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帰郷の旅路 その3 魔術的そげぶ(後)

上げる順番を間違えたのであげたり消したりした……

たぶんこれで合ってる

 一仕事終えて馬小屋でのんびり読書。居るのはクーと気心知れた馬達だけ。読書を妨げる話をする者は居ない。お互いにただ安心感だけを共有していた。


 そんな至福の時間だったはずなのに、悪ガキ達に襲撃されて勝負を申し込まれた。ちくしょう、どうしてこうなった。


「は?勝負?訳が分からないよ。いいからさっさと出てよ」


 俺は再度エレオの服を引っ張るが、再び簡単に払われる。ぐぬぬ。


「うるさい!勝負しろったら勝負しろ!」


 チッ、このままでは平行線だ。悔しいが、俺には物理的に主張を押し通す力はない。


「……馬が怯えてる。話は聞く。だから外に出て」


 俺はそう言って背を向け、スタイリッシュに柵を飛び越える。


「俺がしたいのは話しじゃねぇ!おい!お前、聞いてんのか!」


 俺はチラリとだけ振り向くが、無視して厩舎の外に出る。これで付いて来なかったらどうしようかと思ったが、なんとか付いて来てくれた。そして他の子達もゾロゾロ出てきた。


「よし、じゃぁ説明して。勝負?何でそんな事をしたいんだよ」


「どっちが強ぇえかハッキリさせるために決まってんだろ。分かったら勝負しろ!」


「……なるほど、聞いても無駄そうだね。でも俺はそんな事に興味はないんだ。ゴメンネ。そのまま帰ってくれる?」


「は?何いってんだよ。男だったら勝負しろよ。騎士が逃げんなよ」


「あぁなるほど、勘違いしてるんだね。俺は騎士でも見習い騎士でもないんだ。ただの雑用するだけの従者。だから勝っても何にもならないよ」


「ウソつけ!ラースのオッサンから見習い騎士だって聞いたぞ」


「誰だよそれ。じゃぁそのオッサンが間違えてたんだろ。いやほんと興味ないから帰ってよ。頼むから」


「ごちゃごちゃウルセーな。スカしてんじゃねーぞテメェ。いいから勝負しろよ」


 やばいな。ガマンの限界が来そうだ。


「クー、指輪はめるよ。平気だよね?」


 俺は小さく呟く。


「必要な時に使う事を咎めたりはしません」


 頭の中に『?』が沸いたが、今は否定はされなかった事実だけを受け取る。こいつらがカロエの家の人に会う事は生涯ないだろう。だから見られても問題ない。俺はそう判断した。俺はポケットから袋に入った指輪を取り出し、若干モタモタしながら指輪をはめた。


「何してんだお前」


 俺の突然の謎の行動にエレオと呼ばれている少年からツッコミが入る。が、俺は一瞬睨むだけでそれを無視し、メンタルとタイムの指輪を発動させた。


───一瞬でイライラの元である少年達が消え、何もない空白の視界が現れた。


「とりあえず1秒にしておくか」


 俺は6分で落ちきる砂時計を出して床に置く。そしてそのまま大の字になって寝転ぶ。


「あーもーなんでアイツはこっちのいう事を聞かないの!興味ないって言ってるじゃん!バカバカバカバカバーカ!」


 俺は床に転がったままバタバタもがく。バカっぽいけどメンタイの指輪の正しい使い方。どんな時にも一瞬で冷静になって交渉事に臨める素敵な指輪だ。


 俺はアイツをどうするべきなのだろう。


 おそらく戦って勝つのは容易い。アイツは剣と盾を身につけて見習い騎士に勝負を挑みに来ている。レスリングなら分が悪いが、剣術勝負なら負けやしない。俺も伊達に訓練や実戦経験をつんではいない。クーや指輪のサポートもある。


 でも勝負してやったらそこで既に負けな気がしてしまう。これはたぶん、俺と奴との価値観の戦いでもあるんだ。


 俺は興味が無いと言ったが、奴はそれを認めなかった。奴は自分の価値観しか存在を認めていない。俺の価値観の存在を認めていないんだ。価値観の否定は、俺のアイデンティティの否定でもある。これは俺が存在を否定されてみたいなものだ。


 なぜそんな事が許されるのか。いや、許されて良い訳が無い。俺は俺が存在するために、奴を打ち砕かなくてはならない。俺は奴を否定しなくてはならない。


『政治的なものの概念(カール・シュミット)』によれば、政治の本質とは友と敵との区別にあり、敵とは最終的に殲滅対象の者を指すらしい。俺と奴との今の関係がそれだ。俺は奴を滅する必要がある。


 だがしかしどうやって?無視して居座られでもしたら馬達にストレスを与えてしまう。それはよろしくない。話を聞かない奴に話を聞かせるには勝負するしかないのかもしれない。でもただ勝つだけじゃだめだ。俺の勝利条件は奴のこの世の世界観を壊す事だ。


