帰郷の旅路 その10 グラハルトの話(後)
グラハルトは村人の様子を再度確認して少し頷き、場を院長を譲ろうとした。しかし一人の村人がそれを止める。
「騎士様ちょっと待ってくれ。それでは困る。減った人数ではウチの水車を維持できない。どうにか早めに消えた奴らを連れ戻して頂けないか」
「ふむ、粉挽き屋か。確かに稼働率は下がるな。だが既に述べたように、人がすぐに戻る見込みはない。これは私が意見する事ではないが、今の村の規模に合わせ、運用を変えるよう検討した方が良いかもしれぬ」
グラハルトは目で修道院長に意見を求める。
「あぁはい、そうでしょうな。その辺りは……粉挽き水車だけでなく縮絨機や鍛冶場、洗濯場に石釜についても同様に再編が必要ですか。人と共に消えてしまった物もありますので……。院内で吸収可能かも含めて相談するとしましょう。修道士には一通りの事をこなせる者もおりますゆえ……」
院長は少し記憶を辿るように考えながら答える。粉挽き屋はそれにくってかかる。
「いや待ってくれ。私の家族はそれで食べているんだ。それに修道院への貢納も減る。人数は減らしてはならない。飛ばされてしまった人が無理でも、新たに入植者を連れて来るとか他にも方法はあるはず。幸い土地は余っている」
「そうは言うてもな……先ほどの騎士様の話からすれば国中で人は足りぬはず……。要望はしてみるがそれを当てにする訳にも行くまい。税については……見直すべきでしょうな。維持する設備も減る訳ですし。幸いにもこの修道院には設立時からの記録があります。現在の人数の頃の記録を当たれば大きな間違いは起らないでしょう」
「いやいや、待ってくれ。縮小するなんてとんでもない。入植者が無理ならやはり元の連中を連れ戻すべきだ。そうだ、捜索隊を出しましょう。どこかに居るのなら見つけて連れ戻せばいい」
個人的には粉挽き屋の主張が分からないでもない。挽き臼の稼働率は減っても水路も含めた維持管理の負担は変わらない。家畜の数も減らさなくてはならず、厩舎の稼働率も減る。さらにチーズ製作やら皮なめしやらを、まとめて処理するために先行投資をしていれば回収も怪しくなる。粉挽き屋の生活は水車が同じ様に回り続ける事を前程としているのだ。稼働率が減る?そりゃ「ちょっと待ってくれ」と言いたくもなる。
とはいえ雲行きは怪しい。この地の領主は修道院。もちろん水車小屋のオーナーも修道院。そこの長が規模縮小に納得しちゃっている。
それに新たな入植者について口走ってしまったのが最悪だ。自分の事だけを考えて言っているのがバレバレ。後から捜索隊の提案をしても、他の村民が賛同しにくい雰囲気が出来てしまっている。空気を読めなさすぎて見ていてゲンナリである。
院長がたしなめる様に話す。
「捜索隊を出すにしてもじゃ、今は何も手がかりがないのじゃ。再配置とやらの規模が大き過ぎて情報が入るには数年かかる。先ほどのグラハルト様がそうおっしゃったではないか」
「だからといってただ待てといいうのか!?自ら探しに行かなくて良いというのか!?良いわけあるか!騎士様、貴方だってそんな事はしまい。自分の領地の民が連れ去られているのに、何もせずに待つなどということはしまい!」
粉挽き屋はグラハルトにまで絡みだした。
「無論、私なら自ら捜索に出向く。だがそれは私が騎士だからであり、そなた達もそうすべきだとは言えぬな。騎士には騎士の、修道会には修道会の強みがあろう。冷静に考える事だ」
「だからって──」
「バート、分かった。検討はしよう」
院長は粉挽き屋を静止する。そしてグラハルトに向き直り質問をした。
「グラハルト様、参考までにお聞きします。グラハルト様が捜索に向かうとして、見つけるまでに何年かかるでしょうか」
「うーむ、国内にあるのであれば一、二年であろうが、アンブレパーニアも含めるとなると五年や十年ではきかぬかも知れぬな。恐らくは教会や修道会より知らされるのが先になるであろうな」
「相当な費用と時間がかかると?」
「想定しておくべきであろうな」
「もう一つ見解をお聞かせ下さい。再配置された者達が見つかったとして、連れ戻しますか?」
「状況による。再配置先の領主が納得するとは思えぬが、その者達が虐げられているのであれば戦ってでも解放せねばなるまい」
「うーむ、それでは損失しかない様に思えるのですが、グラハルト様はそれでも捜索に向かうと」
「うむ。それが私に与えられた責務であるからな」
「ありがとうございます」
院長はそこまで聞いた後、粉挽き屋に向き直って問う。
「バート、お前もグラハルト様と同じ程度の覚悟があっての提案であると思ってよいか?たとえ何年かかろうと、どれだけ私財を投げ打とうとも、結果として命を投げ出す事になろうとも、居なくなった者達を連れ戻す。そういう覚悟があると思ってよいか?」
「いえ……そこまでは……」
「そうであろうな」
院長は一回ため息をつく。そして粉挽き屋ではなく他の村人に目線を投げて話を続ける。
