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出兵 その1 身内どうしの騙しあい

 俺達はようやく城を離れる事になった。とりあえず、訓練を受けた兵っぽく見えるレベルには達せたようだ。村の道を行軍すると、遠くで干草を刈る農民達が手を止めて見てくるが、笑いものにはならず関心されている。俺達はその視線に気付いて、さらに胸を張って歩いた。


 村の外れに来たところで、エルザとイーナが見えた。村を出る道はエルザ達の畑を通っているので、顔を見れるかもと期待はしていた。神妙な面持ちで腕組みをして立っているエルザ。それに顔を埋めているイーナ。それを見たら、ちょっと勘違いして誇らしくなっていた気分が抜け、いつもの「なんかごめん、やれるだけの事はします」的な弱々しい主体性のない自分に戻った。


 エルザ達の畑を過ぎると、そこはもう迷いの森。もう人の目を気にする必要がない。そして、少し疲れてきた事もあったのか、隊から緊張が抜けた。


 迷いの森は、木々の間からそらが見えるだけで、同じような景色が続く。その為に方向感覚を失いやすいのは分かる。しかし、道があるのに迷うのは不思議。


「クー。そういえば、迷いの森の効果ってなんだ?初代領主の手記にそんな記述があったけど」

「自動で外部からの侵入を妨害する機能ですね。幻影で誘導して沢に落とします。対象者は感覚を遮断され、体に何があっても道を歩いている時の幻影を見続けるので、最後まで気付かずに死んでいきます」


「なにそのえげつない罠。それってまだ動いてるの?」

「テオ、痛みも恐怖も無く、知らないうちに死ねるという人道的な装置です。装置は対象者達から魔力を無理やり吸って動き出すため、破壊されていなければ機能し続けていると思われます」


「十分怖いって……。そんなの聞いたら、自分が今、ちゃんと道を歩いているのかすら不安になるよ」

「テオ、侵入を妨害するためのものですから、出る者には無害です。村に入る時も、8人以上集まりさえしなければ起動しません」


「それ、俺たちも帰りに絶対ひっかかるじゃん」

「その時は私が誘導しますよ」


 叔父さんが徴集されて帰ってこなかったのって、もしかしてそのせいでは……。俺は、集団自殺をするネズミの様に、人が沢に落ちていく姿を想像して寒気を覚えた。恨み事を書き連ねた初代領主の気持ちが少し分かった気がする。


「テオが良い印象を持たないのは理解できます。しかし村の側からすると、非常に効率的で便利な機構なのです。他領を挑発して武具をまとった兵隊を誘い込めれば、簡単に鉄を入手できますし」


 クーがフォローにならないフォローをしてきた。そんな事をしているから滅ぼされたのだろう。自業自得だ。


***


 その日は、迷いの森を抜けたところで野営になった。初めての野営。ちょっとワクワク。俺は使用人に混じって領主息子と騎士の天幕を作り、馬の世話、夕食の手伝いなどをする。


 その後、徴集兵のグループに戻ると、ツェルト(簡易テント)が一つだけ与えられていた。積めれば三人が横になれるかな?という大きさ。ツェルトは使用人組、兵士組、徴集兵組に一つずつらしい。使用人はちょうど三人で丁度良いい。兵士組は四人だが、交代で見張りに立つのでこれも丁度いい。あぶれる人が出るのは十人いる徴集兵組だけ。酷い話だ。


 徴集兵内で居場所を確保できていない俺は、当然ツェルトからあぶれた。しょうがないので馬の近くでマントに包まって寝る事にした。馬達とは仲良くなっておいて損は無いだろう。


***


 朝になれば朝食をとってから装備を整えて行軍再開。途中、村々に立ち寄って物資を補給。村側にも通達されているのでトラブルはない。行軍先についての情報や指令も、村で受け取っていた。


 また、道中の村で「あそこの領地は、子供まで出してあの数にしかならないのか」と何度か呆れられた。それを聞いて、俺の参加には「これが限界だ」と対外的に示す思惑があったのだと気付いた。積極的に派兵なんてしたくない領主に上手く使われたわけだ。大人って汚い。