 俺は気持ちを戦闘態勢に整え終え、現実世界に戻った。


「分かった。勝負してやる。でも誰か剣を貸してくれない?騎士でも騎士見習いでもないのは本当なんだ」


「ようやくその気になったか。ディート、お前のを貸してやれ」


「えぇぇ、嫌だよぅ……」


「いいから貸してやれ!」


 ディートはさっきも見張りを言いつけられていた。すこし気弱な少年のようだ。こんな所についてこなきゃ良いのに。


 俺は口元に微笑みを称えながらも少し困った顔をし、ディート少年に近付く。


「道具を人に貸すって嫌だよね。その気持ちは正しいよ。それは道具を大切に思ってる証拠だし、そういう人こそ僕は信用する。でも少しの間、剣だけでいいから貸してくれないかな。アイツをこらしめてやりたいんだ」


 ディートは俺とエレオを交互に見ながら悩む。目が合ったエレオはディートに向かって叫ぶ。


「ディート!ぐずぐずしてんな!さっさと貸してやれ!」


 ディートは悩んだあげく、下を向いたまま剣だけでなく盾も含めて俺に突き出した。


「ありがとう。後は任せて」


 ディートに小さく囁くと、俺はディートに向き直って剣を向ける。


「わが名はシュラヴァルトの村のテオ!ディート少年より借り受けた剣にてお前を打ち滅ぼしてくれる!」


「はっ!ほざけ!俺がお前をぶちのめすんだよ!」


 そう叫ぶとエレオは早速斬りかかってきた。


 ガン!ガン!ガン!


 エレオは盾の上から力でたたき付けた。俺は後退しながらそれを受ける。


「なんでぇ、弱ぇな!」


 エレオは追撃しようと大きく振りかぶった。俺はそれを見逃さずに飛び込む。


 剣ではなくエレオの腕を盾で受けながら、腰の高さに構えた剣でエレオの腹を突く。


 エレオの表情が歪んだ。俺はエレオと目を合わせたままバックステップで距離を取る。エレオは腹を押さえて動きを止めている。


「ここが戦場でなくてよかったな。戦場なら今のでお前は死んでいるぞ」


「う、うるさい!ぶっ殺してやる!」


 エレオが再び剣を振り回して斬りつけて来た。でも腕だけの動きであり、まだ息も上手く吸えていない。さらには足も伴っていない。俺は盾を下ろして剣だけでそれを軽く捌ききった。


「まぁ待て。そんな状態で打って来ても無駄だ。まずは一度回復しろ」


 俺がそういうと、エレオは剣をもったまま腹を押さえ、俺を睨みながら動きを止めた。そこで俺はエレオに話しかける。


「エレオ、お前さぁ……勝てば偉い、強ければ尊敬されると思ってるクチだろ。でもそれ、全然違うからな?皆にとってのこの世界ってのは、どれだけ人に迷惑をかけれるかを競う所じゃねーから」


「なに言ってんだ!強ければ偉いのは当然だろ!」


「じゃぁお前は今、俺の事を偉いと思えてるか?俺はたぶんお前より強いよ?今見たとおりね。で、お前は今、俺の事を尊敬出来ているか?」


「俺はお前より弱くなんかねぇ!」


「問題はそこじゃないんだよ。お前が強いとか弱いとかはどうでもいいの。もしかしたらそのうち本当に俺より強くなるかもしれないしな。でも問題なのは人々の反応や社会の反応への認識違いなんだよ。お前はディートや他の子を叩いて強いと思いこみ、それで偉くなったつもりになってんだろ?でもね、誰もお前の事を偉いとも思っていないし、誰も尊敬なんかしてないよ。今のお前が俺の事を偉いと思っていないようにね」


「うるせー!俺は強えぇんだよ!」


 エレオは激高して切りかかって来た。でももう完全に見切っているので俺はそれを蹴りで止める。そして視界から消えるかのように上体を倒し、スタイリッシュな後ろ回し蹴りで蹴り倒す。


「弱いよ。素手にしましょうか?ってくらいに」


 エレオは起きようとしているが足に力が入らない様子。俺はそんなエレオに背を向け、ディートに剣と盾を返す。ディートはそれを受け取ると抱きしめ、乙女のように上目遣いで俺を見る。俺は軽く微笑みながら感想を述べる。


「ありがとう。服に引っかからないように綺麗に磨いてあるんだね。良い剣と盾だったよ」


 クーがキャーキャー言っている気がするが気にしない。これは必要な事なのだ。


 俺はエレオだけでなく、他の少年達も目にいれながら演説を始める。


「エレオが取り付かれている妄想───強い者が偉い、強い者が尊敬されるというような妄想、とりあえずヤンキー妄想とでも呼ぼうか?───は、別に珍しい妄想じゃないんだ。俺が旅の中で見てきた感じでは、二十人に一人から二人は取り付かれている。何もエレオが特別でも悪いわけでもない。男がそれだけ生まれれば、一定の割合で取り付かれる人が居るものなんだ。誰の責任というならば神様の責任かな。神様の創りたもうた世界に発生した影とか呪いみたいなものさ」