「とはいえじゃ。確かに何の捜索もせずに待つ事に、納得できぬ者もおるじゃろう。私とてそういった気持ちがない訳ではない。なので捜索隊は出す。私達が比較的安全に捜索できる範囲───四周の隣村までの間をくまなく捜索。他の村で聞き込みをした情報と合わせて成果を修道会に報告する。そうすれば結果として全容の把握が早まるであろう。グラハルト様の言う通りじゃ。私達には私達の強みがある。修道会の情報網を積極的に利用していこう」
「おぉ……」「そうだ、私達にも出来る事はある」「院長!その捜索隊にはぜひ私を!」
村人達が少し沸いて院長を囲った。最終的に全部もっていく院長。伊達に歳は重ねていないようだ。上手いなぁ。その老獪さについ舌を巻いてしまう。
それに引き換え粉挽き屋のオッサンは、一人取り残されて絶望していた。俺は同業者のよしみで寄って慰める。
「残念だったね。でも心配しないで。これから水車は粉挽き以外の利用価値がどんどん増える。僕らがちょっと前にいたタイヒタシュテットでは───」
俺が水車の利用方法を一方的に吹き込んでいると、グラハルトもやって来た。
「そなた、名をバートと言ったか」
「あ……はい……」
粉挽き屋は絶望に打ちひしがれて頭が回っていない様子。そんな粉挽き屋をグラハルトは肩をつかんで自分の正面に持ってきて話す。
「バートよ、そなたの役割はなんだ?」
「粉挽き屋です……」
「何をする仕事だ?」
「穀物を砕いて粉にする仕事です」
「それだけか?」
「そうです……私は何の権力も覚悟も持たない、ただの粉挽き屋です……」
「違う!そなたの仕事はそんな事ではない」
グラハルトは粉挽き屋の肩をガッチリと掴み、ときたま揺すりながら話す。
「粉挽き屋の役割は、共有財産である水車小屋の管理運営。それはてても難しいものだ。そなたには長年その役務をこなしてきた経験がある。そんなそなたが村の共有設備を再編するというこの大事な時に、腑抜けた顔で呆けていてどうする。村人の中で院長を補佐できるのはそなただけなのだぞ!」
「……はい……協力していこうと思います……」
グラハルトは粉挽き屋から手を離し、腕組みをして続ける。
「うむ、是非そうしてくれ。まぁ……そなたは他の粉挽き屋同様に利に聡く、私などよりも知恵は働くのであろう。共有設備の大がかりな再編ともなれば、失うものだけではないのではないか?それが何かは私には思いもつかぬがな……」
粉挽き屋は少し考えた後、ゆっくりと目が据わっていった。
「───そうですね。呆けている場合ではありませんね。ご忠告をありがとうございます」
そしてグラハルトに頭を下げると俺達の元を離れていった。グラハルトは前のめっていた体を戻して言う。
「子供には下卑た大人に見えるやもしれん。だがああいった者にしか任せられない事もある。放ってはおけん」
「私も街で色々な人に会いましたから平気です。むしろ、もう少し上手く立ち回りできないものかと悲しくなります」
「ふ、頼もしくもあり、末恐ろしくもある奴だな」
「いえいえ私はただの無力な子供です。ここの村人達をみて何か出来ないかと思っていましたが、結局ただ悩むだけ。何も出来ませんでした。グラハルト様は流石です」
グラハルトはため息を付きながら、力を抜いて立ちなおす。そしてゆっくりと話始める。
「私もそこそこ年はとったがまだまだだ。粉挽き屋に偉そうな説教をしたが、あれは私が最近実感した事を口にしただけだ。先が見えぬ時にこそ心の主たる仕事を見つめなおしてみる事だとな」
「心のメインジョブ?」
「そうだ。世界が急に変わると人は不安になる。自らを支えていた基盤が消えていくと、自分までも見失いそうになる。これまでの全てが否定された気にもなる。しかし、そこで心の中にあるメインジョブへ立ち戻り、掘り下げてみると進む道が見えてくる。粉を挽く者、剣を振るう者という表面的な仕事への理解ではなく、自分は何をしたいのか、何をする者なのかという内面、そして本質的な部分を意識して仕事を見つめなおすのだ。すると新たな足場が見えてきて踏ん張りが利くようになる。私もそうして立ち直る事ができた。今では以前よりも強く、自分は騎士であると意識できるようになった。たとえ剣を持たず宣教師まがいの説教をしている時でも、私は騎士として自信を持って立つことが出来るのだ。テオも大人になった時には是非とも心にメインジョブを持つのだ。そうすれば厳しい時代も耐え抜くことが出来る」
「え?グラハルト様はそこまで悩んでいたのですか?先ほどの話でも騎士の名に恥じない活躍ぶりでしたのに」
「ふ、私とて人間だ。悩む事もある。自分の力が全く通用しない化け物に出会い、その化け物もよく分からない力で倒され、そのまま良く分からない力が働いて戦争も終わってしまった。さすがにその時には無力感を感じてしまっていた。そんな時にさらに衝撃的なものを見た。産総研の作り出した鎧人形だ。炎に力を与えられ、全く疲れも見せず、無言でフイゴを押し続けるあの鎧人形を見たとき、同じく鎧を纏うものとして恐怖を感じざるを得なかった。今となっては笑い話だがな」
「あはははは……は……は」
俺が関係している事ばかりで笑えない。俺の目線はグラハルトの顔から逃げるように地面を走り回った。




