帰郷の旅路 その5 強さを求めるならアレ(後)
「ちくしょー、負けたぁ!お前やっぱ強いな。めちゃくちゃ素早い」
マハトは俺に向き直って俺の胸を軽く小突く。俺はマハトの胸を小突き返しながら言う。
「俺はお前の強さにビックリだよ。単純に剣術だけならお前の方が強えぇ」
「いや足技も必要だと思い知った。剣での打撃に拘ってちゃダメだな。……あと、確かにテオは見習い騎士じゃぁ無さそうだな」
マハトはそう言うと笑った。
「はは、これでも一応はマハトに合わせて剣士っぽく戦ったつもりなんだけどなぁ」
「お、なんだ?お前は別の戦い方も出来るのか?それも見せてくれよ」
「えー?あまり人に見せるものじゃないんだけれどなぁ……まぁいいか、後でズルいって言うなよ」
「言わねーよ」
俺とマハトは再び構えて向かい合う。今度のマハトはさっき以上にガン盾の様子。でも本気の俺にそれは意味ない。
俺はマハトの瞳を覗き込み、精神に手をかける。そしてそのまま一瞬だけ意識を刈り取り、その間にマハトのすぐ横に移動する。意識を取り戻したマハトは瞬間移動してきた俺に驚き、反射的に剣を突き出そうとするが、俺はマハトの精神を先読みして避ける。マハトはさらに連撃を繰り出すが、俺は攻撃される前からゆっくりと動き始めて悠々と避ける。あたかも偶然に避けているように見えるが、俺は意図して先読み回避をし続ける。
俺は最近クーがフェイントに引っかからない理由に気付いた。クーは物の動きや筋肉への信号だけでなく、俺の精神の兆候にフックをかけるようになってやがった。完全な思考を読むのは無理っぽいが、攻撃しようとする場所とタイミングくらいは分かるようだ。これでは魔術で体への出力をバイパスさせても引っかからない。流石に精神で嘘はつけない。
俺は今、そのクーの技を真似しているのだ。連続してやると集中力が続かないが、そうした時にはメンタイの指輪で一瞬退避して一息つく。中の時間で十秒、現実世界で二フレームもあれば十分休める。初めてやってみたが案外上手くいった。
涼しい顔でスルスルと避ける俺に対し、マハトの顔からは笑みが消えて完全に焦っている。さっきとは明らかに動きが異なる。手の届く距離まで迫られているのに剣がかすりもしない。それどころか操られて逃げた後を攻撃させられているかのようだ。
「もう十分かな?」
俺はマハトの精神を再び刈り取り、その間に真後ろに回って喉にスティレットを当てる。意識を取り戻したマハトは俺が視界から消えてさらに焦る。そして首筋に当てられたスティレットの感覚に気付いて硬直する。
マハトは直後に腰を抜かしたように地面に尻から落ちた。そして目と口を大きく開けてハァハァと早い呼吸を続けている。汗もダクダク出てきた。
「大丈夫?ごめん少しやり過ぎた」
俺はマハトの精神をなだめてゆっくりと落ち着かせる。しかしだいぶ落ち着いてきたと思ったところで、再び荒ぶった。
「なんだ今の!テオ、お前すげぇな!戦えるなんてレベルじゃなかった!」
「はは、実はこれ催眠術みたいなものなんだ。戦闘中は目を覗き合うから結構簡単にひっかかる」
「なんだそれ!ズリぃ!」
「ほらズルイって言ったー」
「あははははははは」
マハトはパタリと仰向けに寝っころがった。俺も足を伸ばして地面に座った。
「あー、やっぱ勝負すんの楽しーわー……」
「わかるー」
「いやいや、お前、昨日は興味ないって言ってたじゃんか」
「言ってたっけ」
「言ってたよ」
「あははははは」
俺は体の火照りを吐き出すようにため息を付いてから話し始めた。
「エレオの仕掛けてきた勝負と、マハトの仕掛けてきた勝負は全然違うんだ。だから承諾したんだよ。お前との勝負は楽しめる」
「そうかぁ?よく分からないなぁ」
「マハトはさぁ、強い奴と戦えるだけでワクワクするタイプだろ?もちろん勝てたら「ヤッタゼ!」って嬉しいかもだけど、負けても次はどう戦ってやろうかとワクワクしちゃうみたいな。俺だって男だからそういうのは共感できるよ」
