帰郷の旅路 その9 グラハルトの話(前)
作者取材のためばびにくしてた
そんな神様嫌いの俺だけれども、迷惑をかけてしまった事については負い目を感じざるをえない。実際にやったのはデベルとケイツハルト、それと王様。だけれどこの村の人の事を考えるなら、王様も含めて身内のヤラカシと感じてしまうのだ。
「やっぱりモヤモヤするなぁ」
俺は建物の外に出て外を眺めながら呟く。
「テオ、デベルの思惑を崩す事は推奨できません。収集がつかなくなる恐れがあります。それに私に言わせてもらえば、そもそもテオに過失はありません」
「分かってる。お前がそう思う事もね。まぁ無茶をする気はないよ。自分の中のモヤモヤを晴らしたいだけだし」
俺は苦笑しながらクーの顔を見る。クーは顔を上に逸らしてため息を付く。
「はいはい。そうでしょうね」
「うー、でもどうしたものやら。余所者の子供一人で出来ることなんてそんなないし、でも突然に怪盗姉妹を出現させるわけにもいかないし」
「デベルも言っていましたが、そもそも怪しげな術を見せれば捕まえて焼かれるだけですよ」
「だよねー」
二人で空を眺めながらくっちゃべるが、良い考えは浮かばない。しかしそれだけでもモヤモヤの対処にはなっているようで、晴れはしないが慣れてきた。そしたらそこにグラハルトがやって来た。
「あぁテオ、ここに居たのか。可能な範囲で良いから教えて欲しい」
「え?あれ?何をです?」
「院長との話の続きだ。ゲフィオン計画、私よりは其方の方が内情に詳しかろう。いやなに、計画を妨害しようなどではない。伝えられる事を伝えてこの村の者達に少し希望を与えたいだけだ」
「そういう事なら喜んで!」
さすが頼れるナイト様である。俺はちょうど落ち着いてきていた頭で、どうせ後に知られるであろう事実を話した。
「ふむ。そうするとこの荒れた土地は、天変地異により滅んだアンブレパーニア内の村という事か」
「そう思われます。しかし、ここにあった土地とそのまま交換されたかは分かりません。国内の別の土地と入れ替えた上で、さらにアンブレの土地と交換された可能性も十分にあります」
「なるほど。結局のところ村の片割れの場所は分からぬという事か。だがやはり聞いてよかった。先ほど見た様な状況がアンブレパーニア内の各所で発生しているとすれば、突然の講和に至った事にも納得がゆく。国同士の争いをも収める上位の介入があった。そう窺い知る事も出来る。となれば私も騎士としての役目を果たさねばならぬな。改めてそう思えた。感謝する」
情報を伝えたつもりだったのに、なにやらメッセージを受信してしまった。しかし、頼もしさは増した。
***
しばらくして村人が教会堂に集められ、修道院長が語りかける。
「皆に集まって貰ったのは、他でもない、消えてしまった者達についての事じゃ。旅の途中に立ち寄って下さった騎士様の話を聞いて貰いたい」
村人達がザワつく。
「あの者達は無事なのか!?」「一体どこに!」
村人の幾人かは叫ぶが、院長は手を軽く上げてそれを制止し、グラハルトに場を譲った。グラハルトは素早く、そして堂々と村人の前に進み出て話始めた。
「皆のモノ、よくぞ集まってくれた。我が名はグラハルト。今世界で起きている事の片鱗に触れてきた。今日私がこの地を訪れたのも、主のお導きに寄るものであろう」
グラハルトは仁王立ちで腕を組む。そして部下達に説明するように語り始めた。
「まずは状況について話そう。我が国はアンブレパーニアの侵攻を受けており、戦術の巧みさで知られるエッシェン王ではあるが、この侵攻を止められずにいた。ここまでは皆も知るところであろう」
「騎士様、その戦争とこの村の者と何の関係があるんですか?しかもその戦争は終わったと聞かされましたが」
村人の一人が問う。
「もっともな疑問だ。だがもはやこの戦争は王や兵士だけでなく、ヒト全体の問題となってしまっている。アンブレパーニアの使役する化け物の話をしよう。それとはタイヒタシュテットで出会った。それは近くで見れば空を覆うほど大きく、遠くかられば、周囲の建物が泥で固められた鳥の巣に見える。ひと蹴りで城門を壊し、城壁に爪を立てればそこらの窓よりも大きな穴を残す。それは大きな大きな鳥女だったそうだ」
「騎士様は見てねぇだか?」
「私は市街で敵兵と交戦中であったゆえな。わずかに影を見、音を聞いただけだ。だが間違いなく想像を絶する化け物であった。長く低いその咆哮は敵味方の区別なく魂を凍りつかせ、鈍く重い羽音は建物の間に突風を走らせ馬車を倒した。空から落ちてくる羽根はさながら黒曜石で出来たバスタソード。人や馬に当たれば二つに裂いて跳ね飛ばす」
「大きな鳥……ウミワシみたいなものか?」
「お前バカか、ウミワシがこんな所に居るわけねーべ。旅商人の持ってきた干からびた肉しか見た事ねーくせに。それで騎士様、どうなっただ?」
村人達はグラハルトの話に挽かれだした。
「戦況は絶望的だった。化け物以外にも、敵兵は街中に次々なだれ込んで来ていたしな。だが奇跡は起きたのだ。
突然私達の周囲が明るくなった。
元々日は高く、元々明るかった。だがそれをさらに上回る光で上空から照らされた。
見ればどこまでも高く伸びる眩い光の柱。
それは煌びやかさと清々しさを兼ね備えたとても神秘的な光で、私とした事が戦いの中で戦いを忘れてしまうほどだった。
