帰郷の旅路 その12 目線は高く
推しがニート体質なのを押して活動している。それを見て、自分も何かしなくてはと思わされた。
その夜は平和だった。さすがに修道院に突撃してくる悪ガキは居ない。ご飯を食べた後はジースと交代で馬の世話をし、こっそり抜け出して探索するなどして過ごした。そして朝を迎えた。
「いい修道院だったねー」
「歴史からくる安心感がありましたね」
修道院前で俺はジースと機嫌よくお喋り。マルコは不機嫌そうな顔で何かを見つめていた。グラハルトは修道院長と最後の挨拶を交わしていたが、終わった様で俺たちのところに来た。
「よし、ではこれより合流地点であるナイングランデに向かう。通常であれば日の高いうちに到着するであろう。しかしここであったように、想像の及ばぬ事象に遭遇する可能性もある。気付いた事があればすぐ報告して欲しい」
「初めて通る俺に何が分かるってんですかね」
「ちょっと兄ちゃん……」
「うむ、もっともな疑問だな。なので何でも報告してくれ。見た物を全て報告する子供のようでも構わん」
マルコの意地の悪い疑問にも真面目に答えるグラハルト。俺は自然に進むフリをして馬を寄せてマルコの背中を拳で叩く。するとマルコが一発殴り返してきたのでお互いに睨みあう。
「いい加減にしなよ」
「うるせっ」
お互い静かに怒りをぶつけるだけで、その場は打ち切る。俺もマルコも状況を無視してケンカするほど子供でもないのだ。
俺は気持ちを切り替え、マルコが引き出した言質──子供の様で構わない──を有効活用する事にした。景色をネタにジースとお喋りである。
「ジースさんは旅の途中って何をみてるの?」
「うーん、何かを探すように見るというより、とりあえず記憶に残すように漠然と見てる事が多いかな。実は僕もそんなに旅の経験はないんだ。せっかくの機会だから大切に使おうと思ってる」
「そっかー。じゃぁ話しかけない方がいい?」
「いや、いいよ。テオとこうして旅するのも折角の機会だろ?君の見ている物も気になるし」
「えへー、さすがジースさん」
俺はマルコを放置してジースと楽しくお喋りをしながら馬を歩かせた。
***
それから3回の休憩をはさんだ後、山の中腹を巻くような道でクーから警告が入った。
「まだ距離はありますが見張りが居ます。待ち伏せに警戒してください」
(えっ!?)
俺は声に出さずに、何気ない動作で頭を動かしながらクーの示す先を見る。
「何かあったのかい?」
ジースが聞いてきた。
「あ、いえ……ちょっと気になっただけで……」
悟られまいとしていたのにバレて少しビビる俺。それとほぼ同時にグラハルトが腕を上げ、皆を停止させた。
「私も感じた。人の目線だ。地形的に見て賊の待ち伏せだろう。後退する。テオ、1キロほど前にあった右に逸れる小道を分かるか?」
「枝尾根のように分かれていた道でしょうか」
「それだ。その分かれ道まで後退する。テオが先頭で周囲を確認。他はテオに続け。私は追手を警戒し後から続く」
ジースは盾を用意しようとするが、グラハルトはそれを仕草で制止して俺に命じる。
「行け!」
「行こう兄ちゃん!」
「あ?なんだ?逃げるのか?」
俺は馬を反転させて来た道を戻り始める。しかしマルコは少し戸惑っているようで付いてこない。それにジースが落ち着いた口調で声をかけた。
「マルコ、マルコはテオの後を付いていけば大丈夫です」
「クソッ!なんなんだよ」
ようやく馬を反転させるマルコ。俺はそれを確認して本格的に後退を始める。マルコは俺に付いて馬を走らせながら声を上げる。
「なんなんだ!なんでお前らはそう迷わず動ける!」
「兄ちゃん!狙われるのは馬も荷物も運んでいるジースさんなんだ!俺たちはジースさんが移動に集中できるよう動けばいいんだ!」
「そういう話じゃねえ!」
俺は少し走らせてから速度を緩めて周囲を確認する。あまり先行しすぎてジースから離れたらそれはそれで意味がない。といはいえクーは既に警戒を解き、自分の作業──昨日修道院で見つけた書の解析──に戻っている。実際はもう周囲に危機はなさそうだ。俺が警戒しつづけてるのはあくまでもポーズ。
マルコはそんな俺に追いつき、食らいつくように話す。
