徴集されて その4 領主のお嬢様
探し物の水晶玉が指した本のありかは上の方だ。地下から地上に上がっても、まだ斜め上を指している。
「城の上の方……偉い人たちの住居部かねぇ。ここからだと遠いな。明日、侵入しなおそうか」
「テオ、本があると分かっていて行かないのですか」
「明日の夜いくって。とりあえず今日は訓練に備えて休みたい」
「テオ、絶対ですからね」
クーはさっきから、光の示す方向に腕をピンと伸ばして指差しっぱなしだ。「早くしろ」と言わんばかりに、俺より前を歩いてこちらを振り返って見る。だが今日はもう無理。クーは疲れないけれど、俺は疲れるのだ。
「兵舎に戻る前に井戸に行きたいな。顔を洗ってから寝たい」
「今のテオはだいぶ蜘蛛の巣とホコリまみれですからね」
俺とクーは夜の城内をヒタヒタと歩き井戸に向かう。地下と違い、地上では何人か使用人とすれ違ったが、クーの力で全く見えていないようだ。こうなると、クーだけでなく俺も幽霊になってしまったかのように感じる。
井戸についたら気が変わって、顔だけでなく体を洗う事にした。ホコリっぽい地下の後に浴びる水が気持ちよすぎて、頭から水を被りたくなったのだ。
「ふー、さっぱりする」
「テオも大胆ですね。夜の城内で勝手に水浴びなんて」
周りから認識されなくなると、別の世界に居る感覚になって、この世界に自分しか居ない様に錯覚してしまう。たぶんそのせいだ。
「そういえばテオ、昨日のヤンとの訓練時に怪我をしていませんでしたか?いつの間にか無くなっています」
「軽い打ち身や擦り傷程度だったからな。イーナに抱き付かれた時に治ったんだろ。あいつに障ってると本当に癒される」
「テオ、イーナが癒しなのは同意します。ですが、身体的な怪我が癒されるのはおかしいです」
「たぶん変なんだろうけど、昔からあの三人を見てるから今更だなぁ。ヤンが無茶して怪我をする。イーナが泣きながら抱きつくとヤンが治る。元気になって逃げようとするヤンを、エルザ姉さんが捕まえてぶん殴る。それがあの家の日常なんだよ」
「日常的に非常識なのですね……」
「こんな所で一人水浴びをしている俺が言える事じゃないけどな」
「それもそうですね」
俺は水浴びを終えると、兵舎に戻ってすぐに倒れこむように寝た。今日は一日いろいろあり過ぎて疲れていた。
***
次の日は一日ずっと訓練だった。しかし戦闘訓練ではない。他の領地の兵に見られても馬鹿にされないように、見栄え良く行動するための訓練だ。背筋を伸ばして立つ練習、整列する練習、敬礼の練習、一斉に向きを変える練習、一斉に走る練習、そしてまた待機し続ける練習。それらが繰り返し行われた。
「あー今日も疲れたー」
「テオ、では早速本を探しに行きましょう」
「そうだな、一休みしたら寝てしまいそうだ」
クーは既に昨日と同じように、全身で本の方向を差している。そんなアホっぽい格好をしなくても、豆のような水晶玉を見易いサイズで見せてくれるだけでいいのに。
「その方向だと、外周を回って城の反対側から覗けば届くが───」
「テオ、中央を通るべきです」
「そうなるよな」
今居る兵舎は正面入り口の近く。目的地は奥の方。外周部分は外からの探索で、通れる事が分かっている。今回の目的をこなす正解ルートは、外周沿いに行く道だろう。しかし、中央の走査も目的に入れるなら中央突破。ルート確認を通して、俺とクーは意思を確認しあった。
「簡単に中心に近寄るなら、式典用の大広間を抜けるのが手っ取り早いと思うけどどう?」
「入ることが出来るならば、それが一番だと思います。しかし、大きな扉はテオでは開けられませんし、細い通路は人とすれ違えないリスクがあります」
「じゃぁ昨日みたいに地下を通る?地下なら人は来ないだろうし」
「今日は屋根をつたって行きましょう。地下は魔力扉が開けられませんから」
「屋根をつたうって……また無茶な事を言うな。俺にそんな事できる訳がないだろ」
「テオ、難しい事ではありません。この城は魔術師の実験設備が大きくなって出来たものです。屋根を開くための設備があり、キャットウォークが張り巡らされています」
この城も非常識って事か。確かに、あんな巨大な蛇になって飛び回れる魔術師が城主だったのなら、常識は捨てた方が良いのかもしれない。
「テオ、ここから登れます。昇降機は使えないため、階段になります」
「ここも全然つかわれて無さそうだな」
「そうですね。使う理由がないのでしょう。また、魔術を使わずに整備するのには、この城は大き過ぎるのも原因だと思われます」