しかし私はすぐに我にかえらされた。その後すぐに振動と轟音が訪れたのだ。
すさまじい衝撃だった。
地面から跳ね飛ばされぬ様、咄嗟に石畳にしがみ付き耐えねばならなかった程だ。
同時に幾つかの建物は衝撃で倒壊し、多くの建物から屋根が落ちた。
あたりはむせるような砂埃。
私は指揮官としての職務に立ち戻ろうとしてはいたが、事態の把握に努める事しか出来なかった。
そして気付くと光の柱は消えていた。
変わりに空を覆っていたのはムクドリの様な何かの群れ。
それは衝撃の来た方向に向かっている様だった。
次にソレは私の近くからも飛び立つ。
ソレらは水気を持った影として瓦礫の隙間から湧き出てた後、天地を逆に流れ落ちるように空に舞っていっていた。
決して触れてはならない。そう思わせる禍々しさがソレにはあった。
私は警戒を呼びかけながら部下を集める。そして敵方を見る。
向こうはこちらと同じく密集して周囲を警戒していた。
敵方の指揮官と目が合い、目で問いを発し合う。
しかし私も彼も何も答えを持ち合わせていない。
お互いにそういう目をして睨み合った。
異常事態はまだ続く。
続いたのは耳の奥を劈く化け物の悲鳴。そして再び足元を揺るがす振動。
再び鈍い羽音がして悲鳴の主は空に逃げる。
化け物が逃げようとしているのは泣き声で分かった。
悲鳴を上げながら遠くに離れていき、ついに羽音も鳴き声も消えた。
私は軽く周囲を見回した後で、再び相手の指揮官と目を合わせる。
彼も同じ様に周囲を確認した後で視線をこちらに戻した。
彼らは体から力を抜くと剣を鞘に収め、我らもそれを見て武器を収める。
すると彼らはそのまま退却していった」
「そんなあっさり?殺し合いをしていたのに?」
一人の村人が問う。
「地元の兵士であればまた違ったやもしれぬ。だが我らも彼らも街の者ではない。お互い任務に照らし合わせた結果、継続は無駄と冷静に判断された」
「それにしたって……」
「ふむ。理解しがたい感覚やもしれぬな。だが重要なのはこの度の戦争に、もっと理解が及ばぬ者達を巻き込んで居たという事だ。タイヒタシュテットでの話はここまでだが、似たような戦いが少し続いており、アンブレパーニア内の町が幾つか滅んだらしい。それからしばらくの後、話し合いにて戦争は終わった。そして世界を修復するために行われたのが街や村の再配置。この村に起きたこともその一環だ」
「ちょっと待ってください!この村と戦争に何の関係があるのですか!」
「そうだ!この村は関係ないはずだ!」
村人たちが食って掛かる。グラハルトはそれに対し静かに答える。
「そなた達の言い分は分かる。その理屈を守るのも私の役割であるしな。だがしかし、この再配置を行った意思に人の理は通用しない。そういう次元の意思によるものなのだ。国同士の合意など無視するかのように、国境線すら書き換えられてしまった」
「き、騎士様はこれが神のご意思だと言われるのか!?」
「それは分からぬ。神は沈黙でしか応えぬゆえな。だが今この時にも、私は神のご意思の下にあると考えている。そなた等が集まっているのも、私が今ここでこうして話しているのも、全ては神の意思であると」
村人達はお互いの顔を見合わせてボソボソ話し始めた。グラハルトが反応を待っていると村人の一人が質問をした。
「それで騎士様、我々はどうすればよいのでしょう。どうすれば消えてしまった者達は戻ってくるのでしょうか」
「始めに言っておくがその者らは死んでも消えてもおらん。別の地にて必ず生きている。同じ様に飛ばされた私が保証しよう。だが……その者らはその者らが目的で飛ばされた可能性がある」
グラハルトは難しそうな顔をして続ける。
「私が飛ばされたのはタイヒタシュテットの再配置に巻き込まれたからだ。タイヒタシュテットは壁と門が壊され、修復には大量の資材が必要であった。そのために争いの地から遠く、石や木々も豊富なキルヒシュベルグが復興に最適と判断されたのであろう。再配置されたのはタイヒタシュテットであって私ではない。なので今こうして街を離れて帰還でいる。だがその者達は違う。その飛ばされた者達は、飛ばされた村が成立するために必要な人員であろう。であるならば、容易に戻ってくるとは思わない方が良い。これは人智を超えた者の意思によるものなのだ」
「そんな……」
村人達がグラハルトをすがる様に見つめるが、グラハルトは難しい顔をしたまま「飲み込め」と言わんばかりに無言で見つめ返す。すると村人達の一部からはすすり泣きが漏れ出した。今度はグラハルトが村人達の想いを飲み込むように頷き、話を続けた。
「希望がない訳ではない。四、五年もすれば再配置の全容も明らかなり、修道会を通じて連絡を取り合う事も可能となろう。その時に彼らを安心させてやれるよう、そなた達はそなた達でこの村を彼らの分まで守ってやってくれ。今の私から言える事は以上だ」
「うう……」「分かったろ?奴らも無事だ」「うーむ……」
村人達がこの件に対し考えをまとめるのはまだ時間がかかりそうだ。しかし困惑している様子はない。これからどの様な話し合いがなされるかは分からないが、祈りに明け暮れる日々からは抜け出ることが出来るだろう。
俺がそう思って安堵していると、グラハルトと目が合った。俺が反射的に頬と口角をあげると、吊られたようにグラハルトも一瞬だけ口元を緩ませる。
畜生、ウチのナイトかっこいい。




