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帰郷の旅路 その7 老人達と大人、そして子供

 村に入ると荒廃の具合が見えてきた。枯れ草に見えていた多くは収穫されずに放置された作物だった。建物だったものは無造作に撒き散らされ、木は大地をえぐりながら倒れている。そして所々に土に染みこみつつあるなにかの骸が転がっている。


「ここニ、三ヶ月のもののようですね」


「うむ。水場だけでも残っている事を祈ろう」


 グラハルトの心配は杞憂に終わり、しばらく進むと再び段差があって、荒廃した土地から普通の農村に景色が変わった。建物は倒壊もしていないし、生きた家畜の臭いも感じられる。そしてさらに進むと石造りの大きな建物が見えてきた。かなり細いが一応は小川も流れている。今日はがんばって水汲みをせずとも済みそうだ。


「予定通りであれば、アレがフェステスプラッテ修道院なのだがな。今となっては確信できぬ。味方であるかどうかもな」


「一体いつから───転位させられた土地を抜けた先が、転位された土地ではないと錯覚していた?……と、確かにそういう展開もありえますね。ですが川がちゃんと流れていますので、その可能性は低そうです」


「フッ、そうであろうな。だが警戒はしておこう」


 グラハルトは若干楽しそう。慎重……というより少しMっ気を感じる。


 一行は一応の警戒をしながら修道院の教会堂の前まで馬を進める。今回は誰も出迎えてくれない。なのでグラハルトと俺が馬を下り、扉を開けて教会堂の中を窺う。


 入り口から中に光が差し込む。中には二、三十人程の人が座って祈りを捧げていた。光に反応して十人程がこちら側に振り返り、暗がりから目を光らせる。お年寄りが多い。しかし迎えてくれる様子はなく、瞼はぱらぱらと閉じられて再び祈りに戻っていった。


「時課の最中でしょうか。出直しますか?」


「いや慌てるな、彼らは修道士ではなさそうだ。すこしここで待とう」


 グラハルトと俺は中に入らず、開けた扉の前で待った。教会の扉は常に開かれている。とはいえ先客が居るのであれば配慮は必要かもしれない。


 グラハルトの言うとおり少し待つと、ローブ姿の女性が暗がりから現れ、教会堂の壁沿いを歩いてやってきた。地味な色のローブが闇と同化していて少し不気味。


「騎士様、本修道院にどのようなご用向きでしょうか」


「私はシュラヴァルト領のグラハルトと申す。この地に一晩滞在したい。場所を提供して貰えないだろうか」


「かしこまりました。確認して参りますのでそちらの部屋にてお待ち下さい。えーと……」


 ローブ姿の女性は外をキョロキョロっと見回して人数を確認した後、また暗がりに消えていった。


 俺とグラハルトは巡礼者用と思われる部屋にて待つ。すると先ほどの女性に加え一人の男の僧侶が現れた。


「お待たせしましております。修道院長のクラウスと申します。少々立て込んでは下りますが滞在は可能です。後ほど客間にご案内させていただきます。しかしながら、しかしながら少しお話をお聞かせ願えないでしょうか。今、世界には何が起きているのですか?遍歴の騎士様であれば何かご存知なのでは……」


「この村の荒廃した土地の事ですか。そうですな、お役に立てるかは分かりませぬが、知っている事をお話しましょう」


「あ、では私は外で待機している者と一緒に荷物を下ろしに……」


 長い話が始まりそうだったので俺は回避を試みる。


「あ、表の方々は別の者が少し前に案内しております。今は荷物も下ろし終わり、客間に向かわれている頃だと思いますよ」


 俺の回避は失敗した。場違いな感じだから逃げたかったのに。


 その後はグラハルトからこれまでの出来事が話された。そびえる山の様な怪物やら不思議な少女達の話、ニーダーレルム公の帰還と王との接見、講和の発表と街の転位の話などなど、おとぎ話の様な話をグラハルトは真面目な顔で語った。


「……それは現実の話なのでしょうか」


 僧侶はどう答えて良いものか困っているようだった。


「信じられぬのも無理はありません。私も幾度となく夢なのではないかと疑いました。しかしながら、この話が夢物語だとすれば、私達が話している今もまだ夢の中という事になります。街ごと移動していなければ、私達はこの地を訪れていないはずなのです」


「いえ、グラハルト様のお話を疑っている訳ではありません。いまこの村に起きている事とも繋がるところはございますし、消え去った者達もどこかで生きているという希望の持てる話でもありました。しかしまぁ……村人達になんと説明してよいものやら……つい目を背けたくなった次第で。はてさて困った」


 ここまでの話で俺は一つの疑問が生じた。俺は小さく手を上げて注意を引く。


「グラハルト様の従者をしておりますテオと申します。一つ質問してよろしいでしょうか」


「なんだねテオ君」


「この地へは王様や領主様からなんの説明もないのですか?」


「ええ、修道会の本部へはこちらから報告を送りましたが、こちらへは今のところ連絡はありません。この村は修道会の納める土地ですので、情報がくるとすれば本部からなのですが……本部の方でも説明方法に苦慮しているのかもしれません。戦争が終わった事も旅の商人から聞きました」


 グラハルトはフムフムと納得している様子。しかし俺は納得がいかない。土地の転位は王様やデベルが仕組んだ事で、イタズラ好きの神様なんかの仕業ではない。道と道が繋がっているのも、一度下見をして座標をケイツハルトに伝えているから出来ている。今起きているのは全て計画通りの事なはずなのだ。それも結構前からの。


 タイヒタシュテットではコローナが実家に伝えてすぐに周辺に御触れが出回った。しかし、そんな話がすぐに受け入れられたのには、裏で諸侯達には情報が流されていたからではないかと思っている。いくら愛娘の言う事だって、いきなりそんな話が出て来たら流石に裏を取るはずだ。


