表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/143

帰郷の旅路 その4 強さを求めるならアレ(前)

また分割

 教会の中の広間に戻ってみると、マルコ兄はまだ横になっている。が、なぜか服が変わっている。


「兄ちゃんそんないい服どうしたの?教会で盗みはダメだよ?」


「あ゛あ゛?なんでそーなんだよ!俺だって真一級冒険者だっつったろ?マシな服の一着や二着持ってるし使い分けするっての。おめーこそ上等なシーツにきたねぇまま乗るんじゃねーぞ」


 俺だって出発に備えて着替えた。まだ二日目だから大丈夫。そう言いたかったけど止めた。マルコの服は、アヒムに同行の許可を求めに来た時に一回レベルアップしている。その時は着古して少し擦り切れた感はあったがボタンや派手な染色の入った少し高そうな服だった。今回の服は着替える前より地味にはなったが、清潔で真新しい。それでいて本人にとても馴染んでいる。悔しいけど勝ち目はない。


「うぐぅ……あとでお湯もらって体ふくもん。それにしてもいい服だね。まだ新しそう」


「お前の判断基準は新しいか古いかだけかよ。ヤレヤレこれだからガキは」


「私から見ても素敵な服だと思いますよ」


 リゼットとジースが熱々のお鍋をもって広間に入ってきた。


「シンプルな色合いに見えますが、ドミナントカラーで統一されているからそう見えるだけで、実際にはかなりの手間をかけて染め分けされています。マルコさんの体の形にもピッタリですし、それでいて上下もアウターも違和感なくコーディネートされています。合わせて新しくお作りになったんですか?」


「フフン、あつらえ物に見えるか。だが流石にそこまで余裕はないからな、まともな店で古着を合わせてもらっただけだ。ま、俺もそういった店に相手にされる程度にはなっていたという事だ」


「へぇ凄いですねー。でもその装いならお母様も少しは納得されるかもしれませんね」


「あ、ジースてめぇ余計な事を喋りやがったな!」


「いえいえ、私はマルコが手伝いをしない理由をお話したまでですよ。彼はお金を払って同行しているだけですよと。その辺の説明は必要でしょう?その流れで経緯いきさつも話しておきました」


「ねーねー、服の話はいーから早く食べようよー。もう我慢できないよぅ」


 リゼットとジースの持ってきた陶器の鍋は、窯から出てきたばかりのようだった。俺は鍋が部屋に入ってきたところからとっくに目も心も奪われていた。まるで鍋達からは不思議な光の空間があふれ、周囲を鍋空間に変えていくように見えていた。俺はテーブルに置かれた鍋のその前で、待てをかけられた犬の様にウズウズしながら縮こまり、大人達に目で必死に訴えかける。


「そうね、そろそろ頂きましょうか」


「はやく!はやく!」


「やれやれ、これだからガキは」


 それから俺は料理をガン見しながらお祈りを済ませ、ムシャムシャと頂いた。


***


 ごはんを食べた後はみんなでベッドを作り、俺は体を拭いてから上半身をベッドに投げ捨てて、シーツに顔をうずめてスリスリする。


「ふわぁしんなり軟らかーい。すべすべー」


 確かにこれは良いシーツ。布団も毛皮がズッシリ使われてて温かく寝れそう。もう毎日ここに泊まりたいくらい。


「テオ、デベルから塩が届きました」


 俺が顔を横に向けて目をシーツから浮上させると、同じ姿勢で隣に伏しているクーが目に入る。


「えー今ぁ?……早いなぁ」


 俺はデベルの顔を思い浮かべてから起き上がり、厩舎にいって水と飼葉と塩を補給する。その後、ウトウトしながらデベルにお礼を書いて送ると、シーツの肌触りを味わう暇もなく眠りに落ちた。


***


「むにゃむにゃ……あれ?……うーおしっこしたい」


 俺は布団の中で少しガマンしたあと、中を冷やさないように慎重に布団から這い出て外に出た。もう空は白み始めているがまだ地上は暗い。俺がそそくさと用を足し終えて教会に戻ろうとすると、屋根の上からクーが下りてきた。