「エレオのは違うのか?」
「アイツのは違うな。勝負にコダワってる様に見えるけれど、勝てば興味を引けると思っているから勝負してくるだけ。アイツのは根本的には『私を見て』っていう女の子みたいな欲求なんだよ。しかもコジラセて若干メンヘラ気味の。正直に言って関わりたくない」
「そっかー……まぁ正直な事を言うと、俺も最近はエレオにどう接していいか分からなくなってんだ。以前はアイツも勝負をしてれば楽しそうにしていたのに最近はそうは見えない。それどころか少し避けられてるように感じてさ……ちょっと切ない」
そりゃまぁ、お前の方が明らかに強くなっちゃってるからな。どんなバカでも気付かざるを得ない程に。
でもそれを言っても解決策にならないので口に出すのは止めた。そして代わりに本から得た知識をどこぞの戦闘民族みたいなマハトに伝える。
「人の楽しみ方ってのは大きく四つのタイプに分けられるらしいんだけど──」
「え?なに?」
「まぁまぁ聞くだけ聞いてみてくれよ。エレオとの付き合い方の参考になるかもしれないし。一つ目はアチーバー。山があったら登っちゃうみたいな挑戦したり達成するのが大好きな奴。お前みたいな奴だな。コツコツと地味な作業を完遂させちゃうディートなんかもこのタイプかな」
「ディートと俺が同じタイプなのかー。不思議なもんだなぁ」
「んで二つ目はエクスプローラー。好奇心を満たす事を最優先にしてるタイプだな。俺はこれ。マハトも少しは理解できるかな?さっき俺が変な技を仕掛けた時、もっと色んな技を知りたくなったろ?強くなる事よりもそっちを優先するようになったらエクスプローラーだよ」
「確かに知りたくはなった。でも、どうやって勝てるかを考えるとワクワク出来るからだねぇ」
「はは、やっぱマハトはアチーバーだな。三つ目はキラーだ。人を負かす事に喜びを見出すタイプ。これはまぁ……分からない方がいいと思う」
「もしかしてエレオがキラーだっていうのか?」
「いや、まだキラーにはなってないと思う。エレオは皆を連れて勝負しにきただろ?弱い奴を見つけて誰も見ていないところで仕掛けて一方的に負かしたりは流石にしないだろ?エレオは四つ目のソーシャライザーだと思う。人との繋がりに喜びを見出すタイプだな。他のタイプでも人と繋がる欲求はあったりするけれど、ソーシャライザーは他のタイプよりそれが特に強いんだ。エレオはたぶんソーシャライザーだと思う」
「人との繋がりねぇ……俺は前と変わらずエレオに接しているのになぁ」
「本当にそう?一週間のうちどれだけ一緒に遊べてる?実際に遊んだ時間を数値的に思い浮かべてもそう言えるか?」
「そりゃまぁ最近は親父の手伝いが増えてるから無理だよ。もうみんな遊んでいるだけの子供じゃないんだ。そんなの当然だろう」
「うん、しょうがないと思う。でも今は誰のせいとか考えずに、エレオの立場になって寂しがりやの奴の気持ちを想像するだけにしよう。たぶんだけれど、奴は大人世界の評価も低くなっちゃってないか?俺の見立てでは面倒くさい仕事を完遂させるディートよりかなり低いはず」
「まぁそうだな。っつかディートは昔から母ちゃん達の評価高いんだよ。素直に言うとおり働くし」
「でも子供世界での序列は違った──ってとこだろうな。そうなんだよ。子供から大人になるところで全く違ったルールで序列が作りかえられる。上位に居たつもりが、そんな世界がガラガラと崩れて落ちこぼれにされてしまう。それがどんなにキツイ事かエレオの立場になって考えてみてよ」
「いやでもソレを言うなら、俺だって大人達からの扱いは低い方だぞ。すぐサボって剣術遊びする大バカの扱いだし」
「お前はエレオじゃない。ソーシャライザーじゃないだろ。お前は人からどう思われていようが、一人で仮想敵相手にでも剣を振ってられりゃ幸せかもしれない。でもエレオは違うんだよ。世界から自分への興味が消えていくのに耐えられない」