 行軍はいたって平和に進んだ。他領とはいえ、同じ国の中だ。盗賊だって、わざわざ訓練された兵を襲ったりはしない。ただ歩いて旅をするだけの仕事だった。


***


 しかし数日後、見習い騎士が動き出していた。領主息子と騎士の天幕が別である事を良いことに、隠れて領主息子と接触していたのだ。天幕があろうとクーには全て筒抜けなのだが。クーは、ヘルミーネお嬢様に報告を約束しているのでそれを逃すはずも無い。いや、その約束が無くても興味津々で聞き耳を立てそうだけど。


「テオ、という訳でルドルフとアヒムは他の隊との合流を避ける計画を立てています。行軍が遅れる旨を伝令に伝え、先に出発してもらうようです」

「大部隊に合流しちゃったら、手柄が取り辛くなるって事か。うーん、本当にこのまま行ったら全滅しそうだな」

「テオ、それどころか犬死にした挙句、軍令違反で領主一族の連座処分もありえますよ」


 これまで散々、ヤンの無茶やクーの変な趣味に付き合ってきた俺だが、ルドルフとアヒムの暴走には巻き込まれるのは御免だ。リスクの大きさに対する忌諱もあるが、行動原理が気に入らないのだ。自分がやりたいからとか、好きだからという理由なら共感も出来るし協力したいと思う。しかし、認められたいからなんて理由には協力したくない。


「どうやったらその計画を潰せると思う?」

「テオ、誰にも気付かれないように伝令を殺しましょう」

「いや、殺しは却下、却下だ。関係ない人を巻き込んで殺すな」


 たまに怖い事をサラリと言うな。


「では書状を差し替えますか?グラハルトにばれない様に、こっそり書状で伝えるようですし」

「それは結局、誰かが計画を潰したってバレるだろ?その後が怖いよ。グラハルト様に知られたくなさそうなら、こっそりとソッチにバラして止められないかな」


「テオ、グラハルトよりルドルフの方が立場が上です。苦言を呈すのが精々で、止める力はありません」

「正面きって言ったらそうだろうね。でも、そんな計画が合った事を、全く知らない体で潰すなら可能だろう。たまたま予定より早く進んで、間に合っちゃいましたとか。グラハルト様に隠しているなら、計画を潰されても何も言えまい」

「さすがテオです。卑怯で事なかれ主義で消極的ですが、たまにそれが頼もしいです」


 ディスられながら褒められた。

 俺は早速、手紙用の紙を一枚失敬してグラハルト宛の密告文章をしたためた。たまたま事を知ってしまった一兵士を装って。徴集兵以外は自分で家族に手紙を書く。兵士が密告文を書くのは不自然ではないはずだ。実直なグラハルトが、直接ルドルフを問い詰めない様にと書いたので、少し長くなってしまったが。

そして、アヒムがグラハルトの天幕を離れたスキに、密告文を滑り込ませた。


 次の日、グラハルトは何も知らないように振舞っていた。そして予定通り伝令が来て、ルドルフの書状を持っていった。


「テオ、こういう騙しあいってワクワクしますね」

「お、クーもバトルものに目覚めた?」


「勘違いしないでください。恋愛の駆け引きとしてですよ。これでテオはアヒムよりリードできたと思います」

「は?俺の仕業だとバレないようにしたじゃん」


「その、一歩引きながらもお慕いしている感に、グラハルトもグッと来るはずです。テオは意外とあざといですね」

「だからそもそもバレねーって。ってあれ?グラハルト様?」


 馬達に餌をやっていたら、グラハルトが来た。自分の馬の様子を見に来たようだ。俺は意表を突かれて少しキョドった。


「確かに、ルドルフ様から伝令に書状が渡るのを確認した。私の聞いていないものだ。これからも知らせてくれると助かる」

「あえ?な、なんの事です?」


グラハルトはフッと笑って立ち去った。

なぜバレたし。


「テオは、昔の職業写本家の文字が標準になっているので無自覚ですが、テオの書く文字は一般的には美しすぎるのですよ。さらに、紙とインクを気兼ねなく使えるおかげで書きなれてもいます。徴集兵の名前を名簿に書いた時に、城ではすでに話題になっていましたよ」

「お前……バレるの分かってて黙ってたな?」


「テオ、無自覚だったなおかげでグッとくる展開になったのですよ。これでグラハルト攻略はだいぶ近付いたと思います」


 今回、最終的に騙しあいに勝ったのはクーだったようだ……。


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