「お前らの信用しあっている感じが気にくわねぇ!なんなんだ!ジースも騎士のオッサンもお前に任せきってやがる」
「何か月も一緒にいたんだ。当たり前でしょ」
俺はジースとの距離を確認しつつ、また進みだす。そして馬を走らせながらも考える。当たり前と言ってしまったが、マルコにとってはそうでないのかもしれない。
衛兵隊長から聞いたことがある。黒狼団のような組織はババを掴まされないようにお互いに警戒しあっていると。一団となって動いている時でも、常に自分の生き残りを考える必要があると。難儀な話だ。
俺は再び馬を止めて周囲を見回す。そしてマルコに言う。
「兄ちゃんには馴染みがないかもしれないけれど、この関係の方がたぶん普通だよ」
「ふんっ、そうかもしれねぇな。だがムカつくのはソコじゃねぇ。あの騎士のオッサンもジースもお前の実力を信頼してやがる。おそらくお前の部隊の皆がそうだろう。それが俺にも伝わってきやがる。村に帰りゃ、他の村の奴らにも伝わる。それがクソほどムカつくって言ってんだよ。俺なんか、俺なんか……さっきのジースの心配しそうな顔みたか?村に帰って伝わるのはあの扱いなんだぞ?ふざけんなよ」
「それはそうかもしれないけれど……」
俺はマルコと会話しながらも馬を動かし、周囲の確認をする。そして何か良い言葉はないかと考える。しかし次第に腹が立ってきた。そもそも俺がこんな事をしているのはマルコが村に居なかったから。なのにその事でなぜ俺がムカつかれなくてはならないのか。
俺はマルコの方を見ずに、辺りを見回しながら、あくまで役割をこなしながら話す。
「それもこれも、ぜんぶ含めて兄ちゃんの行いの結果だよ!ちゃんと見てよ!」
「んなこたぁ分かってんだよ!だがそんなの関係ねぇ!ムカつくものはムカつくんだよ!」
「いいや、分かってないね!」
「んだとぉ!?」
「兄ちゃんが今こうやって俺ら同行できているのも、兄ちゃんにあった信用のおかげだって忘れてない?皆がアヒム様に頼んでくれたから許可がでた。皆の兄ちゃんに対する信用がアヒム様にも伝わった。そしてそれはグラハルト様やジースさんにも伝わっている。そうでしょ!?他の人と比較して自分を卑下してみるのは裏切りだよ!兄ちゃん信じている人に対しての」
「んだよ突然……わーってるよ、んなこたぁ……」
「本当に?さっきジースさんの事も言ってたけどさ、街でジースさんみたく接してくれた人はいた?居なかったでしょ?ジースさんがどれだけ兄ちゃんの事を思ってくれてるかにも気付いてあげてよ。もちろん俺だって……」
「あーもーうっせーよ!いいから黙ってくれ」
マルコが話を遮ってきた。マルコの心に負荷をかけ過ぎたかと少し反省して、俺は素直に引き下がる。
そのまま無言で進んでいくと、マルコは落ち着いた口調で話し出した。
「これから村に帰って親父に会うと思うとな、どうしようもなく滅入ってイラついてくんだ。八つ当たりして悪いとは思うが、これ以上俺を責めるな。もうだいぶキチぃんだ」
「あ、うん……ごめん言い過ぎた。でも父ちゃんへは俺からも何か言うよ」
「いや、それは止めろ。俺のケジメの話だ。お前は口を出すな」
「えーあーそう?」
そうこうしていると、目的地点に到着した。俺はマルコと会話をしながらも、周囲の把握とこれから進む小道の先に意識を割く。そこにジースがたどり着く。
「お喋りをしていたようだけれど、大丈夫なのかい?」
「今も警戒はしてますが、私たちを見ているのはアイツくらいでしょうか」
俺は森の中を横目で見ながら小さく指をさす。その40mほど先には小さな獣が動きを止めてこちらに顔を向けている。
「メレスか。美味しそうだけど狩っている場合ではないね」
ジースはそう言うと自分の馬を降り、紐で引いてきた馬に寄って確認をしだす。そこにグラハルトも到着した。
「よし、みな無事だな。追手が来る気配もない。しかしこの場もすぐ離れよう。このままテオが先頭になって進んでくれ」
「了解です」
「下りきるまで休憩はしない予定だ。あまり馬に負担をかけぬように」
「はーい」
俺は言われた通り、先頭に立って小道に入る。そこでジースが一つの提案をした。
「グラハルト様、道が狭いので一頭をマルコに任せたいのですが、よろしいですか?」