「それ、俺も昼に思った。この城って無駄に大きいよね」
「魔術的に必要な空間座標に立ち入る事を目的に作られていますからね。その目的が失われた今は、テオの言うとおり無駄な大きさですね」
階段を登りきって屋根に出ると、屋根の上に細い通路がのびていた。地平線が低く、空が広く感じる。高いところが慣れていないので少し怖い。また、ここの屋根より高い尖塔もあるので、人に見られる可能性もある。しかし、これまで見てきた人が足りない感じを考えると、監視の目は薄いと思う。
「あ、ちゃんと指がある。この屋根にのびてる大きな梁って、本当に腕だったんだ。遠くから見て腕っぽいとは思ってたけど」
「テオ、これが屋根の開閉設備です」
「へ?」
「今は周りに増設された建屋で埋もれていますが、もともと上半身だけの石像が、左右に一体ずつあるのです。その石像が屋根を掴んで四分割に開くようになっています」
クーが本を取り出して構想計画図を見せてくれた。そこには上半身裸のマッチョメンが2体、外側に仰け反りながら空を仰ぎ見て、屋根を開いている絵があった。石像が仰ぎ見る上空には、城から飛び出たらしき竜が描かれている。
それだけ見ると、微妙だけれどまあアリかなと思える。しかし、ページの隅っこに小さく描かれた閉じた状態が酷い。マッチョ2体が屋根の上に腕をのせ、力なくうな垂れている様にしか見えない。平時はずっとこっちの姿のはずだ。この企画にGOを出した人は、たぶん騙されたのだと思う。
「美的センスを疑うなこれは……」
「テオもそう思いますか。私も、マッチョを少年にして、2体ではなく4体か5体で、花びらが開くように見せるべきだったと思います」
こいつもダメだ。現代人からすると、昔の人の美的感覚は理解できない。それは仕方のない事───そう諦めた。
そのまま屋根を進むと、簡単に中心にたどり着けた。クーさんの選択はやはり正しい。
「ここからなら走査届く?」
「もう届いてますよ。水晶玉が示しているのは、どうやらお嬢様の部屋のようです」
「へー。ここのお嬢様は読書家なのか」
「そのようです。隠し部屋に本棚が二つもあります」
「隠し部屋にあるって事は、重要な本ってことか。ここまで来た甲斐があるな」
「テオ、残念ですがお嬢様の蔵書はテオが望んでいるような物ではありません。内容やジャンルについては、お嬢様の名誉のために黙秘しますが」
「どんなジャンルだよ」
「黙秘します。それより、他の隠し部屋で資料を見つける事が出来ました。こちらは初代領主の手記ですね。興味深い話が書かれています」
「それは新しい発見だな。早く見てみたい」
「テオ、ではここで読んでいてください」
「え?ここで?」
「私はその間に、お嬢様に挨拶してきますね」
「はい?」
クーは手のひらサイズに小さくなって、背中に蝶々の羽を生やした。もう妖精にしか見えない。そしてキラキラと粉を振り撒きながら、全力スピードで飛び去っていった。
クーはどんどん行動が自由になってくな……。まぁここのお嬢様は、クーが珍しく気の合いそうな読書家の女性なのだろう。ちゃんと俺にも読む物とランプを置いていってくれたし、良しとするか。ちょっと屋根の上は寒いけど。
手記には、この地を与えられた所から書かれていた。
初代領主は、この地と勇者が嫌いだったようだ。そもそも魔術師の土地など嫌だった事。領民に魔術儀式を求められた事。領民が反抗的だった事。それなのに勇者は領民に受け入れられていった事。魔術師討伐後も迷いの森の効果は続き、多くの家臣を失った事。商人も近付きたがらず、特産物もなく、発展が望めない事。中央から情報が少なく、関心ももたれていない事。それらに対しての恨み節がつらつらと書かれていた。
「嫌なもの読んじまった……」
伝えたいのは分かるけど、不の感情で書かれたものを読むと、こちらの精神が削られる。それに、俺が好きなこの村を、何度も何度も否定される内容もキツイ。クーに任せて読まなきゃよかった。
気分が落ち込んだので、ボケーっと自然回復しながら消化していると、クーが戻ってきた。こちらは元気はありそうだが、少し荒れている気がする。
「ヘルミーネお嬢様は趣味が悪いですね。グラハルト、ルドルフ、アヒムがそれぞれ片思いとか何を見ているんでしょうか」
「誰だよそれ……」
「トウの立った騎士、領主息子、見習い騎士ですよ。どう考えてもルドルフ、グラハルトペアにアヒムが横恋慕の形式でしょう」
ポンコツが壊れた頭で変な情報を仕入れてきた。俺はさらに精神を削られて、帰ってべっちゃりと寝た。




