帰郷の旅路 その6 みんなの目線は好き勝手
移動回
マハトと遊んだ後に広間に戻ると、他の皆も起き出してベッドを片していた。もう一眠り……いや、もうヒトヌクりしたかったのに。
そして食事を食べて準備を終えたらもう出発。ブリーフィングを終えた後、グラハルトは馬にまたがってその場で馬を素早く左右に旋回してみせる。
「うむ。よい調子だ」
馬の世話をしていた俺はそれを聞いて胸を撫で下ろす。そして自分の馬に飛び乗ってノビをする。今日も一日がんばるぞっと。
***
しかし、村の中の道を少し行ったところで、道の真ん中で待っている少年が見えた。エレオだ。剣と盾をもって遠くで俺達が通るのを待っている。
俺がこの村の少年達と揉めた事は誰にも言っていない。グラハルトになんと報告してよいものやら。俺は非常にゲンナリしながらも必死で頭を回して言い訳を考える。
しかし俺らが到達する前に、もう一人の少年が畑の中を走ってやってきた。マハトだ。マハトも剣と盾を持って、エレオに何か言っている。二人は口ゲンカをしているようだった。
「あ、蹴った」
始めに手を出したのはマハトだった。上腕を体の脇にピッタリとつけたまま、前腕だけを突き出して剣と盾をもち、そのままヤクザキックを放った。
エレオはそれに怒って力任せに剣を振る。しかしマハトは腕と上半身を固定したまま、足と腰の動きだけでエレオの剣を巧みに受ける。そしてまたヤクザキック。ヒット。盾の上から蹴られたエレオは腕をバタつかせながらヨロけて下がった。
マハトは自ら剣と盾を封じ、蹴りのみで戦おうとしているようだ。でもそれに気付けるのは経緯を知っている俺だけだろう。客観的にはおちょくっている様にしか見えない。
エレオはさらに激高してムキになった。マハトは肩や腕に剣を受けてしまうが、それでも自分に課した縛りを解く気はないようだ。そしてスキをみてエレオの腹にトゥキック。前かがみになったところを、今度は顔面に容赦のないヤクザキック。エレオは剣と盾を落として吹っ飛んだ。
マハトは腕と上半身を固定したままその場で何度も飛び跳ね、勝利の喜びを表現した。そして首すら固定して前かがみに腰を曲げ、倒れているエレオに向かって叫ぶ。
「俺はまだまだお前と遊びたい!もっと俺と遊ぼうぜ!」
そこにようやく俺達は到着した。マハトは俺達の到着に気付くと盾を剣を道の脇に放り投げ、エレオを引きずって道を空けた。そんな二人にグラハルトは馬を止めて話しかける。
「面白い余興であった。そなた等、名はなんと申す」
「レ、レオエレオです」
「俺はマハトルト!騎士様やっぱかっけー」
それを聞いてグラハルトは俺に視線を送ってきた。俺はドキっとしながらも、今の会話で俺達の関係がバレる訳はないと考え直す。
名前を控えておけという事かな?
視線を返しながら俺がペンを動かすマネをすると、グラハルトは二人の方に視線を戻した。
「演題はオモチャの騎士と少年といったところか。私はグラハルト。見ての通り騎士をやっておる。私も幼き頃、父から木彫りの人形を貰い、よく手の中で遊んだものだ。それを思い出し、胸迫るものを感じさせられた」
グラハルトは目を閉じて感慨深そうにウンウン頷いている。
「そなた等に何か礼をしたい。しかし、思いがけぬ事ゆえ用意がなくてな。あとでコチラの執事殿を通じて贈らせてもらう」
「えぇ!?本当ですか!?やったなエレオ!すげぇ!騎士様、俺、盾が欲しい!」
マハトはエレオをガクガク揺さぶるが、エレオは何が起きているのか理解できていない様子。俺も少し理解できない。
「分かった。そなた等には盾を贈るとしよう。ではな、少年達。素晴らしい芝居であった」
俺は馬を降りて二人に近付く。そして名前をメモった紙を見せる。
「まったく、肝が冷えたよ……。ま、いいや。お前らの名前ってこれで合ってる?あと一応、父ちゃんの名前も教えといて」
俺は二人から事務的に父親の名前を聞き出す。するとマルコ兄が馬を止めて馬上からエレオに忠告をした。
「お前、騎士にケンカ売ろうとしてたろ。やれやれだ。あの騎士は一晩滞在しただけで、お前が何年かかっても払えない額の寄付をしてんだぞ?あの騎士はガキのする事と許すかも知れねーが、失礼を働いていていた事が教会づてにでも知れたら村の評判だってやべぇ。ここの領主だって黙ってねぇ。そうなったらお前なんか簡単に追放されて野垂れ死にだ。ガキの分際でイキるのも大概にしとけ」