 これにエレオが四つん這い状態で反論する。


「何が妄想だよ!今お前が偉そうにしていられるのは俺に勝ったからだろ!強えぇ者が偉いからだろ!」


「それが少し違うんだ。皆が俺の話を聞いてくれるのは、不快にならない様に気を付けているからなんだよ。人の評価というのは意外と単純でさ、心地よさをもたらす者には良い評価が与えられるし、不快感を与える者には悪い評価が下される。例外はあるけれど、基本的にはそれだけなんだ。いくら強かろうがお金を稼いでいようが、不快感があれば人は心で馬鹿にするし見下しもする。表面上は認めているように見えてもね」


「そんな事はねぇ!強い奴が偉いに決まってる!」


「うんまぁエレオにとって俺は不快な人物だろうからね。聞く耳を持たないとしても、それはとても自然な反応だよ。だからエレオ、俺はお前にではなく、他の皆に話しかけてるんだよ」


 エレオの表情が一瞬固まった。そして不安そうに他の少年達の顔を見回す。そう、俺はこいつと剣術勝負をしていたのではない。政治的に勝負をしていたのだ。


「おい、やめろ馬鹿!みんな、こいつの話なんて聞くんじゃねぇ!こいつの話はデタラメだ!」


 エレオは必死に否定してくるが、今更気付いても時既に時間切れ。もう勝負ついてるから。俺はダメージを加速させるためにエレオを無視して他の少年達に語りかける。


「君らの村にもさ、子供を苛めて喜ぶようなオッサンっているだろ?他の大人からはヤレヤレと馬鹿にされているような人がさ。他にも人が嫌がる事を良くするせいで、家族すら関わるのを嫌がるオッサンとかジーサンとかさ」


 少年達は聞き入って頷く。そういう人等は大抵は子供の敵でもあるから興味をもってくれる。


「君らの世代でそういう存在になるのが、このエレオだよ。低い評価を取り戻そうと勝とうとする。勝った気になるために人の嫌がる事をする。そしてまた嫌われて評価はむしろ下がる。どうどう巡りさ」


「止めろ!」


 酷い事をしているのは分かっている。でも容赦はしない。敵と認識した以上は殲滅対象だ。俺はトドメとばかりに今度はエレオに向かって話しかける。腰を下ろして目線をエレオに合わせる。


「エレオはさー、空気は読めるんだよ。今みたいに旗色が悪くなればそれを察知する能力も持っている。行動力もあるし人を率いる力もある。間違った方向に進まなければ、村の将来を担う立派なリーダーになれると思う。だから変な妄想に取り付かれていないで、仲間の心を直視してくれよ。妄想の世界の評価でなく、現実の人の心の中にある評価を真摯に受け止めてくれよ。頼むから」


 エレオはふて腐れたように座りなおし、無言で俺を睨んでいる。これで奴の価値観は殲滅できたのだろうか。いや、まだ出来ていないな。保険をかけておこう。


「エレオ、俺は今からお前に呪いをかける。俺の読書時間を汚した罪に対する俺からの罰だ。だが結果どうなるかはお前次第だ」


 俺は立ち上がって他の少年たちを見回し、一つのお願いをする。


「俺からの皆へのお願いだ。今後もし、エレオが誰かを不快にさせてイキっていたらこう言ってやってくれ『アイツの言っていた通りになったな』と」


「なっ!ならねーよ!」


「へっ!じゃぁそれを証明してくれよ。一生をかけてな。出来なかったら俺の勝ちだからな。せいぜい足掻いてみせろ」


 俺はそう言うと皆に背を向け、手を振りながら教会に戻って歩き始める。するとクーがスッと横に並んで話しかけてきた。


「まどろっこしい事をしますね。エレオが今後どうなろうとテオには関係ないのに」


「まぁな。でもああいった奴ってムカつくじゃん?興味ないって言っているのに一方的に価値観を押し付けて絡んでくる奴ってさ。そういう奴って大抵は本好きを馬鹿にしてんだよ。空想と現実の区別がついていないだのなんだの。そういうヤツラに言ってやりたいじゃん。『いやいやいや、妄想の中に生きているのはお前の方だから』って。『お前が他人の好きなジャンルを否定するのは、自分の世界が唯一真実だと思ってその妄想世界を壊されたくないってだけだろ』と。そう、物語好きの俺にとって奴は根源的なところで敵だったんだよ。だから奴の根源であるアイデンティティを徹底的に壊してやったまでだ」


「やれやれ、だいぶ拗らせていますね。当の本人は何をされたかすら気付いていないというのに。いえ、魔術師らしくなってきたと褒めるところでしょうか」


「クックック……アイツもその内に気付くだろう。どちらに転んでも、俺にしてやられている事に……」


 俺はわざと魔術師っぽい陰気な感じを出してニヤリとしてみせた。

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