徴兵されて その5 腐った情報
次の日の訓練は槍と盾の扱い方だった。でも今日も戦いの訓練と言うよりは型が中心。槍をもって行進したり、構えたり。それらが昨日までの内容に織り交ぜて行われた。俺に合う槍と盾がないので、俺だけ持参した木の杖を使った。今日も何も無く終わる。
「テオ、今日もヘルミーネお嬢様の所に行きましょう。彼女から得られる情報は貴重です」
「それは、お前が趣味として聞きたいだけだろ」
「テオ、それだけではありません。ヘルミーネお嬢様も今回の派兵には興味を持ち、情報を集めているのです。彼女の話はテオにとっても有益です」
クーの趣味としてである事は否定しないのね。
「まぁ俺は本を読む場所が変わるくらいだからいいけど……。ちゃんと情報仕入れてこいよ」
もう城の走査は終わってるので、今日は下を歩いていった。
「こう、お嬢様のお部屋に下から近付くって、なんか後ろめたいな……」
「いっそテオも登りますか?そういう展開も私はアリかと思います」
「ねーよ」
俺はクーに本とランプを貰い、一人読書にふけった。
今日は、クーが作られた時代の魔術戦術の本を読んでみた。かなり古いものなので、現代には通用しないかもしれないが、参考にはなるだろう。
本によると、アウトレンジを得るのが一にも二にも重要である事が書かれていた。結局、長距離から魔術を成功させた者が勝つという話だ。しかし、攻める側は占領する街を消し炭にしては意味が無い。そのため、多段式転送陣や巨大外環術式にて、相手の射程距離外から戦略ユニットのみを無力化する事が求められる。防衛側は、それらを破壊するために、さらなる長距離砲撃を行う必要がある。その、イタチごっこだったようだ。
「今回が攻める側か、攻められてる側かなのかは知っておきたいなぁ」
そうボソっと呟いて頭を転がしていると、クーが帰ってきた。
「何か収穫あった?」
「色々ありますが、ステキな話と、悪い話があります」
そこは素敵な話ではなく、良い話って言わないか?俺は歩きながらクーの話を聞いた。
「テオは初めに最悪を想定したい人ですし、まず悪い方から行きましょう。ルドルフ──領主の息子についての情報です。彼の父──現領主は、王命に従う体をなせれば、後は最小限にと指示しています。しかしルドルフは、今回の出兵で手柄を立てて、父を見返してやりたいため、その指示には従わないつもりのようです」
「そういう人が率いる部隊って、だいたい壊滅するよね。かわいそうに」
「テオがその可哀想な役ですけどね」
クーが小旗をフリフリしてきたので、俺はクーが両手で握る少し上を片手で握り、二人で息を合わせて小旗をへし折った。この小旗折りは、最近クーがお気に入りのオマジナイ。やってみると気持ちがいい。俺も気に入った。
「次にグラハルト──例のトウの立った騎士です。この国では名の通った騎士だそうです。彼は領主様の意向に沿い、ルドルフの安全を第一に考えています。ルドルフはそんなグラハルトの気持ちを知りつつも素直に成れずに居るようです」
「最後のはお前の妄想だよね?まぁあの頼もしい騎士様が、ルドルフ様を止める側なのは良い知らせだな」
「そしてアヒム。若い見習い騎士です。彼はグラハルトに好意を抱いています。構って欲しいのに構ってもらえないため、今回の出兵で良い所を見せたいようです。そんな訳でルドルフを支援する側についています。ルドルフがそれに乗ろうと接触を試みています」
「え?あの人はソッチなの?グラハルト様の信頼が厚くて、雑務や調整を一手に引き受けてる有能な人って雰囲気なんだけど……」
「表に出さない所も含めて有能なんでしょうね。そして、ここからがステキなお話です」
「良い話なんだろうな」
「ええ、もちろんです。グラハルトがテオの事を、見所のある少年だと褒めていたそうです。そして、それを聞いたアヒムがテオに嫉妬しています。三角関係にテオが組み込まれて、さらに関係が複雑になりました」
全然良い話に聞こえない。
「テオは私とヘルミーネお嬢様にとっても将来有望です。ぜひ頑張ってください」
何をだ。頭が痛い。
「グラハルト様に褒められるのは正直嬉しいんだが……。そんな気持ちをお前らは何してくれてんだよ!素直に喜べなくさせるなよ!」
「やっぱりテオはアヒムのライバルですね」
「やかましい!」
くそ!同じ趣味の人に出会えてノリノリのこいつに流されてはダメだ。話題を変えねば。
「戦う相手の情報はないのか?魔女の話とか出た?」
「魔女という単語は出てきていません。しかし、何本もの黒い竜巻に飲まれて大隊が壊滅したという噂があるようです。その噂は数年前に流れたもので、今は根無し事として否定されています。しかし、本当であれば魔女は居る可能性が高いです。魔女については秘匿されているのかもしれません」
「城内の三角関係の話より、そっちの話のが重要だろ。俺はそういった話をもっと聞きたいんだが」
「テオ、その話を聞けたのは本当に偶然なのです。聞こうと思って聞ける話ではありません。たまたま、お嬢様の持っている本の中に、攻めるためにいざ近付くと弱ってしまう竜巻と、それをクールに受け続ける砦の恋物語があったのですよ。その物語の、最後には激しい轟音と共に竜巻と砦が一つに交じり合って結ばれるという、感動的な展開についてお話している時に、実はこれ元になる話があるらしいのよと」
砦が竜巻に呑まれる話だよねそれ。なぜそれで感動できるのか。お嬢様の蔵書は思った以上に難解だった。
「あ、うん。結局お前は、情報収集というより趣味の話しかしてないって事だな」
「テオ、初めからそういう話だったはずです。そして、テオにも有益な情報になりました。全て予定通りです」
確かにそうだったけど、本当にやるとは思わなかった。安定のポンコツ具合。
***
次の日の日中は陣形を組んで崩さない練習。これで訓練は終了。戦える気がしない。
***
夜はまた、クーとヘルミーネお嬢様の高度なお喋り。神出鬼没な敵軍の話があり、転移術式を使ったものと思われる。やはり魔女はいそうだ。後は、俺がアヒムの動向を気にしていたのが誤解されて受け取られていたり、帰ってきたら派兵中の三角関係プラス1の出来事を伝えると、クーがお嬢様と約束したりしたようだ。が、どうでもいい。考えたくも無い。
***
そして次の日、ようやく俺達は城を出た。