「お前、本当に高いところ好きだな」


「見える所に居たら用を足し難いでしょう?テオに気を使っていただけですよ」


「そりゃどーも」


「テオ、一応伝えておきます。厩舎の前で昨日の少年達の一人が待っています。悪さをする様子はないので、無視をしても問題はないと思われます」


「えー?なんだろ。しょうがないなぁ……」


 他の人に見られても面倒だ。皆が起きる前に話をつけて帰ってもらおう。


 そう考えて俺は厩舎に向かう。厩舎の前では一人の少年が剣と盾を手に、ゆっくりとした演武を舞っていた。エレオでもディートでもない別の少年だ。余り興味がなかったので覚えていないが、確かに昨日の面子の中に居た気がする。


「おはよ、こんな朝から何か用?」


「お、あ、よう……えーとその、昨日は突然すまなかった。俺はマハトルト……マハトだ」


「俺はテオ、昨日も言ったか。まぁよろしく。で、今日は何?」


 昨日は──というが、今日も十分突然なんだが。そう言いたかったけど飲みこんだ。マハトはとても言いづらそうに苦笑して下を向いていたが、俺がため息をついて返答を待つと、顔を上げて口を開いた。


「申し訳ない!申し訳ないが……俺と勝負をしてくれ!」


「やれやれ、お前もかよ」


「悪い!申し訳ないと思う!でもお前とエレオの勝負を見ていたら、俺も挑戦してみたくなっちまったんだ。帰ってからも寝床に入ってからもずっと考えてた。そして、お前がここに居るのは今だけだと思ったら寝てなんて居られなくて、我慢できずに来ちまったんだ」


「あー、本当にやれやれだな。分かったよ。でも水汲みを手伝ってくんない?ここの井戸めっちゃ深くてさー……」


「いいのか!?手伝う!手伝うよ!水汲みならまかせろ!」


 俺とマハトは井戸と厩舎と往復して水桶に水を満たした。俺は思いがけない救援に気分を良くした。


「手伝いありがと。さて、今度はお前の用に付き合うとするか。やっぱり剣術勝負でいいんだよな」


「もちろん……ってあぁ!お前は剣と盾を持ってないんだっけ!」


「それは心配しなくていいよ。ちょっと待ってて」


 俺は荷物からミトンとスティレットを取り出す。ミトンは元々俺がお金をだした物。スティレットは俺用に新たにルブさんに依頼したものだ。柄の端を捻ると剣先がスッポ抜けて投げて飛ばせるという素敵なギミック付き。


「このミトンなら十分盾の代わりになるし、スティレットも鞘が外れないように縛れば模擬戦用の剣として使えるだろ。ちょっと短いが、まぁ俺はその方が好みだから丁度いい」


「お前……本当に騎士見習いじゃぁないのか?」


「うん違う。でもお前に満足してもらえるよう善処するよ」


 俺とマハトは少し離れて向かい合い、無言のままお互いに構える。


 マハトは盾を前面にだして、その後ろに剣を構えている。剣先が見えない。エレオの十倍はやり難い相手だ。


 一方の俺は自然体で、しかしどの方向にもどんな体勢にも動ける様に体中の関節に溜めを作る。そして───


 ドン!


 ノーモーションで飛び出し、マハトの盾を正面から蹴りで突く。マハトはよろけて後ろに下がるが盾は依然として構えたままだ。一瞬焦りを顔に出したがすぐに俺を睨み返し、さらに口元には笑みを浮かべた。


「ヤベェな、反応できなかった。やっぱり来て正解だぜ」


「そっちからもかかって来いよ」


「おう!」


 マハトは盾を顔の高さまで上げて飛び込んできた。また剣は見えない。中段か下段か、横薙ぎか突きか判断できずに俺は高めの女側宙で大きく左に回避。突きだった。大きく跳んだので滞空時間が長い。空中にいるうちに目で追われた。


 俺は着地と同時に体を捻りながら突きを繰り出す。しかしそれをマハトは戻す剣で薙ぎ払う。突きを払われた俺はその力に逆らわず後ろを向くように回転、同時に体に縦の回転を加えながら後ろ向きのまま剣を持ったマハトの手を蹴り上げる。