エレオはマルコに何か通じるものを感じたようで、反抗もせず視線を下げてうつむいてしまった。マルコはそれを見てフンと鼻を鳴らし、馬を再び歩かせた。俺は空気に耐えられずにフォローする。
「兄ちゃんの言った事は本当だと思う。でも今回はそうならなかったんだからヨシとしようよ。次はタマタマじゃなく、狙って人を喜ばせるようになれば良いじゃない。エレオなら大丈夫だよ。一人じゃないし。なっ」
俺はそう言いながらマハトにも目を向ける。
「そうだぜ、お前には俺が居る。ずっと一緒だ」
落ち込むエレオを二人でバシバシ叩いて慰める。エレオは復活しなかったが、後はマハトに任せて俺は離れ、馬に乗る。そして二人に手を振った後、置いていかれまいと馬を走らせた。
***
一行は昨日と同じ様に度々休憩を挟みながら森や草原を抜けていった。そしてこの森を抜ければ今日やっかいになる村。というところでそれは起きた。
グラハルトが突然馬を止め、手で静止の合図を出し、自身も動きを止めた。
「クー、この先に何かあるの?」
俺は小声でクーに問う。クーは俺の背中に寄りかかりながら、器用に馬の尻に体育座りをしている。クーはその姿勢のまま淡々と答えた。
「転位させた土地の境があるだけですね。道のレベルは合っています。問題なく通行可能ですよ」
「え?でもこの辺りにデベルの地図に載ってたような拠点はないはずだよ?」
「デフラグはそういうものです。何もない領域とはいえ動かされる事もあります」
そんな常識みたいに言われても。しかし、グラハルトが警戒している理由は理解できた。グラハルトは少し観察した後で俺を横に呼んだ。
「何かありましたか?」
「森が終わる。しかし普通ではない。お前はどう見る?」
俺は道の先を見る。確かにクーの言うとおり道は続いている。しかし少し横を見ると切り立った地面が見えている。地形の違う土地を無理やり繋いだ結果、道以外のところに段差が出来てしまっているのだ。
「タイヒタシュテットで見た不自然な段差ですね。ここから先の土地も、どこかから転位させられて来たのでしょう。しかしタイヒタシュテットと同じであれば、危険はないとも判断します」
「うむ、そうであろうな。しかしそれでも異様なのだ。タイヒタシュテットと同じであれば、行き来できる箇所は限られるはず。そして限られた出口は通行量が増えて広がる。この道にはそれがない」
「確かに。しかしタイヒタシュテットには情報がありました。理解は超えていましたが、安全だと分かっていました。それらが無いのであれば、往来はないのが普通なのかもしれません。……いや、それでも焚き木や豚の餌のためには森には入らざるを得ないか……」
安全だという事は分かるのだけれど、その説明はできずにモヤモヤする。
「分からぬ事に無理に結論を出さなくてよい。仮定は仮定にとどめつつ、しかし決断は下す。それは意外に難しい。意識して出来るようになれ」
「はい」
グラハルトは隊列の間隔をあける様に指示をだす。指示を受けて俺は少し下がる。そしてゆっくりと進み始めたが、またすぐに止まった。
グラハルトは静止の合図を出していない。馬も前方には特に怯えていない。むしろ緊張した俺に反応してしまっている。クーも無言で読書を続けている。どうやら緊急事態は起きていないようだ。でも何か想定外の事態の様ではある。俺はそれを確認するためにグラハルトに並ぶように前に出た。
そこからは森の先が見えた。森の先は草むら。いや、休閑地のようだ。しかしそれにしては荒れ過ぎに見える。背の低い潅木かと思った木は、よくみると倒木だった。休閑地だとしても、もう少ししたら一回目の鋤を入れなきゃならない頃だ。そんなものが放置されているのは明らかにおかしい。
グラハルトは道の先を指し示す。遠くの方に道端に不自然に纏まって転がっている木々があった。すでに草むしているが、倒壊した家屋だ。どうやらこの村は既に崩壊しているようだ。
「何があったのでしょう」
「分からん。だが事の原因はとうに去っているようだな」
グラハルトはそう言うと隊列を元に戻し、ゆっくりと村に入った。