 デベルのやりきった感といい、動かされた街の配置といい、恐らくゲフィオン計画はかなりの調整を重ねて実行されている。この村に情報が伝わっていないのは、「突然の事で説明方法に苦慮している」なんて理由ではなく別の理由なきがしてならないのだ。


 とはいえ、ここでそんな話をする訳にもいかない。その場は適当に話を合わせて終わるのを待った。


***


 俺はまた一人、馬の世話をすると言って抜け出した。


「ねぇ、クーはどう思う?」


「何がですか?」


「何がって、この村の転位の事だよ。何も言わずに部分的に転位させて、後からも何も伝えないって酷くない?」


「大きな問題はないと思いますよ。周囲の畑ごとですし。そこまで考えなしに転位させたわけではない様です」


「計画的だから酷いんじゃん。特にお年寄りなんてのは、大抵は好奇心も失って何かを達成するのも面倒になってて、人との繋がりが唯一の生き甲斐になってるんだよ?それを失ったら頭がどうにかなっちゃうよ!」


「そんなお年寄りばかりではないと思いますが。不満があるのならばデベルに意図を聞いてみてはどうですか?理由が分かれば納得できるかもしれませんし」


「言われなくてもそうするよ!」


 俺はさっそくデベルに手紙をしたためる。まずはジャブ。


~~~

To:報連相ができない子のデベルさんへ

 前にデベルさんはゲフィオン計画の地図を見せてくれましたがー、どうもそれに載ってなかった村も動いちゃっているようです。何かご存知ですか?

From:勝手な事をされるのは嫌いなテオロッテより

~~~


 手紙を送ると、すぐに送った手紙が送り返されてきた。どうやらこちらが送った手紙の余白に返事を書いてよこした様だ。なんと物ぐさな。


D<空白地帯が増えてしまったので、農村の一部を株分けして植えかえた。その地の領主にとっては将来的に利のある事であり合意もできている。お前らには言う必要もないと判断した。


 株分けって……人が住んでいる村をまるでイチゴかアスパラみたいに言いやがってコイツは。


 今度は俺も余白に追記して送り返す。


T<合意済みって言うけれど、現地には伝わってないみたいですが?残された土地の人が悲しみにくれて教会で祈りふけってますよ?


D<それは変だな。植え替えたたといっても十キロ程度だ。仮に領主が伝えていなくとも、株分けされた村が自主的に連絡を付ける事は可能なはず。もしかしてだが、教会か修道会の領地の事を言っていないか?


T<そうですが何か?


D<お前はアホか。教会や修道会に伝える訳がなかろう。タイヒタシュテットでは日和って成人扱いしている宗派もあるが、街の外じゃお前らは基本的によくわからん悪魔扱いだ。そんな者の力を借りたはかりごとなど知れたら大事おおごとだろうに。自覚が無いようだから忠告しておく。お前らも余計な事は言うな。焼かれるぞ。


 うぐぐ。いやそれでもおかしい。


T<調整も出来ていない土地を動かしちゃダメじゃない。それに村人が自主的に繋がれてもいないよ?まだ何か隠してない?


D<政治というものが分かっていないな。歩み寄りの可能性のない相手には気を使うだけ無駄だ。むしろ力を削いでやった方が歩み寄りの可能性は上がるというもの。なので奴等の村の株分け先は、アンブレパーニャにくれてやった街の近くにしてある。修道会にバレなければ土地は全てお前らの物になると伝えた上でな。──(裏面に続く)──これで奴等の台所事情は悪化して自分の事で手一杯になる。こちらのやる事にケチを付けている暇などなくなるだろう。その間にこちらは王の決断に対し支持を固めていく。そうすれば奴等も日和らざるをえなくなり不和も発生しなくなる。それが最も良い結末だとは思わんか?お前らにとっても、この国にとってもな。


 めっちゃ早口になってそう。でもまぁデベルはデベルなりに考えている。それは内心では分かっていた。それでも気に食わないから手紙を書いているのだ。


T<私達にも気を使っているというのなら勝手に決めないでよ。私がそういうの嫌いなの知らないの?


 俺はジト目イカ耳の猫の絵を添えて送り返す。決定内容に異議を唱えず、決定方法にケチを付ける事にした。


D<そうやって面倒臭い事を言うから話したくなくなるのだろうに。やれやれこれだから女は。こちらの苦労も知らずに。


 文字での返信に加え、俺の描いた猫の横に壁にあいた小さな穴が描かれ、その奥でヤレヤレポーズの鼠が描かれていた。そして猫と鼠の下にはそれぞれ「クソジャリ」「大人」と書かれている。


 くっそ、物理的に仕返しされないと思って調子にのってやがる。俺がどう怒りをぶつけようかと思案していると、クーが口を開いた。


「テオ、私からの報告も書いてくれますか?」


「ん?あぁそうか、俺が書かないと届かないのか」


K<デベル、開墾の手間を省くために向こうの土地を持ってくるのは良い案だと思います。しかしながら死骸や作物が長らく放置されていたために、虫や鼠の大量発生の兆候が見られます。もし仮にですが、困らせたくない領地で同じ事をしてしまっているのなら、早めに手を打った方がよいでしょう。


T<m9(^Д^)プギャー


T<ザマァ


T<勝手な事をするからだよ


 手紙が返ってこなかったので別の紙で何度か送った。しかしそれ以降、デベルから返信はなかった。


 俺らに構っている暇もなくなるほど慌てるデベルの姿を想像して、俺はちょっぴり溜飲を下げる事に成功した。

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