 しかしマハトは剣を離さない。俺はバク転で距離をとる。


「マハト、いいねお前。すげー戦いにくい」


「ははっ、そりゃ光栄だね」


 マハトは再び剣を隠すような盾の構えにもどった。


 今度はまた俺から仕掛けた。俺は自分からマハトの盾に隠れる様に低く飛び込む。そして大地を踏みしめながら盾を顔面に突き上げるように海老蹴りで強く蹴る。マハトの構えは盾と体が離れている。前後の衝撃は吸収しやすいだろうが、上下の力には弱い。マハトは始めの蹴りより大きく体を崩した。胸まで見える。


 反動を利用して俺は蹴った足を反対側の地面に着地させ、同時に軸にしていた足を抜きながらマハトの方に体を傾ける。そして全身を伸ばしながら飛び込んで突きながら叫ぶ。


「ブラッディースクライド!」


 マハトは俺の必殺技をドッスンとシリモチを付きながらなんとか回避。盾を捨てて後転しながら距離を取り、剣を両手持ちにして構えなおした。


 よし、これで俺の方が完全に有利だ。奴の剣をミトンで受け流してしまえば俺の勝ち。


 俺はミトンを顎の高さで前に出して構え、始めの一撃を引き出すために近付く。


「まだまだァ!」


 マハトは大きく振りかぶり、片腕では受け流せないような強烈な袈裟斬りで飛び込んできた。


 俺は右に移動しながらミトンを少し立てる。確かにまともに受ければ潰されるだろう。しかし受ける角度を浅くすれば問題なく左に受け流せる。これで終わり──のはずだった。


 マハトの剣はミトンに当たる直前に切っ先を上に向け、ミトンを上からではなく前面から叩いた。そして切っ先を時計回りに回転させる。剣は横に向いたところで切っ先を再び俺の方に向けた。


「なっ!これは影抜き!」


 外に弾こうとしたマハトの剣が内側に入り込んで蛇の様に飛びかかってきた。俺は全力で左後ろに仰け反って緊急回避。片手を地面についてバク転して距離を取る。マハトはそのスキに盾を拾う。


「初見で避けられた事はないのにな」


「マハトお前、そんな技を誰に教わった!?」


 マハトの両手持ちスキルは子供の遊びのレベルを超えていた。手首を軟らかく持ちながら剣の向きを自由自在に変え、剣の重心と切っ先を別々に操って相手の防具のスキを突く。これは甲冑を着込んだ相手にロングソードで戦うレベルになって必要になる技術だ。俺だってヒメルから要点を教わっただけでまだ実践で使う事は出来ない。


「クネクネ剣か?ちびっ子相手だと盾無しの三対一で相手したりもするからな。こうクネクネ動かせないと流石にキツイんだよ」


 マハトは片腕で剣の持ち手を振り、小さくだがクネクネさせて見せた。思っていた以上の剣術バカだ。もはや剣術だけだと俺の方が分が悪い。俺は勝ち方には拘らない事に決めた。


「本気で行くぜ!」


「望むところだ!来い!」


 次も俺から仕掛けた。こいつを相手に単純な後の先を取ろうとするのは危険だ。俺はマハトの盾を再び蹴りで前から突く。


 しかし今度は殆ど体勢を崩さない。なので追加で三発、後ろ蹴りも含めて叩き込む。それでもマハトは体勢を崩さず、俺の蹴り終りに合わせて切り込んできた。


 それを俺は下に逃げる。体を捻りながら地面に手を付き、マハトの左足を刈り取るべく渾身の足払いを叩き込む。


 これには流石にマハトも耐え切れず、体勢を崩して左膝を付いた。


 俺はすかさず四肢を使って盾側からマハトの背後に回り込む。マハトは立ち上がりながら剣を後ろに振り、逆の方から俺を追う。が、そこにもう俺の姿はない。


 俺は既に上空に逃げていた。高めに跳んだ前宙でマハトを飛び越え、振り返るマハトを上から眺める。そしてハーフの捻りを加えてマハトの背後に降り立つ。


 そしてミトンでマハトの首を掴みながらスティレットを背中に押し当てる。


「とりあえず1本かな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