「そうだな。それがよかろう」
「俺の意思は無視かよ」
「頼むよマルコ」
「チッ、まぁしょうがねーか。俺もさっさと今日の宿に着きてーしな」
俺はそれらのやり取りが終わり、ジースが自分の馬に戻ったのを確認してから進み始め、少し気が楽になってついほほが緩む。
俺が気にし過ぎるよりも、ジースさんに任せておいた方がよさそうだ。なるほど、俺は少し周りの大人を独占しすぎていたのかもしれない。うん?なんか認識にも余裕ができてるな。頭の中が心地よい。
しかしそんな気分を壊すように、背後からクーが話しかけてきた。
「ようやくテオも関係性を愛でられるようになりましたか」
「やかましい。勝手に人を変な目で見るな!」
俺は口を大きくあけつつも、声にならない声で静かに叫ぶ。
「魔術師として成長するために重要な事なのですけどね。なにか誤解があるようです」
「ねーよ。またお前の趣味の話だろ?」
「しかしテオの目線もすでに、個々のオブジェクトを直接見る事より、周囲の関係性の把握に重点を置くようになっているでしょう?それが魔術師的に正しいとおもって」
「まぁ魔術師的にというか、まぁその方が良く見える気はしてる」
「それでは関係性を愛しめるようになれば、よりよく掴めるようになります。外国語を覚えるにはその国の人に恋をすればよい。認識能力についても同じやり方が通用するとは思いませんか?」
「なるほど?」
俺は話の内容よりもクーに感心してしまう。やれやれ、今日はそうきたかと。俺は肩の力を抜き、体を揺らしながら少し考え、そして感想を述べる。
「俺の目線が変わっていったのも、その理屈のせいかもしれないな」
「ほぅ、いつの間にか理解できるようになっていたのですね。隠しているとは意地が悪い」
クーは自分の作業をほっぽり出し、クルリと回りながら俺を飛び越して馬の頭に足を付く。そしてしゃがみ込んで目の高さを合わせると、俺の顔を覗き込んできた。
「あ──いや、まぁ聞いて?俺の場合さ、なんだかんだ家族関係にモヤモヤっとしたものがあってさ。特に兄貴たちとの関係には満足してなかったんだ。これまでずーっとね」
クーの眉がククッと動いてけげんな顔になった。それがどうしたの?今その話関係ある?そんな顔をしている。俺はさらなる説明を続ける。
「でも物語だと兄弟っていいもんじゃん。兄貴がアニキしててさ。俺は無意識にそういうのを求めていたんだと思う。家族の中で見い出せないから、世界の中にアニキ的なものを見出そうとしていたというかさ。貞操を守り続ければ魔法使いになれる。そういう伝承あるじゃない?それと同じように、俺は具体的なアニキを持たないままモヤモヤを抱えて世界を見ていた。それによって視点が上げる事が出来たのかなーって思ったんだ」
クーは困った子を見るような目つきで俺を見下げてきた。俺は上目遣いながらも、してやったりと口角を歪ませながら理解を求める。
「理屈は通るでしょ?」
「まぁそうですね」
クーは不満を隠しもしないが、しぶしぶと俺の話を受け入れた。今回は俺の構造的勝利である。
クーは指導的な立場で「魔術師としては視点を抽象度の高い世界に置いた方が良い」という話をしてきた。それに対して、俺はもう一つ上のメタ視点にたって話をすり替えてみせたのだ。教えの範囲での反撃。さらにこの類のすり替えこそ、世界のルールを捻じ曲げる魔術の真骨頂でもある。魔術師としては正々堂々とした戦い方であり、指導的立場であるならば認めざるを得ないのだ。
やり込められた側のクーは口を尖らせて言う。
「理屈としては成立しそうです。しかし面白くはない話です」
「ケッ、やっぱりお前は自分の趣味のために言ってやがったな?やれやれだよ」
クーはやる気を失ったようで、俺の肩に手を付きながらノソノソと俺を跨いで元の位置に戻る。そんなクーを俺は勝者の余裕を湛えながら慰める。
「ま、でもこういう話が出来るのはお前とだけだからね。俺には楽しいよ」
「はいはい、ちゃんと成長しているようでなによりですよ」
俺は前を向いたまま後頭部をクーに当てると、クーもやり返してきた。そして俺たちは無言で自分の仕事に戻った。
***
その後は適度に順調に進み、合流地点へは暮色に包まれながらも夕食前にたどり着いた。




