めて数時間稼いだところで、大きな変更は出来ない。行軍経験者がグラハルトのみなのも大きい。
逆に、遅れる場合はすぐ一日単位の遅れになる。数時間の遅れは半日の遅れになり、半日の遅れは一日の遅れになった。
「招待を受けたのだから仕方が無いであろう。無下にする事はできぬ」
ルドルフのこの一言で、その日の行軍は止まった。村で歓迎の宴を受ける事になったのだ。
この件で、事前にアヒムが動いた事には気付いた。しかし、どうする事も出来なかった。アヒムは使用人に指示を出し、迅速に村長と調整した。動き出したと思ったら、俺がグラハルトにチクる暇も無く、あっという間にお膳立てを済ませ、外堀を埋めてきたのだ。
やっている事には腹立つが、やはりアヒムは優秀だ。今回の迅速な行動も、情報がグラハルトに漏れている事を察知しての対処だろう。
くやしいが、グラハルトと俺のペアでは、ルドルフとアヒムを止める事は出来ない。グラハルトも、数時間の遅れであれば挽回できるようにと、自ら隊を管理し始めた。その手腕は見事だ。しかし、今回のような寝技にコロっとやられて一日遅れる。勝てる要素がなさすぎる。もうギブ。さっさと白旗を上げたい。
「なぁクー。グラハルトとアヒムの関係を修復したいんだが、どうすればいいと思う?」
「テオ、恋敵に塩を送るなんてどうしたんですか?もう正妻の余裕を発揮ですか?」
「色々とちげぇ。というか、どちらかというと敗北宣言だよ。アヒムを敵に回しても勝てないと悟った。そしてこれまた悔しい話だけど、今のアヒムは俺の理解を超えている。たぶん、お前の壊れた頭の方が正解を出せると思うんだ」
「テオがあっさりと身を引く展開は物語りとしてつまらないですね。しかし、日程が遅れている現実もあります。仕方がありませんね」
そう、二人の関係修復ついでに、こいつの恋愛妄想から俺が抜けるのも目的の一つだ。それがかなえば、今回は俺の完全勝利といえる。
「で、どうしよう。単純に腹を割って話し合ってもらえば良いと思うんだけど、どうきっかけを作っていいか分からない」
「テオ、そんな考えだから男子はダメなのです。乙女の恋心はそんなに簡単なものではありません」
この手のダメだしにはもう慣れた。アヒムの乙女扱いには突っ込みする気も起きない。
「テオ、いいですか?もともと出兵の話が出る前はあの二人の関係は上手くいっていました。戦いの事以外は不器用なグラハルトを、アヒムが上手くリードしていたのです」
「アヒムがリードって、アヒムは見習い騎士でグラハルトが指導する側だぞ?」
「テオは頭が固いですね。年下攻めなど良くある事ですよ。武芸についてはグラハルトが上ですが、城内での立ち回りではアヒムの方が上手でした。その力関係が、派兵の話になると崩れるので、焦ったアヒムがコジらせてしまったのです」
「よーするにどうすれば……」
「テオ、結論を出したがらずに、感情を理解しましょう。今問題になっているのは、アヒムの気持ちです。それを落ち着かせるのが大事なのです」
「ですからどうすれば……」
「やれやれですね。簡単に言えば、テオがアヒムに負けを認めるのではなく、グラハルトがアヒムに負けを認める必要があるのですよ」
「なるほど。具体的には……?」
「グラハルトがアヒムに日程の遅れについて泣き付けばいいのですよ。テオはこうやって私に相談してくれるではないですか。同じようにすればいいのです」
「なるほど……」
ってあれ?話を整理すると、もしかしてクーの中では俺とクーの力関係が逆転してる?え?そうなの?
思いがけずクーの内心が透けて見えて愕然とした。しかし、俺がクーを頼るように、グラハルトにもアヒムを頼ってもらえというのは分りやすい。もしかして、クーはアヒムと同じポジションなので、アヒムの気持ちがよく分かるのかもしれない。
***
歓迎会の前にグラハルトが馬を見に来た。大きなため息を付き、どことなく馬に慰めてもらっているようだった。でも、オッサンのかわいい姿など見たくない。
「グラハルト様は遅れについて、アヒム様とご相談なさらないのですか?」
もう変な芝居はやめだ。最近俺は、アヒムの命令を受けた使用人の一人に監視されている。でももう知ったことか。お前ら面倒くさいんだよ!
「アヒムはルドルフ様への忠義心が強いからな。ルドルフ様が問題を起こしている事を知り、傷ついて欲しくないのだ」
だめだこいつ。分かってなさすぎる。
「アヒム様はグラハルト様が思っているほど子供ではありませんよ。もうルドルフ様の行動には気が付いています。グラハルト様から声がかかるのを待っている状態です」
っていうか、むしろ問題行動の黒幕はアヒム。
「!?そうなのか?」
「お城での評判を伺うに、アヒム様は非常に頼りになる方だとお見受けします。今のグラハルト様の相談相手には、これ以上ないお方だと思います」
「う、うむ。確かに城内では頼りきりだった。軍事は別と考えて相談していなかったが……アヒムと二人ならこの苦境も乗り越えられるかもしれぬな」
グラハルトが俺の事など視界に入って居ない様に、考え込んで一人で何度も頷いている。そして、突如笑顔になり「礼を言うぞ少年!」と言って去っていった。
手がかかるオッサンだなまったく。
***
次の日の朝、目に見えて使用人の動きが違った。いつもより出発の準備が整うのが早い。
そして、俺がお馬さんとスキンシップで挨拶を交わしていると、アヒムが来た。
「おい!テオとかいったな。お前卑怯だぞ!」
「はえ?なんですかいきなり」
「お前がグラハルト様に言ったんだろ。俺と日程の相談しろって。しかも俺が遅らせてるの知ってるくせに」
「た、確かにグラハルト様がお悩みの様でしたので、アヒム様とご相談されてはと提案させて頂きましたが……」
「フンッ!あくまでトボケる気か。まあいい。これで俺もルドルフ様の尻を拭う側だ。お前のせいで忙しくなっちまったよ!」
「そうなんですね?すみません」
なんだこのキャラ。ウザッ。
「あーもう!調子くるうな!俺も今回は大人気なかったよ。でも、グラハルト様が隊の細かいところまで指示しだしてから、気が気じゃなかったんだよ。俺がルドルフ様と一緒になって遅らせようとしてたのがバレたんじゃないかって。俺はグラハルト様の信用を失ったんじゃないかって」
「あ、いや、アヒム様の事は何も出しませんでしたよ」
「やっぱり漏らしてたのはお前かよ」
おうふ。
「今度からグラハルト様に何かお伝えする時は、まず俺に伝えろ!いいか?これは命令だぞ!」
「はい……」
アヒムはサッと来てサッと去っていった。
なんつーか、アヒムこわい。もう二人の関係に首を突っ込むのはもう止めておこう……。
まぁ色々あったが、アヒムもこちら側についてくれた。これ以上の遅れは発生しないだろう。でも既に三日分遅れてるんだよね……。