「うーん。難しいな」
「だよねぇ。俺も本だけ読んでられれば満足しちゃうタイプだから分かるよ。何でそんな面倒くさいのかって思う」
「で、結局のところどう接するのが正解なんだ?」
既に考えるのも面倒くさくなってる様子。それも分かるが。
「女の子みたいに扱ってやる事だな。エレオが望んでいるのは乙女ゲーみたいな皆がチヤホヤしてくれる世界だよ」
「なんの冗談だそりゃ」
「いやいやマジで」
俺とマハトは顔を見合わせて止まる。
「俺とお前はさぁ、今日ここで分かれてもずっと気が合う友達って気がするだろ?一緒には居なくても、アイツが居たならこうするってすぐ想像できるし寂しくない。それに何十年後かにでも再会すれば、今日と変わらず意気投合して楽しめる気がする。そういう関係が幾つも積み重なって人生が豊かになる気がする。男同士ってそういうトコあるじゃん」
「まぁ分かるかもだな。次に会ったらお前また強くなってそうでワクワクするぜ」
「エレオとはそういう男同士の関係が通じるとは思い込まずに、毎日会いに行ってやって、奴の気持ちを気にしてやれ。奴との関係が一番だと態度で示せば奴は安心する。そうそう、今日俺に会いに来た事はアイツに言うなよ。言うと嫉妬するから」
「……うーん、キッツイな」
「とりあえず今だけでもいいよ。奴が大人社会に上手く適応できたなら少し身を引いても平気だろう。とりあえずは奴の気持ちを落ち着かせつつ、変な行動を修正していってみてくれ」
「変な行動って?」
「昨日も本人に忠告したけれど、現実と妄想を履き違えた行動かな」
「もう少し具体的に教えてくれよ」
「うーんそうだなぁ……女性向けの物語でよく『おもしれー女』ってイケメンが言う展開あるだろ?好意を寄せられ慣れてるイケメンに生意気な事をして興味を引くみたいな。でもそれは現実にはあり得ない。生意気な言動を補って余りある別の魅力でも兼ね備えてなければただの不快生物だ。そんなの皆分かってる。だから現実ではそんな行動を起こしたりしない。そういう物語を喜んで読む人達だってね。でも、エレオの様な奴はやってしまう。客観的に見て魅力もないし付き合うメリットも存在しないのに、トンチンカンな失礼な態度をとって『おもしれー奴だな』と認めてもらおうとしてしまう。そういったイタイタしい行動を引っぱたいて修正してやれ。また妄想に飲まれいるぞと」
「あるだろ?って当たり前の様に言われてもな……エクスプローラーの探究心っては凄ぇな。女性向けの物語まで読み込んでるのか」
真面目にアドバイスしたつもりなのにドン引きされた。
「あ、いや、それはノルマを課せられて無理やり……と、とにかくだ、エレオと村の未来はお前の行動にかかってるぞ!」
「なんかすげー面倒だな。世の中の奴等はみんなそんな事してんのか」
「いや、出来てないよ。だから拗らせたメンヘラ男が居て社会に迷惑をかけている。でもそこまでコジらせる奴等は十人に一人かそこらだ。皆が奴等を理解してやって、同じ様に十人に一人かそこらの人が手を差し伸べられていればもう少し違った世界になると思うんだよね。この村くらいならば、マハトが気を付けているだけでこれからの奴等も救えるかもしれない」
「なんかホント面倒な事を聞いちまったなぁ」
「はは、なんかスマンな。これは俺の課題でもあったんだ」
「ま、分かった。エレオの事は俺に任せておけ。奴は俺の友達だからな」
「うん、頼む」
俺とマハトは拳をぶつけ合い、手を振って別れた。
すると教会の屋根からクーが下りてきて俺の隣に来た。そして俺の顔を嬉しそうに覗き込んで言う。
「テオもそろそろBとかLとかを読める下地が整えられて来ましたか?」
「ねーよ!お前こそもう少し男の友情って奴について学べ!」
俺は丁度いい位置にいたクーをガッシと掴み、腰に乗せて跳ね上げるようにぶん投げた。
参考文献
『ソーシャルゲームはなぜハマるのか ゲーミフィケーションが変える顧客満足』深田 浩嗣(著)




